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2008年9月28日 (日)

ヴォルティスに何が必要だったのか少しわかった。

内容うんぬんより結果が何より求められた試合で素晴らしい結果をチームが出してくれた。
この試合を心の最後の砦として考えていたサポーターもいただろうから、純粋に”良かった”と思う。
では内容はどうだったのかというと、戦い方としてはここ数試合と変わっていなかったと思う。
水戸戦のヴォルティスと大きな差があったかというとなかったと思う。
この試合の重要なシーンで見せてくれた些細だが極めて重要な”これまでの試合との相違”以外は。
 
ポイントは以下のシーンに特にわかりやすく表れていたと思う。
 1)シュートを選択した2点目のシーンの麦田。
 2)4点目直前に相手ディフェンダーをなぎ倒すようなドリブルでエリア内に突進した大島。
 3)4点目で石田がゴールに押し込む瞬間、猛然と突進してきて身体ごとネットに突っ込んだ玉乃。
実はダービーの後、国立でレイソル対フロンターレを観たのだが、そこでこの3つのシーンに共通したポイントに気付き、これまで何が足りなかったのかの一つがわかったような気がした。
 
気付いたことは以下のようなことである。
徳島ヴォルティスの選手達というのはJリーグでプレイする選手達の中で、ごくごく平均的な実力の選手達である。
苦しい試合、自身の調子の悪い試合で、それでも重要なポイントでは決定的な仕事をして試合をモノにさせてしまうようなクラッキがいるチームではない。89分間ダメでも、1分で決定的な仕事をしてしまうインザーギのような選手がいるわけではないのだ。
また、どの選手も同じチームの他の選手と比較して”明確に鋭さの違う武器”を持った選手はいない。
(外国人は別。そもそもそういう武器のない外国人なんて獲る意味ないから。)
上位のチームには必ずそういう選手が複数いる。
昔ならばJ初期のヴェルディ川崎はそういう選手達ばかりだった。
ヴォルティスとはごくごく平均的な選手達の集団なのである。
だから、ある試合で見つかった課題が、次の試合までに克服できるようなチームではないのだ。
(もっとも今のJリーグは殆どこういうチームばかりだと思うが。)
 
では、そういうチームは何が必要なのか。
課題が見つかったら克服するための練習をし試合で実践する。
それは極めて重要だが、ヴォルティスのようなチームはそんな簡単に課題が克服できるチームではない。
課題が複数あればもっと困難だし、山積みならなおさらだ。
また、サッカーは相手あっての競技だし、相手が毎回違うから課題を克服して結果にまで結びつけるのはそう容易ではない。
課題克服を試合のテーマに掲げて挑むことは重要だが、その上で勝つことまでできるほど器用なレベルのチームではないのだ。
だから、試合で難しいことをすると逆にピッチ上の11人の方向や強度がぶれて混乱しやすくなる。
そこにスキができる。そこをやられる。
 
だから、難しいことは無理にしないこと。シンプルにその試合の戦い方に全員が同調して90分貫き通すこと。自分達をぶらさないことだと思う。
点を取りにいく試合なら、それに重点を置いて90分行う。ある程度の失点は覚悟する。
守るならしっかり守るという方針を90分通す。点が取れないことはある程度気にしない。
そうすれば、思い切ってプレーできるはずだ。
これまでは決めたいという気持ちが強かったのか、ボールを繋いでいるのにフィニッシュにまでいけず終わるシーンや、中途半端に強引にいくシーンが多かった。
思い切ってシュートする。思い切って突破する。
シンプルに、かつ力強くプレーする。
極端な話、結果は終わったときの数字と考えてもいい。
  
力のあるチームなら悪い時間帯がきたら、ある程度引いて守り、流れが変わるのを待つことができる。好機に仕事のできるジョーカーも持っている。
が、ヴォルティスはそういうチームではない。レギュラーに飛び道具が少ないのにサブはなおさらである。
だったら1試合プランを貫き通し戦いきることの方がぶれなくてよい。
負けたとしても悔いは少ないだろう。
 
自分達は強いチームではない。
いろいろこねくり回し、課題を克服に苦心し、悩む。
それで勝てるようなチームでは自分達はないと自覚した上で、できること、すべきことを貫くことが必要なのではないか?
 
昨日のヴォルティスだけではない、愛媛も、レイソルも、そして日本代表もそうであればもっと結果がでるのではないか。
昨日の国立で前半4失点して、後半吹っ切れたように反撃に出て2点返したレイソルを見て、この見方に行き着いた。
 
相手より戦い方を貫き通して今の自分達を確実に表現する。
それならば勝っても負けても自分達の今の位置が正確に全員がわかるのではないか。
それならば次のレベルの目標が全員に共通して認識できやすい。
その方が今のレベルのチームを強化するのにもメリットは大きくないだろうか。
 
これまでの戦い、特にダービーでは愛媛の方がウチよりそういう戦い方だったのではないだろうか?
ダービーのような戦いでは”試合に勝つんだ”という意志が表向きには見えるが、負けたくないというのが本音ではないだろうか?
負けることへの恐れ、それが勝敗を決めるのではないか。
だから今の自分達を思い切って試合で表現する。結果は終わったときの数字でしかない。
これまでダービーで負けた試合は何故負けたのか?
愛媛の選手達の方が負けることを恐れていなかったのではないか?
昨日のヴォルティスは?
選手達も振り返ってどうだったか自覚できていないかもしれないけどね。
 
自分の中でダービーというとミランダービーが最初に出てくる。
今季のミランダービーは今夜あるのだが、インテリスタとして「ミランに勝つ!」という気持ちより、負けることへの恐怖がずっとあった。
今でもある。インテルがミランより明らかにいい状態であっても、ダービーが来ると負けることへの恐怖に向き合わなくてはいけない。
だからこそダービーなのだろう。だからこそ特別なのだろう。
その恐怖に打ち克てる選手、サポーターがいかに多いかが勝敗を決めるのだとしたら、昨日の結果も理解できる。
 
ダービーは大勢の観客が入った。営業さんはとにかくガムシャラに頑張ったのだろう。
その成果を選手達はどう見ただろうか?
それがどう影響を与えただろうか?
”やるしかないだろう。これだけ人を集めてくれたんだから”そう思ったのかもしれない。
吹っ切れたようなプレーが見えるには前述の麦田のシュートまではそれほど顕著にはなかったが、石田の先制点も得点後の表情からも先制点でも慢心しない強い意志が見えた。
あの時点で昨日の結果は約束されたのかもしれない。
 
実は告白すると四国ダービーに対してこだわりは薄い。
これは四国に住んでいないことも影響している。
JFL時代、HONDAとの試合は都田に何度も行き戦っているので意識したが、愛媛戦は速報で結果を知るしかなく、意識しようがなかった。
栃木も直に戦ったので強く意識した。
佐川大阪は強いチームとわかっていたが、試合は一度も観たことがなく、意識しようがなかった。
愛媛FCとは愛媛がJFL昇格した年、西が丘でダブルヘッダーで東京勢対四国勢を行い、今では考えられないが、お互いに応援に人を出したこともあった。
だから、いつから宿敵になったのか、何かJ昇格以前に揉めたのか、ネット上で何かあったのか、その辺が自分のなかでいまだ曖昧なのだ。
もっとも、自分が年を重ねたので対立関係とかも冷静に見られるようになったのかもしれないが。
自分の中では前節の水戸戦がダービー並に重要視されていた。
実際に行くからだ。
だからアイディアを考えて挑んだし、勝たせられなかったことは残念だった。
だが、11,897人も観客が来てくれて、そしてダービーで5-0大勝。
これに優る喜びはない。
だが、これは始まりでしかない。
いや、始まりにしなくてはいけない。今度こそ本当に。
今季残り試合少ないが、どう戦うか?昨日の試合をどう活かすか?
昨日の試合を土台にしてこれから戦っていけるかが、この試合の勝利を本当の勝利にできるかのカギになっていると思う。
まだ今季やることはあるし、チャンスもある。
ここからである。typhoon

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