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2006年9月29日 (金)

真実を見抜く目を

今日、徳島の田中真二監督が辞任した。

昨日の札幌戦の結果が引き金になったのだと思う。辞任という形になったが、実質は解任だろう。ただ、フロントとしてはフロント主導(解任)ではなく監督自ずからの決断(辞任)であってほしかったので、ここまで結局引っ張る羽目になったのだと思う。何が違うのかはここを参考に。まあ、サッカー界ではよくあることです。

”やっとクビにできた”とか歓声をあげている人がいるようだ。気持ちはわかるが、これで愛媛に勝てるとか思ってるんだったら、そんな甘いもんじゃないと思ったほうがいい。横浜みたいになれると思っているのだとしたら、冷静に過去の同様の事例を検索してみたほうがいい。

ここからが本当のイバラの道になるかもしれない。もはや、非難の的になっていた前監督はいない。ライセンスがあればいい成績が保証されるわけではない。これからは真実を見抜く目がより重要になる。

私は某Jの監督が、サポーターのヒステリックな嫌悪、過信したサッカー観からくるバッシングと、フロントの思慮によりチームから罪人のごとくして追放されたのを見ている。その人は今は別のチームを黄金時代へと導こうとしている。かたや追い出した方は...。

今は徳島ヴォルティスに係わる人々が成長することを求められている時期なのだ。どこのチームもこういう時期がくるのが習いだ。必ずくる。だから真実を見る目をこの機に磨くのだ。それができなければ...。

ここからは我々が試される時になる。身が引き締まる感がする。ここからの試合で勝てば我々の勝利だが、負けても我々の責任だと思って戦わなくてはいけない。だって、田中さんはもういないんだぜ。このことの意味わかってる?

  

田中さんには感謝している。Jにあげてくれてありがとうなんて薄っぺらい感謝ではない。

ヴォルティス徳島の名を封印して大塚サッカー部として再スタートしたシーズン、廃部にさえされそうだったチームを、今よりひどい戦力不足でどん底だったチームを率いてくれた感謝を私は忘れない。

藤枝の静岡産業大戦でどうみても不可解な判定でPKを取られ敗れた試合。激怒した田中さんが選手に試合後の挨拶をボイコットさせた男気ある姿を忘れない。この試合を生で観ていた徳島サポーターはほとんどいないはずだ。この試合が俺に与えた影響はとてつもなく大きかった。あの田中さんがなかったら今のAWAN渦帝はないと言ってもいい。

こういう形でチームを去る監督が実際殆どであるサッカー界。結果がすべてだから過剰に擁護はしない。だから、今はゆっくり休んで、またどこかでサッカーに係わってほしい。

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2006年9月28日 (木)

サポーターとして

先週末からいろいろ忙しくかった。特に月、火と連日10時まで仕事でヘトヘト。せっかく録画した渦帝ダービーもインテル戦も観れていない。そうこういっていたら水曜。札幌戦、バイエルン戦の録画まで溜まるのは確実な情勢である。

週末は結婚記念日で家族とともに小旅行へ行った。とはいってもしょっちゅう行っているところに行ったのだが。

0001 違うのはそこの直系某ホテルに泊まったこと。実は結婚以来の定例行事で、去年もその前年も同系列の某ホテルに泊まった。ただし今年はもう一つの某ホテルにした。さすがに他のホテルでは味わえない良さを堪能できる。誤解してほしくないが、ここの系列ホテルのある特別な要素を差し引いても、サービスや気配りの面で今まで泊まった数多のホテルの中でもトップクラスであることをいっておきたい。

家族サービスですかと思われるかもしれないが、ちょっと違う。私自身が率先して楽しんでいる。私にとって家族を持ち、その長としての責をまっとうすることは、男として一人前になるために不可欠だと、自分に課したことであり、そう思ったのはサポーターとしてのキャリアが10年を超え、次のステップを考え始めていたときに決めたことだ。だから、楽しんで家族の長を務めることは重要な意味がある。AWAN渦帝というサッカーのサポーターの一人として家族がいることは不可欠な要素なのである。

ただ、どこにいても何をしていてもやはりサッカーのことは頭にある。最近の外出着はレプリカユニが多いし、試合の結果も気になる。出かけるにしてもビデオのセットは抜かりなくやる。夢にサッカー場や昔の仲間がしょっちゅう出てくる。家族はあまり出てこないのだが。これもサポーター故でもある。

だから今年どこかで徳島に行こうと決意した。徳島サポーターとして徳島に行くことも自分にとって欠かせないことだとずっと思っていたからだ。もちろん、最も優先すべきことは、家族の長の責であり、それをないがしろにしてはAWAN渦帝というサポーター男ではないと自分で思っているので、容易なことではなかった。だが、理解ある奥さんのおかげで徳島に行かせてもらえることになった。幸福なサポーター男である。

せっかく行かせてもらえるのだから、全力を尽くさなくてはならないと思っている。先週から準備を始め、飛行機、宿、車、チケ、旗棒と必要な準備は先週金曜までに整った。その時点で気持ちの半分は土曜、水曜に2節を飛ばして、既に鳴門で連徹中である。

徳島に行ったら行きたい、やりたいと思っていたことも長い付き合いの仲間のおかげで実現できそうで、充実した徳島行になりそうで楽しみである。もちろん試合にも勝たせる。いままで勝てなかったのは渦帝がいなかったからと思えるくらい(本当はそんなことはない。実は四国ダービーは初体験なのだ。)精一杯応援しようと思う。サポーターとしての原点は徳島にある。

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2006年9月21日 (木)

カルチョが最高

カルチョスキャンダルのおかげで開幕が大幅に遅れたセリエAが9月から始まった。
なんだかんだですスクデッドを貰った愛するインテルは、いつものように大型補強を行い、シーズンを迎えた。
イブラヒモビッチ、クレスポ、ヴィエラ、グロッソ、マイコン、ダクール、マクスウェル。
もういつものことなので驚かないし、今シーズンこそはなどとも思わない。だからといって愛情はこれっぽちも冷めてなどいない。
むしろ揺るぎない愛情へと昇華している。誰を放出して大丈夫かとか、補強が偏ってるだとか、誰それは要らないとか、組織がないとかそんな小さなことなどどうでもよくなった。小さいと思うのは俺だけかもしれないが。
インテルが好きだ。インテルを信じている。インテリスタ歴13年を経てそういう観に達することができた。
今朝、ローマをオリンピコで破った。朝早いので生で見てはいなかったが、勝つと信じて寝ていた。それがいいのか判らないが勝つと確信していたので不安はなかった。その通り勝ってくれたインテルへの愛情はこれでさらに高みに昇華していく。

だが、インテルへの愛情を支えているのは、他の強豪ライバルチームの存在であり、イタリアサッカーが緊張と興奮に満ちた素晴らしいものであることがある。
守備的でつまらないとか杓子定規のように言われるが、私にはそれが理解できない。守備的なのではなく強い守備が伝統なのであり、そういう土壌があるからこそ、マラドーナやバッジョのような選手が輝きを放ったのだと思う。そしてローマ戦でもクレスポが輝くような技を見せてくれた。モンテッラも一瞬を狙う彼らしい緊張感のあるプレーを見せてくれた。

スタジアムの雰囲気も最高。スタジアムは確かにプレミアとかとは比較にならないほどしょぼくて古くて汚いが、オリンピコなんて陸上トラックもあるのに、そんなことがとても小さく思えてくるような熱狂に包まれている。

ウチにはサンシーロの模型がある。サンシーロに初めて行ったとき、クネクネした狭い通路を通り、まばゆいばかりの明かりが階段の出口の方から差し込んでいるのを着たとき、そしてスタンドに入ったとき、自分が10歳くらいの子供に戻ったような気になった。あの感動!

やっぱりイタリアは最高だ。カルチョが最高。

鳴門にもいつかああいう熱狂に包まれてほしい。

月末、四国ダービーに行くことにした。やはり一度行かないと語れないことや行動できないことがあるような気がする。久々にアレも舞わせてやろうと思う。アレは喜んでくれるだろう。

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2006年9月17日 (日)

大事にしよう

先週月曜日にヴォルティスフロントはサポーターとの対話集会を開いた。議事録をみていないのでなんとも言えないが、今後定期的に開催されることが決まったことは成果だと思う。
その程度のことは最初から既定路線じゃないかと思うかもしれない。確かに第二回が明確ではないが、訊く側も次回に向け、準備期間を貰ったと考えられればいいと思う。

その後、2試合を戦った。相手が昇格を狙う上位チームということもあるが、結果、内容ともハッキリ言って厳しかった。特にクロスに対する守備がお粗末で、今さら改善しなくてはならない課題としては、試合を見る限りでは現状のレベルは勘弁してほしい程低く、先制して逆転され、突き放されるという展開も同じで、フロントが言うような”チームは上向き”というのはウソだろうとしか思えない。

とはいえ、今やれることを今のメンツでやるしかない。これはチームもフロントもサポーターもそう。

今、監督を更迭しても遅すぎるし、東さんを次に据えても今の選手のレベルでは結果が劇的に良くなることはありえず、シーズン終了後には東さんも去っていくだろう。もっとも今のままではシーズン終了後には田中監督も東さんも去っていく可能性大だが。

まあ、こういうことは低迷するチームにはお約束といっていいものだが、ヴォルティスのような、まだ規模が小さく、歴史も浅い会社にとってはキツイ。だからこそ、フロント、選手、監督、スタッフ、そしてサポーターが一つになるようにしないといけない。

もちろんいろいろな感情もあるだろうから、監督ヤメロと言うなとは言わない。そう要求するのもチームのための場合があるからだ。だが繰り返すがヴォルティスは大きな会社ではない。地元基盤も弱い。だから、どこかで妥協して歩み寄り、チームの現状を同じ認識にし、同じ方向を目指すようにしないとならない。

もしそれができない人間は最後はチームの足を引っ張ることになり、チームを愛してるなどと周囲から信じてもらえなくなり、今の居場所を失うことになるだろう。

だからこそ、対話集会のような機会は極めて大事なのだ。この機会を粗末に扱ってはならない。そしてその機会での自身の信頼を得るためにも普段の行動を大事にしなくてはならない。特にサポーターは一番行動している人達がそのような機会でも主役でなくては健全とはいえないだろう。”以前から”という視点だけでなく、”今”という視点も大事にしたい。もちろんそういう人には自分以外の仲間への配慮を欠かないでほしいと思う。

やっとプロサッカーチームを持つ地域コミュニティが苦難を超えて次のステップに歩き始めたのだと思いたい。地元の人たちにはがんばってほしい。名前は出さないが、いつも記事を読ませてもらっている某ブログの管理人さんや、いつもアウェーにも来ている某グループの人達には期待を込めている。

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2006年9月11日 (月)

神様と私(その五)

昨日の朝、目覚めるとサッカーの神様がきていた。

”よォ、元気かの?”

「神様じゃないですか。どうしたんです。こんな朝早くから。」

”一人でどうしているかと思っての。”

「いや別に。まぁ、昨日帰ってきたのが12時なんで、ちょっと疲れてますね。」

”イイとこ無しじゃったの。”

「早い時間に石田が退場になって、その直後に失点した後は、中盤の後ろとバックでボール回してばかり。それでもパスミスして相手に渡したり、ボール取られたりするんですからね。よく残り5分まで1失点で済んでたなと思いますよ。」

”でもサポーターは試合後も暖かかったの。”

「ヒゲくんがエライですよ。彼が一番我慢してるかもしれないですね。でもイーストや空海のメンバーも本当によくやってましたよ。」

”何か言いたげじゃの。”

「う~ん、まあ言わなくても判りますよね。一番多く最前線で戦っている連中同士で揉めるのは悲しいですよね。」

”じゃがそういうことも起こる。試合に多く来ていて、お互いに自分達に誇りを持っているからこそ、意見の衝突が起きるとも言えるぞあの若者は真面目で一生懸命じゃったし、チームを真剣に応援しとった。彼が価値観や試合の視点の違う人から非難されて、泣かなくてはならぬ理由はないが、今の徳島にはそういう意見の交換は必要だと思うぞ。それも試合の時でのな。”

「そうですね。誰も悪くないのに傷つく人間がでる。同じ経験何度もしてますから、彼らの気持ちはよくわかりますよ。みんな何とかしたいんですよ。でも答えが見つからないから、しなくてもいい揉め事をすることになってしまう。でもこれを避けていたら本当に大事な時に一つになれないですよ。自分の経験則から言っても。」

”かつての自分とだぶらんか?”

「いつのです?」

”2年前じゃ。”

「.....思い出しました。そうでしたね。あの時は結局ぶつかりあいを拒否されてひどく失望しましたよ。」

”今やっと先に進もうとしているのかもしれんぞ。”

「避けて通れない道ですよ。やっとそこへ向かおうとしているんですかね。」

”かもしれん。まだわからんがの。”

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2006年9月 6日 (水)

生きている証のために

私は大塚製薬サッカー部に心血を注いできた。ヴォルティス徳島とも言えるが。

私は大塚製薬サッカー部に人生を注いできた。もう一つのすぐ身近にいたチーム(少しばかりこっちのほうが出会いは先)にも人生を注ぎながら。

かつて大塚製薬サッカー部にはいい人達が一杯いた。かつての選手にも、かつての監督にも、かつてのスタッフにも、もちろんサポーターにも。だから人生を注いできた。

今は徳島ヴォルティスと名前を変え、選手もスタッフも変わった。サポーターにも変わってしまった人もいる。もう会えない人も。なぜか監督だけ変わらないが。

ヴォルティスが危ない。

秋葉と尾上がこの時期に去ったことで、今まで見えていたつもりの病巣が実はとてつもない大きな病巣であると皆が気づかされた。

私はJ加入以前の最後の年にいろいろあって、サポーターの前線から身を引いた人間だ。だから今まで少し後ろからヴォルティスを見ていた。動かないことを自分に課してきた。

だが今のヴォルティスを見ているのは痛すぎる。

自分に問う。何かやれることをしなくてはならないのではないか?今のお前がいるのはかつてのお前のおかげではないのか?お前の娘の名前の由来はなんだ?

動こう。生きている証のために。

水戸へ向かえ。お前自身の証のために。

 

P.S

フロントは「サポーターやファンの皆様との対話集会」を開催すると告知した。フロントからしてサポーターとファンを分ける感覚におかしなものを覚える。我々側がサポーターとファンは違うというならわかるが。

だが、彼らも四国ダービーに負け越し、秋葉と尾上が去った直後に急遽開催するのは偶然ではあるまい。今開催すれば答えにくい質問にも晒されるし、話合いどころか進退や責任の所在しか要求されないで終わる可能性も秘めている中で行うのだから、彼らもギリギリなのだろう。

サポーターはどう臨むか?声を荒げて責任を追及するだけでは、鬼の首は取れてもファンやスポンサーに疎まれて終わるだけになってしまう可能性もある。それではこれから先やってくるかもしれないさらに苦しい時に孤立してしまう可能性もある。

だから一番、チームを変えたいと思っているサポーターほど、今度の集会を大事にしないといけない。田中監督解任を約束させることや、社長やGMの辞任を約束させることを目的にしてはいけない。ビッグクラブならまだしも、徳島ヴォルティスは会社としても2歳の子供なのだということを絶対に忘れてはいけない。

最低限このような開催を次回もそれも短い間隔で定期的に行えるようにする必要がある。我々がチームに物申せる機会を荒れた場に最初からしてはいけない。この機会が途絶えたら、我々はチームを変える力を失いかねない。だから大事に臨んでほしい。

仮に約束させられるとしても、それは十分に冷静に行ってほしい。”とりあえず田中は嫌だ”という感情だけで走ってほしくない。

集会に行けないので切にお願いしたい。

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2006年9月 5日 (火)

ファッケッティ会長逝く

インテルミラノのジャチント・ファッケッティ会長が急死されました。スーペルコッパでローマに勝利した時、マンチーニ監督や選手達がコメントで「今日こられなかったファッケッティ会長にささげます。」とコメントしていたので病気なのではと思っていましたが、あまりにも急な訃報でした。

インテルに詳しくない方はファッケッティ会長のことも詳しくないと思いますので簡単に紹介します。

ジャチント・ファッケッティは1942年7月18日に生まれ、16歳の時にインテルに入団しました。セリエAデビューは1961年5月21日です。当時の監督エレニオ・エレーラに重用され、攻撃と守備の力を備えたサイドバックとして活躍しました。

インテル

試合出場 476試合

スクデット4回

ヨーロッパカップ2回

インターコンチネンタルカップ2回

コッパ・イタリア1回

イタリア代表

試合出場 94試合(キャプテンを努めた試合70)

ヨーロッパ選手権制覇(1968年)

引退した後はFIFAやUEFAの要職を務め、2004年からインテルの会長を務めていました。

謹んで冥福を祈ります。そして、インテルのモラッティ・オーナーが彼に捧げた言葉を引用させていただきます。

「チペ(ファッケッティの愛称)へ。私はあなたの病気がひどいことを打ち明けることができませんでした。あなたが心配するといけなかったからです。本当にごめんなさい。だけど、あなたの忍耐力には感謝の気持ちすらあります。あなたは私に微笑みました。その目には、困難に打ち勝とうとした熱意がこもっていましたね。」

「数日前、あなたはやっと聞き取れる声で、私にインテルのことを話しました。インテルの可能性、そして未来を語ったのです。その数ヶ月前に、私はあなたに聞きました。半分冗談で、半分真剣に、"なんで友人にレフェリーがいなかったんだろう"ってね。あなたは柔らかく、そして厳しい口調でこう答えたのです。"それはできないことだからだよ"と。」

「あなたの威厳がそれを許さなかった。あなたの誠実な人柄が、そんなことを受け付けなかったのです。あなたがインテルに来た日、エレーラ監督はあなたの名前を間違って"チペレッティ"と呼び、それで"チペ"というニックネームが付きました。しかしあなたのスポーツマンシップは変わりません。あらゆる下品な不正行為から遠い存在なのです。インテルに敬意を持って対峙したその姿勢に感謝します。」

文章は日刊インテルより参照させていただきました。

最後に私から一言

ファッケッティ会長、おつかれさまでした。

天国でジャンルカ富樫さんと心ゆくまでインテルについて語り合ってください。私はあなたの愛したインテルを自分が死ぬ間際にあなたよりも誰よりもインテルを愛せたと実感できるように生きていきたいと思います。

私はあなたにお会いすることはありませんでしたが、あなたの思いは私の思いと同じです。いつの日か私もあなたと富樫さんのインテルはなしに加えてください。

富樫さんのジョークを聞かされ続けたら安らかではいられないかもしれませんが。

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2006年9月 3日 (日)

ダービーなんて言う前に...

3度目の四国ダービーは3-3のドロー。
これで今シーズンのダービー負け越しが決まった。
だが本当はそんなことは大きなことではない。

totoの投票率では愛媛の勝ちに62%の人が投票し、徳島の勝ちには14%しか投票しなかった。
たかがtotoと思うだろうが、投票する人も結構試合はテレビや他チームとの対戦で見たりしている。
ここまで投票率に差が開くというのは、明らかに力に差があると見えているからに違いない。
そんなに試合を見ていない人にもわかるのだという事実。
一番下と2番目のチームの対戦である。ダービーだから選手も普段以上の力を出すだろうという要素を考慮しても、100人中62人が愛媛が勝つと予想したのだ。繰り返すが最下位とそのすぐ上のチームの対戦でである。
そのぐらい今は力がないのだということを受け止めなければいけない。

昨日の試合について、得点(失点)という観点で見ていってもチームの差が見える。
サイドからの低いクロスを見合ってしまい、最もファーサイドの田中に決められた1失点目。
同じようにクロスを入れ羽地が同点にしたとき、愛媛のディフェンスはファール覚悟で返しにいった。
あれはゴールが外れてもPKになったかもしれない。
大場のゴールは見事!これは何も言うことなし。
しかし、その後逆襲され、ディフェンスが引きすぎてしまい一度もボールをキープできないまま波状攻撃を喰らって同点に。
逆転時はその延長。高萩は完全にフリーだった。
井手口のゴールは気持ちだったと思う。これは素直に彼を褒めてあげたい。
でも愛媛を崩して入れた点ではない。

すこし脱線するが、井手口のゴールに関連してひとことゆうと、あるの徳島ファンのサイトに「ゴール後に喜びすぎ」という感想が書いてあったが、サポーターだって喜んでたじゃないですか。
確かに言ってることはわかるし、私が現役だったとき同じようなシーンがあり、大喜びする周囲に「まだ同点だろ。(気持ちを)切り換えろ」と怒鳴ったときがある。
でも負けてる試合の終了直前での同点だからね。
だから”喜びすぎ”というならサポーターにもそれを言ってあげない。だからこれは祝福してあげていいと思う。
もう一点あるのだが、これは未確認な事実なので次の水戸戦の時に確認して直接言います。

話を戻すが徳島の3失点は選手がやるべきことやってりゃ防げた失点である。愛媛はそうじゃない。
だから3失点は選手の責任。だから「選手がもっと自分たちのプレーができれば、結果は出ると思う。」(田中真二監督)の言葉は本当!!

タナカヤメロとコールしたみんなの気持ちはわかる。
だけど今は監督を変えてもよくはならない。
選手もフロントも変わらなきゃダメ。これは顔ぶれを変えるって意味だけじゃなくね。
もちろん監督を変えなきゃいかんだろうとは思う。過去に功労があるから続けてもらう必要はない。
ただ、今監督を変えるようなことはいろいろ考えても得策ではない。だから今シーズンは田中監督で戦うしかないと思う。
今言いたい気持ちは十分にわかるが。

フロントの責任もあるだろうが私は社長とGMに責任を求めるのは監督よりはるかに難しいと思う。
就任の経緯を考えるとね、今の人がやめたら誰もやってくれる人見つけるの困ると思う。
徳島ヴォルティスはそういうリスク抱えた会社なんだとJ入り時に私は感じ、今もそう思っている。

だから今シーズンはそういういろいろ未熟な部分の影響で今の順位と内容になっていると私は受け止めた。
再生以前に最初から未熟なまま、強者や強くなろうとしている弱者と戦っているのが現状なのだと思う。
だからすぐには今の状態を改善するのは難しい。いい監督が来ても最低でも2年は我慢しないといけないだろう。
それでも3年目に強くなる補償はどこにもない状態が今の状態である。

まずそこを理解することから我々は始めなきゃならない。
この対戦をダービーなんて我々側が言って特別視するのは早いのではないかとさえ思えるほど重い気分にさせられている。

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