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2007年4月24日 (火)

インテルの強さのみなもと

歓喜の夜から一日経った。
特に誰からオメデトウを言われるわけでもなく、ただパーソナルに喜びを味わっている。
今日はインテルのオフィシャルネクタイを締めて出勤。感動で眠りが浅かったので、一日微妙な眠気と付き合う羽目にもなった。
嬉しいことの一つは、今週末まで優勝を先延ばしにせず済んだことだ。
先週の記事にも書いたが、今週末は家族旅行であり、そのため旅行先の宿の主人がインテリスタで、優勝の瞬間を共に過ごす仲間を待ち望んでいない限りは
私は優勝の瞬間をこの眼で見ることができない可能性があったのだ。しかも、その次のメッシーナ戦は放送予定がないはずなので、昨日のシエナ戦はギリギリ
のラインであったのだ。まさか神様が野暮なことはしていないと思うが、スクデット獲得の瞬間を見れたことはサッカー人生の中で忘れえぬ一瞬となった。
 
ローマ戦でのインテルは硬かったが、この日はとてもアグレッシブで勝利への意欲に90分満ちていた。
サッカーの質だけで言ったらローマの方が上だと正直思うが、ローマのみならず他のチームと決定的に違う点をインテルが持っていたことが、ここまでの圧倒
的な力を見せつけての優勝を飾った大きな要因であり、それが勝利への意欲であったと確信できる。
この一年を振り返ると前半戦のミラノダービーはその強い勝利の意欲が掴んだ勝利であったと思う。
個の力・技術は元々リーグダントツのレベルにある上に、強い勝利への意欲がそれを後押しする。
ものすごいプレッシャーも感じていただろうが、チームとしてそれに打ち勝てたことが今年のインテルがそれまでのインテルと違いだった。
”気持ち”とひとことで語られることが多いかもしれないが、実際はそんな簡単なものではない。
ゴール裏から「気持ちだよ、気持ち!!」なんて吼えても、実際にピッチの上で強い精神力を発揮するのは、吼えてる側の想像を超える。
吼える側の方が度々プレッシャーに負けて暴発することが多いことからもその難しさに打ち勝てる選手達は特別な人間なのだ。
インテルの強さの源はそこである。
Pkスタンコビッチはこの試合の勝ち越しPKのシーンで視線を逸らしていた。Kannki 直視できなかった。そのことからも大きなプレシャーを感じられるし、
マテラッツィはPKをやり直しを命じられながら、2度目も冷静に1度目と逆のコースへ蹴りこんだ。そのことからも強い精神力が伺われる。
 
私は気持ちが伝わってくる選手が好きだ。サモラーノを尊敬するのはそれが最大の理由なのだが、今年のインテルはチームとしてサッカーから気持ちが伝わってきた。
決して惚れ惚れするほどスリリングなサッカーではなかったかもしれないが、勝利への強い渇望と意欲があふれたサッカーだった。
徳島もあさっての試合には気持ちを、勝ちたいという気持ちを我々に伝えてほしい。
それが伝わるならば、あさっての試合は私は結果を問わない。
「気持ち、気持ち」なんていうと相手の緑の監督みたいだが、私が求めるものはそれとは似て非なるものである。
どう違うか訊かれると表現は難しいが、違うのである。
だが徳島の選手達にこれが強く表れれば勝利はおのずとつかめるであろう。
 
Campioni 今、私はインテルに出会えてよかったと実感している。とても充実した気分である。
彼らは地球の裏側でボールを蹴っている。日本にいてインテリスタなんて自称するの変じゃねえかという言い分もわかる。
だが、ただインテルを好きと思い続けただけの時間を過ごしてきたわけではない。
多くの悔し涙を流し、歓喜を共にし、そしてサッカーを知ることができた。今の私はそのかけがえの無い時間の上に立っている。
だからこそ、インテルの栄冠を心から喜ぶことができるのだ。
インテル、万歳!

今回の記事の写真はスカパーさんの放送からいただきました。今回限りご容赦ください。

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