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2006年7月29日 (土)

渦帝ダービー Rnd.3

水曜は渦帝ダービー第3ラウンドであった。
私は試合に行くために仕事を急ピッチで進めていた。
そこへ一本のメールが入電。おなじみの総統からであった。メールには「今日、柏行く?行くなら行こうかな。チケないすか?」と。
私はこの試合に限り、アウェー側席のチケをいつもの年チケと別に買っておいたので、それを総統にあげると答えた。

少し遅れて、今度はまるは氏から入電。彼も柏に行くとのこと。偶然にも関東隊メンバーが揃うことになり、俄然モチベーションがあがるのであった。

さて、職場を五時半過ぎに出た私は、急ぎ柏へ向かうも電車の乗り継ぎに苦戦、キックオフには間に合わないことが確実な情勢に。
柏駅で総統と合流、タクシーにて日立台へ急ぎ向かった。タクシーの中でも総統とのサッカー談義がすぐに始まり盛り上がる。このような気心知れた感覚が関東隊メンバー同士にはあり、あらためて関東隊の強い絆を感じずにはいられない。
日立台に着くと、アウェー席のチケを総統に渡し、自分はいつもの年チケを使い、前半はバックスタンドで観戦することにし、後半半券でアウェー席で合流することにした。

それはバックスタンド席に入るゲートを抜けた瞬間のことだった。
いきなりホーム側ゴールのネットにボールが突き刺さった光景が目に飛び込んできた。
一瞬唖然としたが、すぐにそれは片岡が決めた先制ゴールだと気付く。連敗が続くなか、前半だけはいい内容が続く最近の徳島と、何故だか一試合毎に内容が乱高下して勝ち負けを繰り返す最近の柏からすれば、さほど意外な展開ではなかった。
もちろん、バックスタンドの柏ファンは、最近の徳島の試合内容など知っているはずもなく、ただ5連敗中の最下位チームとしか認識していないので、周囲のフラストレーションは急激にあがっていく。そして徳島の激しいマークとプレスに会い、スムーズにボールをつなげない柏のチグハグな攻守が繰り返される度にさらにバックスタンドの不満は増大していき、そのまま前半終了。

が、徳島サポーターなら誰もがこのあとやってくる後半への不安を隠せない。
ハーフタイムにアウェー席へ向かう途中、イーストのメンバーと談笑。前半リードして終れたので表情は明るいが、みんな後半が勝負とわかっている。久々に会うメンバーもいて軽いサッカー談義で盛り上がる。こういう話ができる仲間はとても貴重である。

Inntheeast 後半はアウェーゴール裏にて試合を見る。
柏は谷澤に代えてFW鈴木達也を投入。どうやら3-5-2にするようだ。この変化に対応できるかがチーム力を問われる。
と思っていたらいきなり同点に。前半あれだけ徹底マークしていたディエゴに決められる。
以降は一方的に攻められっぱなし。
中盤の構成を変えた柏のパスワークに振り回される。鈴木達也が前線で盛んに走り回るのにも吊られ、前半徹底したマンマークをベースに出来ていたボール保持者への寄せが一歩遅れ、また人数をかけられなくなり、リカルジーニョやディエゴが前を向いて突破をしかけるようになる。これでは苦しい。
イマンの退場でさらに守るしかない展開に。しかし、これで逆に戦い方を明確にできたのか。相手に点を与えない。決定的な場面を何度か高橋が防いだのも大きい。
だが結局ディエゴのFKで逆転されて敗戦。

この試合に限れば、両方ともよく頑張ったと言えるだろう。渦帝ダービーにふさわしいストーリー展開が濃い(内容がいいという意味では必ずしもない。むしろ見せ場が多いという意味に近い。)試合だったと思う。

だがいくつか言っておきたい。
まず審判への判定に対する批判だが、サポーターが非難コールをしていたが、選手はどうだった。この試合、選手が審判に詰めよったりするシーンはあったか?ない。不満を言うシーンも記憶にない。
最後の片岡のシーンもカードを出された片岡は不満を表したか?ない。
片岡はダイブをした認識があったから不満を言わなかったのか、だとしたら審判批判をしたサポーターはピエロになってしまう。
なら不満を言う気力が無いくらい疲労していたのか?理解はできるが、カードまで出されて黙って受け入れたとしたら戦う気持ちも萎えていたとも取れる。せめてカードに対してくらい抗議しろよ!
周りの選手も何故黙って見ていた。最後のチャンスになるんだろ。勝つ気あるんなら誰か食い下がれよ。
そんなことだから勝てないんだよ。
ディエゴのFKのシーンも鈴木達也が居たのを誰も審判にアピールしていない。プレーに絡んでいないとも見えるが、鈴木の頭の真上を越えて入ったんだろ。ノリオ、指摘しろよ!

そういうところにも勝ちたい気持ち見せてくれよ!サポーターに対して失礼だろ。連敗続く中、それでも試合に来て励ましてくれる連中をどう思うよ?

一生懸命なのは伝わってるよ。だからあえて言わせてもらった。だから、今日最後まで、本当に最後まで、しぶとく、そしてカッコ悪く戦い抜いてほしい。

さて試合後は、総統、まるは氏らと共に駅へ向かう道すがら、ロックネタで異様に盛り上がる。さらに総統が柏駅西口すぐに宮崎牛を唄った焼肉屋を見つけたことでさらに盛り上がり、その店に入り美味い牛肉を肴にサッカー談義で楽しい晩餐となりました。二人に感謝です。
お店は柏駅西口すぐ、秀宛(しゅうえん)です。お近くまできたらどうぞ。

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2006年7月28日 (金)

神様と私(その四)

”よぉ、気分はどうじゃ。”
「おや、神様。気分とは?」
”何を言うとるか。17年ぶりじゃぞ。おめでとう。”
「ありがとうございますってゆうか、嬉しいんですけど、ちょっと不思議なスクデッドですけどね。」
”ジャンルカも喜んでおろう。もしかしたら彼のおかげかもしれんぞ。”
「そうか。そう思えばいいのかもしれませんね。富樫さんのスクデッドか。」
”今シーズンは自力で取ることが彼への返礼となろう。”
「そうですね。」

「上訴審の判決が出ましたが、予想していた以上に大甘判決でしたね。」
”上位チームが根こそぎセリエB落ちして、スター選手が国内ではなく国外に出ていったからのお。甘くせんとリーグの商品価値が下がってお金が入ってこなくなるからじゃろ。”
「イタリアにとってセリエAで動くお金が国の経済にも無関係ではないということですね。」
”それだけ大金が動いておるということじゃ。”
「痛みに耐えて再生しようという気が弱いというか、自分達に甘いというか、イタリアのコンプライアンシーがあの程度じゃ、イタリアという国の先は暗いですね。」
”イビチャ・オシムが日本は政治や経済では一流じゃが、サッカーも一流になるとは思わんほうがいいとかゆうとったろ。”
「ええ。ですがサッカーが一流でも、何より法治がいいかげんじゃ、その国のサッカーどころか、国を滅ぼすようにも思えますが。」
”そうじゃな。いづれそのツケをイタリアは払うことになるじゃろ。”
「でもスクデッドはスクデッドです。記念グッズが待ち遠しいなあ。」
”ちゃっかり準備しとって、来月早々の発売されるしれんな。”
「大いにありえますね。イタリアらしいなあ。」

”渦帝ダービーは楽しめたかの?”
「ええ、楽しかったです。結構ハラハラしながら見てました。」
”なつかしい仲間が大勢集まったようじゃの。”
「関東隊メンバーが4人も集まりましたからね。珍しいことですよ。」
”徳島は6連敗じゃの。”
「別に渦帝ダービーの記事を書きますが、よくやっているけどけど結局負けるというパターンにはまってます。これが続きすぎると気持ちが荒んできますし、そうすると前半からダメのパターンになってきたら5月、6月と同じパターンになってしまいます。今のうちに何かしないと。」
”アンドレはどうじゃろうなぁ。”
「良さそうというウワサは聞きます。いい推進剤になってほしいです。みんなが思っているほど安心はできません。あと一歩じゃないですよ、6連敗もしているようじゃ。」

”そういえば、このブログが人目にふれておるらしいの。”
「らしいですね。総統のブログの訪問者がここ数日急激に増えてるらしくて、原因はサポティスタにリンクを貼られたウチの記事経由で総統のブログに流れたせいみたいなんです。」
”わしもいよいよメジャーかのぉ?”
「それはないでしょ。あ、意外とイスパハンがブレイクするかもしれませんよ。品薄になったりして。」
”そりゃ困る。そういや、月曜に冷蔵庫にイスパハンがあったぞ。”
「ああ、あれはウチの奥さんの分で食べる時間がなくて置いてあったんです。月曜に来たんですか?僕らいないときじゃないですか。」
”まあ、ええじゃろ。神様に免じて。”
「なんて神様ですか。そういや奥さんがイスパハンは出来立てより時間が経ったほうがおいしいかもって言ってましたよ。」
”ほお、何故に?”
「時間が経つと、バラのジャムがマカロンにより染みてきそうだからだそうです。」
”...漬物ではないか、それでは。”

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2006年7月24日 (月)

流れるままに...なるな!

土曜日は子供をディズニーシーに連れて行き、そのまま奥さんの実家に泊まったので、セットしておいた神戸戦のビデオを今見ている。もちろん結果は知っている。

誰でも気づいていることだが、前半善戦して、後半マルチ失点という展開がお約束のように繰り返されて連敗中である。

神戸戦はけが人の影響もあったが、特にディフェンスのメンバーを入れ替えて臨んだ。しかし、やっぱり同じように前半善戦、後半2失点で負けた。

なぜ毎度そうなるのか。

説明が難しい。選手達の集中力や体力の問題なのか?戦術(采配)の問題なのか?5連敗も同じパターンで負けているとなれば、選手の方により問題があるような気がする。技術的な面というより、後半になるとまた同じことになるのではという雰囲気に飲み込まれているのではないか。

失点直後からミスが連発し始めて相手に決定機を与え続け、相手のミスやGKの頑張りで何とか試合を壊さずに済んでいる展開に。攻撃も中盤でつながらなくなりロングボールかジョルジの個人技に頼るいつものパターン。そして、しのいで、しのいで、2失点目でハイオシマイ。

5~6月頃のどうしようもない内容の時期よりは勝てそうな試合に見える?でも5連敗も同じパターンで負け続けているのでは、進歩しているというより、違う負けパターンに変わっただけという感じに見える。おそらくそれが実態だろう。

一生懸命なのは伝わってくる。5~6月頃より良くなっているのも事実だ。だが、逆にそのことで後一歩で抜け出せるというところに気持ちが逃げているか、慢心してしまっているところはないか。これは選手もサポーターもね。愚直なまでに必死に歌い、跳ね続けるサポーターを見ているとそんな風にも見える。

じゃあ、何をすればいいか。特効薬ではないがメッセージ横断幕で伝えるしかないと思う。問題は何を書くかだが、一点返した後の時間帯はペースを掴めてたし、同点のチャンスもあった。ということから

”やればできる。だから下を向くな!”

とかかな。これじゃ湘南戦で掲げたオマエの横断幕とどこが違うんだよと言われそうだが、多少表現は違え、こういうメッセージしかないだろ。チームを信じているならね。

だが、大事なのはやっぱり一度頭の中をリセットすることだと思う。この試合も試合後、選手達がゴール裏に挨拶に来ても、そのまま帰ってしまう(帰してしまう)ところからも感じられた。トラメガで何かを叫んでいるサポーターも見えたが、”次(の試合)、頑張れ”とか言っていたのだろうか。それも大事だが、誰か選手を止めて、気づいた何かを伝えられるサポーター(できりゃコールリーダーに)がいればと自分達を冷静に見直せるのにと思ったのは俺だけだろうか。

流れに飲み込まれるな。次も負けたら後一歩でよくなるなんて言ってられないぞ。

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2006年7月23日 (日)

第1章 1997年 7.天皇杯(3)

060717_102801_1 1点返した。湧き上がる俺たちミクニサポ。ヨシヤ達を除いてだが。

勝負何処だ。俺はユウタロウとケイタを呼んだ。

「ここから先はサンダーランドで押しまくろう。流れは無視していい。残り30分やれる限りのことをしよう。」

ユウタロウとケイタは頷く。太鼓が力強く入る。

“カモガワー、ラーラーラー、カモガワー、ラーラーラー”懸命に声を出した。

試合はミクニにペースが傾いていた。いや、正確にはマルセーロに傾き始めていた。執拗な潰しに耐えていたマルセーロは次第に相手のチェックの速さに順応し始めていた。ボールを受ける位置も良くなり、前を向けるケースも増え、突破を仕掛けるケースが増えた。そのせいで相手守備陣が受けの姿勢になり始めていた。そして、その瞬間は来た。

85分、アソウが中盤でボールをキープし、ドリブルで掻き回す。マルセーロとセキネも連動して3人でディフェンスをひきつけた。その間に左サイドに流れたカタヤナギがフリースペースに走る。

アソウがアオバにパス。アオバはダイレクトで逆サイドのカタヤナギへロングパス。カタヤナギは左サイドからディフェンスとGKの間のエリアに低いクロスを入れた。これにマルセーロが飛び込んで右足で合わせた。

2-2。ついに同点。呆然とするマリノス選手とサポーター。俺達3人には夢のような展開だ。

「もう勝つしかネエ。」

俺は絶叫していた。壊れた状態になる3人。ヨシヤたちの表情など気にする余裕もない。

060717_115101_0001_1 試合はそのまま後半が終了。延長戦に入ることになった。

「断固勝つ!断固勝つ!」

俺は誰に向かって言うでもなく力説していた。ヨシヤと目が合う。

「もう、勝つしかネエだろ。なあ。」

「....。いや、なんていうか...。どうなっちゃうんだ、この試合。」

「勝つだろ、ウチが。展開からいってコッチだろ。」興奮気味の俺が答える。

「いや、そうだけど...。あ、でも勝つとショックでかいかも...。」独り言のようにヨシヤはブツブツつぶやく。

「そこにいろ。いいもの見せちゃる。」俺はヨシヤをいじめているのが楽しくなってきていた。仕上げはもちろん勝つことだ。 

延長戦が始まった。ミクニの勢いはとまらない。気持ちが受けになっているマリノスに積極的に仕掛けていく。

延長前半5分。左サイドのスペースにアソウのパスが出てカタヤナギが受けて上がっていく。前線のセキネとマルセーロがクロスランニングでポジションを入れ替えスペースを作ろうとする。ペナルティエリア左サイドに走るセキネ、イハラが付いていく。

マルセーロは逆にファーへ走った。オムラがそれに付くために動く。そのわずかな瞬間をついてマルセーロは逆にペナルティエリアのセンター方向に向きを変えた。カタヤナギが低いクロスをマルセーロに向けて放った。オムラも向きを変えてチェックにいく。

060717_135201_1 マルセーロは低いクロスをトラップ、いや右足で軽く蹴り上げ、自分に頭越しに真後ろに低いループを蹴った。そのまま180度反転してボールを追う。オムラは、突然マルセーロの頭越しに出てきたボールが、自分の頭上わずかな上を越えて背後に落ちるのを目で追ったためにバランスを崩した。なんとかこらえボールを追おうとしたときには、横をすり抜けていったマルセーロがボレーシュートを放つ瞬間だった。

ボールはカワグチの手の先を抜けてゴールに突き刺さった。

3-2。決勝ゴール。俺達は勝った。Jチームに勝った。

マルセーロが凄い顔をして俺達の前へ走ってきた。俺とユウタロウ、ケイタは考えるまでもなくグラウンドに飛び降りてマルセーロと抱き合った。他の選手やセキュリティ、関係ない観客まで混じって大混乱になる。しばらくしてセキュリティにはがされるようにして席に戻され混乱は収まったが、俺達は興奮したままだった。ユウタロウは興奮しすぎているのか目が血走っており、普段なら泣くところなのだが「ウオーッ」とわけのわからない声をあげていた。

ふっとまたヨシヤと目が合う。

「いいもん見れたろ。」

「信じられん。俺の中で何かが壊れた。」

「俺は何も壊れてないよ。どうせ、向こうのサポと義理ないんだろ。お前はもうミクニに人間なんだよ。勝ったことよろこべよ。」

「いや、そうなんだが..、なんでわかるんだ、そんなこと。」

「今日向こうの人間と一度も話してないだろ、サクたちも。何があったかは知らないけどさ。」

「まあね。でもチームは別なんでさ。」

手で顔を覆うヨシヤ。サクライたちも言葉が見つからない様子だった。

「いい恩返しになったって思えよ。」

こうして俺達ミクニサッカー部は劇的な勝利で4回戦に進出した。

060717_103701_0003_1 マリノスに勝利したことは地元でも知られることにはなった。さすがに社内での反響は大きく、普段サッカーに興味を示さない人からもいろいろ訊かれたとメグミは言っていた。

地元の反応では、青年会のニシウチさんの意気があがった。試合の翌日店に行くと興奮気味にこう言った。

「やったネエ。これでまた流れがくるよ。このまま優勝してくれないかなあ。」

が、夢みたいな話はいつまでも続くはずもなく、続く4回戦の名古屋グランパスエイト戦ではきっちりと押さえ込まれ、0-2で敗れた。

年末のサッカー部の納会に俺たち3人は特別に招待してもらえた。ヨシヤ達も呼びたかったので、セキネやマルセーロに頼んで彼らも参加させてもらえることになった。

納会は地元のホテルの宴会場で催された。部外者では俺たちの他、青年会のニシウチさんなども参加していた。

ヨシヤはビールをチビチビ飲みながら

「こんな会に参加したの初めてだよ。なんか緊張するな。」

「なんか場違いだな、俺たち」と二人して緊張して開場の隅で縮こまっていた。

その時、司会をしていたメグミが、

「続きまして、今期サッカー部を応援してくださったサポーターの方々にごあいさつをいただきます。クルセイドの菅野様、クルセイド横浜の藤井様、お願いいたします。」

「は...?」と俺。

「今、俺たちのこと呼ばなかった?」とヨシヤ。

「菅野様、藤井様」メグミが再度俺たちを呼ぶ。会場がざわつく。

「しかたない行くぞ。」と俺はヨシヤの手を引っ張って壇上にあがった。

壇上から開場を見下ろすと、選手達や招待客の視線を感じ、緊張が一気に高まった。

「ほ、本日はお招きいただき...」声が少し裏返った。

納会の後、俺はホテルのロビーでソファに腰掛けながら来年のことを思った。来期は新しいチームがJFLに昇格してくる。来期こそは優勝したい。でもその先は...、と答えの出ない自己問答を繰り返していた。

セキネたちと2次会に向かうメグミが俺を手招きしているのが見えた。俺は考えるのをやめて、立ち上がりメグミたちの方へ向かい歩き出した。

来年は日本が初めて出場するワールドカップがやってくる。サッカーに対する世間の目は変わり始めていた。

《第1章終わり》

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第1章 1997年 7.天皇杯(2)

白地に“かませ犬にはならないぞ”と大きく書かれた横断幕を前に俺は皆の方へ向き直り言った。

「どうよ。やっぱ意地みせねえとな。」

反応は様々だった。

「よくわかんないなあ。」とはユウタロウ。プロレスにも詳しくなくピンとこないらしい。

「おっ、いいねえ。」とはサクライ。彼はプロレス好きなのですぐネタ元がわかった。

ヨシヤはじーっと横断幕を見ていたが「ああ、いいんじゃない。」と味気ない感想を言った。

「何だ、その感想は?他に言うことないのか。大体お前今日やる気ないだろ。いいんだぞ、あっち(横浜のサポ席を指して)行って。」と不機嫌な俺が毒づく。

「いや、いいと思うよ。マジで。ていうか俺は早く今日が終わって欲しいよ。」とヨシヤ。

「おお、早く試合がしてえよ。マジで勝っちゃる。横浜なんか目じゃネエよ。」と俺。

ヨシヤは苦笑い。俺はカチンと来て

「お前、どっちかって言ったらミクニが負けたほうがマシと思ってんだろ。見とけよ。今日は幸せな気分にしてやるから。」と言ってやった。

ヨシヤの中途半端な態度は俺をますます本気にさせた。しかし、俺だけ本気になってもしょうがないわけで、結局俺の秘密兵器は期待していた効果をあげてくれなかった。

060717_103701_0001_1 俺は誰かマスコミが取材にくるかなとも淡く期待していたがマスコミどころか、 一般客の関心も引かなかったし、皆もこれ以上この横断幕について最後まで突っ込んでくれなかった。

マリノスの選手がアップに出てくる。すぐ後にミクニの選手達も出てきた。スタメンも発表になる。相手には日本代表の選手が大勢いる。GKカワグチ、DFイハラ、オムラ、MFナカムラ、FWジョウそしてスペイン代表でも活躍したサリナス。すげえメンバーだ。ユウタロウなどは名前がコールされるたびにオーッと声をあげて感心している。そんな場合じゃないのだが。

試合は13時ちょうどにキックオフ。試合開始から個で勝るマリノスが自在に攻めてきた。安易な縦パスは簡単に読まれてカットされ、すぐさまカウンターの脅威に晒されることになった。

7分、ナカムラのスルーパスに反応したジョウがDFラインの裏を取る。クゲが慌てて後ろからチャージ。ペナルティエリアの中だった。

PKをナカムラが落ち着いて決める。0-1。先制された。

15分、サイドの裏を突かれクロスがあがる。そしてサリナスのヘッド。カワシマがパンチングでセーブ。

24分、ゴール正面20mほどでファウルを与える。ナカムラのフリーキック。綺麗な弧を描いたボールはクロスバーに当たって外れた。カワシマは動けず。

060717_103701_0002_1 と、ここまで攻められっぱなしのミクニ。攻撃陣はというと効果的なパスが前線 に通らず、やっとにマルセーロに渡っても、激しいチェックに遭いマルセーロは何度も転倒させられ、またファウルを痛めつけられてもファウルを取ってもらえず、マルセーロはフラストレーションを貯めるばかりとなり、それが強引なプレーを呼び、また倒されるの繰り返しとなっていた。セキネも同様で、前半はいいとこなしの状態だった。

それでも1失点にしのいでいたが、前半終了直前、CKからオムラに決められ2点目を決められてしまった。直後に前半終了。

「思っていた以上にきついな。」俺はヨシヤにぼやいた。

「俺も正直ここまで通用しないとは思わなかったよ。やっぱ違うんだな。」

「マルセーロなんかオムラにつぶされまくってた。イライラして無理に仕掛けるからなおやられてましたね。」とケイタ。

ミクニゴール裏の雰囲気は最悪だった。俺は横断幕を見ながら“やっぱりかませ犬になっちゃうのかな。”と思った。が、すぐに気を取り直すことにした。

「このまま終わらせないように応援しヨ。絶対やれるって。頑張ってコ。」と俺はケイタやユウタロウに向かって話しかける。無言で頷く二人。でも、この言葉は何より俺が俺自身に向かって話しかけている言葉だった。妙な横断幕を作ったせいで負けることへの恐怖心が自分を萎縮させているのに俺は気づいていた。

後半が始まった。俺はしばらくして気づいたがミクニはフォーメーションを変えてきた。

060717_115101_1 トップ下の位置にカタヤナギを左サイドから移してきた。アソウが少し下がり目 の位置に入り、サイドハーフは右のアオバだけになった。トップ下のカタヤナギがドリブルで中央をかき回し始めると試合は、2点リードしているマリノスが慎重に入ったこともあり互角の展開に落ち着いてきた。しかし肝心な敵ゴール前ではマルセーロがオムラの潰しに遭って何もできずにいた。

だが目に見えにくいところで変化が出始めていた。そしてそれがチャンスを呼んだ。

60分、ドリブルで進入してきたカタヤナギからのパスがマルセーロに出る。マルセーロはマーカーのオムラの位置をチラッと見て、ワンタッチでボールの向きを変え抜きにかかる。逆を取られたオムラが思わずファウル。ゴール前でフリーキックを得た。

キッカーはカタヤナギ。蹴られたボールは綺麗な弧を描いてゴール枠内に向かった。カワグチが横っ飛びで弾く。が、ゴール前にこぼれたボールにセキネが詰めた。

1-2。1点差に詰め寄る待望のゴール。反撃が始まった。

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2006年7月21日 (金)

ああ、憧れの東総運動場

先の週末は実にサッカー三昧であった。
土曜は一ヶ月以上待ったインテルのDVDが届いたので待望の鑑賞。PAL形式なのだが、ウチDVDプレーヤーはそれに対応可なので問題なし。
但しイタリア版なのでインタビューの内容がわかんないのが残念。

大好きなサモラーノもいっぱい出てくる。嬉しい。

02.05.05の試合が出てくるとやはりインテリスタとしては悔しい思いが蘇ってくる。
そうかぁ、来期ユベントスいねぇんだよなぁ。ついでにミランもおちりゃいいのに。検察の控訴マジ希望!

さて日曜は日立台へ。柏もケツに火がつくと勝つんだからシブトイねぇ。しかも上位の難しい相手に。
徳島も味スタだったのだが今回は欠席。みなさん、申し訳ない_(._.)_。参戦したまるは氏から「前半はよかったんスけどねぇ。勝てると思ったんだけど..。」とのこと。選手もそう思ってたみたいだけどね。

さて、月曜はホンダロックの試合。久々の本気モード。
宮崎ショックボーイズ総統の愛艦、赤い彗星号に載せてもらうことになりました。途中乗り換えの京成勝田台で9:40に総統に連絡を入れる。
゛アト10分後ニデンシャニ乗ル。九時ニサクラニ着ク。゛
待ち合わせは九時に京成佐倉駅である。だが何故か総統は10分遅刻すると理解し、予定通り九時に着いたのだが私は遅刻したことになっていた。
遅刻はしていないぞ、総統!
さて、赤い彗星号には総統の賢妻ヴィクトリア夫人と、愛息ブルックリンくんが乗艦していた。二人と会うのも久々なのだが、ブルックリンくんは早朝からの長旅でかなりのお疲れ状態。私は「ブルくん、サッカーばかを親に持った君の宿命だ。これも因果と思って親父に付き合いなさい」と諭す。

さて行き先だが、実は私にとって特別な場所なのである。
千葉県総合運動場東総運動場。
私の小説の舞台のモデルである。

総統の赤い彗星号は雨の中国道296号線を東へ向かう。
途中コンビニで位置確認。田舎道で曲がるとこを見過ごしてしまったためだ。佐倉を出てから、地図とにらめっこなのにこのザマだ。
ナビ?そんなものは赤い彗星号にはない。理由は総統に訊いて欲しい。
だがコンビニで宇宙戦艦ヤマトのフィギュアを購入。ガミラス三段空母をゲット!これは嬉しい誤算。

その後、本線になんとか復帰。目的地には佐倉を出て1時間で着いた。天候が悪く外出する人が少なかったので道が空いていたことが理由と思われる。ラッキーだ。
東総運動場のある旭市は九十九里に面しているが競技場自体は周りは山の中にある。鉄道を利用しても千葉からでも最寄りの駅まで1時間15分ほど、さらにそこからバスを使うことになるが田舎なので本数を考えると電車+バス+徒歩で2時間半(千葉から)はみておく必要がある。
まぁ、ひとことで言ってスゴイ田舎ってわけだ。

ちなみに私は電車+車で自宅からドアドアで結局2時間弱。

さて肝心の東総運動場だが2001年に建てられたもので、周囲の敷地や隣接する施設も含めまだかなりキレイだ。
バックスタンドやゴール裏側の芝生席もキレイに整備されている。ピッチの芝生も最高レベルとはいかないがJリーグと比較してもかなりいい方だ。

だが、何より感動したのは、自分の書いている小説の舞台としてイメージしていたものと周りの風景を含め、驚くほど一致していたことだ。
中に入りスタンドから周りを見渡したら、さらに感動してしまった。思わずこれから書くことになるクライマックスのシーンがシンクロしたほどだ。

当たり前だろ。モデルなんだからと言うなかれ。実は東総運動場に来るのは初めてなのだ。車で近くを通った時、数秒だけスタンドを見かけたのと、ネットで写真で見たことしかなかったのだ。
デジャブとは違う運命的な感動を覚えた。

そんな大きな感動を覚えつつ、試合は始まった。
ロックはここまで1つの引き分けを挟み6連敗中。入替戦回避のためにも負けられない試合だ。しかし、宮崎からの部隊は、ここがあまりに遠いので試合開始には間に合わず、総統と私の2騎だけで戦うこととなる。太鼓も横断幕もなく声のみで応戦。

しかしながら経験豊富で核兵器なみのツワモノである私がいるのだ。総統は全盛期のマイク・タイソンを用心棒に付けているのと同じくらい安心感があったはずだ。ウム。

対戦相手のジェフ・クラブのメンバーはほとんど前所属がジェフユナイテッド千葉。つまり元プロ。てゆうか、サテライトも落第した奴に占められている。
これじゃ元々アマチュアとしてクラブに入った選手達は立場ないよな。なんのためにアマチュアクラブを作ったのやら。
そんな連中が相手なので負けたくないが、やはり力の差がある。失点はサイドからのクロスとコーナーから。入ってくるボールの質、合わせるフィニッシャーの質が高い。

対してロックは、サイド攻撃自体皆無でクロスをあげる前の問題で苦労。
それでも前半途中にやっと宮崎部隊が到着。太鼓を投入。人数的にも逆転した。
後半、さらに1失点するも、前半皆無だったサイドからの攻めも増え、ボールも繋がり始め。投入された池田も積極的に攻守に動き、相手ストッパーからボールを奪い、決定機を作る。そしてそこから得たコーナーから水永がゴールを決めて1点を返した。
が、結局1―3で敗れた。

連敗を止められず、総統はかなりガックリしていたが、私は基礎体力のアップや経験がもう少し付けば結果が付いてくると思う。

総統、落ち込むな。希望はあるぞ。悪いが去年の今頃のロックは勝てそうにみえなかったもん。

前日、殆ど寝ていない総統にとってはきつい敗戦だったと思う。また新しい世を忍ぶ仮の仕事につくので、しばらく試合に行けないかもと言っていたので、なお勝ちたかっただろう。だが勝てないこともサッカーだ。そういう意味では勝てないチームの応援は私の方が経験豊富だろう。総統よ、昇らない太陽はない。かならず、ロックは歓喜をもたらすだろう。

ということで、待ちわびた東総運動場の初見参は感動と希望を得た有意義な一日となった。私にとってはね。

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2006年7月16日 (日)

神様と..じゃなくて王様と私

昨日は子供が通う保育園の夏祭りでした。

朝から猛暑でしたが、保育園の園庭は背の高い木が何本も立っていて屋根のように園庭を覆っているので意外と涼しいのですが、そのかわり木から毛虫が頻繁に落ちてきて気をつけていないといけません。

内容は年長組の子供がみこしを担いで年小組(ウチの娘もココ)が続く行進で入場して開会式が始まります。

去年は開会式でもアニメキャラの体操をやったりしたのですが、今年はなし。また、演目でも去年は年小組の踊りもあったのですが今年はなし。なぜか質素になっていてちょっとつまらなかったです。

親としてはビデオで撮るネタが入場行進しかないのです。

しかしながら、去年と大きく違う点が一つ。父母会の演目に参加することになったのです。

きっかけは父母会出し物に参加する人はいませんかという案内に、軽い気持ちでOKしたことからでした。しかし、実際に一週間前の打ち合わせに行くとオトコというかお父さんの参加者は私一人。ちょっとだけ不安になりましたが、こういうのに参加するのも普段子供がお世話になっているのでいいかと考えました。

さて、演目の中味ですが動物のお面を被って、「コブタ、タヌキ、キツネ、ネコ」と「アイアイ」を踊るというもの。ところが目玉はゲスト。

あの王様が来るというではないですか。

王様とは10年前にディープパープルの「スモーク・オン・ザ・ウオーター」を日本語訳した歌を歌ってデビューした人です。トランプの王様そのまんまの格好をした人です。

なんでも、今回の演目の仕切りをしているお母さんの知り合いなんだそう。

で、当日王様が本当にやってきました。昨日から地元のホテルに泊まって準備していたとのこと。

さて、私達の出番です。王様と女王様役(王様にオファーしたお母さん)を先頭に動物のお面を被った私達が入場。子供達は当然ながら王様を知りません。お父さんお母さんは最初ビックリした顔をしましたが、懐かしいものをみたような表情をしています。

やぐらに上に登った王様がギターを弾きながら歌を歌い、やぐらの周りを囲んだ私達が踊ります。実はやる前は子供達の反応に不安があったのですが、意外とウケたのでちょっと嬉しかったのでした。

王様は自分の子供が通う幼稚園(保育園?)でも、歌を歌ったことがあるそうです。

保育園に通わせてから気づいたのですが、保育園はただ遊ばせているわけではなく、結構いろいろなことも教えてくれます。また保育園に通わせる親というのは二人とも働いています。ですから、つい保育園に子供をまかせっきりにする気持ちになりがちなのですが、実は親がやらなくてはいけないこととかいろいろあって、それをちゃんとこなすことを親にやらせることで、子供よりむしろ親を育てることにも視点があるのだなと感じるようになりました。

ですから父母会演目に参加するのも意味があるなと思って参加したのです。

Ousama_to_watassi 退場後は王様と記念撮影。なかなか貴重な体験ができたなと思う土曜の午前でした。

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2006年7月13日 (木)

神様と私(その三)

「おや、神様。久しぶりですね。ドイツ行ってたんですか?」
”うむ、やっとひと仕事終わった。しばらくはゆっくりしたいのお。”
「冷蔵庫にイスパハンがありますよ。」
”おお、気が効くのお。さすがじゃな。どれどれ...、おお、サンサッション・イスパハンでないか。”
「ドイツはどうでした?」
”ウン、冷えていてウマイ。..ああ、ドイツか。ビールがうまかったぞ。”
「そうじゃなくて..。」
”まあ、目新しい発見は無かったのお。”
「そう言われりゃそうでしたね。あまり意外なこと起きない大会でしたね。」
”ベテランのワザはたのしませて貰ったがのお。”
「決勝戦ですけど。」
”おお、そうじゃ。イタリアの優勝がまた見られるとは思わなかったのお。”
「いや、そうじゃなくて。マテラッツイに何か吹き込んだりしたんじゃないんですか?」
”ウム、実はな...って、何をゆうとる。そんな無粋なことせんわ。”
「わかってますよ。そんなことしたら神じゃなくて悪魔ですよね。」
”ハハハ..、じゃがそうはゆうても神も悪魔も正反対のように見えて似たようなもんかもしれんぞ。”
「どうゆうことです?」
”表裏一体といってな..。”
「なるほど。面白いのは今大会のマテラッツイはネスタの負傷交代で出てきてから、ゴール決めたり、退場になったり、PKくれちゃったり、ジダンを退場にしたりと良くも悪くも見せ場ばっかりでしたが、彼の活躍の場面を除いてもイタリアが優勝するまでのストーリーが矛盾しないんですよ。決勝なんか、0-0でPK勝ちのストーリーになっちゃうんです。おもしろいでしょ。」
”なるほど、観客でしかないのに主役になってしまうマラドーナと大きな違いじゃな。”
「そういえば、セリエAの八百長疑惑の判決がまた延期になりましたよ。」
”優勝したからのお。ま、優勝しなくてもそう簡単に判決がでないような気もするがの。”
「判決出る前から、法務大臣が恩赦のはなししてたり、選手は訴追されてないのに選手に恩赦をなんて話になってたり、日本じゃ考えられないですね。」
”イタリアらしいというかのお。”
「サッカーが人生に根付くってのは、バカっぽくて笑えますね。」
”そういえば日本代表は残念じゃったの。”
「確かに残念でしたが、やる前から結果見えてましたよね。だって、他の国は何かを背負って挑んでるのを感じるのに、日本代表の誰からもそれを感じなかったですよね。」
”ヒデはどうじゃ?”
「背負ってたんでしょうね。でも皆がそれに気づいたのはブラジルに負けた後でしたよ。サポーターが気づいたのはね。でも他の選手はずっと一緒にいたのに気づかなかったんでしょうかね。だとしたらなおさら勝てっこないですよ。まあ、何か背負って闘ったのは一部のサポーターとヒデだけだったのかもしれませんね。」
”次からが本当に日本のワールドカップかもしれんな。”
「一度、予選敗退して出場が途切れてからかもしれませんよ。そういうのが来るのは。」
”そういう見方もあるかの。”
「いろんな意味で4年後は楽しみです。」
”うむ、..そういえば、明日は娘の保育園のお祭りで踊りを踊るらしいの。”
「いつ知ったんですか、それ。」
”冷蔵庫に貼ってあったぞ。”
「抜け目ないですね。」
”ワシも見に行くぞ。”
「どうぞ。ああ、そう言えば月曜は東総に行くんですよ。」
”おお、そういえばそうじゃったな。ロックの試合じゃな。”
「来ませんか。」
”なら、おぬしの携帯の人形にでもくっ付いて行くかの。”
「ついでに勝たせてくださいよ。」
”甘えちゃイカン。まあ、とはいえこぼれ球が2、3面白いトコに転がるようにはしてやろう。それを上手く活かせたら勝てるじゃろ。”
「それだけですかあ?」
”じゃ、とっておきのワザをロックの選手にささやいてやろう。”
「なんですか?」
”相手をキレさせるひと言じゃ。”
「やっぱりおとなしく付いて来るだけでいいです。」

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2006年7月 7日 (金)

負けないで、ヒーロー

私のいとこは私が中学生の時に亡くなった。肺癌だった。

あれから35年以上経った。医学はかなり進歩し、癌が完治する確率はかなり高くなった。それでも癌に対する不安はかなり高い。かなり治るようになったとはいえ、気付いた時には癌ができているというパターンがまだ多いからだ。

この一月の間に二人の有名なスポーツ人が癌を患って休養することになった。一人は福岡ソフトバンクホークスの王貞治監督、もう一人はプロレスリングノア所属の人気プロレスラー、小橋健太選手である。偶然にも二人とも胃癌の可能性が高い。

実は二人とも私にとってはヒーローだったので衝撃は大きかった。

小学生時代、野球に目覚めた時の最初のヒーローは王さんだった。長嶋さんは既に引退して選手ではなかった。初めてプロ野球を観にいった時に初めて観たホームランを打ったのは王さんだった。ロッテを応援していながら、実はいまだに王さんのサインは欲しい。

99年だっただろうか。ホークスがリーグ制覇をして王さんが初めて胴上げされた時は思わず涙した。王さんは巨人の監督時代にも一度リーグ制覇しているが、その時は巨人の移動日に二位のチームが負けたことでの優勝決定だったので、実は胴上げはしていないのだ。胴上げのチャンスは前日に試合で、それこそあと1イニングのところまで来たのだが、当時の抑えのエース角(すみ)が打たれ、逆転負けして逃していた。

なぜ、そんなことを詳しく覚えているのかというと、その試合を私は自宅で父親と一緒にテレビ観戦していて、王さんの胴上げを二人して待っていた。しかし、まさかの敗戦。

「明日は試合ないけど二位が負けたら優勝だね。」と父は話していた。

しかし、翌日、父は不意の事故に遭い突然この世を去ってしまった。亡くなる寸前の意識のない父に私は巨人の、というより王さんの優勝を報告した。

これは全て本当のことである。だから、王さんへの思い入れは本当に大きいのである。その王さんが大病と闘うことになった。お願いだから病に勝ってほしいと心から思う。

小橋健太選手は、社会人になって頻繁にプロレスに通うようになったときのヒーローの一人だ。私は全日派で、当時の四天王、三沢光晴、川田利明、田上明、そして小橋健太の熱闘に夢中になった世代なのだ。

小橋選手は四天王の中で最も若い。当時は、今でもそうだが、気持ちの伝わる熱い選手として人気があった。こぶしを握り締めてから、コーナーへ登り、ムーンサルトプレスを放つのがフィニッシュホールドで、四天王同士意外でもスタン・ハンセンとも印象に残る死闘を繰り広げた。

今は殆どプロレスに行く機会が無くなったが、小橋選手のファイトにはガッカリさせられたことは一度としてなかった。鋼のような筋肉の塊のような盛り上がった肉体、気持ちのこもったチョップや、ラリアット等、どれをとっても魅せてくれる選手で彼もまたヒーローというに相応しいオトコだ。だから、そんな小橋が癌で休養すると聞いたときは驚いたと同時に負けないで欲しいと真剣に願った。

医学が進歩しているとはいえ、癌は発見時期や部位、転移等により未だに恐ろしい病気のイメージを保っている。今まで多くの強敵や困難に打ち勝ってきた二人にとっても、今度の敵はとてつもなく強敵だと思う。

だからこそ、負けないでヒーロー。頑張って、ヒーロー。ボクのために、みんなのために。

二人に玉置浩二の「正義の味方(ヒーロー)」という曲を捧げます。

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2006年7月 4日 (火)

不器用なヒデへ

長年に渡り日本代表の中心を務めてきたヒデこと中田英寿が現役引退を発表した。

まずはおつかれさまでしたと言いたい。彼が世界に向けて日本人サッカー選手として世界に放ったインパクトは世界だけでなく、何よりも日本のサッカー小僧達を大きく刺激し、日本サッカーの発展に寄与したことでは、ある意味、釜本や奥寺をしのぐ功績があったと言っても過言ではないだろう。

W杯ドイツ大会。

F組3戦目のブラジル戦の試合後、全てを出しつくしたヒデがピッチに横たわり、シャツで顔を覆いながら涙していた姿は、彼が言葉で伝えたかったことが最後の最後になって伝わった瞬間だった。

ある意味不器用で言葉で伝えたいことを伝えられず、逆に不本意ながら周囲に壁を作ってしまったヒデが、意図的ではなかったにしろ、本心を皆に伝えられた瞬間だった。

私は、昨日10時過ぎに仕事から帰った時、ちょうどテレビで紹介されていたヒデ引退の報を知ることになった。

正直驚きはなかった。それは予想していた代表引退ではなく、現役引退であっても。

”半年も前に決断していたのか。じゃあ、なぜ代表のチームメイトにも黙っていたのか?知っていたのはマネジメントの偉い人くらいなのか。親も知らなかったのか。”

私がひととおりヒデのニュースを聞いて思った最初の感想だ。

ここにヒデの最後まで克服できなかった欠点が凝縮されているような気がした。

「人に自分を伝えるのが下手なんだよ」とは妻の感想だ。

ヒデは今回のW杯で代表チームに自分の思いを上手く伝えられず、いくつかの選手達との間に溝を作ってしまっていたらしい。

真実かどうかわからないが、逐一報道されていた代表チームのニュースを読んでも、かならずしもチームの中心がヒデではないとの雰囲気は伝わっていた。

とはいえ、ヒデは代表チームの哀れな結末が予見できていた故に、彼は厳しいこともいい、チームを奮い立たせようとしていただけっだのだが。

天才サッカープレイヤー中田英寿が最も下手くそで不得意なこと。人に自分を伝えることは最後まで克服できなかった。

マスコミとの不仲は最後まで解消できなかった。

私はマスコミがサッカーに不勉強だったとは思わない。彼等は人にものを伝えるプロである。不勉強ではなりたたない。だが真実を正しく伝えられるかは取材対象との関係にも拠る。

ピッチに立つ人間と立たない人間では決定的に見えないものがある。

これは10年以上ゴール裏にいた自分の確信だ。

いかに多くの試合を観ていても、いかにサッカーへの情熱、クラブや選手への愛情を持っていても、ピッチに立っている人間と、立っていない人間では見えるものが絶対的に違う。

ヒデがマスコミを遠ざけていたのは、サッカーに不勉強だったからだけではないだろうが、私はヒデほどの選手であるならば、もっと大きな人間を示して、サッカーをその口から語る言葉で伝えて欲しかった。一部の仲のいいジャーナリストや、ネットでだけ語ったりせずに。

イチローとの比較はW杯前からよく議論された話題だ。

無論、世界の野球界での日本の位置と、サッカー界における日本の位置は全く違う。野球において日本が世界一になることはWBC以前から現実的な目標であった。だから、今回のW杯ドイツ大会で惨敗したからといって、ヒデとイチローの優劣がつくわけではない。

ただ、イチローの勝ちたいという気持ちはWBC以前、代表に選ばれる前に自分から代表参加を申し出た時点から日本中の国民に伝わっていた。ここにヒデとイチローの明らかな差がある。

私はスポーツ選手かどうかに関係なく、人に自分を上手く伝えられるか、伝える努力を怠らないことのどちらか、もしくは両方ができる人が一流の条件だと思っている。

そういう意味では、私にはヒデが一流だったとは思えない。

先ほども書いたが、残念だったのは引退を本人以外に知っていたのがマネジメントだけで、そのマネジメントは引退を知られないように情報統制としていたということだ。

一体何のメリットがあったのだろう。

ヒデ、自分を隠していては真意は伝わらないよ。いかにカッコイイ言葉をテキストにして画面に書いても伝わらないよ。もっと喋って欲しかったな。

でも、今こんなこと言ってもしょうがない。今は彼にゆっくりと休息をとらせてあげよう。不器用な彼が抱えてきたストレスから開放してあげよう。

それこそこの一言に載せて彼を送り出してあげよう。

”ありがとう”

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2006年7月 1日 (土)

不幸せなカルチョ

サッカー好きなら殆どの人が知っていると思うが、ユベントスを中心とした審判指名の不正操作等の不正行為疑惑騒動でイタリアサッカー界は大揺れとなっている。現在、ユベントス、ACミラン、フィオレンティナ、ラツィオの4クラブと、疑惑の中心の中心とみられるユベントスのルチアーノ・モッジ前GMら26人が裁判所で審理の対象となっている。

先日、審議は始まったがいきなり中断となった。モッジがもう既にGMを辞任し、サッカー界から身を引いたので証言する必要はないと、開き直って審理をバックレたからである。なんという卑怯、なんという身勝手、自分が仕切っていたクラブが窮地に立っているのに、もはや自分の保身しか考えていないようだ。

こんな人物にサッカー界を長年牛耳らせていた上に、審理にちゃんと出席させられないイタリアという国のコンプライアンシーについては酷く疑わしいものと考えざるをえない。これで審理結果(その後の控訴審の結果も含め)が国際社会に照らして公正な結果にならざる時は、それこそイタリアという国はどうしようもない国という汚名を世界中に晒すことになるだろう。そうならないことを祈る。

カルチョの国は問われている。いかに100年以上の歴史があろうと汚してしまえば、誇りも歴史も地に堕ちてしまう。イタリアサッカー界だけでなくイタリア国民は、カルチョの国として誇りがあるなら、カルチョに健全さ、そしてスタジアムでの暴力や差別の追放も含め、今こそ自浄する姿を示すべきである。

さて、そんな騒動の中、ユベントスにさらに残念な事件が起きた。
昨年まで現役選手であり、イタリア代表でも活躍し、先日からチームマネージャーに就任したジャンルカ・ペッソットが27日トリノのユベントス本部ビル3階窓から転落したのである。

警察は彼が自殺を図ったとの見方をしているようである。一部報道では彼のパーソナルなことについても報道されていた。そのことについては私が多く語るのは控えたいと思うが、彼を苦しめたことに今回のユベントスの不正が関係していたらそれは大変な不幸である。
もちろん、私は自分がインテルファンであることと関係なく、彼が不正に関わっていたとは全く思っていないし、事実そうであると思う。そして彼の命に別状がなかったことを大変嬉しく思う。
ペッソットには「あなたの周りには素晴らしい友人達が大勢いる。あなた一人で苦しまないでください。」と言ってあげたい。そして、早く元気になってほしいと思う。

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