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2006年5月 2日 (火)

第1章 1997年 6.本音(3)

シーズンは終えた後は天皇杯サッカーがすぐに始まった。1回戦、2回戦は下のリーグのチームが相手とあって順調に勝ち進み、来週、J1の横浜マリノスと対戦することとなった。場所は鹿児島の鴨池陸上競技場だ。

俺は、クルセイド正式発足以来、初のJチームとの公式戦ということもあって、一杯食わせたいと思った。何かネタを特別に用意したい。だが、「じゃ何がいいか?」と考えてもなかなか思いつかなかった。

 

週末、俺は気分転換に新宿まで趣味の輸入CDを買いに出かけた。特に西新宿界隈は輸入ハードロックCDのメッカなのだ。

新宿駅を降りて大久保方面へ向かう途中に、その手のCDを専門に扱う店がいくつもあるエリアに行き着く。俺は以前、CDを買ったことがある店で、お気に入りの70年代に活動していたバンドのCDを物色することにした。

店に入り、ところ狭しと並べられた棚からお目当てのバンドのCDをチェックしていたときだった。誰かが不意に俺の肩を叩いた。振り返ると、そこには人懐こい笑顔をしたマルセーロの顔があった。俺は驚きのあまりのけぞり、目の前にいるラテン系の顔を見直したが、そこに立っていたのはやはりマルセーロだった。心臓が飛び出しそうなほど動揺した。

マルセーロは赤いベレー帽を被り、黒の革ジャンに、薄い迷彩ガラのパンツとブーツを履いていた。とてもサッカー選手とは思えない格好で、顔立ちや髪形もあってパッと見はチェ・ゲバラにソックリだった。

「なんでここにいるの?」俺はドキドキしながら尋ねた。

「買い物。CD買いにキタノ。タクマもなんでいるの?」

「いや..、俺もCD買いにきたんだけど。なんでここ知ってんの?どうやって来たの?」

「ムトウに、この街行けばいろいろあるって聞いた。電車の行き方も教えてくれた。」ムトウとはミクニの選手で、ハードロックの趣味を持っている。俺も趣味が合うので時々その手の会話をしている。

「一人で来たの?よく来れたね。」

「ノリカエ1回だけだったから。」とマルセーロ。確かに安房鴨川から特急に乗れば、東京で乗り換えるだけだ。

俺は、さすが最大のサッカー選手輸出国の人だけあるな。すげえ順応性というか、バイタリティというか、これがあるから世界で成功するのかと思った。日本語も来日当初から驚くほど上達している。

「でもハードロック好きなんて初めて知ったよ。ラテンじゃないんだ。」

「ブラジルにもメタルバンドいるの知ってるでしょ。ボクはラテンよりロックが好き。」とマルセーロ。

「知ってるよ。でもここまで買いに来るのは、かなりマニアなファンだよ。千葉とかでも輸入CDは買えるでしょ。」

「一度行ったけど、欲しいもの無かった。だからここまで来た。」

「で、それは買えたの。」

「ウン、隣の店で買えたよ。コレ。」といってディパックの中からCDを取り出して見せた。それは俺も名前を知らないようなマニアックなバンドのCDだった。

その後、俺はその店で何枚かCDを買い、二人で近くのコーヒーショップで休息をとった。マルセーロとこんなに親しく話す機会は初めてだったので、いろいろ訊いてみることにした。日本人選手はともかくブラジル人選手の日本観などはとても興味があった。

「鴨川どう?」

「大好き。ブラジルより平和だし、街の人もいい人ばかり。ずっといたい。」

「鴨川にいて退屈しない?ここ(新宿)とは全然違うでしょ。」

「(首を横に振り)住むには鴨川みたいな街がいい。ここはウルサイ。」

「ハードロック聴く人がうるさいってのもよくわかんないけど、鴨川そんなに好きなんだ。確かにブラジルと比べると平和かもね。」

「ウン、家族も呼びたい。タクマ、鴨川キライ?」

「いや、生まれた街だし好きだよ。でもサッカー選手だったら、これからいろいろ移籍して、いろんな街に行って、有名になるんでしょ。」

「(首を横に振り)イヤ、ならなくていい。ボクはずっとサッカーはしない。」

「エッ、なんで?」

「父さんの会社ヤルと思う。父さん、ブラジルでミクニの食べ物売ってる。」

「そんなこと初めて知ったよ。そうなんだ?」

俺は最初こそ丁寧に単語を選んで話しかけていたが、マルセーロの流暢な日本語と、話の内容に飲まれて、無意識に日本人同士で話す感覚になっていった。

「父さん、ボクのマネージャーもしてる。前のチームやめるとき、ミクニのシャチョー(社長)にボクを教えた。」

「そうだったんだ、でもマルセーロはどうなの?サッカーで有名になりたくないの?代表とか入りたくないの?」

「ムリムリ。父さん、ブラジルでは少し金持ち。サッカーで有名にならなくてもダイジョブ。」

「へえ、でもちょっとがっかりだな。サッカー上手いのに向上心ナシでやってるなんて。応援してるのに。」

「コウジョウシン?」

「うん、向上心。なんだろ..、上手くなりたい、有名になりたいって気持ちでサッカーやることかな。」ちょっと違うかな、と思った俺はあらためて

「やっぱサッカー好きでしょ。サッカーずっとやりたいでしょ?」と訊いた。

「う~ん。」マルセーロは真剣な顔で考えこみ始めた。

俺は言いすぎたかなと思ったので

「まあ、いいよ。試合でがんばってくれれば、鴨川にずっといてくれればウレシイし。」

と話しを切って、質問を変えた。

「ところでさ、その服どこで買ったの?」

「ああコレ、原宿で買ったんだよ。」とあっさりと驚くべき返事をした。

「原宿...?原宿知ってんの?」唖然とした。

「ウン、たまに行くよ。」とアイスコーヒーを飲みながら、マルセーロは平然と答えた。

俺は、サッカーで日本がブラジルを越える日は永遠にこないと思った。

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