第1章 1997年 2.開幕戦(1)
俺は目覚まし時計が鳴るより早く起きられる特技がある。余程早い時間じゃないかぎり大丈夫だ。ユウタロウはというと全く逆。ほっておくと9時まで寝ていたりするので、たいてい俺が“悪魔のモーニングコール”を入れることになる。 俺は朝飯を食いながらユウタロウに電話を掛ける。12回目のコールで電話に出た。
「もしもし、ユウタロウ?いつまでも寝てないで起きろ。もう6時だぞ。」今は本当は7時だ。あえてサバを読んで言う。
「ウあい。もふろふじでうか(“はい、もう6時ですか”らしい)」
意味不明なユウタロウ。「早く起きろ。遅刻したら破門だぞ。」
と言って電話を切った。
3月最後の日曜日、今日は開幕戦だ。
俺は愛車の古いトヨタ車に荷物を積んで出発する。オーディオからジョニークラッシュの“Axe to the Wax”が威勢よく流れだす。試合の日はいつも気持ちが高めるためこの曲を掛けながら出発するようにしている。戦闘モードへのスイッチ代わりだ。
俺達のホームスタジアム、南総総合球技場は町の中心から山あいへ25分程車で走ったところにある。周りに人家はないので太鼓を叩いてもクレームはこない。そういう意味ではありがたいが交通の便が悪く、近くにバスは通るが基本的には車を持っていないとかなり行きにくい場所だ。だから子供は親同伴じゃないと来ないし、学生の客はもっと来ない。“聖地”と呼びたいところだが、人が来ないので本当に聖地っぽくてシャレにならないっていうのが現状だ。だからいつも観客は7~800人ほどしか来ない。
ケイタは既に来ていた。ユウタロウも俺に遅れて15分程で来る。
「すいません。遅れました。」
いかにも寝起きといったユウタロウ。
「なんだその頭。」
と俺はユウタロウの寝癖で反り返った髪を見てケイタと笑う。
俺は弾幕の確認と太鼓のチューニングについて2人と確認する。
「開幕戦だしテンションを高くできるように太鼓のチューニングを高めに設定しよう。」
「はい、わかりました。テンポはどうします。」
「テンポは普段通りで行こう。展開によって少し早くする。それはお前が試合中にバランス取ってくれ。」太鼓に関してはユウタロウの感性に結構任せている。それだけ太鼓のセンスには信頼している。
俺達クルセイドは3人だけだが他にもゴール裏に何人かやってくる時がある。大概女の子のグループだ。
若い子は結構積極的に応援に参加してくれるが、座っているだけの女性達もいる。当然格好も応援するような服装ではこない。せめてチームカラーの青が入っていれば救われるが、敵のチームカラーで決めてくる人もいる。理由を聞くと“最近買ったお気に入りの服で○○クン(選手のこと)に見てもらいたかった。”と平然と答えたりする時のあり、勘弁してくれと思うこともしょっちゅうだ。
結局彼女たちの本当の目的は、試合よりも試合後に選手を出待ちして自分をアピールすることのようだ。俺は理解できないが、ユウタロウだけはこういう女性たちとも何のわだかまりなく会話ができる。
メインスタンドのお客さんはほとんどの人が座って静かに見ていたいという人たちだ。俺達はメインスタンドで応援していた時期もあり、かつては応援のレクチャーをしたこともあったが、煙たがられることが多く、人は来ないが応援に集中できるゴール裏へ移ってきた。ゴール裏といっても芝生席で傾斜がきつく、ずっと立っているのはつらい。でもここでやることに、今、俺達はプライドを持っている。
とまあこんな具合で俺達の置かれている状況というのは悩ましいことだらけだ。解決する見込みもない。でもチームのために俺達は応援を続ける。チームのためにやるという気持ちがあるからだ。
JFLの場合、開場は試合開始1時間前が多い。ウチもそうだ。今日も12時に開門。横断幕15枚、旗1本、太鼓1個。これが俺達の装備に全てだ。手分けして横断幕を張り終えるころには30分が過ぎてしまう。15分前にスタメンの発表があるので、手際よくやらないといけない。
今日の注目は何といってもマルセーロだろう。横断幕を張りながらケイタが尋ねる。
「加入して2週間じゃスタメンは微妙なんじゃないですかね?」
「俺もそう思う。練習試合でもゴールはあげてないって聞いてるから、スタメンはセッキーとハヤシバラだと思うよ。」と俺。
そこへメグミが駆けてくる。いつもこの時間にスタメン表をくれることになっている。俺は受け取ったスタメン表を見て
「ケイタの言ったとおりだよ。」
とケイタに渡す。マルセーロはサブメンバー登録で、2トップはセキネとハヤシバラだった。システムは4-4-2、ボックス型つまり守備的MF2人の構成だ。
「ファビーニョが望んで獲った選手じゃないから、起用には消極的だと思うよ。もっとも同郷人だからチャンスは与えるだろうし、結果を出して監督の戦術も理解したら立場はガラッと変わるだろうけどね。」と俺は続けた。
今日の対戦相手のアゲハ電機は全員社員選手だ。昨年は2戦2勝したが、いづれも1点差と苦戦した相手で油断はできない。
30分前、選手達がアップのためにグラウンドに現れる。選手一人一人のコールを始める俺達。手を上げてくれる選手もいれば、無視する選手もいる。当然だがこういう時の態度によってその選手への人気や信頼度が変わる。マルセーロは手を上げてくれた。でもサポが少ないのに唖然としたに違いない。でもこんなこと言うのは手前ミソだし、口には出せないが、俺は自分達がサイコーのサポだと思っている。思っていたい...。
キックオフはもうすぐだ。
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