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2006年7月21日 (金)

ああ、憧れの東総運動場

先の週末は実にサッカー三昧であった。
土曜は一ヶ月以上待ったインテルのDVDが届いたので待望の鑑賞。PAL形式なのだが、ウチDVDプレーヤーはそれに対応可なので問題なし。
但しイタリア版なのでインタビューの内容がわかんないのが残念。

大好きなサモラーノもいっぱい出てくる。嬉しい。

02.05.05の試合が出てくるとやはりインテリスタとしては悔しい思いが蘇ってくる。
そうかぁ、来期ユベントスいねぇんだよなぁ。ついでにミランもおちりゃいいのに。検察の控訴マジ希望!

さて日曜は日立台へ。柏もケツに火がつくと勝つんだからシブトイねぇ。しかも上位の難しい相手に。
徳島も味スタだったのだが今回は欠席。みなさん、申し訳ない_(._.)_。参戦したまるは氏から「前半はよかったんスけどねぇ。勝てると思ったんだけど..。」とのこと。選手もそう思ってたみたいだけどね。

さて、月曜はホンダロックの試合。久々の本気モード。
宮崎ショックボーイズ総統の愛艦、赤い彗星号に載せてもらうことになりました。途中乗り換えの京成勝田台で9:40に総統に連絡を入れる。
゛アト10分後ニデンシャニ乗ル。九時ニサクラニ着ク。゛
待ち合わせは九時に京成佐倉駅である。だが何故か総統は10分遅刻すると理解し、予定通り九時に着いたのだが私は遅刻したことになっていた。
遅刻はしていないぞ、総統!
さて、赤い彗星号には総統の賢妻ヴィクトリア夫人と、愛息ブルックリンくんが乗艦していた。二人と会うのも久々なのだが、ブルックリンくんは早朝からの長旅でかなりのお疲れ状態。私は「ブルくん、サッカーばかを親に持った君の宿命だ。これも因果と思って親父に付き合いなさい」と諭す。

さて行き先だが、実は私にとって特別な場所なのである。
千葉県総合運動場東総運動場。
私の小説の舞台のモデルである。

総統の赤い彗星号は雨の中国道296号線を東へ向かう。
途中コンビニで位置確認。田舎道で曲がるとこを見過ごしてしまったためだ。佐倉を出てから、地図とにらめっこなのにこのザマだ。
ナビ?そんなものは赤い彗星号にはない。理由は総統に訊いて欲しい。
だがコンビニで宇宙戦艦ヤマトのフィギュアを購入。ガミラス三段空母をゲット!これは嬉しい誤算。

その後、本線になんとか復帰。目的地には佐倉を出て1時間で着いた。天候が悪く外出する人が少なかったので道が空いていたことが理由と思われる。ラッキーだ。
東総運動場のある旭市は九十九里に面しているが競技場自体は周りは山の中にある。鉄道を利用しても千葉からでも最寄りの駅まで1時間15分ほど、さらにそこからバスを使うことになるが田舎なので本数を考えると電車+バス+徒歩で2時間半(千葉から)はみておく必要がある。
まぁ、ひとことで言ってスゴイ田舎ってわけだ。

ちなみに私は電車+車で自宅からドアドアで結局2時間弱。

さて肝心の東総運動場だが2001年に建てられたもので、周囲の敷地や隣接する施設も含めまだかなりキレイだ。
バックスタンドやゴール裏側の芝生席もキレイに整備されている。ピッチの芝生も最高レベルとはいかないがJリーグと比較してもかなりいい方だ。

だが、何より感動したのは、自分の書いている小説の舞台としてイメージしていたものと周りの風景を含め、驚くほど一致していたことだ。
中に入りスタンドから周りを見渡したら、さらに感動してしまった。思わずこれから書くことになるクライマックスのシーンがシンクロしたほどだ。

当たり前だろ。モデルなんだからと言うなかれ。実は東総運動場に来るのは初めてなのだ。車で近くを通った時、数秒だけスタンドを見かけたのと、ネットで写真で見たことしかなかったのだ。
デジャブとは違う運命的な感動を覚えた。

そんな大きな感動を覚えつつ、試合は始まった。
ロックはここまで1つの引き分けを挟み6連敗中。入替戦回避のためにも負けられない試合だ。しかし、宮崎からの部隊は、ここがあまりに遠いので試合開始には間に合わず、総統と私の2騎だけで戦うこととなる。太鼓も横断幕もなく声のみで応戦。

しかしながら経験豊富で核兵器なみのツワモノである私がいるのだ。総統は全盛期のマイク・タイソンを用心棒に付けているのと同じくらい安心感があったはずだ。ウム。

対戦相手のジェフ・クラブのメンバーはほとんど前所属がジェフユナイテッド千葉。つまり元プロ。てゆうか、サテライトも落第した奴に占められている。
これじゃ元々アマチュアとしてクラブに入った選手達は立場ないよな。なんのためにアマチュアクラブを作ったのやら。
そんな連中が相手なので負けたくないが、やはり力の差がある。失点はサイドからのクロスとコーナーから。入ってくるボールの質、合わせるフィニッシャーの質が高い。

対してロックは、サイド攻撃自体皆無でクロスをあげる前の問題で苦労。
それでも前半途中にやっと宮崎部隊が到着。太鼓を投入。人数的にも逆転した。
後半、さらに1失点するも、前半皆無だったサイドからの攻めも増え、ボールも繋がり始め。投入された池田も積極的に攻守に動き、相手ストッパーからボールを奪い、決定機を作る。そしてそこから得たコーナーから水永がゴールを決めて1点を返した。
が、結局1―3で敗れた。

連敗を止められず、総統はかなりガックリしていたが、私は基礎体力のアップや経験がもう少し付けば結果が付いてくると思う。

総統、落ち込むな。希望はあるぞ。悪いが去年の今頃のロックは勝てそうにみえなかったもん。

前日、殆ど寝ていない総統にとってはきつい敗戦だったと思う。また新しい世を忍ぶ仮の仕事につくので、しばらく試合に行けないかもと言っていたので、なお勝ちたかっただろう。だが勝てないこともサッカーだ。そういう意味では勝てないチームの応援は私の方が経験豊富だろう。総統よ、昇らない太陽はない。かならず、ロックは歓喜をもたらすだろう。

ということで、待ちわびた東総運動場の初見参は感動と希望を得た有意義な一日となった。私にとってはね。

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