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2005年11月12日 (土)

第1章 1997年 4.決意(2)

「毎年、こんな暑い中でやってんのか?」とヨシヤがクーラーから氷を取り出しほおばりながら俺に訊いた。

「いや、俺も記憶にない。ていうか今思い出せない。」と俺。それは本音だった。今昔のこと思い出せなんていわれても頭が回転しない。早く試合が終われ。勝ち負けはどうでもいいと冗談で考えることすら難しいほどスタジアムを包む俺達に関係ない熱さの中にいた。

「それにしても、もう選手誰も動いてないぞ。試合になってない。」とヨシヤがまた嘆く。

わかってると声には出なかった。俺達は何かに取りつかれているかのように応援を続けていた。俺はユウタロウの頭と自分の頭にペットボトルに入れた水を被せた。

女の子達も顔を真っ赤にしながら声を出し、メガホンを叩いていた。

試合は何事もなく前半が終わった。シュートは記憶にない。ただボールだけが行ったり来たりしているだけだった。選手達もうつむいたままロッカールームに引き上げる。GKのカワシマでさえしかめっ面のまま引き上げていった。

「しかし、想像していた以上にキツイな。」と俺はクーラーから冷えたお茶の入ったペットボトルを受け取り、栓を開きながらヨシヤに話しかけた。ヨシヤは無言で頷く。

「こんな持久戦じゃいつ点が入るのか判らない。延長もあるかもな。」

「カンベンしてほしいな。」とユウタロウ。

「中東でやる予選ってこんな感じですかね。」とケイタが訊く。ワールドカップ予選で日本代表が中東で予選を戦っていた。それをイメージしていたようだ

「いや、こんな湿度はないと思う。」とヨシヤが答える。

俺はそんなやり取りをただ黙って聞いていた。こんな状況でも試合中は一番声を出していなきゃならない立場の俺は、ハーフタイムによくそんな会話ができる余裕があるなと思いながら、連中を眺めていた。

ぞろぞろと選手が出てきた。

「さぁ、行こうか。」と俺は声を掛けた。皆がキツイ目つきに戻る。戦いは最低でもあと45分もあった。

後半に入っても試合は膠着したままだった。だが選手達は俺達以上にキツイはずだったがしたたかでもあったようだ。20分を過ぎたあたりからまた選手達は走り始める。それでもいつもよりも緩慢ではあったが、その姿は俺達に声を出せとムチを打った。

気温は上昇し続けているにも関わらず、次第に双方のエリア間を行き来する人数が増えていく。

“やっぱり、普段から運動しているヤツらは違うな”と俺は思った。俺達は皆限界一杯の中で声を出していたが、何故か休むということができないでいた。ただ何かに引っ張られるような感じで声を出し続けていた。俺は気づかなかったがヨシヤも俺の後ろで必死に声を出していた。

30分過ぎ、チャンスが来た。右サイドのソウバからのアーリクロスがゴール前に上がる。マルセーロと相手GKが競り合い、GKのパンチングでこぼれたボールがMFヨシマキの前にこぼれた。

ヨシマキは疲れていたが目の前に転がってきたボールをシュート。ボールは少しフカシ気味に上ずってクロスバーに当たって跳ね返り、ゴール前にいたマルセーロに当たってこぼれた。マルセーロはハッとして振り返り、こぼれたボールを押し込もうとした。

相手GKも慌ててボールを押さえようとする。

2人が交錯した直後、ボールはゴールネットに突き刺さった。俺達は歓声を上げた。

しかし主審はファールを告げる笛を吹いた。どうやら交錯したときにGKへのファウルをとられたようだった。猛然と抗議するマルセーロにイエローカードが提示される。ハヤシバラとアソウがマルセーロをなんとか抑えたが、俺達はというと疲労に落胆が加わり、ブーイングすらできない状態となっていた。

40分過ぎ、今度は敵のスルーパスがDFラインの裏へ抜けた。フジマの選手とGKカワシマが交錯する。今度は敵のファールとなった。が、カワシマはそのまま動けない。

トレーナーが近づく。しばらくして両手で“バツ”をベンチに向かって示した。どうやら顔を負傷したらしい。

タンカでカワシマが運ばれ、GKには今期初出場のマツハシが入った。

「大丈夫ですかね、マツハシ。初めてでこんな状況で...。」とケイタが訊く。

俺は答えなかったが、確かに嫌な予感がしていた。

こんな状況では試合に入っていくのはいつも以上に大変ではないかと思った。試合に出ている選手は暑さの中でも集中力を高まっているはずだったが、サブの選手、しかもアクシデントで急に入ったGKは待っている間、集中力を高めていられるとは思えなかった。しかも残り5分の場面だ。

悪い予感は的中した。再開して数分後、マツハシはバックパスをキックミスした。ボールは運悪くフジマのFWに渡ってしまう。

クゲが慌ててチェックにいくが、相手はフェイントで冷静にかわし、フリーでシュートを放った。ボールはマツハシの右をすり抜けゴールネットに突き刺さった。

0-1。試合はついに動いた。

歓喜に沸くフジマの選手を数少ないサポーター。俺達はただ呆然とそれを眺めていた。だがすぐにコールを叫ぶ。それはこの試合初めて湧き上がった勝負への執念というより、何かに突き動かされてでた声だった。

“ミクーニエフシー!ミクーニエフシー!”全員が再び声をあげ、太鼓のリズムがまた始まった。

そして試合は終わった。笛が吹かれた瞬間、ユウタロウはその場に倒れてしまった。俺は膝に手を突き俯いた。悔しさというより虚無感しか感じなかった。

選手達が挨拶にくる。マツハシは涙してアソウに支えられながら来た。俺達は手を叩くまでもなく呆然としているしかできなかった。この試合が極めて大事だったわけではない。が、つぎ込んだ気力はそれに匹敵していた。ケイタロウは膝を抱えさっきから泣いている。女の子達も泣いていた。俺は何も考えられなかった。

しばらくして我に返り、ケイタロウの肩を叩き後片付けを俺達は始めた。横断幕を外そうとするとヨシヤが手伝ってくれた。ヨシヤの顔は皆と同じように日焼けしていたが、えらく真剣な目つきになっているのに気づいた。ヨシヤは片付けの最中ずっと無言のままだった。

片付けが終わるとヨシヤはようやく話し始めた。

「残念だったな。」と一言。何かを考えているように見えたので

「どうした。何かあるのか。」と俺は訊いた。

「いや、なんでもない。」とヨシヤは答えた。

そして「また来る。」とだけ言い渡して帰っていった。俺はヨシヤの姿に何かを感じたがそれが何なのかはわからなかった。

ヨシヤは帰りのバスの中でも真剣な顔で考え事をしていた。そして、バッグから手帳を取り出し何事かを調べ始めた。駅に付いてバスを降りると携帯電話を取り出し、誰かに電話を掛けた。会話が20分近く続いた後、ヨシヤはキッとした表情で駅のホームへと向かった。その表情はバスの中での考え込んでいる表情とは違っていた。

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