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2005年8月31日 (水)

最近の試合諸々

いやぁ、勿体無いって..徳島ですよ。

いい形で逆転したのにGKのケガ退場が最後になって響いちゃった。失点は古田のミスによるものですが、突然出番が回ってきたわけで試合に入りにくかったこともあるでしょうから責められるべきものではないでしょうね。

それにしてもノリオのケガは痛い。また離脱者追加にならなきゃいいですが。

最近勝ちが計算できるようになってきましたが、これはJFL時代からのチーム力の蓄えが最近J2のテンポを吸収できてきたことによって表に現れ始めたからだと思います。

でもこれはやっと同じレベルになったということ。

強豪と呼ばれるようになるにはもっとレベルアップが必要だとも思います。

 

相手の仙台は昇格へのプレッシャーで縛られてるみたいね。チームもサポも最初から余裕がないのかもね。

 

そして最愛のインテル。相手が相手だったかもしれませんが近年では最も内容のいい開幕だったのではないでしょうか。アドリアーノの1点目は見事!そしてトリプレッタ!

他の選手も良かったです。アドリアーノだけでは内容までは付いてきませんからね。

フィーゴ、ピサーロ、カンビアッソ辺りが目立ってたかな。

今年は例年に増してマジメに毎試合最後まで観ようっと。FORZA!INTER

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2005年8月29日 (月)

ゴール裏物語 プロローグ

始まりは94年の夏だった。

 

地元新聞のスポーツ欄に“ミクニサッカー部、カレカと対戦”と題の付いた記事に目を通した俺、菅野タクマは、ブラジルの有名なサッカー選手を生で見られる貴重なチャンスを得た。イタリアでも活躍したブラジル人フォワード、カレカは去年からJリーグ昇格を目指す「柏レイソル」でプレーしていた。“ミクニサッカー部”とは地元の『ミクニフーズ』という健康食品の開発・販売会社のサッカー部のことで、この年からレイソルも所属するJFL(ジャパンフットボールリーグ)の再編に伴い、同じリーグに所属することになった。記事はその直接対決についてのプレビューだった。

 

 当時、地元の鴨川市に適当な競技場を確保できなかったミクニサッカー部はホームゲームの度にわざわざ成田市まで出張していた。俺は暇だったことと、外国人スタープレイヤーを生で見られるということで試合を観に行った。高校までサッカーをしていたのでJリーグには最初興味を持ったが、鴨川に住んでいては東京にJリーグの試合を観に行くチャンスはめったになかったので興味は薄れ始めていた。

 

 レイソルには既にサポーターなるものがいた。工事用のヘルメットを被っている者までいて理解できない部分もあったが、全員が飛び跳ね大声で選手やチーム名を叫ぶいわゆるサポータースタイルの応援も生で観るのは初めてで多少感心した。対する地元ミクニサッカー部には社員中心の臨時応援団がいた。スタンドに座りメガホンを叩くという昔からのスポーツ応援スタイルそのものだった。俺は応援団の近くに座って観戦することにした。

 

 試合はかなりの接戦になった。圧倒的に攻勢なレイソルに対し、ミクニサッカー部は守備を固めカウンターで応戦した。試合は両者無得点のまま後半に入った。前半、カレカは決定的な得点チャンスをミクニのGKに防がれていた。ミクニにはまだ得点チャンスはなかった。

 次第に観客の応援も焦りと緊張感を帯びていくなか、ミクニのMFが放ったロングシュートが柏ゴールのクロスバーに命中して跳ね返った。その瞬間からミクニを応援する観客の心に“勝てるかも”という気持ちが芽生え、応援は熱を帯び始めた。いつのまにか俺もその熱気の中に取り込まれ始めていた。

 

 2度目のチャンスが来た。縦方向のスルーパスがレイソルのディフェンスの後ろに抜け、ミクニのFWが先に追いついた。俺の周囲全員が立ち上がり、俺も思わず立ち上がった。GKと1対1の場面。FWがシュートを放つ。だがシュートはFWの足元に飛び込んだGKに弾かれてしまった。大きな歓声とため息。だが“勝てる”という確信に近い雰囲気が俺の周りに充満していた。

 “ミクニ!!(チャチャチャ)ミクニ!!(チャチャチャ)”誰かが応援のリードを勝手に始めた。皆がそれに併せてコールを叫び始め、いつのまにか俺も叫んでいた。

 

 試合は残り5分を切ろうとしていた。選手達は疲れて動きが悪くなってきていた。中盤で不用意なパスミスが出て、レイソルの速攻が始まる。サイドに展開されクロスボールがゴール前にあがった。その時、カレカがミクニDFのマークを一瞬外しゴール前に飛び込む。カレカが放った鮮やかなヘディングシュートはゴールに突き刺さった。カレカはテレビで観たことのあるブラジル流のダンスを披露し、ゴールをアピールしてみせた。

 「あーっ」。大きな悲鳴とため息。膝に手をやるミクニの選手。それでも誰かが「まだまだぁ」と声を荒らげる。応援は再開する。しかし、疲れていたミクニは同点ゴールを奪えないまま試合は終わった。

 

立ち上がって応援していた連中は皆、幾分がっかりした表情を浮かべ微笑みあった。“おしかったね”“あれが入ってたら”とか感想を語り合っていた。殆どお互い初対面だった。

競技場を出ようとするときだった。何気なく出た俺の一言は、他でもない俺の人生を変えてしまう。

「次の試合も来ます?」

いまだに俺は、何故あの時あんなことを言ってしまったのか思い出せない。

次の試合から俺達のサポーター活動が始まった。

 

  

あれから2年。あの試合のとき立ち上がって応援していた人間はもう俺以外みんな去っていった。次の試合以降に応援に参加した人もいたがこれも殆どこなくなった。2人を除いて...。

 ユウタロウは翌年の最初に加わった。最初は彼女と見に来ていたのだが、ヤツが応援にハマるといつのまにか彼女は来なくなった。ユウタロウよると彼女に構わなくなったので振られてしまったそうだ。コイツはマジメだが試合に負けるといい年して泣くクセがある。だが太鼓は上手いし、信頼できるやつだ。応援のときの呼吸も合う。

 

 ケイタも翌年組。何となく応援に加わり今でもいるって感じだが、欧州のサッカーに詳しい。知識が豊富なので応援スタイルの意見はいいアイデアをくれる。

 

  

 アマチュアなので当然だが俺達にはレプリカユニが無かった。メンバーのモチベーションをあげるためにも必要だと感じた俺は、チームの練習を観に行き、キャプテンのセキネに古いゲームシャツでいいから分けてほしいとお願いした。欲しい一心で思わず土下座までした。セキネはいろいろ探し回って3人分集めてくれた。色はチームカラーの青が2枚、アウェー用の白1枚、デザインは年度がみんな異なっていてバラバラだった。ただ胸の会社名のロゴだけは同じだった。俺は白を貰った。

 

俺達はこれまできちんとしたグループ名がなかったのだが、セキネへの感謝の意味も込め、正式に決めることにした。グループ名は俺が強引に『クルセイド』と決めた。十字軍という意味だ。ユウタロウが「3人しかいないのに派手な名前は...」と言ったが、「そのうち人も増える。カッコワルイ名前では人も増えない。」と適当な理由を付けて押し切った。由来はイギリスのサクソンというバンドの曲から取った。

こうして俺達の『クルセイド』は船出した。

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自作小説始めます。

このブログを始めるに当たり、実はサポーターを題材にした自作の小説を載せたいと考えていました。今回からその自作小説を掲載したいと思います。

主人公は菅野タクマという30代の男です。JFLに所属する鴨川市を拠点とする企業サッカー部のサポーターをしています。タクマと仲間達のサポーター活動を中心に彼らの成長や挫折を描いていきたいと思います。

この小説はフィクションの設定ですが、私の体験や、私がいたVORTIS関東隊での出来事をベースにしています。

つたない小説ですがよろしかったら読んでください。

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2005年8月19日 (金)

J1再開!窮鼠猫を噛むか?

さて、明日からJ1再開です。

中断期間中に大型補強をしたチームや主力に移籍されちゃったチームとかいろいろですが、結果が出ないとそれは意味をなさないですよね。私が好きな柏レイソルはブラジル人FWレイナウドとフランサが加入。はじき出されるようにリカルジーニョが最終戦の対戦相手である鹿島に移籍しました。これは最終戦前に降格圏内を脱出確定にしてしまおうということで鹿島に出したのだなと思うわけです。私的にはこの補強は正解かなと思います。やっぱ点が取れないと勝負できませんからね。でもシステムが変わるのは間違いなくそこが不安ではあります。

ですがやはり順位的にいうと柏はまだまだ下位であり、トトでも投票率は低いわけで半分以上の人が勝てないと思っているわけです。ですが柏は今回フロントもこの時期にシステムが変わる程の補強を大金かけてしたわけで単なる下位チームではないわけです。

ここでやっとタイトルの窮鼠にかかってくるわけです。長い前振りですいません。

なぜ、今日こんなことを書こうとしているのかというと、今日私は窮鼠ならぬ窮チワワに噛まれたからです。

今日、私は娘(1歳8ヶ月)を連れて妻の実家に寄りました。ちょうど親戚が来ていたのですが、その時間は親戚は出かけていて、妻の母と親戚の飼い犬(チワワ)だけいました。チワワはご主人がいないうえ、初対面の人達を前にして怯えていました。犬好きの娘は「わんわ!わんわ!」と大喜びでチワワに寄っていきました。私は娘が噛まれたら大変と思ったのですが、犬は娘が顔を目の前に近づけてもおとなしくしていました。しかし、私には「うーっ」とうなるではないですか。なんじゃコイツはと私も大人気なく「うーっ」とうなり返したりしました。こうして38歳の大人と年齢不詳のチワワは開戦。そして事件は起きます。

2階に昇った娘を連れて1階に下りようとしたらヤツは階段下で待ち伏せ中。ワンワン吼えまくり待っています。あっち行けと足で振り払い1階に下りたとき、”ガブッ”と噛まれてしまいました。幸いジーンズの裾の上からだったのですが足にはシッカリと噛み痕ができました。

というわけで、窮鼠ならぬ窮チワワでもそんなことができるということで柏レイソルをみくびるなよっというオチになるわけです。そういえば市原オシム監督はペルシャ猫に似てるよねってわけで21日の千葉ダービーは期待してください。

え、チワワとその後どうしたって。

娘を退避させた後、犬用ぬいぐるみを手に取りボコボコ頭を叩いて躾けてやりました。

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2005年8月15日 (月)

徳島ヴォルティスはどうすか?

サッカーライフブログなのにサッカーの話を最近してないじゃんとか、元VORTIS関東隊なのに徳島ヴォルティスは無視かいとか言われそうなので、今回は徳島ヴォルティスのサッカーについて書こうと思いました。

前もって断りますが、VORTIS関東隊は大塚FCのサポグループであって徳島ヴォルティスのサポグループじゃないんです。だって、JFL卒業後に解散しちゃったから。それから今年は生ヴォルティスは開幕の仙台戦だけで後はテレビオンリー。でもまじめに殆ど見てるのですよ。

さて、先ほど京都パープルサンガ戦をテレビで観ました。というわけでこの試合での徳島ヴォルティスはというと

1)ひと頃よりJ2のスピードに慣れてきた。でもまだスピード不足。

 京都の方がボール奪ってから前に繋ぐの早いですよね。1対1のスピードでも置いていかれる場面も目立ちました。勝負どころでひと頑張できれば攻守両方で優位に立てるのにと思いますが。足元へのボールが多すぎるのも原因の一つかも。もう少しスペースを有効活用できれば攻撃の怖さが増すと思います。

2)けが人多すぎ

 私はサブが5人満たなくなった試合もある99年の体験者ですが、それ以来のけが人の多さじゃないでしょうか。林、石川、山口、大島等等。川北は去年の草津でやられてからまだ戻れないし(もうすぐっぽいが)、これでは戦い方限られちゃいますよね。これは選手というよりチーム環境の問題だと思いますが、スタッフも限られた厳しい条件の中で頑張っているわけですから何もいえません。ただ、林だけは事前にきちっとチェックしておけば防げたと思います。ま、とにかくみんな早く治して。

3)やっぱりいろんな面で不足してます。

 言い出したらきりないけど、京都戦でも決めなきゃいけないシーンありました(コージ!)。去年だったら確実に決めてたと思うけどしくじっちゃうというのは余裕がないのかなぁ。これはもっと経験積んで慣れれば変わると思います。

 それから若い力も不足してます。スタメン平均年齢も高いですし、やっぱり若い力必要です。現状ではイイ高校生はJ1に行っちゃうしここは長い目でヒラタさんやセッキーや、ツゲ君やリョウジに頑張ってもらうしかないのか。

他にもありますがとりあえずこの3つにしときます。

   といろいろ書きましたが正直、大塚FCが母体なんですけど、なぜか以前ほど愛着が湧かないのです。成績も今のとこリーグ戦前から予想している通りなのですが、知っている選手も多いのでヤッパリ頑張って欲しいなと思うのでした。

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2005年8月11日 (木)

追悼、イブライム・フェレール

キューバの老ミュージシャン達を撮ったドキュメンタリー映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」に出演していたキューバの歌手、イブライム・フェレールが先日亡くなられました。78歳でありました。

今、私は1冊の本を目の前に置いてこの記事を書いています。「愛がなければ、人生はない」。00年に発行された雑誌SWITCHの「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の特別編集本です。私は恵比寿の本屋で偶然手に取ったこの1冊をきっかけとして、それまでの音楽観を変えられてしまうほどの体験をすることになりました。この本にはイブライムの他、ルベーン・ゴンサレス、コンパイ・セグンド(2人とも03年に逝去)、オマーラ・ポルトゥオンドらのインタビューが載っています。私は当時のキューバミュージックブームにまんまと乗せられたミーハーでしたが、この人達のおかげで音楽とは楽しいのだということを再認識したのでした。01年に国際フォーラムで「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」のコンサートを観ましたが、それは楽しい音楽祭でありました(モヒートが2杯入ってもいましたが。)。この時期を機に私の音楽趣味はハードロックだけでなく、キューバやブラジルミュージックへも興味が広がりました。

イブライムは「音楽というものにとても幻滅してしまった。自分の望んでいるボレロを歌わせてももらえなかった。」として引退して穏やかに過ごしていたところ、ファン・デ・マルコスに誘われ、プロジェクトに参加することで歌への愛を取り戻したそうです。本当にお疲れ様でした。あなたの歌が素晴らしかったことは忘れません。そして我が娘にも伝えたい”素晴らしき先達の音楽”に加えさせていただきます。

合掌。

P.S 臭い言葉かもしれませんが”愛”は大事です。好きな人達やサッカークラブに対しても”相手に向かう愛”というのは大事です。自分ではそう言っていながら、実は”自己愛”が前提になっている人もいたりしますが、滅私の気持ちがなくては”愛”は成り立ちません。私も原点に帰ったつもりで我が愛するクラブに声援を送りたいと思います。

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2005年8月 7日 (日)

銚子花火大会

今日はサッカーは関係ありません。週末行った旅行の話です。

今週末は銚子へ行ってきました。奥さんの友達が銚子に住んでいて銚子の花火大会(6日)に誘ってくれたのでした。

銚子の町というと私にとって思い出深い町です。今から23年ほど前ですが、当時中学3年の私は初日の出を見るべく大晦日に自転車で7時間掛けて銚子まで走ったのでした。寒いわ暴走族は多いわで行く途中も着いてからもきつかったです。帰りは体力的にも極限状態で8時間掛けて戻り、家の玄関でそのまま寝てしまいました。ちなみに初日の出は水平線が雲に遮られてきれいには見れませんでした。

その後、マイカーが手に入ったときも、まず遠出をしたのも銚子と、実は何度も訪れているフェイバリットタウンなのでした。

そんな縁のある銚子でも花火大会は初めてです。銚子育ちのお友達の旦那さんの少々行き当たりばったりな案内で見物席の最前列まで繰り出し、親切な地元の方がシートに座らせてくれたおかげでいい場所でいいものを見ることができました。

chosi_hanabi 1歳八ヶ月の我が娘はというと花火大会会場に着いた時点で寝てしまい、私が抱いたまま私達は花火を見ていたのですが、さすがに最前列ですから大きな音に起きてしまいます。しかし、感心したことに最初こそ怖がって私にしがみつき視線を花火から逸らしていましたが泣き出したりはしませんでしたし、途中からは花火を見始めたりして、我が子の度胸のよさに感心する父でした。

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2005年8月 4日 (木)

千葉ロッテ対楽天

今日は会社の人達と千葉マリンに行きました。ウチの職場ではみんなでどこか行くってのは珍しいです。イヤほんと。

自分はファンクラブに入っているので割引で券を買えるのですが、上司に招待券を貰っちゃってタダ見してしまいました。感謝、感謝です。

会社のすぐ近くだし、奥さんの実家からも近いので行く機会も多いのですが、最近のマリンは屋台が出来たり、チアを混ぜたショータイムや、何とかデーとか企画が増えていてまさにボールパーク(ボール遊園地)化しています。私的には企画を考えている人にも興味が湧くのですが、先日買ったサンデー毎日の増刊「絶対優勝」という千葉ロッテの特集本には担当者のインタビューが載っていて、興味深かったです。

余談ですがチア全員の写真も載ってます。63人もいたのは驚き。

ファンというかサポといった方が似合う応援団のいるライトスタンドにも何度も混じりましたが、気兼ねせず楽しめるので好きです。

サッカーにはああいう雰囲気のゴール裏って無いような気がします。まあ、戦闘モードのゴール裏でしか得られないものも私はよく知っているので、ところ変わればってとこですね。

近いうちにまたマリンに行こうと思ってます。

あと、大塚明選手の応援パターンは我がVORTIS(大塚FC)の応援に繋がりがあります。

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2005年8月 1日 (月)

最近買ったもの、買いかけたもの

先日、新横浜にバルサ対マリノスを観にいったのですが、その前にいろいろ買い物をしました。

まず、マリノスショップにて以下の2点。

・玉田圭司の団扇(代表バージョン)

→これは玉田が好きなのと、試合時の涼をとるためにと購入。

・代表ユニ着たミッキーマウス人形

→子供へのお土産用。といいいつつ自分が結構欲しがっていたりする。

しめて1400円ほど。

続いてスクデッドにてお買い物。

・インターミラノ05/06(新シーズンバージョン)アウェイシャツ 10000円ほど

→ホームユニにすべきかと思いましたが、数ヶ月前に誕生日プレゼントと称して奥さんに04/05ホームユニを買ってもらったばかり。さすがに買って帰ると何か言われると思ったのでやめました。

買いかけたもの

・インターミラノ イタリアカップ優勝記念ペナント 3000円ほど

→優勝したとき、マジで嬉しかった。携帯の待ちうけは優勝したときの写真にしてるほどなのだが、イタリアカップで浮かれすぎたくないなあと思ったのと、これを買うとまた10年くらいノンタイトル時代が来るかもしれないし買っておくべきという情けない理由に屈してしまいそうだったので。

でも後日買っちゃう可能性50%。

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