« 日いずる国は... | トップページ | これでは四国ダービーではない »

2006年6月24日 (土)

第1章 1997年 7.天皇杯(1)

 水曜の夕方、仕事から帰った俺は家にもどりくつろいでいた。天皇杯のマリノス戦が週末に近づいてきた。でも未だに試合用にネタは思い浮かばないままだ。皆を驚かせたいと欲を欠き、全部自分一人で準備して当日出そうと考えていたのが裏目に出ている。あせりは募るばかりだ。
 なんとなしにヨシヤに電話を掛ける。マリノス戦には横浜組も行くとのことだった。
「今週末どうすんの?いくって訊いたけど。」
「おお、行くよ。行くんだけどさ。」なんだかヨシヤの歯切れが悪い。
「なんだよ。心配ごとでもあんのか?」
「それなんだけど、どっち応援したらいいか、みんなで揉めてるんだよ。」
「揉めるって何だよ。何で揉めるの...。もしかして、お前らマリノスのサポなの。」
無言のヨシヤ。図星らしい。
「なんだよ。それじゃどっちにしろ行くって言うよな。ま、じっくり考えてくれよ。いいよ、向こう行っても。」
と珍しくこっちの立場が上なので、あえて突き放すようなことを言ってみる。
「まいったなあ。どうしよ。」とヨシヤ。真面目に困っている。
試合用のネタを相談しようと思ったが、それどこじゃないようだ。
「ま、俺には関係ないから。じゃ当日逃げないで来いよ。じゃあな。」と電話を切った。

 ヨシヤの悩みはともかく、こっちの悩みも解決を急がなくてはならない。さりとて何かアイディアは無いものかと考えた俺は本屋に何かネタはないか出かけた。
 家の近くのニシウチ書店のウィンドウにはミクニサッカー部のJFLリーグ戦ポスターが貼ってある。マルセーロとセキネのプレー中の写真が使われている。
 企業のサッカー部でありながら、このポスターを街中で結構見かける。理由は街の青年会の人達が中心になって貼っているからだ。青年会は一時ミクニサッカー部をプロ化してJリーグを目指そうという運動をしていた。ミクニが乗り気でなかったことや、地元の熱気が盛り上がらなかったこともあって、運動自体は萎んでしまったが、それでもポスター貼り等の試合告知活動は生き残って続いている。それだけでもありがたい話ではある。
 プロ化してJリーグを目指すことについては、最終戦の後の打ちあげでヨシヤ達に言ったが、Jリーグ以外の道もあるかなと俺は考えている。何も無理してJリーグ行かなくてもというのが本音だ。今の状況を見てもそんなこと考えられないということもある。
 だが、ユウタロウのJリーグへの思いは、あの日以降俺の中でも波紋となっている。もしかして、自分も本当はJリーグへミクニサッカー部をあげたいと思っているのに、ちょっと大人になったせいで、分別の良い大人のふりをして別の道もあるなどと言っているのではないかと。ヨシヤにも訊かれたが俺の本音はどうなのよってとこが、俺自身には分からなかった。
 店に入ると、店主のニシウチさんに挨拶した。彼は青年会の一員だ。
「よう、タクマくん。鹿児島に行くの?」
「ええ、格安のツアー見つけたんで。」
「いいなあ、俺も行きたいよ。」
「青年会の活動はどうなっているんですか?」
「Jリーグの話?今は休止中ってとこかな。でもあきらめてないよ。」ニシウチさんは強気だ。
 俺達が話しているところへ、他のお客が雑誌を差し出した。それはプロレスの週刊誌だった。表紙にはプロレスラーの長州力が載っていた。
 俺はハッとして、その客が買った雑誌を棚から手に取った。しばらく考え込んだ俺は“これだ!”と思いついた。
 その後、俺は10メートルほどの白い布を購入し横断幕の作成に取り掛かった。昼間は作成できないので家の中で、夜、作成するしかない。それでは作成にペンキは使えないので、墨汁を使うことにした。

 土曜日の朝、俺とユウタロウ、ケイタの3人は羽田空港に出発ロビーにいた。そこへヨシヤとサクライ、ムラタ、タケイの4人がやってきた。ヨシヤは平常心のような表情を浮かべているが、心の中が穏やかでないことが俺にはわかった。
「よお、今日はどっちで応援するんだよ。」俺はいきなり核心を突く質問をわざとぶつける。質問するとき、笑いをこらえられず、吹き出しながら訊いた。
「その質問にはノーコメントです。」とヨシヤ。
サクライたちも、この質問は訊かれたくないようだ。
「まあ、どっちでもいいよ。今日俺は秘密のネタを用意してきたから。イヤでも試合盛り上げてあげるから。」と俺。
「何、秘密のネタって?」
「秘密は秘密だって。試合のとき見せてあげるから。」
不安そうな表情をヨシヤはした。

 鹿児島、鴨池競技場。バックスタンドに噴煙をあげる桜島が見える。俺達はアウェー側のゴール裏に陣取った。結局、ヨシヤ達も一緒に付いてきた。向こうに行かないって事は向こうのサポとは今は縁がないのか。よくわからんが。
「それじゃ、秘密ネタの横断幕貼るから。テレビ中継も意識して、バックスタンドのコーナー側に貼ろう。手伝ってくれ。」俺はユウタロウたちにもまだ見せていない特製横断幕をゴール裏エリアのフェンスのバックスタンドに一番近いところに広げた。広げた瞬間、胸がドキドキした。その横断幕には白地に黒い文字でこう大きく書かれていた。
“かませ犬にはならねえぞ”

|

« 日いずる国は... | トップページ | これでは四国ダービーではない »