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2007年5月 5日 (土)

水戸戦を前に

昨日は幕張メッセのフリーマーケットに行きました。
特に掘り出し物はなかったのですが子供のおもちゃを何点かと、自分で遊ぶフェラーリ512BBの小さなラジコンを購入。これが結構楽しい。本物は買えませんが満足度が高かったです。 
そして今日はGW中唯一何もない日です。
私は明日まで休みですが、奥さんは今日からもう仕事(午前だけ)です。GWがかきいれ時の人もいますから、私は恵まれた仕事でしょう。
 
恵まれていると言えば私は社会人になってから平日は仕事、週末はサッカーと、15年間ほぼ通すことができています。つまり週休完全2日制がずっと続いているわけです。
しかし、私のいる業界の職種で私の様なケースは少数派で、仕事がキツイというイメージが強く昔の仲間には理系の大学にいながら、コレだけはイヤと敬遠する人間もいました。
ですから、私は大変恵まれたサポーターです。昔はサッカーの試合で平日午後に半休を取るということを2週間に1回はしていたのですが、何も言われませんでした。
さすがに今は忙しくそんなことはできませんが。
 
ただ、サポーターである以前に自立した人間になっていなければなりませんから、仕事もきちんとこなさないといけないでしょう。
当然サポーターとの両立が困難になることもあるでしょうが、まず一人前の大人であることがサポーターであることの前提だと私は思うので、その場合は仕事を優先させるべきだと思います。
してはいけないと思うのは、自分の義務から逃げて、ゴール裏でサポーターをしている自分が本来の自分だと自分にウソをついてしまうことです。
そうなるとピーターパンと同じです。大人になることを拒否してゴール裏というネバーランドに逃げて自分達のルールを優先してしまうことになります。
ゴール裏も社会の一部であって、非日常空間でもなければ、ゴール裏のウルトラの決めたルールが社会のルールより優先される空間でもありません。
こんなんことは当たり前のことで皆わかっていることなのですが、時々それを忘れたり、意図的に無視してしまったりするケースが起きます。
そんな場合は愛していると公言しているチームに迷惑をかけることになります。
大事なことは、我々は常に見られているのだということです。
我々は誰よりもチームを愛しているということを常に証明していなければなりませんが、その分大人の部分も持ち合わせないといけません。幼稚な態度を取ってそれでいてチームを愛しているといっても説得力はありません。
 
なんでこんなことを唐突に書いているのかというと、私自身は未確認なのですが、セレッソ戦の同点ゴールの際にゴール裏からグラウンドに降りたらしいという話を聞きました。
サポーターとして嬉しい瞬間にグラウンドに飛び出すこと自体を私は否定しません。なぜなら私もやったからです。しっかり写真も撮られました。
タックルしてきたセキュリティを引きずったまま近くに来た選手に抱きつきました。
ですが、これは当然ルール違反です。このような場合、自分達ではなく、選手にイエローカードが出たりすることがあります(乱入を煽ったと取られる)。
降りられる高さだったので降りたというなら次回からは止めて下さい。降りた場合は想像以上にリスクがあることは認識しておいてください。
今、チームは上り調子ですから、つまらないことで誰かに警告がでたりすることは何のプラスにもならないので気をつけましょう。
もったいないじゃないですか。そんなことで損するのは。
 
さて、明日は水戸戦です。
ヴェルディ戦を見ましたが、水戸が5点取れた原因はヴェルディの選手達が守備のシーンで失点を恐れて気持ちが引けてしまったことが原因だと思います。
その結果、引き過ぎた上にボール保持者に対し、詰めてもかわされるのを恐れて自由に持たせすぎたこと。ミスを恐れてクリア等のプレーが消極的になったことが失点シーンで目立ちました。
これと同じことになったらやられます。
でも、開幕の徳島はこれと正反対でしたし、今もその状態に戻りつつあります。後は攻撃でもっと走り、もっと身体を使って勝負すれば勝利は自ずとやってくるでしょう。
明日の我々サポーターの役目は選手に恐れず戦えと鼓舞しつづけることです。その通り選手が戦えて勝利できたら、それは我々サポーターの勝利ともなるでしょう。

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