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2008年11月29日 (土)

林檎ノぱんどらノハコヲヒライタラ...

今回はサッカーネタではなく音楽ネタです。
 
楽しみにしていた椎名林檎のコンサートに行ってきました。
”まるなまりんごはく”というのが今回のコンサートの呼び名。
椎名林檎のデビュー10周年記念祭というのがテーマ。
場所はさいたまスーパーアリーナ。28日から30日までの3日間連続で行われます。
 
会場のさいたまスーパーアリーナは最大37000人を収容可能な大型の会場。
今回はステージもあるので30000人程度のはず。
それでも満員です。大物であることは証明されています。
 
私は前回の記事でも書きましたが、椎名林檎が好きな日本人アーティストの筆頭です。
でも、マニアックなファンではありません。
私はファーストアルバム『無罪モラトリアム』を私の知るアルバムのベスト5に今でも入れていますが、それ以外のアルバムはそれほど評価していません。
また、現在彼女が在籍しているバンド「東京事変」の音楽は全く聴いていません。
それでも、彼女が筆頭なのは『無罪モラトリアム』がそれほどまでに素晴らしいアルバムだからで、その頃の彼女は今でも本当に最高だからです。
しかし当たり前ですが、今の椎名林檎は『無罪~』時代の彼女ではありません。
それがわかっていても今回のコンサートを心底見たいと思っていました。
初めて生で椎名林檎を見れるから。
ソロ時代の曲でのコンサートだから。
見ないと自分の中でつっかえたものが取れそうになかったから。
 
果たして、私は何を見、何を得るのでしょうか?
わざわざこの日のために休みを取ったのです。本当です。
林檎の形をしたパンドラの箱を開いたとき、私は中に何を見るのでしょうか?
休みを取ってまでのビッグイベントに格上げさせた私の中で何が目を覚ますのでしょうか。
 
 
 
コンサートの感想から率直に言います。そうでないと説明できません。
実に不思議なコンサートでした。
彼女のテイスト、特にソロ後期が他のアーティストと異色であることを置いておいても実に不思議なコンサートでした。
 
私は小学5年からロックを聴いて育ちました。
それから今に至るまで、実に多くのアルバム(CD、アナログ)を聴き、多分のべ100アーティストのコンサートには行っているはずです。
だから、会場(観客数)の規模に関係なく、いいコンサート、いいアーティストは判断できると自負しています。
その上で今回の椎名林檎の”まる生林檎博”初日のコンサートを評価すると、不思議なコンサートでとりあえず合格点だけど...というコンサートでした。
 
いいコンサートの条件の一つに、アーティストとファン(観客)との距離が近いこと、高い一体感ができることがあげられると思います。
例えばMCを通じての観客とのコミュニケーションです。ロックのコンサートでは一体感、連帯感がないロックのコンサートは少数派だと思います。
今回椎名嬢がMCをしたのは15曲目の後が初めてでした。
それも、ゲストで登場してデュエットした兄の椎名純平の紹介。
それまでは、曲の演奏のみが延々と続いていました。
いくらなんでも15曲目まで演奏のみとは...。
洋楽アーティストで日本語が喋れないとかならともかく、3万人規模のコンサート会場で後方のお客さんからは豆みたいな大きさでしか見えないアーティストが延々と演奏だけするのを聴くのは...。 
 
また、ステージの使い方、作り方にも問題があったと思います。
今回のステージは椎名嬢とバンド(Gt、Bs、Drの最小構成)の立つ場所と、アリーナ最前列の観客の間にオーケストラピットがありました。
そこには、数十人構成のオーケストラがセッティングされていました。
これは、今回演奏する曲の多くをオーケストラ仕様にアレンジして演奏したからです。
曲をオーケストラ仕様にするのは、悪いアイディアではないと思います。
元々弦楽風アレンジの施された楽曲も多いので、それを再現、さらにアリーナショー仕様にスケールアップさせるためには必要だというのもわかります。
しかし、オケのために観客との物理的な距離は開いてしまいました。
アリーナの最前列でさえ、10m近く遠いとこに主役がいるのは観客には気の毒でしょう。
ピットはぐるっと一周できるせりだしの中にあって、オケと観客の間に移動できるのですが、それを使ったのは3回のみ。
しかも最初が前述の15曲目の兄、椎名純平とのデュエット時。
これではあまり意味ないでしょう。
 
それから、天井に吊るされた大きなモニタースクリーンがあったのですが、殆ど顔を映してくれないんです。殆ど全身のロング映像。
私の席からは、生で見える彼女と同サイズでスクリーンに映っていて意味を成していませんでした。
私の席はともかく、もっと後方の観客はもっと気の毒だったでしょう。
メイクも凄くて顔がアップで映ってもホンモノ?と思うほどではあったようですが。
 
ここまで書くとダメダメな印象に見えます。そう、見える。つまり視覚の部分であまりにも淡白すぎました。
セットの背景も白、衣装も全員白系で実に淡白。
最後の方で高円寺の阿波踊りに連(女性のみ)が50人ほど登場したのですが、彼女たちの着物の青い色が妙に新鮮だったのが印象的でした。
 
しかし、聴く、聴覚の部分でのエナジーは期待通りのものがありました。
オーケストラの奏でる磨き上げられたクラシックの様式美の音と、彼女にしか出せない生身からそのまま吐き出す生々しく禍々しい力の籠もった歌声が物凄い音のオーラとなって耳に流れ込んできます。
それはまさに椎名林檎でしか出せない音のオーラで、私が彼女にハマった魅力は存分にそこにありました。
 
視覚と聴覚の間の著しい落差。
彼女が作った『百色眼鏡』のような禍々しい深遠な色彩の視覚ワールドを再現すれば凄いコンサートになった可能性もあったと思います。
他に行った人のブログで「3万人が地蔵」と書いていた人がいましたが、確かに私の周りでもずっと難しそうな表情で立ち尽くす人はかなりいました。
コンサートに行くと、周りにハタ迷惑なくらい自分とアーティストの世界に入ってしまう人を見掛けますが、この日はそういう人を見掛けませんでした。それくらい不可思議なコンサートでしたが、これこそ椎名林檎世界の魔力なのではないかとも思います。
 
他にも突っ込みどころは満載でした。
グッズがもう少しセンスの光るもの作れないのかとか、
椎名林檎の子供のナレーションがたどたどしく始まりながら、急にかつぜつよくなったとことか、母親だけでなく会社(黒猫堂のこと)まで宣伝したとことか。
 
では見に行って後悔しているか、落胆しているかというと全くありません。これも本当です。
何が出てくるかわからないのが彼女のアーティストとして私が魅力に感じている部分でもあり、今回も何の先入観も持たず、音楽の予習・復習も殆どせずに行きました。
だから非常に新鮮ではありました。
それに好きな『無罪~』の曲も多くやってくれました。他の楽曲も掴みにくい曲もありますが、椎名林檎らしさはどの曲からも滲み出ていました。
機会があればまた観にいってみたいと思っています。
そのときはまた今回と全く違うものが見られるでしょう。
私の椎名林檎体験はまだ始まったばかりなのです。

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