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2008年10月22日 (水)

言葉と覚悟

自分にとって今季最終戦となる可能性の高い熊谷がやってくる。
チームは状態は3歩進んで6歩下がるというウルトラブルーな状態となっていて、マジやばい。
ヤバイのは順位ではなく、3年連続最下位になることでもなく、応援する側に臨界点が来つつあること。
 
さすがに国士館大に敗れ、名誉挽回を賭けた甲府戦でも零封負けとなり、詳しくは知らないが、かなりの罵声が飛んだようだ。
どのような状況だったのか、どのくらい酷い言葉が飛んだのかはわからないが、自分のブログで特定の人のみ閲覧できるようにして、当日のゴール裏のことを記事にしたらしい人が複数いたようだ。
自分は国士舘大に負けるのは何回か経験があるのであまり気にならなかったのだが、思っている以上にあの敗戦が悪い流れを加速させたようだ。
自分も昔はかなり酷い言葉を使った経験(たぶん今の鳴門で使われている言葉以上に酷い言葉)があるので、言う側の気持ちもわかるし、その周囲で気分を悪くする人の気持ちもわかるつもりではある。
ただ、特定の人だけでこのことが議論されている状況がいくつも見える状況はちょっと危機的状況になっていると感じたので一言書こうかと思う。
しかし、鳴門での状況がよくわかっていないので、私個人のブーイングや罵声に関する考えを述べたいと思う。
 
まず、3年間で監督が3度変わり、選手も何度も補強が行われながら、チームがこれだけ長い間に渡り低迷している状況では、若い男連中が我慢の限界に達するのは仕方ない部分はある。
一生懸命応援しているからというより、苦労しなくてはならない状況に自分を抑えきれないのだと思う。
私は多くの若いサポーターを見てきたが、そういう若者は多かった。
 
まあ、サポーターをやるような男の中に、利口で冷静な若い男がいる方がおかしい。
サポーターやる男ってのは、どっかバカで短気か、冴えなくて、かつ女にもてそうにない男がやるもんだと思う。
女にもてる男が土日を試合とアウェイ遠征に費やすはずがないからね。
 
話それたけど、そんな若者が感情を爆発させた結果、罵詈雑言を「愛している」と公言するサッカーチームの選手に浴びせる光景は、成績の悪いクラブの試合では必ず起きる光景で、決して特別今の徳島のゴール裏が荒れているわけではないと思う。
言うなと言い聞かせたら、多分他のことで感情を爆発させてしまうだろうし、悪い言い方だが、やらせてあげないとならない場合もあると思う。
 
ただ、大事なことを忘れてはいけない。
まず第1に、サポーターとは選手に理解され、感謝され、勝つために必要とされて初めて存在意義を得る存在だということ。
罵詈雑言を言うのはいいが、選手達に、なぜそこまでのことを自分達が言うのかという怒りや悔しさを理解してもらえなければ、単なるエゴイステッックなクレームとしか受け止めてもらえないだろう。
酷いことを言ったとしても、それ以前に選手として、サポーターとしてお互いがコミュニケーションして、本音を交わせるような関係であれば、言葉の裏側の悔しさを受け止めてもらえるだろう。
だが、その前提がない状態では、如何に後から大そうな建前を述べて、それを正当化しようとしても無理である。
それではいろいろな部分で周囲と溝を深める上に、言葉だけ走るようになり、応援しているチームの存在を否定するような言葉を使ってしまったら、その瞬間からサポーターである自分を否定することにもなる。
そこまでいった後で、シメに「それでも試合に行く。勝たせるために応援する。」などと言っても信じてもらえないだろう。
いかに「俺たちはサポーター。」といっても、それは選手達との関係あってこそであることは忘れてはいけない。
 
また、どんな内容を言っているのかはわからないが、人の尊厳や、また人種、出自や親類まで侮辱するような言葉は使ってはいけない。
感情に任せると、シンプルだが取り消しの効かない言葉が出がちだ。
それでは、前述のように「俺たちはサポーター。」「それでも俺たちはチームを応援する。」と後からフォローしても信じてもらえない。
自分達を正当化させて言い放つだけでは状況がさらに悪くなるだけ。
それに次の試合でまた負けたらまた繰り返し。その先にはさらなる暴走を選択せざるを得ない状況しか待っていない。
それが何を意味するのかは私がわかっていなかったらおかしいだろう。
それでもやらなきゃならないというのなら、それによって壊れて直らないままになるものへの覚悟が必要。
 
いかにサッカースタジアムの中で、さらに特異な区域であるゴール裏であっても、社会の中の一部であることは変わらない。
そこでだから許されることがあるということはない。
 
選手達はキツイ言葉を浴びせられても仕方がないという考えは認めるが、自分達にキツイ言葉を浴びせる資格があると考えるのは間違い。
資格はないが、それでも言わないとならないというのなら、覚悟を持ってやるべき。正しいことではないが、全否定されるものではない思うので、無理にやめなさいとは言わない。
私にそこまでの資格があるとも、(過去の反省に立ち返るなら)あるとは思えないしね。
 
ただ、自分達がよりチームにとって重要で中心的なサポーターだと自覚しているなら、周囲への理解と気配りを欠いたら、自分達を中心にした大きな輪はできないと思うね。

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