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2006年12月 5日 (火)

応援について戯言を吐く

今日は2本立てです。
 
徳島の応援についてなんだけど、各サポーターグループ間では考え方は違いがあることは直接聞いたことがあるので知っている。もちろん、これは徳島に限ったことじゃなくて、どこにでもあること。
9月末のダービーに行ったのは、地元ではどのようなサポーター事情なのかこの眼で見てみたいという目的もあった。試合は負けたが、この目的を満たす意味ではいろいろ話もできたし、見ることもできた。

アワソウルとクーカイとは考え方が違うが、歴史もバックボーンも違うので当たり前だと思う。どっちがいいとかではない。両方ともスタジアムを盛り上げるためにいろいろ考え行動してきたし、これからもそうしていくと宣言しているし、目指す目標は同じだ。
両者で最も異なるのは気風だと思うが、”分裂応援はしない”とクーカイのリーダーさんもおっしゃっているし、徳島のサポーター文化はまだまだこれから大きく育て根付かせていく段階だと思うので、いろいろな人を受け入れられる受け皿を用意する意味でも両グループで協力し合っていく必要があると思う。

その先については、お互いの役割はもっと明確にしたほうがいいような気がする。今はイーストも含め、なんとなく気を使いながらお互いやっているように見えるんで。
 
このあいだ書いた記事でBe殿から、勝利至上主義という言葉が出たが、私はクーカイさんが勝利至上主義だとは思っていない。戦うという姿勢や勝ちたいという気持ちが他よりハッキリしているだけだと思う。

勝利至上主義的な部分はサポーターとしては不可欠だと思うし、アワソウルさんの場合、逆にそういった部分が隠れすぎているような気もするし、イーストにしてももう少しそういう面がハッキリ出てもいいと思う。
これから徳島の応援に加わってくれるであろう人達には、ハッキリと勝ちたいという気持ちや、一緒にやろうという気持ちが伝わる方に惹かれると思うのだ。特に若い男連中には。

昔の私はクーカイさんのようなサポーターグループにいたので、正直、クーカイさんの方がわかりやすい。
 
まあ、外野の勝手な言い分だと思ってください。コメントは歓迎します。真摯に回答したいと思います。
 
ただね。スタジアムで敵のサポーターがこっちの旗に火をつけることはないと思います。それじゃ放火で、立派な犯罪だし、我々のプライド以前に、一般のお客さんの命にかかわるでしょう。そんなこと世界のサッカー界でも起きたことあまり聞いたことないし(敵のバイクを奪って、スタンドの2階席から火をつけて1階へ投げ捨てた連中はいたな。)、そのサポーターの応援するクラブは活動休止になっちゃうと思う。
 
 
さて、少し話しが変わるが、一つ私の経験談を書こうかと思う。
よく熱い応援とか言われているが、私はこの言葉にあまり実感が沸かない。安易に使われすぎているような気がするからだ。
というのも、自分のサポーター人生のなかで、自分自身をほぼ最大のピークまで持っていった時にあるものを実感からだと思う。
 
7、8年前の11月、私はあるクラブのサポーターとして活動していた。そのチームはこのシーズン調子がよく2位につけ優勝を争っていた。
しかしながら、1敗でもすれば1位のチームの優勝が決定してしまう状況で、しかも最終節にその1位チームとの直接対決を控えていた。まるで今年みたいに。

最終節の一つ前、私のチームは強豪クラブとホームで対戦となった。勝つしかない試合で周囲の気合はこれまでになく高まっていた。私や仲間はスタジアムに来た若い連中を自分達の周囲に半分強引に引っ張ってきて、応援に駆り出した。私はこのいわゆる一見(いちげん)達を煽り立て、できる限り本物に近い、にわかウルトラに仕立てる役目を負っていた。
で、何をやったかというと彼らの目の前で応援の手の動きをして、歌(チャントという言い方もイヤ)を大声で歌い、90分この通りにヤレと煽り、サボる奴を叩き、目の前の一見連中に怒鳴り続けた。

そのときの私は試合前から自分でもかなり気合が入っていたと覚えている。スタジアムは超満員だったし、チームが置かれている状況も”勝つしかない”という気持ちでスタジアムが統一されているようだった。それはサポーターとかファンとかで温度差を感じないほどに。

試合は一方的に押しながら、相手に先制を許す苦しい展開。
後半になってもなかなか決定機を決められない。
私のテンションは試合展開と過ぎていく時間に煽られ、どんどん高くなっていき、そのテンションは目の前の連中を煽ることに吐き出されていた。次第に勝利への執念の鬼と化していく私。
目の前の一見さん達はまるで何年もやっているサポーターのように手をあげ、大声でコールし、応援に集中していた。
それが彼らの目の前で試合も見ずに自分達の煽りに徹底する私に理由があったかどうかはわからないが、彼らの姿に逆に煽られ、私のテンションはさらにあがっていき、ますます執念の鬼と化していき、気持ちが限界に近づいていった。同時に体の一部も悲鳴をあげ始めた。

猛烈な頭痛が襲ってきたのだ。初めての経験だった。原因は上がり過ぎているテンションにあることは明らかだった。
激しい頭痛は”お前、やばいぞ”と言われているようだったが、私の中では”今ここで気持ちを引いたら、この試合は負ける。”という確信も同時に湧き上がっていた。
結果、私は試合の勝利を、自分の内側から迫る身の危機に優先させた。

試合は今は他チームにいるMFのゴールで振り出しに戻る。周囲のテンションはさらに高くなり、それはそのまま私に跳ね返ってくる。”ここで引いたら負ける。”という気持ちがさらに高まる。
頭痛はさらに激しくなるが、”引けない”という気持ちが勝る。
私の目の前の一見さん達は変わらず、集中した応援を続けていた。これもさらに私を煽る。それをそのまま目の前の連中に吐き出し返す鬼のような私。相乗効果が重なり合ってスタジアムは異様な興奮状態になっていく。

そして後半30分過ぎ、今もチームにいるストライカーが、この日彼の決定的なシュートを顔まで使って2度、3度と防ぎ続けた日本代表GKからついに逆点ゴールを奪う。
目の前の男と抱き合う私。だがすぐに残り時間に気持ちを切り替え、再度鬼と化す。
残りの15分、”試合が終わるまで、頭(の血管)が持てばいい。”と結論づけ、激しい頭痛にこらえながら応援を続けた。そして試合は終わった。

試合が終わると憑き物が取れたように頭痛もピタリと止まった。 
”○○さん(本名)、すごかったよ”と試合後、声をかけられた。
 
この試合で私は、2つのことを実感した。
一つは、自分のレベルを極めて高くあげた応援ができれば、相乗効果も相まって、愛するチームを勝たせることは間違いなくできるということ。
もう一つは、それは”死”とまではいかないが、かなり危険なことと背中合わせであるということ。
だから、”熱い応援”という言葉を私は安易には使わない。
 
あの試合以来、同じ経験はしたことがない。せいぜい、2003年のアウェー栃木戦(前回記事参照)の翌日体調を崩して寝込んだくらいだ。多分これからもないだろう。
 
ちなみにあの試合はビデオを撮っていなかったのだが、2年前、意外なことであの試合と再開することになった。
某スポーツ誌が監修したJリーグのビデオソフトを偶然ブックオフで見つけた。
それには逆転ゴールを決めたストライカーが、最も印象に残った試合としてあの試合をあげていて、彼のインタビューと共にあの試合のダイジェストが収録されていた。
 
何が言いたいのかは判りにくいと思う。だから、こういう経験をした人間がいることだけ覚えておいてください。

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