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2006年4月30日 (日)

渦帝ダービー

4月29日、ついにこの日が来た。

柏対徳島が12年振りに対戦である。これは渦帝ダービーといっていい。

しかも席がバックスタンドの本当にど真ん中である。これも何かの因縁を感じる。

いろいろ余談があるのだが、あえてそれには触れないでおく。

とにもかくにも、私が待ち続けた試合が行われることになった。

 

柏は北嶋、岡山等けが人を大勢出しているが、元セレソンのフランサ、リカルジーニョ、そしてディエゴが戦列に復帰。この辺に層の厚さを感じさせる。

徳島はここ数試合のスタメンからCB井手口がケガで戦線離脱。代わりに大森が入り、辻本とのコンビを組む。

そしてキックオフ。娘を抱きかかえたまま試合を観ているので思うようには動けないこともあり、淡々と試合を観ることになる。理解できないかもしれないが私のここ十数年はこの両チームとの蜜月だったといっていい。だが、両方のチームに対し自分的には誰よりも思い入れを抱えているにも拘わらず、何故かまるで練習試合を観ているような気分だ。どっちの勝ち負けにも気持ちが偏れないのだ。1つのチームだけ愛するのがサポーターなのだとも思うが、こればっかりは仕方がない。

試合は柏がブラジルトリオを中心に谷澤、鈴木達也、小林が絡みながら早いパス回しで徳島中盤を翻弄し、試合を支配して攻め続ける。早い時間にフランサが決定機を迎えるが島津が体を張って防ぐ。他にも大谷のヘッドが秋葉に当たる等アンラッキーもあり得点できない。

一方、徳島はカウンターから左サイドのジョルジーニョに繋ぎクロスをあげてくる。柏サポーターにとっても因縁ある羽地のポストプレーも効いていて、個人レベルの差を補う戦いをしている。こちらも25分過ぎにリカルジーニョのパスミスからジョルジーニョが決定機を迎えるが、左足のアウトで蹴ったループは惜しくも枠外へ。思えばこれが最大のチャンスだった。

前半は0-0で終了。柏がワンタッチパスを連発。フランサはシュート意識こそ低いが明らかにワンランクかツーランク上のボール捌きで攻撃陣をリードし、徳島を押し込んでいったが、中央に偏りすぎたせいもあり、また最後の最後で体を張り切れないために強いシュートまで持っていけない。徳島は中盤高い位置で相手のパスミスや、パスカットを取るとチャンスを作れるが、最終ラインがボックスまで押し込まれてボールを奪うシーンが多く、反撃するには相手ゴールが遠くなりすぎて、攻撃にスピードがないここまでの問題のせいで、相手の早いチェックに中盤で奪い返されるシーンが多く、レベルの差を見せられながらの展開になっていた。

後半の課題は、柏は早く先制点をとること、徳島はいつものように後半運動量が落ちるのを持ちこたえられるかであると見た。果たして..。

後半も柏の早い攻撃が続く。そして後半7分、やはりブラジルトリオのパス交換からリカルジーニョに先制点が生まれる。徳島守備陣は付いていき切れなかった。前半のように最後のところで人の壁を作ることができなかった。均衡が破れると展開は一方的になっていく。徳島も大場を投入し、右サイドから大場がクロスや突破を仕掛けるが、前半目立っていたジョルジーニョが消えている。羽地にもいいボールが入っていない。これではジョルジに繋がるはずがない。

結局いつものように徳島は運動量が減り、体が立っている選手が増えてくる。この後も柏が順調に加点。反比例するように徳島の得点の匂いは消えていった。

そして渦帝ダービーは4-0で柏の勝利で終わった。

大喜びする柏ゴール裏だったが、私には柏の攻撃はいささか雑に思えた。もっと取れたはずである。徳島は前半見る限りこれほどの差が柏との間にあるとは思えないが、今シーズンのここまでの試合を観ていると、こうなってしまう明らかな原因があって、かなり大きな病巣になっているとあらためて感じた。

娘が寝てしまったので、雨も降っていたせいもあり早々に帰ったが、もう少し緊迫した試合になってほしかったというのが正直な感想だ。私を徳島へ導いてくれたあの人のためにもいい試合になってほしかった。12年は長すぎたのか。

田中監督を決して擁護していたわけではないが解任には反対していた私ではあるが、もはや限界かと思う。だが解任してどうする。続けさせるよりマシという理由で解任しても殆ど良くはならないと思う。されとて、難しい問題である。

最後に私の娘はこの日サッカー初観戦であった。2003年JFL初制覇の前日に生まれた申し子である娘は試合の殆どを(雨の中)寝ていたが、小さい眼にどのように映ったであろうか。

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2006年4月25日 (火)

小説の仕様を変更

これまで小説の文字に色をつけていたのだが、そうすると自分の携帯から見れなくなるという欠陥が発覚(先月携帯を変えたばかり)したので、今後は色はつけないことにします。

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2006年4月22日 (土)

水戸戦

最近は忙しくて更新ができず、今日やっとできることとなった。

とはいえ、当初今日は水戸に行く予定だったのだが、いろいろ都合が発生して行けなくなってしまった。

EASTの髭殿には水戸に行くと宣言していたくせに申し訳ない。必ずどっかで埋め合わせします。

 

さて、ということでいつものようにスカパー観戦。

細かい点についてはもう書かない。だって毎試合変わんないんだもん。

で、前々回の山形戦のビデオを観て感じたことと同じことを感じる。”そんなに悪いか?”

テレビで観ているからかもしれないのだが、高い位置でのチェックは結構早くできているし、試合後半も急激に運動量が落ちているわけでもない。失点の場面でもそんなに崩されているわけでもないし、ラストの精度が悪いがチャンスは作れている、様に見える。

でも...。

得点の匂いしないなあ。てゆうか、試合開始から終了まで同じテンポだからそう感じるのだろう。最近の試合で得点するときって、こっちが見ていても唐突に得点するシーンが多いような気がする。セットプレー以外の話だが。

突出した”個”を持っている選手がほとんどいないのも、そうなる理由の一つだろう。だから負けたとき負け方が悪く見えている部分もあると思う。数少ない”個”を持った片岡は負傷中だし、玉乃もねえ。

きついことを言ってしまうが、開幕して10試合は過ぎた。次節以降で、ここまでやれてないものが急にやれるようになるとも思えない。だから、今年はいま見ている徳島サッカーに付き合うしかない。

つまり、あとは今のサッカーの精度を上げてミスを少なくし、チャンスをものにする精度を上げていくしかないと思う。少なくとも片岡が戻ってきて劇的な変化が起きない限りはね。

コンセプトは悪くないと思うし、ある程度できていると思うのだ。ただ、今のレベルのままでは見ててつまんないし、勝てないだろうなあ。

繰り返すが俺が見ている限りではそんなに悪いとは思えない。それに今の徳島はJにあがって2年目。まだ、サポーターが結果を、結果をって監督やフロントを突っつく段階ではないと思う。

試合の負けや内容に不満の意思を示してもいいが、決して感情的にならないでほしい。今はみんな我慢できているからこそ今あえて言わせて貰いたい。

それにまだ第1クールであり、また徳島は経験豊かな選手が多く、メンタル面で悪い流れを断ち切れないということはない。順位は11位で後がなくなってきたけどね。でもこういう時期だからこそ。サポーターってやることの大部分は忍耐だから。

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第1章 1997年 6.本音(2)

突然大声でJ昇格の夢を語ったユウタロウに皆びっくりした。

ユウタロウは突然立ち上がり喋り続けた。

「俺はいつもミクニでJに行きたいって思いながら太鼓叩いてる。確かに簡単じゃないけど、俺は鴨川って街が好きだし、この街がもっともっと盛り上がったらいいなと思ってる。ヨーロッパとかには鴨川より小さい街あるけど、そういう街でもサッカーで盛り上がってるところがあるし、だから鴨川でだって出来ると思う。ミクニのサッカー観たことない人が街にまだ一杯いるけど、観てもらえればサッカーの楽しさがわかってもらえると思う。鴨川をサッカーの街に出来る思う。」

ユウタロウは一気にまくし立てた。呆然とする俺達。

「まあ、ユウタロウくんもさぁ、座ってさ。」とヨシヤがユウタロウをなだめて座らせた。

「うん、でもJを目標にするのは決して夢で終わる話じゃないよ。だってJFLのすぐ上はJなんだし。もう千葉には2チームあるけど、何チームあったって言い訳だしさ。」

ユウタロウは興奮していたが、促されて座った。目が涙目になっている。ほどなくして嗚咽を漏らして泣き始めた。

「俺はJリーグ行く..。Jリーグ...。」

皆がシーンとするなか、ユウタロウの嗚咽だけが聞こえていた。俺はメグミに目配せし、そしてヨシヤにそっと耳打ちした。メグミがユウタロウの傍へ移動し、なだめようとする。

「とりあえず、ここは閉めよう。ユウタロウ送ってから、俺のウチで続きやろう。」

ヨシヤは頷く。俺はケイタ方を向き

「横浜組、俺の家まで送ってくれる?鍵渡すから。」

「わかりました。」俺はケイタに家の鍵を渡した。

その後、ユウタロウはすぐに眠ってしまったので、メグミと二人でユウタロウを家まで送り、そして自分のマンションへ戻った。

家では既にヨシヤ達が盛り上がっていた。

「何いきなり人のウチで盛り上がってんだよ。あっ、どっから写真出してきたんだよ。」

床にはアルバムが転がっており、俺とメグミの写真が貼ってあるページが広げられていた。

「オマエ、馬鹿正直に彼女との写真アルバムに飾っておくなよ。観てくれって言わんばかりジャン。」とヨシヤ。

「ねえ、これも面白いよ」とムラタが別のアルバムを持って奥の部屋から戻ってきた。

「ユウタロウ、大丈夫だった?」とヨシヤが訊いた。

俺は台所で、帰る途中買ったカットフルーツを皿に盛っていた。

「ああ、たまに飲みすぎて寝ることあるんだよ。大丈夫、アイツは。」

俺はひと呼吸置いてから付け加えた。

「でも、アイツがあんなにJリーグ意識していたなんて初めて知ったよ。あれがアイツの本音なんだな。」

「熱く語ってたな。」

「正直、とまどったよ。あんなに泣くほどJリーグ行きたがってるなんて思わなかったからさ。」

「試合の時も俺達のこと、かなり意識してたしな。」

「随分硬くなってるなと思ったけど、ヨシヤたちがJのサポだって知ってるから負けたくなかったのかもしれないな。」

「でも俺がお前らの立場ならJに行きたいって言うと思うけどな。彼みたいに。そっちの方が普通かなって思うんだけど、オマエの本音はどうなのよ。」

「どうって?J行きたくないかって事?」ビールを一口飲みながら頷くヨシヤ。

俺はしばらく考えてから

「わかんねえ。やっぱりその前にもっと盛り上げたいと思うし。でもこの街でJ行くことの難しさが大人になると冷静に見えてきちゃうから、そのことから目を背けてるのかな。」と自分にいいきかせるように言い

「まあ、俺達に聞かれてもそればっかりは判らないな。」

俺はフルーツを盛った皿をタケイに渡して、また台所へ戻った。

「そういえばさ。」俺は次にスティックをグラスに盛り付けながら、

「オマエ、彼女と何年付き合ってんの。」とクミコの方を軽く指しながらヨシヤに訊いた。

「何年かな?う~ん、かなり前からの知り合いでね。付き合い始めて..、5年かな?」

クミコは、サクライがメグミをからかっている隣で笑っている。

「結構長いな。付き合い始めたきっかけって何?」

「あいつの車借りたんだけど、ぶつけちゃってね。金なくて修理代払えなかったんだけど、その時肩代わりしてくれたんだよね。」

「自分の車なのに?」

「うん。それから付き合い始めたのかな。」苦笑いするヨシヤ。

「で、金は返したのかよ。」

「まだ..。」

「大丈夫なのか?」俺はスティックを盛ったグラスを手に尋ねた。

「返せなかったら結婚する。」

「お、言ったね。いつまでに返さなきゃいけないんだよ。」

「決まってない。」とぼけるヨシヤ。

「なんだそりゃ。」

「それはそうと、オマエとあの子はどうなの」と唐突にメグミのことを訊いてきた。ヨシヤが反撃にでる。

「付き合って2年かな。」

「いや、そうじゃなくて、結婚は?」

「まだそこまで考えてないけど。」俺は戸惑いながら答えた

「考えておいたほうがいいかもよ。」とニヤッと笑いながら返すヨシヤ。

俺は、サクライにからかわれて顔を赤くしながら談笑しているメグミを見て、少しシリアスになった。

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2006年4月 8日 (土)

水曜のJ2

この日は贅沢なサッカーの見方をした。

千葉テレビで柏-愛媛戦が生中継。スカパーで徳島-湘南戦も生中継。てなわけで、この放送局の組み合わせならばテレビを2画面にすれば両方とも同時に観れるのだ。なんとすばらしい。てなわけで、定時に仕事を終え、すばやく家に帰り、夕食も取りながら贅沢を楽しんだ。

が、意外と両方に気を払うのが難しい。どっちか片方になってしまうのが実際だ。というわけで「アブナーイ」と奥さんが唐突に言うが、私は「エッ、どこが」と返してしまう。2人して観ている試合が違うと隣で観ていてもこういうことが起こる。

さて、先に柏-愛媛戦を簡単に。

柏は全体的に疲労が明らかで、動きが重い。それでも元気な愛媛相手に試合を支配できてしまう。愛媛は前節の勢いそのままに、カウンターから時々チャンスを作る。結局、1-0で柏が勝ったが、この試合に限って言えば愛媛にも勝ち目が十分あった試合だった。それぐらい愛媛はやれていた。事実だ。もうしばらくは愛媛は勢いを持続するだろう。但し、結果が付いてくるかは五分五分。この試合もそうだが、決定力が低い。第2クール以降疲労がたまり守備がほころびてくるとこのままでは勝てないと思う。

逆に柏は疲労困憊なのに結果を掴んでいる。これはチームの力があるからだが、日程的にも厳しい状況が今後も続く中で、どう選手を休ませるかがポイントになるだろう。

さて、徳島-湘南戦。

う~ん。今もビデオで見直したがハッキリ言うとつまらない試合だ。徳島だけでなく湘南も、見ていてワクワクする攻撃の流れを試合中に作れていない。中盤の攻守の切り替えは早かったが、これは単にパスが繋がらず、お互いにパスカットされてばかりいるからにしか見えなかった。

湘南はワンタッチパスからのスルーと、後ろから飛び出していく選手の動きが何回か見られた。が、徳島は一瞬のスキを小林と秋葉がものにしたシーンだけだ。動かないよな~、徳島の選手。去年からずっと感じているのだが徳島のサッカーは遅い。あれでは1点は取れても、2点以上は偶然や相手のポカがなくては取れない。神戸戦はその典型。今はフォーメーションや戦術以前の問題なのだ。

中盤の選手には、ボールを受けて、前を向いて、押し上げて、チャンスメークしてという動きをもっと多く、しかももっと早くやれるようにしてほしい。去年からもだが、それが一瞬でも出来た時は結構得点になっていると思うのだが。

私は別の田中さんを擁護したいわけでも、選手を非難したいわけでもない。ただ、選手がもうワンテンポ、プレースピード(判断)を早くするだけで、面白いサッカーが出来て勝てるようになる余地があると見ているのだ。

 

最後に両試合を見ていて感じたこと。

愛媛は広島から高萩とか、柏から菅沼とか若くていい選手をいくつも貸してもらえている。対して徳島はどうか。ああいう若くて有望なのに所属元ではスタメンの壁で試合に出れない選手とか貸してもらえるルートをチームが持っているだろうか。コレは明らかに禁句だと思うが、徳島に加入する選手って皆...。

でも、こういうルートがあるとチームの将来を大きく左右するんだよね。それこそ目先の勝ち負けなんかよりよっぽど重要だと思う。

福岡に頼んで柳楽とか貸してもらったりとかできないかなとか思う。

そういうこともあって私は田中さんを大事にしないといけないとも思うのです。いやマジメな話、ウチのチームで他のJチームに一番顔効く人っていったらそうでしょ。成績不振だからって一方的に追い出したりなんかしたら、失うもの大きいと思うんだよね。

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2006年4月 4日 (火)

監督はつらいヨ ~ラモスとタナカ編~

さて、先週末のJ2について。

まずはヴェルディ-レイソル。

2日経ってから浮かんだ言葉で言うと、「監督はつらいヨ ~ラモス編~」っていうか、「ヴェルディ新喜(悲)劇」っていうか。

立ち上がりバタバタして失点して、20分くらいからペース掴んで逆転して、折り返したらまたバタバタして、退場者出した直後同点にされて、逆転されて、また退場者出して、結局負け。柏が90分間自分達のペースを結構保てているように見えたのとは対象的に、ヴェルディは不安定な試合運びでしたね。ラモスも選手も分かっているようなのにどうにもならないって感じで、今の時点でのチームの差がはっきり出てました。

そうそう、「こち亀」のストーリーみたいだったね。

今朝の新聞では敗戦後のロッカーで「次だ、次!」と切り替えようとする選手に「次はないんだヨ!今なんだヨ!」と激高したとの記事も読んだが、ことあるごとに都並コーチと「俺たちのときは...」なんて愚痴ってるなんて記事もあったりして、あの気性だし、監督業がつらいんだろうなあってハッキリわかるヨ。

それにしてもヴェルディ、カード多すぎ。柏時代もラモスが来た途端にカードが増えて、毎試合のように退場者出してたけど。”気持ちを込もったプレイと、ラフプレイを選手が履き違えている”と当時どっかに書いてあったのを思い出しました。この日も同じかとは断言できないけどね。個の力はJ2トップだと思うけど、なんか空回りしてるよな、噴かしすぎて最後エンジンかぶっちゃうスポーツカーみたいだよね、ヴェルディって。大野もパッとしなかったなあ。

でも、「こち亀」なんで見てる分には面白い試合だったけどね。

 

さて、今日の本題、四国ダービーです。

四の五の言っても何なのでハッキリと言いましょう。

バカモノ!

愛媛とのダービーの1回目だということを選手は意識していなかったのだろうか?していたけど負けたから悔しいので「意識していない」と発言したんだろうなんて、都合よく弁護する気にはなれないほど中味のない試合。

得点のニオイしたのなんて開始1分の小林のシュートだけ。最後の5分?あんなの怒涛の攻めなんかじゃないよ。ただ、前線に人増やしてボールに競りにいっただけ。攻めが遅いから崩しのプレイができなくて、ボックスに放り込んで、競り合って、そこまでっての繰り返し。以前も言ったけど、この辺りは監督の作戦というより選手の問題。

この試合に賭けるサポの気合い、試合に来たサポの数や、声や、横断幕見て気づかないのかね。気持ちが全然伝わってないのかね。記念すべきJでの初四国ダービーを貶めたのは他ならぬ主役の選手達であったことが残念でならない。

選手達に言いたい。見えるとこ見えないとこでサポに要望言うのもいいけど、君達もちゃんとしてよ。

印象に残ったのは田中さんの記者会見のコメント。

Q:内容的には完敗だったと思いますが...?

A:そうは(完敗だったとは)思いません。

ハハハハ、この人もつらいヨ。

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2006年4月 2日 (日)

輝けるトロフィー

Photo先週木曜日、今年初のマリン観戦へと出かけました。相手はハムです。

試合は6-4で勝利。シンゴ→フジタ→マサヒデと継投し3連勝となりました。

この日は内野指定で観戦。目の前には新しくできたフィールド・ウィングシートがありました。あそこで観たら面白そうだなあと思ったので次回は入ってみようかと。

さて、この日のお目当てはもう一つありました。かのWBCの優勝カップがWbcこの日までマリンスタジアムで公開されており、一度観ておきたいと思ったのでした。

マリン正面にステージに鎮座する実物は、サッカーのワールドカップのトロフィーと比較すると、歴史の重みは感じさせませんが、表面の鏡面加工が綺麗で、かつ結構大きくて貫禄のあるものでした。次回はデザインが変わるのか、持ち回りになるのか不明ですが日本が最初に手にしたことに嬉しさを感じるのでした。言い過ぎだと思いますが、正直、韓国にくれてやらなくてよかったなと。

そのトロフィーですが、徳島も2年前はJFLで優勝しリーグ優勝のトロフィーを獲得しました。しかし、そのトロフィーは写真が掲載されたことはほとんどありません。

Photo_1 あれ、Jリーグの選手名鑑のいくつかで載っていたのは?という問いに答えを。

あれは実は私が用意して選手に渡したものです。つまり当時活動していたVORTIS関東隊のカップ。つまり関東隊杯です。今でも徳島のクラブハウス(ブラジルクラブ)にあるはずです。カップのプレートにも「贈 VORTIS関東隊」と入ってますから。本当です。

なぜ、そんなものを造って贈ったのかとの問いについてはいづれ小説に載るのですが、かなり先になるので答えておきます。

簡単に言えばそんなもの造って贈るサポいないだろうから、造っちゃおうということです。

余談がりまして、その前年、初優勝したときにも実はカップを用意して贈ったのです。そのときはサッカーショップで売っていたイングランドプレミアシップの優勝カップの形をした貯金箱(高さが20センチくらい。5000円。)をお化粧直しして贈ったのですが、後日、本物のリーグ優勝カップを雑誌で見たとき、私のより大きかったことで何故かムカついてしまいまして(カップにね)、”ヨーシ、来年はもっと立派なのを”と発起して、ネットで検索して200近いデザインの中なら選んで造ったものがこれです。

値段?それは伏せておきます。

なんにせよその後、関東隊杯のカップは、いろいろな雑誌でも写真が載り、一部雑誌ではちゃんと”サポーターから贈られたカップ”とも紹介されており、

WBCのカップを見たとき、あれ大事にされてるかなあとちょっと思ったのでした。

Photo_3 そうそう、最近MTBを買いました。いろいろあって自分で納得いく乗り物をひとつ買いたかったので。

ブランドはトニーノ・ランボルギーニ。あの車のランボルギーニと同じです。値段は高級MTBとは比較になりませんが、スーパーカー世代の私としては、あの牛のマークへの憧れもあります。(マークの写真は著作権もあるのでご遠慮を。)

昨日、近くの河川敷で初ライド。桜が満開の河川敷を走る気分は爽快でPhoto_2した。

そういや、ある外車専門の中古車ショップで270万円のカウンタックが売ってましたね。あれは驚いた。

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