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2006年6月 1日 (木)

神様と私 (その一)

私は神というものはあまり信じていない。たった一つの神様以外は。
もちろんサッカーの神様のことである。
なぜサッカーの神様だけは信じているのか?いつから信じているのかといった方がいいが、それはサポーターを始めて何年か経って、そこそこサッカーがわかるようになってからだが、トヨタカップの季節になるとどこからともなく「渦帝さん、トヨタカップのチケット要る?」といろいろな人から電話が入り、苦労せずトヨタカップが観れるようになってからである(半分、冗談)。もちろん、それだけで信じているわけではなく、それ以降サッカーに関わるいろいろな出来事で自分が左右されたり、決断させられたりしたときにもサッカーの神様の存在を感じるようにはなった(これはマジでね)。
 
そんなサッカーの神様が実は昨日ふらっと私の前に現れた。最初は誰かと思ったが、神様の放つ見えないオーラが私に神様だとわからせた。神様は何しに私の前に現れたのでしょうか。以下は会話の抜粋である。

神様(以下、神):”渦帝よ、どうじゃな?サッカーに精進しておるかな?”
渦帝(以下、私):ええ、精進かどうかはわかりませんが、行きたい方向には進んでいます。
神:”うむ、よいことじゃ。お主は自分で決めたことを信じるが良い。”
私:ありがとうございます。今もブログを続けていますし、少々遅れていますが関東隊をモデルにした小説も続けています。神様が去年の春、後押しをしてくれたおかげです。
神:”真に大事なものが何か、気づいたのはお主の力じゃ。わしゃ何もしとらん。”
私:ところで神様、ヴォルティスがしばらくどん底状態だったのですが、神様の試練だったのですか?
神:”そうではない、わしゃ何もしとらん。勝ち負けは戦う2者の運気と力の結果でしかないぞ。ヴォルティスが勝てなかったのは、運気もあるが力、力を出し切る心の力が弱かったからじゃ。”
私:そうですか。さっきから何もしてないとばかり言ってますが、神様は何をなさっているのですか?
神:”いろいろじゃが、サッカーで起きる偶然の出来事などに関わっていたりするぞ。”
私:例えば?
神:”コイントスとかの。”
私:はあ、ずいぶん小さいことに関わってますね。どうでもよくないですか?
神:”それは例えばじゃ。他にもあるぞ、誰かのシュートをキーパーが弾いたとき、どこにボールが転がるかとか。”
私:それは結構大きいですね。ふう~ん...。あっ!?、それじゃ、平塚で井手口がオウンゴールしたのもそうなんですか。あれは試合の流れを決めましたよ。痛かったですよ。
神:”......あれは偶然じゃ。わしゃ何もしとらん。”
私:そうですか。...なんで目をそらすんですか?本当に偶然ですか?
神:”偶然じゃ!”
私:ホントですかあ?あ、もしかして間違えて井手口にぶつけたんですか?
神:”.....知らん!ぐ・う・ぜ・ん・じゃ。”
私:(あやしいなあ)まあ、いいですよ。もう過ぎたことですから。ところでジョルジーニョがケガをしてしまいました。せっかくチームが上向きだったのに。コージといい、ジョルジといい、もうすこし何とかしてくださいよ。
神:”(だから偶然じゃって)いや、選手の怪我はわしは関わっておらんし、わしにはどうにもできん。選手個人のコンディションとか相手との絡みとかいろいろが関わっておるのじゃ、さっきの試合の勝ち負けもそうだが、勝つものがいれば負けるものもいる。これは摂理じゃ。わしにもどうにもできん。もっともケガの程度や直り具合は健康の神がつかさどっておるがの。”
私:健康の神様ですか?
神:”そうじゃ。わしよりずっと忙しい神じゃ。”
私:ええ、そうでしょうね。さっきから聞いてますが、本当に大したことしてなさそうですね?
神:”ずいぶん失礼なことを言うのお。神にも職域があるのじゃ。それは超えられんのじゃ。”
私:わかりました。失礼しました。じゃあ、神様はいろんな神様の中でどういった存在なのですか?
神:”わしゃ、サッカー部の顧問といったところじゃ。”
私:......。

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