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2009年6月27日 (土)

苦しくても勝てるチームになってきた

とにかく嬉しい。
まずそう言ってしまいたい。それほど意味のある勝利でしたね。
みんな、借りか返せたかい?まだ1試合あるから貸しを作ってから終わりでもいいけどね。
 
前半はとにかくクリアするので精一杯で組み立てるまでいかない時間帯が長かった。
でも、ディフェンス陣が頑張って先制点を許さない。
三木が体を張って、二連続で決定的ピンチを防いだシーンは圧巻だった。
もちろん、額にテーピングを巻いた状態で奮闘した登尾も、おそらく鼻が折れたんじゃないかと思うスンジンも、攻撃にも絡んだ三田も頑張っていた。
ディフェンス陣の頑張りがあったからこそ、徳重の先制点が生まれたのだと思う。
でなきゃ前半12本もシュートくらった中で2失点くらいして試合が決まってた可能性も高い。
先制点の注目はその形。横浜戦と全く同じ形で得点できたのは注目のポイントだ。
 
前半終了間際に追いつかれたが、後半突き放せたことでこのチームの力を証明できた。
何より選手達自身が自分達に自分達の力を証明できたんじゃないだろうか?
大阪から来た少年の存在も大きいが、体をひねり、倒れながら少年にスルーを通そうとした康太に代表されるように勝つという気持ちが苦しくても萎えずに戦える、そして勝てるチームになってきたのを実感している。
 
この勝利の意味は大きい。
でも、勝ち点3を取れて初めて活かされる勝利であることも間違いない。
そして次は徳島にとって苦手な攻撃スタイルを持つ草津である。
そしてアウェイ敷島。
次の試合が今季を左右するくらいの気持ちで挑まないといけないだろう。
でも、今日はとしあえず選手達におつかれさまと言いたいし、サポーターの仲間、特に1クールで甲府に行って悔しさを味わった連中に良かったねと言わせてもらう。
 
さて、眠いのでこれで寝るか。
今日はよく安心して眠れそうだ。いいこと多かったから。

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2009年6月26日 (金)

ワレ考えるは甲府戦の勝利のみ

今週は仕事が忙しい。9時に帰れればいい方だ。
水曜も帰ってきたのは9時。既に試合は終わっていて、試合後の様子とダイジェストしか観ていない。
とはいえ、帰りが遅くなるのはわかっていたのでビデオはセットしておいた。
だから観ようと思えば観れる。また、再放送もあるのでそちらでもよい。
だが、まだ観ていない。おそらく観ないだろう。
理由はまだ忙しくて観ているヒマがないこと。
それと、大事な週末の試合がすぐくるので、過ぎた試合に拘っている必要はないから。
 
週末は甲府戦である。
6月4日の記事で甲府戦を大事な試合として位置づけた。
それは1クールでのアウェイ甲府戦での悔しい敗戦が元になっているからだ。
先制しながら1-3で逆転負け。
藤田の一発で流れが変わり、そのまま飲み込まれた。
あのとき”ザッツ・サッカー”と表現した。運が無かったというより、甲府に運があった試合だった。
でも、もう少し上手く戦えたはず。
そういう意味で”悔いの残る戦いぶりをした小瀬での自分達自身にリベンジしよう。”と書いた。
これは選手達へのメッセージ。
 
それから、サポーターにも。
あの試合に来てたみんな。試合後、悔しい表情してたよね。ミーティングの時も。
ちゃんとオレは覚えてるよ。
あのときの借りは返さないと始まらんでしょ。
仮に岐阜に勝ててたとしても、甲府に負けたら悔しさ二倍どころか、二乗くらいになるんじゃないかな。
そういう意味では岐阜の負けが残念でないことはないけど、それほど大きな失望ではない。
変に調子づいてしまうくらいなら、今なら負けてもむしろ薬かなと思う。
でも、次は違う。
上位相手だからとか関係なく、自分達のプライドのために勝たないといけない試合だと思う。
相手は福岡に6-0で勝っていい感じ。こっちは下位に負けて急停車中。
むしろいいシチュエーションじゃない。
少しくらい追い詰められた状況の方が必死になれるってもんだよ。
 
チームに岐阜戦での問題点を無視されても困るけど、引きずり過ぎになられても困る。
気持ちの緒を締めなおして、甲府戦に勝ちにいって欲しい。
だから、岐阜戦はオレはもう気にしない。甲府戦での勝ちは二乗返しくらいの意味あると思うので、甲府戦に勝つことだけ考えることにする。
オレは試合には行けないけど、勝つことを強く願う。

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2009年6月24日 (水)

サッカー批評を読んで..

大阪から来た少年の活躍で盛り上がりを見せる徳島ヴォルティスは明日アウェイでFC岐阜と対戦する。
FC岐阜というと思い出すことがあるが、まあそれはいいや。
 
最近でFC岐阜というと先日発売されたサッカー批評に掲載された記事が一番印象に残る。
雑誌の表紙には「10年後も残るクラブ、消えるクラブ」という刺激的な文句が使われている。
表紙の文句を見たとき、宮崎ショックボーイズ総統が飛びつきそうだなと思った。
予想通り飛びついたが、内容も我々Jクラブのサポーターにとっても興味深い内容だ。
その中でFC岐阜も記事が組まれており、それは「タイムリミット」という文句が頭につき、最も危機的なクラブという扱いにも見える。
細かい内容は雑誌を買っていただいて各々感じていただいた方がいいと思うので詳しくは書かない。
ただ、私はFC岐阜のような小さなクラブがJに昇格すべきではないとは必ずしも思っていない。
地域に限界があり、観客数もせいぜいこのくらいという天井の見えた環境でのプロサッカークラブは正直ギャンブルにさえならないと思う。
しかし、プロサッカークラブも企業であり、企業であるならば上を目指したいという気持ちは正直理解できる。
昇格しなくてもできることがある、地域密着はできるという考えも間違いではないが、上を目指さないもの下に人や金が集まるはずがないこともこの世の中では常識と言える。
もちろん、ムリをして失敗をして潰れてしまっては論外なので、きちんとしたビジョンと経営判断が出来る人と、きちんとしたプランが必須ではある。
記事を読んでみるとFC岐阜にはその点が欠けていたようにも読める。
ただ、現状は記事で書かれていない部分の苦しいことがもっと多いのだろう。
 
徳島ヴォルティスはこの号の中では記事が書かれていないが、どちらかといえば小さなクラブにカテゴライズされるだろう。
TSVや今季の補強など、投資も多く行ってきた。
春先に社長だったか、今年はかなりキツイ予算を組んでいるという話も聞いた。
徳島ヴォルティスが10年後どうなっているか?それは今は誰にもなんともいえないだろう。
ヴォルティスに限らず、サポーターにとって最も大事なことはクラブが続いていくことだ。
勝利も求めたい、新しいファンを掘り起こせるようなワクワクする補強も期待したい。
でも、それもクラブが存続しつづけるという前提あってのことである。
サポーターには自分達が老いて死した後もクラブが存続しつづけるため、非常に手段が難しいテーマだが、クラブを支え続けなくてはならないだろう。

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2009年6月21日 (日)

若いってのはいいことだ。( ̄▽ ̄)

意外な即戦力が突然加入し、ホーム初お披露目となった横浜FC戦はかなりの収穫を得た。
いきなり先発に起用するのはギャンブル性も高いが、その分当たり前だが当たったときの獲物はデカイ。
おそらく大部分の徳島サポーターが”巧い”という以上、どのような選手かの情報は持っていなかったと思う。
私もそうだ。
そして巧いが、周囲と噛み合うのか?そんな疑問を胸に抱えながら多くのサポーターが試合開始を待ったと思う。
当然、私もそうだ。
 
結果、いや内容も含め、どのようになったかは説明の必要はないだろう。
その中でも私が注目したのは、羽地のプレーだった。
柿谷が羽地と2トップを組んだことで生まれた化学反応。
石田がどうだというわけではなく、柿谷が羽地のようなプレーヤーの使い方を本能的に持っていたことが大きかった。
そして羽地も柿谷から明らかに刺激を受けていた。
それが、ポジションへの危機感だったのか、自分の欲しいパートナーだったからなのかはわからない。
もしかして両方だったのかもしれないが、先制点のアシストでの粘りのあったプレー、そして2点目時においてサイドでつなぎ、大きく回り込むように相手の目から消えつつゴール前に飛び込み合わせた動き、これ以外にも相手に競り勝ってシュートを飛ばすシーンもいつもより目立った。
ある意味、柿谷以上に秀逸だったと言えなくもない。特に前半は。
出来すぎに近い前半の反動なのか、後半は相手にやらせてしまった印象はあったが、それでも十二分にお釣りのある試合となり、天候が悪い中スタジアムに来た観客はラッキーだったと思う。
もしかしたら、歴史が動き出す試合を観たかもしれないのだ。
いや、そういう試合にこの日の試合をしてあげられるか、してあげることが今からの監督、選手、フロント、スポンサー、地域そして全てのサポーターの責務になったかもしれない。
この日のゴール裏、天候の割には人が多そうな気がした。
もしかしたら、試合前にもう若者の影響を受けているのかもね。
敷島でおじさんにも何かパワーをくれよ。
  
若者は怖いもの知らずだ。
ここに青いユニを着て立っているのは、ある意味お前に理由があるんだぞ。わかっているのか?
まあ、いいけど。

ああ、そういえばホンダロックがガイナーレ鳥取を破ったんだよね、アウェーで。ウチは一応ロック派なんで、ロックの勝利を讃えます。一応ロック派なんで鳥取の昇格の足は引っ張ります。

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2009年6月18日 (木)

移籍も色々ありまして

またもオーストラリアにやられちまったよ。
なんてのは正直どうでもいい。
 
今日、徳島ヴォルティスにセレッソ大阪から柿谷曜一朗選手が期限付き移籍で加入というニュースが来ました。
ん~、何か簡単に調べただけでウラが見えてきちゃいそうな移籍ですね。
6回も練習に遅刻すりゃ、そりゃ外国人監督は舐められたくないから干すだろうね。
だけど、まだ若いし才能も実力もあるからセレッソとしてはクルピがチームを去るまでは、紐をつけたまま船と離れたところに流しとこうって感じに見えますな。
で、行き先はウチですか。
”徳”島流しとも言われてるみたいですが...。
ただ、どういう経緯であれ、ウチとしては助かる人材です。
特に前回記事のように攻撃面で倉貫、徳重への依存度が高い状況としては、選手層としても、また戦術の幅を広げるうえでも彼の加入は大歓迎でしょう。
遅刻グセはどうでしょう?
何故遅刻するのかがよくわかんないんだけど、ウチにはセレッソより怖そうな先輩が多そうだし、セレッソ時代にどんな手段で練習に行ってたんだかわかんないけどTSVは車じゃないと行けないから誰かお迎え役になってやればいいんじゃない。
あ、そうするとまた甘えちゃうか。
徳さんに迎えにいってもらったらどうだ?
遅刻に巻き込んだら怖そうだもんな。
セレッソサポーターの間でも6度も遅刻すればこうなるだろって空気になってるみたい。
ある意味崖っぷちだけど、ウチへの移籍で人間的にも成長したら、日本のサッカーからみてもプラスだろうね。
で、背番号は13ですか。
まあ、9番はオレだからね。当然だね。
 
さて、我が愛するインテルはどうもデコとカルバーリョを獲得する方向で動いている様子。
前、中、後ろで一人づつ補強したいとジョゼは言ってましたから、ミリート(前)とモッタ(中)に加え、この2人で中と後一人づつ追加。
よろしいんじゃないでしょうか。
これで後は不要な選手を放出するだけ。
クルスはもったいないなあ。Jで見たい気も。
クレスポはもう苦しいよな。
バロテッリは素行もあるけど、ズラタン次第かな。
マイコンが出て行きたがってるのは阻止したいなあ。でもこれはズラタン次第かも。
そのズラタンの移籍は思ってた通りC・ロナウドと同額規模を移籍金(違約金)に設定しましたな。
インテルも129億円ならズラタンのプライドを満たせるし、これほどの金額を払うクラブがなければ残留させられるって腹づもりでしょう。
ズラタンの感じだと、選手としてバルサへの興味もあるけど、自分を王様扱いしてくれることの方が大事そうに見えます。
要はそれさえ満たされればいいって感じなんでしょうか。
バルサに行ってもメッシがエースですからね。それにプジョルという王様がいますし。
何より、ベップがズラタンを特別扱いしないでしょう。
ベップも欲しいとは言ってないんじゃないっけ。
おそらく残留だろうけど、出て行ってもいいかなと思う。
 
Jもそうだけど、欧州も移籍でこれからが本番。
海外専門誌って、イタリア専門+艶っぽくてバカっぽいゴシップ扱ってるカルチョ2000以外あんまり買わないんだけど、この時期が一番面白いよね。

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2009年6月15日 (月)

ここら辺でブレイクしてくれる選手希望。

色々なモノが透けて見えた試合だったと思う。
現時点でのと断ってから言うが、限界も可能性も見えたように思う。
こう言うと矛盾しているように聞こえるし、自分でも少し変かなと思うが、そう思えてしまうのだ。
 
なんか栃木戦ととても似てたよね。
前半、相手に試合を支配され、先制を許す。
後半、ハーフタイムに攻撃的な指示が出て、それが反撃の合図になって追いつく。
栃木と違うのは結末(結果)だったけど、栃木戦はオウンゴールだしね。
 
前半は前でボールが収まらないし、ディフェンスもボール保持者へのアタックが弱くて宮澤に簡単に起点になられていた。
ボールを奪うのか、ゴール前で跳ね返すのか、守備の方針がよくわかんなかった。
正直よく1点で済んだよねって感じ。あ、これも栃木戦と同じだ。
逆に言うと、この内容で最悪1失点で済むって守備が強みなのかな。
だけど、見ている側からはスッキリいかないよね。
前半中に徳島ゴール裏が画面に映ったシーンがあったんだけど、みんなしかめっ面、腕組んでて、当然応援止んでる。
前半はシュート1本だったわけで(多分画面に映った時点ではゼロだったはず。)、その時だけだったのかもしれないけどみんなの苦悩が滲んでた。
テレビで観てて、なんか苦笑しちゃったな。色々そのときは思っちゃった。
 
札幌の選手は若くて意欲的だった。
でも、これは札幌に限った感想ではなくて、前週の栃木もそうだし、1クールで負けたときの水戸もそんな感じがした。
逆に徳島はスマートというか、大人っていうか、上手いっていうかそんなサッカー。
どっちがいいっていうんじゃなくて、どっちが好みって感じなんだろうか?
 
徳島の攻撃の特長は倉貫や徳重が体現しているような気がする。
てゆうか、この2人の個に依存している度合いが高すぎじゃない。
今までの試合でも何度も見たシーンで、そういえばと思う人がいると思うんだけど、私はこんなシーンが記憶に多い。
倉貫や徳重がボールを持つ。
すると、相手がタックルに来る、または寄せてくる。
ボールをふわっと浮かせ、自らも軽くジャンプしてタックルを交わす徳重や、くるっと相手のウラを取って一瞬で相手を置き去りにする倉貫。
この瞬間から急激にチャンスの匂いが沸き立ってくる。
フリーでボールを前へ運び出す。そして回りも一斉に動き出す。サイドを追い抜いて駆け上がっていく味方。
なんかこういう絵が脳裏に貼り付いてるんだよね。
逆に言うと他の選手がそういうシーンを作る場面が思い浮かばない。
解説の大森さんも言ってたけど、羽地なんかがもっと頑張ってくれて存在感をもっと高めて欲しいなと思うんだよね。
攻撃は最大の守備ってわけでもないけど、羽地が攻撃で存在感が高まれば、相手が徳島の攻撃をもっと恐れてくれると思うんだよね。
そうすれば、相手の攻撃が慎重になるんじゃないかと。
そうなれば、徳島のベテラン選手達が試合をコントロールしやすくなるんじゃないかと。
今はある意味前半で試合を決めに行くのが、徳島対策の基本になってるように見えるんだよね。
ここ数試合は、それにまともにはまりつづけている様な。
ゴール裏の皆が固まっちゃってたのは、どうしていつも前半はこうなのかなって感じがしたからじゃないかね。
お約束みたいに後半追いついても、前半がああじゃ後半いけるよなんて、その時点じゃ思えなくてもしょうがない部分もありそうな。
 
これから梅雨時、そして暑い夏がやってくる。
ベテランが多ければキツイってような単純なことではなく、若い選手だってキツイだろうと思うんだけど、そろそろ誰かブレイクする選手が何人かでてこないとキツイんじゃないかなあと感じた札幌戦だった。

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2009年6月14日 (日)

三沢光晴....

前回記事の末尾に触れたのですが、非常に残念なことが起きてしまいました。
今回はサッカーではなくプロレスのことです。
 
6月13日(土)、広島で行われたプロレスリング・ノア広島大会でノア社長でありプロレスラーの三沢光晴さんが、試合中に相手の技を受けて頭を打ち、動けなくなり病院に搬送されましたが、同日22時亡くなられました。
まず最初に、謹んで三沢光晴選手に哀悼の意を表し、ご冥福をお祈り申し上げさせていただきます。
 
私は10代から20代前半ごろはプロレスが好きで、当時、全日派(全日本プロレス ジャイアント馬場の団体)と新日派(新日本プロレス アントニオ猪木の団体)の2つのファンのタイプがあって私は全日派であった。
三沢光晴選手との最初に出会いは、1984年の7月に東京の蔵前国技館でした。
あの日は、ジャイアント馬場がスタン・ハンセンとタイトルマッチを行いフォール勝ちした試合があったのですが、その直前に、徳光さんに紹介されて登場した2代目タイガーマスク(試合はせずお披露目のみ)。それが三沢光晴選手でした。
 
その後、1992年8月、日本武道館にてスタン・ハンセンから三冠統一ヘビー級王座を奪取。
得意のエルボーでハンセンを沈めた試合を生で観戦。凄い試合でした。
同時期にジャンボ鶴田選手が肝炎で長期休場となったため、三沢選手が団体のエースとなった瞬間でした。
以後は、四天王と言われた川田、田上、小橋を中心に、ハンセン、ゴディ、ウイリアムスら強豪外国人レスラーらも含めた全日本プロレス黄金時代へ。
2000年新団体プロレスリング・ノアを設立。
社長としてレスラーとして力を発揮していました。
しかし、昨日とても残念なことにプロレス界は彼を失ってしまいました。
 
プロレスファンであった私にとって視線の先には必ず三沢選手はいました。
私が一番好きな選手は川田選手でしたが、最大のライバルが同じ出身高校の先輩である三沢選手でした。
 
もっとも感動的だった試合は1995年6月の日本武道館での世界タッグ王座戦でした。
小橋との王者コンビで、川田、田上組と対戦。
猛攻を食らいながらも何度も立ち上がり、エルボーで反撃する姿に実況の福澤アナと解説のジャイアント馬場はこんな会話をしていました。
「馬場さん、何故三沢は立ち上がるんでしょう?」
「もう、わかりません。」
そうまで言われた三沢光晴がもう立ち上がらない.....。
 
今は気持ちが整理しきれません。
とてもショックです。 

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2009年6月13日 (土)

愛されるマスコットに育てよう。

昨日、ヴォルティスはかねてから考案中であったマスコットを発表しました。
狸をモチーフにした2体。男の子と女の子。
詳しくはヴォルティスの公式サイトに載ってます。
 
デザイン的に見ると...額のVとハートが気になるなあ。
何か、ガンダムを3頭身にしたみたく見えましたね。
エルゴラの水曜版のマンガに登場したとき、どういうキャラにされるかが今から楽しみ。
あと、着ぐるみにするとデザイン画と頭身が変わるんで、今感じてる可愛らしさとか、微妙さが変わってくると思うんだ。
そっちを早く見てみたいなあ。
ぬいぐるみとか発売されると思うけど、クラブのマスコットのぬいぐるみってどこも微妙だよね。
着ぐるみと同じに見えないと違和感がでちゃう。
グランパスくんぐらいシンプルだと何作っても似ると思うけど、この2人はその域じゃないなあ。
でもぬいぐるみが出来たらご祝儀で買う。あんまりデカイのは買えないけど。
 
マスコットってものについてどう思うかなんだけど、私は大事なものだと思う。
チームのシンボルだしね。それそのものがクラブのメッセージなんですよ。
我々サポーターの役目は彼らを大勢の人に愛される存在にしてあげること。
決して無関係な存在じゃないし、無関係にしちゃいけない。
だって、今いる自分達の子供や、その友達、そしてこれから生まれてくる子供たちにヴォルティスの入り口となれるのがマスコットなんだから。
小さい世代からヴォルティスを親しませていくことで、ヴォルティスを将来支えてくれる世代が作られていくんだと思うんだ。
その中から選手になる人、サポーターになる人、スタッフになる人、そうやってクラブは地域に根付いていくんだと思う。
だから、マスコットは愛してあげないとね。
俺らは俺らでこういうキャラじゃないから無関係なんてことはない。
だって、我々は共にクラブを支える存在なんだから。
生まれたばかりの弟妹みたいなもんだよ。
ちょっとばかし望んでたものと違っても人間の赤ん坊なんてみんなそうじゃん。
生まれた直後に「いらねえ!」なんていう親兄弟がいるかい?
この子たちは俺たちが愛してあげて、大勢の人に愛されるキャラに育ててやるわけさ。
それがクラブの未来にも繋がるんだから。
 
話がちょこっと変わるけど、元関東隊の一人が四国八十八か所札所巡礼を始めるそうだ。
やった人にしかわからない凄いことに挑もうとしている。
彼が成し遂げられるかは私には何も言えないが、多分体力、気力が尽きるまでは歩き続けるだろうと思う。
この巡礼で彼が彼の目指しているものを手に入れられることを祈ろうと思う。
 
それともう一つ、今さっき知った衝撃的なニュースよる一言。
三沢、死なないでくれ。

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サッカーと不況

徳島の旅が終わった後、今週後半は毎日10過ぎの帰宅、そして就寝が12時半近くになる日が続きました。
別に徳島に行ったから仕事が溜まったわけではなく、あらかじめお約束だった仕事のピークが来ただけなんですが。
 
さて、今週は欧州のサッカーシーンで大きな動き(移籍)があったのはみなさんご存知の通り。
カカの獲得に加え、C・ロナウドまで獲得できる(まだ確定ではないが)お金があるとは、レアル・マドリーには世の不景気もどこ吹く風のようです。
ただ、私はお金があるところがいい選手を買うのは否定しませんし、それで本当に強くなるかは別問題。
カカとロナウドをどう共存させるのか?
ペジェグリーニ監督は相当なプレッシャーを背負うでしょうね。
 
一方、出した方のミランは、同じく出した(出す?)方のマンチェスターUtdとは比較にならない損を被るはずです。
ミランのここ数年の勝利はカカの存在があったればこそ。
いかにクラブの財政が厳しく、提示された移籍金が魅力的であったとはいえ、クラブの顔を簡単に放出したことでクラブのブランド力は間違いなく落ちたし、マーチャンダイズの売上減とこれまでの累積赤字でチャラになってしまうと思うのだが。
ミラン会長のベルルスコーニ(イタリアの現職の首相)はロナウジーニョをクラブの看板にしたいようで、その意向もあってカカを放出した可能性もあります。
とゆうことは、新監督のレオナルドはロナウジーニョを使わなきゃいけないということになります。
監督としては新米なのに、ミランみたいなクラブの監督を務める上、采配に最初から足かせをつけられているなんてお気の毒なことです。
こうなると、本当に財政危機を脱することができるのか疑わしくなります。
まあ、ミランが躓くには構わないですが、セリエA自体が衰退化するのは歓迎できないですね。
インテルもズラタンがバルサに行く可能性が残っていますが、彼も去ればリーグとしてのサッカーファンへの求心力は急激に下がるでしょう。
もっともズラタンのことですから、カカやロナウドの移籍金と自分の価値を比較するはずです。
「もっと評価しろ。オレはカカやロナウドと同クラスか上!」と言い出して移籍が破談になる可能性もありそうですが。
 
上記のような話から感じるのは、世界的な不況でありながらお金はあるところにはあるんだということ。
但し、圧倒的にないところの方が多いんでしょうね。
私は実家の近くのクラブの年チケを持っているんですが、今年ある変化を感じました。
去年までの3年くらいは年チケの席(毎年同じ席を更新できる)の周囲は同じ顔ぶれでした。
同じ人が年チケを同じ席で更新していたわけです。
ところが、今年は周りの顔ぶれが半分くらい変わってしまいました。
私の隣の席2つは年チケの買い手がつかなかったようで空席のときもあります。
私の席の辺りはバックスタンドの真ん中なので実は結構高い席なのです。
思うに、お金の問題で年チケをやめたか、安い席に変えたかだろうと思います。
他に年チケを変えるまでの理由が見つかりませんから。
 
私自身もこのあいだの甲府戦の時は少しでも移動に掛かる経費を節約しようと鈍行を利用しました。
できれば車で行きたい気もあるんですが、こちらはなかなか確保できません。
先日の徳島参戦も、相手がもっとも興味のある相手であったことと同時に、時期的に費用が安い時期であったこともあります。
サポーター稼業なんてヨソからみたら道楽みたいに見えるんでしょうが、やってる側はいろいろ節約を皆心がけています。
いつまでの不況が続くとは思えませんが、コツコツ節約しながらサポーターとしてライバルと不況に戦い、勝ちたいと思います。
不況や好況の話は他にも思い出があるので別の機会に話したいと思います。

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2009年6月10日 (水)

2年ぶりの徳島。旅日誌編。

本日は徳島旅日記編です。
 
Hi3d0506 徳島に行くときは安くて自由度の高いツアーを探します。
この時期は安いので23,000円プラスレンタカー1,000円/日×2日で25,000円程でした。
飛行機の便も早すぎず、帰りも遅すぎずと自由に選べるのでとても楽でした。
 
徳島空港に着いてレンタカーを借りてまず向かったのは”あの人”のところでした。
やっぱ、徳島に来たら最初に行かないといけません。
階段を登り、なんとなくここだよなてな感じで横へ入り、「ああ、あった。」ってな感じで着きます。
090607_124601 ここはいつもいい眺めです。
30分くらい景色を眺めつつ過ごしてからそこを離れました。
 
その後、ラーメンを食べに「いのたに」へ。
今回のツアーにはクーポンが付いていました。
観光施設や食事、スイーツなどに使えるクーポンが2枚あって、リストに中に「いのたに」のラーメン一杯がありました。
ちょうど昼食どきでしたのでお店は混んでいましたが、ほどなく座れてラーメンを食べられました。
徳島ラーメンの特徴の一つとして細麺と私は思っているですが、個人的には中麺が好きです。090607_133301
最近はラーメンが好きで、もっと他の店も食べてみたいのですが、あんまりラーメン、ラーメンは健康にもよくないので1週間に一度にしています。
これまでの徳島旅行でも色々なラーメンを食べていますが、次回来た時はもっと情報を事前に集めて店を決めてから来ようと思います。
 
「いのたに」を出て次は泊まるホテルへ。
今回のツアー指定ホテルは「徳島ワシントンプラザ」でした。2時にチェックイン。
2時半からセカンドの試合があるので、すぐに鳴門へ出発です。
レンタカーにはナビが付いていますが、前回、前々回もレンタカーを使っているので鳴門までの道は迷うことなく行けました。
 
Hi3d0508 セカンドの試合を見るのは初めてです。
球技場内の駐車場は満車。すぐ隣の公園内の駐車場も満車。結局ポカスタの近くの第3駐車場に車を入れて歩いて戻りました。
相手はカマタマーレ。四国リーグ2強の対決ですから初めて見るのに一番いいカードを見れてラッキーってもんです。
球技場、そして試合の雰囲気はJFLを彷彿させる私には心地よいものでした。
残念ながら人と会う用事が途中で発生して20分ほどしか見れなかったので、次回は1試合まるごと見たいです。
それでも、この試合に限って言えばセカンドのレベルは前日見た横河武蔵野-鳥取戦に負けてないように思えました。
この日は出来すぎという意見も後で聞かれましたが、JFLにあがってきてもやれそうだなと思います。
 
さて、栃木戦をラッキーにも勝てた後、ホテルへ戻りました。
11号を走っていると、徳島市内へ向かう栃木SCのバスに追いつきました。
疲れきった表情の栃木の選手達。ご愁傷さまです。
ホテルに着いた後、夕食がまだだったのでまた外へ。
阿波尾鶏、特にやきとりが食べたかったのでガイドブックに載ってたお店を探しました。
しかし、ガイドブックが古かったのもあって、目星をつけたお店はどれも既になくなっていました。
また、10時には既に閉店しているお店も多く、少々歩いて開いているお店を探すことになりました。
駅に近い方まで来たところで一軒の居酒屋風のお店が開いていて、メニューに鶏があったので、これ以上歩いても時間が経つばかりでもあったため、中に入りました。
生中、ソーセージ、焼き鳥盛り合わせ、鶏の照り焼き丼を注文。
まるは氏から電話が掛かってきたので、やきとりを食べつつ、今日の報告をしました。
そこでオウンゴールしたのが河原と知りました。
ホテルに戻り、シャワーを浴びて床についたのは12時半。疲れていて逆になかなか寝付けませんでした。
 
翌日、ホテルで日刊スポーツと徳島新聞を買って朝食。
8時半ごろホテルを出ました。
行き先は板野。徳島スポーツビレッジに向かいました。
もちろん、この日はオフ。
行っても誰もいないのはわかっていましたが、なかなか行く機会もないので行ってみることに。
45分くらいで着きました。
 
山の上の方にあって、その風景はなんとなく生田を彷彿させるもので気持ちいい場所でした。Hi3d0523
セカンドの東さんが道具に手入れなどされていました。
1時間ほどボーッとしたり、歩いてみたりして過ごしました。
 
その後は空港方面に戻りました。
まだ11時。飛行機は14時45分。車を帰すのも13時半。
時間が余っていたのでコンビニでガイドブックを読んで近場に行くところがないかを探しました。
すると、愛用しているVanNuysのバッグのショップがすぐ近くにあると知りました。
昔、「あわわ」とのコラボで買ったバッグを今回も持ってきていたので、これは何かの縁だとも思い行ってみました。
空港のすぐ隣ですが少しわかりにくいところにショップはありました。
VanNuysのバッグはデザインもいいですが、とにかく丈夫。持っているバッグはA4サイズのショルダーバッグタイプ。Hi3d0530
買ったばかりのころは出かけるにも色々持ち歩いていたので、いつもバッグがパンク気味だったのですが、最近は少なくなってちょうどよくなりました。
ただ、ショルダーベルトに携帯やらペンやら入れられるパーツが最初から着いていたのですが、実はそのころの携帯は電話機能しかない時代だったため小さく、今の携帯では大きすぎて入らなくなっていました。
とゆうわけで、”今の”携帯が入るケースで、ベルトに装着できるもの、そして色が近いものを購入。
ついでに家族へのおみやげもここで買いました。
お店の人に愛用のバッグを見せると、懐かしがっておられました。
渋谷にお店があると聞いたので、今度行ってみようかと思います。
 
この後、車を返して空港へ。そして東京へ戻りました。
徳島は晴天で暑かったのですが、東京は曇天で寒かったです。
なんか一気に現実に戻ったような気分。
翌日、つまり今日から四国地方が梅雨入りとのことでしたので、そういう意味ではいいタイミングの旅だったと思います。
さて、次回徳島旅はいつになるでしょう?

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2009年6月 8日 (月)

2年ぶりの徳島。そして栃木SC。

2年ぶりの徳島に行ってきました。
天気に恵まれ、とても暖かい、いや暑い2日間でした。
短い時間でしたがいろいろあって中味の濃い旅でもありました。
何より試合に勝てた(といっていいのかという気もするが)ので良かったです。
 
今回は、試合と旅の2本立てに分けて記事にしようと思います。
まずは栃木戦のことから。
 
実は最初に徳島空港到着時に懐かしい顔を見た。
2003年のJFL後期12節、栃木県総合運動公園陸上競技場で行われた栃木SC対大塚FC戦(試合は0-1で大塚の勝ち)の後、スタジアム外で仲間と談笑している私のところに”特攻”とゆうか、突然話し掛けてきた一人の栃木サポーターの少年がいた。
彼の後ろにはゴール裏栃木サポーターらしき連中が面白げに見ていたので、半分そそのかされたのだろうと思う。
こっちにどういうリアクションを期待したのかわからないが、私は意図的に少し見下ろし目線で軽く受け流したので彼(彼ら)の期待には答えられなかったようだ。
その彼が徳島空港の到着口の荷物エリアにいたのだ。
6年ぶりなので少年ではなくなっていたが、短く刈った頭髪はそのままであったのですぐわかった。てか、忘れるはずもない。
軽く目があったが、向こうはこっちを覚えていないようだった。
そんな懐かしい出会いからこの試合は始まった。
 
Hi3d0511 2年ぶりの鳴門は変わっていないようで変わってもいた。
ゴール裏の顔ぶれにも変化もあって、スカパーの中継で顔は知っていたが、初めて生で会う人もかなりいた。
某所でときどき話題になるスタジアムDJ。
ななめ45°の岡安の声に聞こえたのは私だけか?
 
栃木SCを徳島へ迎えての試合に挑むのは初めてではない。
2000年の最終戦、後期第11節、徳島市球技場(生田)での試合に参戦していた。
残念な記憶だが、このときは栃木の横濱にゴールを決められ0-1で敗れている。
今日は別にそのときのリベンジではないが、西が丘でドローになった試合のケリはつけねばならない。
 
が、試合は前回と同じように栃木の気持ちに押され大苦戦となった。
 
前半は高い位置での出足の早いプレスと、素早いディフェンスライン裏へのフィード、そしてそのフィードに何度も食らいつかんばかりに走る栃木の選手のプレーをまともに受けるような形になった。
もちろん中盤の構成でそもそも数的不利が発生しやすい条件が最初からあったことは確かだが、青山をはじめ、いくつかの軽いプレーから相手にマズイ位置でボールを渡してしまっていたこともあった。
競り負ける、フリーにする、奪われても奪い返そうともしない。
どこかいいところがあったかというと、1失点で済ませたこと、43分までは無失点で耐えたことくらいか?
いや、それも相手が一度しか決めなかったからだ。
やはりいいところはどこにもない前半だった。
気持ちを理由にするのは好きではないが、気持ちで完全に負けていた。
逆に栃木SCの河原は非常に目立っていた。
先制点をあげた攻撃面だけでなく、守備面でも攻撃的MFで先発しながら幾度も最終ラインまで戻って守備に参加していた。
ただ、テレビで見直しても思ったが、栃木の守備力の天井はそう高くない。
コーナーにクリアする守備シーンがかなり多く、堅守であることは確かだが攻撃同様、気力にかなりの部分を支えられている守備だと思った。
相手と同じようにディフェンスラインの裏へ通してムギに走らせれば相手の方が先に音をあげると途中から思ったが、前半はそのまま終わる。
 
後半は石田の投入が全てだった。
石田が相手のサイドを積極的に攻めたことで、チーム全体の気持ちを攻撃的にしてくれた。
もちろん、ハーフタイムにも相当怒られたのだろうと思うが。
一方の栃木は体力より先に気力がギリギリになっていったようだった。
この試合、徳島は11本のコーナーキックを得た。
この事実は、ゴール近辺での栃木の守備が堅いなりにギリギリであったことを示しているように私は思う。
試合中、コーナーの数を正確に数えていたわけではないが、栃木の守備ではコーナーへ逃げる選択がかなりあったように見えた。
だから、早い時間で追いつければ、それはただの同点ゴール以上の意味があるだろうと思っていた。
偶然ではなく、後付けでもなく、正直にいって本当に10分までに同点にできるかが、この試合を決めると思っていた。
そして9分の石田のゴール。
これで確かに流れが変わった。
その後、栃木は若林を投入して前線での起点を作ろうとしたが、むしろ裏へ通すボールが減る(若林に当てるボールが増えるから)ので私的には好都合だった。
それでも、栃木の選手はギリギリのなかで懸命に守っていたので、試合はこのままドローで終わる匂いが時間が経つにつれ濃厚になっていき、期待とは逆になっていった。
それを打ち破ってしまったものが、もっとも目立っていた栃木の河原であったことは誰にも予想できなかっただろう。
現場で見ていても、テレビで見直しても思ったが、あのプレーはコーナーへ逃げようとしたのだと思う。
終盤は双方ともペースが落ちていた状況で、逃げを選択した気持ちが体力的にもギリギリになっていた状況でミスにつながったのだろう。
 
試合には勝ったが、内容は褒められた試合ではなかった。
そして決勝点はこの試合一番頑張っていた男のオウンゴール。
ケリはグリスタまで持ち越しである。
 
Hi3d0519 勝利した試合後の恒例のダンス。
この日の”脱ぎ”係はファビオ。
正直、このときは何で君?って感じだった。
決勝ゴール時、真っ先に飛行機ポーズでベンチに走って行ったのは見ていたが、どう見てもオウンゴール。
なんか勘違いしてないか?とも少し思ったが、ま、いいかとあまり気にしなかった。
石田はああいうことしそうにないしね。
  
だが、この試合で他の試合より優れていたこともあった。
この試合のゴール裏は、ハーフタイムに演技した地元大学のエイサーの人達が途中から加わったこともあり、かなりパワフルな応援になっていた。
オウンゴールを呼び寄せた一因になったといってもそう大袈裟でもないだろう。
そういう価値のある勝利だった。
 
個人的には、ただ勝てたこと以外にも上記も含めいろいろ嬉しいことが多くあったので、来てよかった。Hi3d0516
行かせてくれた家族にも感謝したいし、今日この試合で共に戦った仲間全てや、ここに来る理由をつくってくれたこれまでの仲間、そしてあの人、全部に感謝したい夜になった。

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2009年6月 6日 (土)

JFL首位決戦@武蔵野陸上

明日を徳島遠征(?)に迎えた今日、たまたま時間ができたので武蔵野陸上競技場へ行ってきた。
JFL前期第14節、首位ガイナーレ鳥取と2位横河武蔵野FCの首位決戦が行われた。
今季初のJFL観戦。勝ち点27同士。リーグ屈指の美味しい条件が揃っているこの試合を観られるとはラッキーだ。
盟友宮崎ショックボーイズ総統のブログで偵察のためこの試合に行くと書いてあったことも影響した。
住んでいる街の駅からは、スタジアムのある三鷹までは乗り換えなしで行ける場合もあり、1時間ほどで着くので距離ほどに行くのは大変ではない。
 
着いたのは前半20分ほど、既に鳥取が1点先制していた。
武蔵野陸上競技場は周囲の住宅街との合意があり、鳴り物は禁止である。
よって、両チームのサポーターは声と手拍子のみで歌を唄い、コールをあげる。
もちろん関東隊時代(大塚FCのJFL参戦時)にも何度かここで試合をしたので知っている。
そのときは総統が運営と太鼓を叩かせろ、ダメだで揉めたのだ。
聴いた話だが、この競技場の向いにある市役所庁舎と一緒に競技場を建てた時の経緯で市民側と対立があったらしく、それが尾を引いているらしい。
サポーターはメインスタンドの両サイドに陣取るのだが、アウェイチーム(今日の場合は鳥取)のサポーターが陣取る席はやや中央より。
実はこれも隣のマンションからクレームが来るのでメインよりに陣取らせているそうだ。
ただ、自分達がその立場だったときはわからなかったが、太鼓がないとそのサポーターの地力や成熟度が見えてくるもので興味深かった。
どう見えたかはあえて書かないが。
 
試合そのものは3-2で鳥取が勝った。Hi3d0504
阿部祐大郎は先発出場であったが、柴村はベンチにも入っていなかった。
途中からみた両チームの感想は以下の通り。
前半の横河武蔵野は、戦い方に迷っている感じ。選手間の意図が通っておらず、安易に蹴ってカットされるの繰り返し。後半は相手より走ることで試合の流れを掴んだ。
鳥取は1点リードしているので余裕があるのか、プレーのスピードは落ち着いているように見えたが、チームとして攻めの形が固まりきってなくて、個人のひらめきに頼ってチャンスを作っているように見えた。
ボール保持者とその直近の選手は動くが、それ以外の動きが鈍い。走らないという印象が残った。
後半になると武蔵野がギアを上げてきたようにペースを掴む。
FWの落としたボールに飛び出した選手が同点ゴールを決める。
鳥取はディフェンス面ではプレスが甘く、ボール奪取力は低い。
両方に言えることだが、相手のミスに頼ってボールを奪っているシーンが多い。
武蔵野の選手が走り出してくると鳥取は防戦モードに入る。
それでも今日の鳥取はついていた。
左サイドから上げたクロスがアウトに掛かり、GKの上を鋭く越えてゴールに刺さってまた突き放す。
どうみてもシュートには見えない蹴り方だったが、そのボールはGKが意表を突かれた以上に手の届かない軌道を描いた。
そして、3点目を奪うがその直後に失点して試合を決められないなど、試合運びが上手くできなかった。
どうにか勝つには勝ったが、こりゃ来年キツイだろうな。
 
Hi3d0501 武蔵野陸上競技場は1000人以上の観客が入り、かなりの盛況だった。
天候も改善して試合時には雨もあがり、いいサッカー日和だったと思う。
競技場に隣接する体育館内でヨサコイソーランのイベントをやっていて、その音と盛り上がりが横河側のサポーター席に響きまくっていたのが苦笑ものだった。 
 
さて、明日は徳島だ。
みなさまと鳴門でお会いできますように。

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マイブーム人生訓

今日は短めに。
 
旅行に行ったり、休みを取ったりする直前の仕事の日って何か不安に駆られたりしません?
何かトラブって遅くまで残業するかもとか、作った資料を夕方突然ダメ出しされて作り直しをさせられたりしないかとか...。
逆に何にもなくて定時で帰れそうになると、帰っても大丈夫かなと思ってちょこっと残業しちゃったり。
そんな不安に駆られて、「ああ、オレの幸せなんて砂の城のように風で簡単に崩れ去ってしまうに違いない。」なんて考えちゃうことありません?
 
で、休み中にも仕事大丈夫かな?とか、休み明けにきっと怒られるぜ!とか考えちゃったりることもありません?
ワーカホリックなんでしょうか?
私はそんなこと考えることが昔からたまにあります。
 
でも、大人になってから、とゆうより人の親になってから理解したことがあります。
これまでのこういう人生じゃなかったらもっと楽しい人生だったかもとか、ここでこういう決断をしていたらとか人はいろいろ考える(後悔する)と思うんです。
しかし、自分の子供はそうなるとこの世に生まれてこないわけです。
成長していく子供を見てると、いつもこう思うようになりました。
「ああ、この人生でよかったな。」
こう思うと、これまでの人生、いろいろミスもしたけどこれでよかったんだなと思えるようになりました。
人生は基本悪い人生はない。悪いことがあってもネガティブに考えないこと。ネガティブに考えることを繰り返すと悪い人生となるんだろうと思います。
常にポジティブに、そして凹まない、盛り返す気持ちを持ち続ける。
これが最近の私の流行の人生訓です。

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2009年6月 4日 (木)

鬼門突破!さあ、ここから盛り返そう。

鳥栖の選手、監督、そしてサポーターにとっては歯軋りするような展開だったろうと思う。
試合は序盤から鳥栖が支配していた。
いつ失点してもおかしくなかった。
実況のアナウンサーが「ハーフナー・マイク!」と何度叫んだだろう。
あまりにしつこく叫ぶんで、コイツ今日はハーフナーがゴール決めて鳥栖が勝つってストーリー立てて仕事してやがんなと思った。
そうはさせるかい。
 
正直いろんなものに助けられた試合だった。
ポストに3度は助けられたはず。
そしてそのうち2度はハーフナーのドフリーのヘッド。
羽地くんがマーカーみたいでしたが、軽く振り切られてましたね。
でも、こういうとこで決められないから福岡行って、横浜に戻ってきたと思ったらまた鳥栖へなんてこと繰り返してるんだと思う。
ハーフナー、ありがと。勝利は貰ったけど、この試合の主役は君だったと思う。
 
PKの判定は微妙だったね。
スローで見ても、一発レッドではないプレイだと思う。
佐藤はボールを一度も見てないし、そのボールは佐藤の背後に飛んでたし。
イエローでも微妙だと思うけど、こないだのセレッソ戦の貸しを返してもらったみたいなもんじゃない。
ああいう判定が出た後も鳥栖の選手達が冷静だったことには感心した。
それが試合が壊れずに終われた理由だと思うし、そのことで逆にヴォルティスは徳をしたと思う。
 
7試合ぶりの勝利となったけど、ここまでも上位陣からは甲府以外は勝ち点を取ってきたわけで、そこで壊れずに堪えて今日勝利できたことは大きい。
6試合勝ててなかったけど、そこで上乗せできたものがあったから鬼門といえた九州で勝てたんだと思う。
さあ、ここから盛り返そう。
6月は全勝を目指そう。
6月最後の試合の相手は甲府。
悔いの残る戦いぶりをした小瀬での自分達自身にリベンジしよう。

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2009年6月 3日 (水)

徳島への旅の思い出

さて、今週末はいよいよ徳島でのホーム参戦です。
正直、何回目の徳島かは覚えていません。多分12、3回目かな?よくわかりません。
何せ、サッカーだけでなく仕事でも行っているもんで。
 
初めての徳島上陸は仕事でした。
そのときは強烈な経験をしました。
実はその日、東京近県は記録的な大雪で、夜中4時ごろの段階で平野部で40センチ以上の積雪となっていました。
早朝の飛行機で徳島出張だった私は、電車の不通を見越してまだ夜中の4時ごろ家を出ました。
歩くのにも苦労しながら、雪まみれのうえ、寒さに震えながら駅へ。
しかし、当然のごとく電車(常磐線)は止まっておりました。
その後、どうにか動いた電車は通常の倍近い時間掛かって上野駅へ。
すると今度は上野駅で山手線が止まってる。
上司の自宅に電話を掛け、大雪で飛行機に間に合いそうにないこと、飛行機もあやしいことを伝えた後、とりあえず羽田空港へ行くことに。
やっとの思いで浜松町に着いたら、モノレールは通常通り動いてました。
空港に着いたときは予定の飛行機の時間はとうの昔。
しかし、その飛行機が欠航になっていたことで、代わりの飛行機で徳島に行けることになりました。
やっとの思いで着いた初の徳島でした。
 
サッカーで行くときは飛行機、フェリーなどいろいろ使いました。
サッカーで初めて行ったときは車でした。
まだ明石海峡大橋なんてなくて、淡路島と明石間のフェリーを使ったと記憶しています。
行きは何も問題なかったのですが、帰りが大変でした。GWの真っ最中で明石行きフェリー待ちの車の量がハンパではなく、5時間くらい待たされた記憶があります。
 
泊まる時は、あまりホテルとか使った記憶がありません。
関東隊の常宿は今は無き「遊湯館」でした。
そう、空港の近くにあった健康ランドです。
ゲーセンのソファーが寝床でしたが、エアコンがメチャクチャ効いてて夏でも寒かったこと。
チェックアウトが9時で、直前まで仲間が風呂に入っていて凄い焦ったことが思い出です。
それから一人で徳島に行ったとき、11月末くらいでした。
和歌山からフェリーで徳島に着いたときは夜中の2時くらい。
宿なんか予約してないので、徳島のフェリー乗り場でめちゃくちゃ寒い中、朝までここにいるしかないかなと覚悟したとき思い出したのも「遊湯館」でした。
タクシーに乗り込んで「遊湯館」へ急行。
朝まで寒いの我慢しなきゃと覚悟した30分後には風呂に入っていました。
楽しい思い出です。
 
徳島の奥、東那賀(今の那賀郡那賀町)へも仕事で行きました。
当時携帯電話も通じないし、食事するところも、泊まるとこもない。
で、相生の保養所みたいなところに泊まりました。
ご飯が美味しいし、ビジネスホテルとは明らかに違っていて嬉しかったです。
と思えばなんと東那賀まで行って日帰りなんて出張もありました。
 
さて、今週末はどんな旅になるのやら。

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