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2006年7月23日 (日)

第1章 1997年 7.天皇杯(3)

060717_102801_1 1点返した。湧き上がる俺たちミクニサポ。ヨシヤ達を除いてだが。

勝負何処だ。俺はユウタロウとケイタを呼んだ。

「ここから先はサンダーランドで押しまくろう。流れは無視していい。残り30分やれる限りのことをしよう。」

ユウタロウとケイタは頷く。太鼓が力強く入る。

“カモガワー、ラーラーラー、カモガワー、ラーラーラー”懸命に声を出した。

試合はミクニにペースが傾いていた。いや、正確にはマルセーロに傾き始めていた。執拗な潰しに耐えていたマルセーロは次第に相手のチェックの速さに順応し始めていた。ボールを受ける位置も良くなり、前を向けるケースも増え、突破を仕掛けるケースが増えた。そのせいで相手守備陣が受けの姿勢になり始めていた。そして、その瞬間は来た。

85分、アソウが中盤でボールをキープし、ドリブルで掻き回す。マルセーロとセキネも連動して3人でディフェンスをひきつけた。その間に左サイドに流れたカタヤナギがフリースペースに走る。

アソウがアオバにパス。アオバはダイレクトで逆サイドのカタヤナギへロングパス。カタヤナギは左サイドからディフェンスとGKの間のエリアに低いクロスを入れた。これにマルセーロが飛び込んで右足で合わせた。

2-2。ついに同点。呆然とするマリノス選手とサポーター。俺達3人には夢のような展開だ。

「もう勝つしかネエ。」

俺は絶叫していた。壊れた状態になる3人。ヨシヤたちの表情など気にする余裕もない。

060717_115101_0001_1 試合はそのまま後半が終了。延長戦に入ることになった。

「断固勝つ!断固勝つ!」

俺は誰に向かって言うでもなく力説していた。ヨシヤと目が合う。

「もう、勝つしかネエだろ。なあ。」

「....。いや、なんていうか...。どうなっちゃうんだ、この試合。」

「勝つだろ、ウチが。展開からいってコッチだろ。」興奮気味の俺が答える。

「いや、そうだけど...。あ、でも勝つとショックでかいかも...。」独り言のようにヨシヤはブツブツつぶやく。

「そこにいろ。いいもの見せちゃる。」俺はヨシヤをいじめているのが楽しくなってきていた。仕上げはもちろん勝つことだ。 

延長戦が始まった。ミクニの勢いはとまらない。気持ちが受けになっているマリノスに積極的に仕掛けていく。

延長前半5分。左サイドのスペースにアソウのパスが出てカタヤナギが受けて上がっていく。前線のセキネとマルセーロがクロスランニングでポジションを入れ替えスペースを作ろうとする。ペナルティエリア左サイドに走るセキネ、イハラが付いていく。

マルセーロは逆にファーへ走った。オムラがそれに付くために動く。そのわずかな瞬間をついてマルセーロは逆にペナルティエリアのセンター方向に向きを変えた。カタヤナギが低いクロスをマルセーロに向けて放った。オムラも向きを変えてチェックにいく。

060717_135201_1 マルセーロは低いクロスをトラップ、いや右足で軽く蹴り上げ、自分に頭越しに真後ろに低いループを蹴った。そのまま180度反転してボールを追う。オムラは、突然マルセーロの頭越しに出てきたボールが、自分の頭上わずかな上を越えて背後に落ちるのを目で追ったためにバランスを崩した。なんとかこらえボールを追おうとしたときには、横をすり抜けていったマルセーロがボレーシュートを放つ瞬間だった。

ボールはカワグチの手の先を抜けてゴールに突き刺さった。

3-2。決勝ゴール。俺達は勝った。Jチームに勝った。

マルセーロが凄い顔をして俺達の前へ走ってきた。俺とユウタロウ、ケイタは考えるまでもなくグラウンドに飛び降りてマルセーロと抱き合った。他の選手やセキュリティ、関係ない観客まで混じって大混乱になる。しばらくしてセキュリティにはがされるようにして席に戻され混乱は収まったが、俺達は興奮したままだった。ユウタロウは興奮しすぎているのか目が血走っており、普段なら泣くところなのだが「ウオーッ」とわけのわからない声をあげていた。

ふっとまたヨシヤと目が合う。

「いいもん見れたろ。」

「信じられん。俺の中で何かが壊れた。」

「俺は何も壊れてないよ。どうせ、向こうのサポと義理ないんだろ。お前はもうミクニに人間なんだよ。勝ったことよろこべよ。」

「いや、そうなんだが..、なんでわかるんだ、そんなこと。」

「今日向こうの人間と一度も話してないだろ、サクたちも。何があったかは知らないけどさ。」

「まあね。でもチームは別なんでさ。」

手で顔を覆うヨシヤ。サクライたちも言葉が見つからない様子だった。

「いい恩返しになったって思えよ。」

こうして俺達ミクニサッカー部は劇的な勝利で4回戦に進出した。

060717_103701_0003_1 マリノスに勝利したことは地元でも知られることにはなった。さすがに社内での反響は大きく、普段サッカーに興味を示さない人からもいろいろ訊かれたとメグミは言っていた。

地元の反応では、青年会のニシウチさんの意気があがった。試合の翌日店に行くと興奮気味にこう言った。

「やったネエ。これでまた流れがくるよ。このまま優勝してくれないかなあ。」

が、夢みたいな話はいつまでも続くはずもなく、続く4回戦の名古屋グランパスエイト戦ではきっちりと押さえ込まれ、0-2で敗れた。

年末のサッカー部の納会に俺たち3人は特別に招待してもらえた。ヨシヤ達も呼びたかったので、セキネやマルセーロに頼んで彼らも参加させてもらえることになった。

納会は地元のホテルの宴会場で催された。部外者では俺たちの他、青年会のニシウチさんなども参加していた。

ヨシヤはビールをチビチビ飲みながら

「こんな会に参加したの初めてだよ。なんか緊張するな。」

「なんか場違いだな、俺たち」と二人して緊張して開場の隅で縮こまっていた。

その時、司会をしていたメグミが、

「続きまして、今期サッカー部を応援してくださったサポーターの方々にごあいさつをいただきます。クルセイドの菅野様、クルセイド横浜の藤井様、お願いいたします。」

「は...?」と俺。

「今、俺たちのこと呼ばなかった?」とヨシヤ。

「菅野様、藤井様」メグミが再度俺たちを呼ぶ。会場がざわつく。

「しかたない行くぞ。」と俺はヨシヤの手を引っ張って壇上にあがった。

壇上から開場を見下ろすと、選手達や招待客の視線を感じ、緊張が一気に高まった。

「ほ、本日はお招きいただき...」声が少し裏返った。

納会の後、俺はホテルのロビーでソファに腰掛けながら来年のことを思った。来期は新しいチームがJFLに昇格してくる。来期こそは優勝したい。でもその先は...、と答えの出ない自己問答を繰り返していた。

セキネたちと2次会に向かうメグミが俺を手招きしているのが見えた。俺は考えるのをやめて、立ち上がりメグミたちの方へ向かい歩き出した。

来年は日本が初めて出場するワールドカップがやってくる。サッカーに対する世間の目は変わり始めていた。

《第1章終わり》

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