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2006年1月 7日 (土)

第1章 1997年 5.クルセイド横浜(3)

13時キックオフ。タクマ達がいつも使用しているサンダーランドの曲のリズムが、サクライの叩くリズムから放たれた。

テンポはユウタロウのそれより少し速かったが、逆に原曲はそのリズムに近かったし、ヨシヤ達の感覚ではむしろ普通だった。Jチームの応援経験がある彼らには速いテンポのほうがノリやすかった。

 

この試合のためにヨシヤは、この曲が入っているCDをいろいろなサッカーグッズショップを探し回って入手した。この他にもタクマ達が使っている曲を、記憶を頼りに思い出しサクライ達に教えて準備してきた。

それはホームと同じ応援(応援歌)の中で選手達に戦わせてあげたいという気持ちからだった。違う応援パターンを作ることもできたが、あえてそうしなかった。もちろんタクマ達の代わりになりたいという気持ちもあった。

ただ、ゴール時用にだけは自分達で曲を用意してきた。ヨシヤはこれを歌い勝利する瞬間をイメージした。甘い考えではあったが今日はヤレるという確信を感じていた。がそれは突き崩される。

FWのスタメンはセキネとマルセーロ。スタメンでは初コンビだ。相手は前回対戦時にはホームで0-2と敗れているホイールズ。簡単に勝てる相手ではない。このコンビは一種の賭けのように思われた。

試合開始からホイールズペースで試合は進んだ。そして15分過ぎ、右サイドを突破されファーサイドに上げられたクロスにフリーで合わせられ失点した。0-1。

20分過ぎ、ディフェンスライン裏にパスを通される。危うくGKと1対1になる場面となり、DFのヒラオカが相手FWを後ろから引っ張って倒してしまう。一発レッド。早くも危機的状況に見舞われた。

ヨシヤ達が試合前にした“勝利する”という決意は一瞬曇ったが、ヨシヤはサクライに太鼓を叩きつづけろと指示した。

しかし不運は三度訪れた。30分前、アソウがタックルを受けて悶絶する。その痛がりは尋常ではなく、アソウはそのまま担架で運ばれてしまう。チームは攻守の中心まで失ってしまった。

「骨折かもな。」とヨシヤはつぶやいた。

「ヤバイですね。」とサクライ。さすがに応援は止まった。

ヨシヤはしばらくして気を取り直し、

「まだ試合は終わっていない。続けよう、サクちゃん。」とサクライにリズムを求めた。ここで引き下がったら何のために来たのか判らなくなってしまうとヨシヤ達は応援を再開した。

サクライが再度リズムを刻む。ヨシヤ達に気持ちの余裕や、甘い気持ちはなくなっていたが、このことが逆に気持ちを引き締め、応援はさらにタイトになり始めていた。

チームもこの尋常ではない危機的状況にもかかわらず、まだ攻める気持ちを失っていなかった。逆に中盤の運動量が増え始め、早いチェックから少しづつチャンスを作り始める。

そして前半終了直前、カタヤナギが左サイドを巧みに突破してクロスをあげる。マルセーロがヘッドでゴール前に落とすとセキネがボレーでゴールに叩き込んだ。同点。

 

ヨシヤ達は劇的な展開に興奮して一時我を忘れ歓喜したが、すぐに落ち着いて用意したゴールソングを歌い始めた。それはイタリアのインテルミラノの古いチームソング「FORZA INTER」を模したものだった。ヨシヤ達は待望のゴールを貰い、ゴールソングを歌えた事で気持ちが乗ってきた。

 

後半、ミクニは数的不利を感じさせない積極的な戦い方をする。高い位置で早いチェックを繰り返し、ボールを奪うとカタヤナギに預けてサイドからチャンスメークを徹底した。そして、75分、カタヤナギのパスを中央でマルセーロがワンタッチでDF裏スペースへはたく。そこにセキネが走りこみシュートを放った。 

2-1、逆転。

再び流れるゴールソング。ヨシヤはグッと拳を握った。

しかし、まだ試合は動く。

終了直前、相手のコーナーキックからこぼれ球を押し込まれ同点。2-2。

そして試合はそのまま延長戦に突入した。

ヨシヤ達は“絶対勝つ”という気持ちを持って応援を続けた。そして、延長前半10分、クゲからのロングボールをマルセーロが相手DFと競り合いながらドリブルで持ち込み、最後はGKの正面まで持ち込んでから豪快にVゴールを決めた。

3-2。勝利!

試合終了の挨拶後、ヨシヤ達のゴールソングが響く中、選手達が走って挨拶に来た。マルセーロは曲のテンポに合わせ手を叩き飛び跳ねていた。

ヨシヤは“今日のことは一生忘れないだろうな”と思った。

「来てよかったね。」とクミコが話しかけてきた。ウンウンと子供のように何度もヨシヤは頷いていた。目が少しだけ潤んだ。

「いやあ、凄い試合だったね。退場、ケガ、逆転、終了直前に失点、そしてVゴールと何でもありだったね。」とヨシヤは試合を振り返った。今更ながら言えることだが、試合中にはこんな感じで振り返れる余裕は無かった。が今他人事のように言える程、充足感でヨシヤ達は満たされていた。

「いやぁ、ひさびさにここまで真剣にやったね。」とサクライ。彼は太鼓の叩きすぎで手の皮がマレットとの摩擦でめくれてしまい、絆創膏を貼っている最中だったが表情は明るかった。

「こんな凄い試合なのに、向こうの人達無しで俺達だけで応援して勝っちゃうなんて..。」とムラタがにやけた表情でつぶやく。

「いや、俺達のおこないが良いせいでしょ。これでいい報告ができるってモンさね。」とヨシヤは皮肉っぽく言った。“いや、本当にいい報告ができるぞ。でも100パーセント素直に喜ぶかな”と考えた。初陣にしては贅沢な展開すぎたことも確かだった。

後片付けをした後、ヨシヤ達は選手達のバスへ向かった。

「イエーイ」

マルセーロはと大声を上げながら興奮状態で現れ、ヨシヤ達とハイタッチし、そしてクミコに抱きついた。悲鳴をあげるクミコ。お構いなしでマルセーロはまたヨシヤ達とハイタッチを繰り返した。

「マタシアイキテネー!ヨロシクー!」

と叫びながらハイテンションなマルセーロはバスの中に消えていった。

セキネとヨシヤはその光景を笑いながら見ていた。

「これからも俺達試合に行きますから、タクマ達のためにも頑張ってください。」

「ウン、よろしく。これからも頑張るんでまた来てください。」とセキネは答え、バスに乗り込んだ。選手達が窓から手を振りながらバスは去っていった。

ヨシヤ達の初陣は終わった。

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