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2009年6月 8日 (月)

2年ぶりの徳島。そして栃木SC。

2年ぶりの徳島に行ってきました。
天気に恵まれ、とても暖かい、いや暑い2日間でした。
短い時間でしたがいろいろあって中味の濃い旅でもありました。
何より試合に勝てた(といっていいのかという気もするが)ので良かったです。
 
今回は、試合と旅の2本立てに分けて記事にしようと思います。
まずは栃木戦のことから。
 
実は最初に徳島空港到着時に懐かしい顔を見た。
2003年のJFL後期12節、栃木県総合運動公園陸上競技場で行われた栃木SC対大塚FC戦(試合は0-1で大塚の勝ち)の後、スタジアム外で仲間と談笑している私のところに”特攻”とゆうか、突然話し掛けてきた一人の栃木サポーターの少年がいた。
彼の後ろにはゴール裏栃木サポーターらしき連中が面白げに見ていたので、半分そそのかされたのだろうと思う。
こっちにどういうリアクションを期待したのかわからないが、私は意図的に少し見下ろし目線で軽く受け流したので彼(彼ら)の期待には答えられなかったようだ。
その彼が徳島空港の到着口の荷物エリアにいたのだ。
6年ぶりなので少年ではなくなっていたが、短く刈った頭髪はそのままであったのですぐわかった。てか、忘れるはずもない。
軽く目があったが、向こうはこっちを覚えていないようだった。
そんな懐かしい出会いからこの試合は始まった。
 
Hi3d0511 2年ぶりの鳴門は変わっていないようで変わってもいた。
ゴール裏の顔ぶれにも変化もあって、スカパーの中継で顔は知っていたが、初めて生で会う人もかなりいた。
某所でときどき話題になるスタジアムDJ。
ななめ45°の岡安の声に聞こえたのは私だけか?
 
栃木SCを徳島へ迎えての試合に挑むのは初めてではない。
2000年の最終戦、後期第11節、徳島市球技場(生田)での試合に参戦していた。
残念な記憶だが、このときは栃木の横濱にゴールを決められ0-1で敗れている。
今日は別にそのときのリベンジではないが、西が丘でドローになった試合のケリはつけねばならない。
 
が、試合は前回と同じように栃木の気持ちに押され大苦戦となった。
 
前半は高い位置での出足の早いプレスと、素早いディフェンスライン裏へのフィード、そしてそのフィードに何度も食らいつかんばかりに走る栃木の選手のプレーをまともに受けるような形になった。
もちろん中盤の構成でそもそも数的不利が発生しやすい条件が最初からあったことは確かだが、青山をはじめ、いくつかの軽いプレーから相手にマズイ位置でボールを渡してしまっていたこともあった。
競り負ける、フリーにする、奪われても奪い返そうともしない。
どこかいいところがあったかというと、1失点で済ませたこと、43分までは無失点で耐えたことくらいか?
いや、それも相手が一度しか決めなかったからだ。
やはりいいところはどこにもない前半だった。
気持ちを理由にするのは好きではないが、気持ちで完全に負けていた。
逆に栃木SCの河原は非常に目立っていた。
先制点をあげた攻撃面だけでなく、守備面でも攻撃的MFで先発しながら幾度も最終ラインまで戻って守備に参加していた。
ただ、テレビで見直しても思ったが、栃木の守備力の天井はそう高くない。
コーナーにクリアする守備シーンがかなり多く、堅守であることは確かだが攻撃同様、気力にかなりの部分を支えられている守備だと思った。
相手と同じようにディフェンスラインの裏へ通してムギに走らせれば相手の方が先に音をあげると途中から思ったが、前半はそのまま終わる。
 
後半は石田の投入が全てだった。
石田が相手のサイドを積極的に攻めたことで、チーム全体の気持ちを攻撃的にしてくれた。
もちろん、ハーフタイムにも相当怒られたのだろうと思うが。
一方の栃木は体力より先に気力がギリギリになっていったようだった。
この試合、徳島は11本のコーナーキックを得た。
この事実は、ゴール近辺での栃木の守備が堅いなりにギリギリであったことを示しているように私は思う。
試合中、コーナーの数を正確に数えていたわけではないが、栃木の守備ではコーナーへ逃げる選択がかなりあったように見えた。
だから、早い時間で追いつければ、それはただの同点ゴール以上の意味があるだろうと思っていた。
偶然ではなく、後付けでもなく、正直にいって本当に10分までに同点にできるかが、この試合を決めると思っていた。
そして9分の石田のゴール。
これで確かに流れが変わった。
その後、栃木は若林を投入して前線での起点を作ろうとしたが、むしろ裏へ通すボールが減る(若林に当てるボールが増えるから)ので私的には好都合だった。
それでも、栃木の選手はギリギリのなかで懸命に守っていたので、試合はこのままドローで終わる匂いが時間が経つにつれ濃厚になっていき、期待とは逆になっていった。
それを打ち破ってしまったものが、もっとも目立っていた栃木の河原であったことは誰にも予想できなかっただろう。
現場で見ていても、テレビで見直しても思ったが、あのプレーはコーナーへ逃げようとしたのだと思う。
終盤は双方ともペースが落ちていた状況で、逃げを選択した気持ちが体力的にもギリギリになっていた状況でミスにつながったのだろう。
 
試合には勝ったが、内容は褒められた試合ではなかった。
そして決勝点はこの試合一番頑張っていた男のオウンゴール。
ケリはグリスタまで持ち越しである。
 
Hi3d0519 勝利した試合後の恒例のダンス。
この日の”脱ぎ”係はファビオ。
正直、このときは何で君?って感じだった。
決勝ゴール時、真っ先に飛行機ポーズでベンチに走って行ったのは見ていたが、どう見てもオウンゴール。
なんか勘違いしてないか?とも少し思ったが、ま、いいかとあまり気にしなかった。
石田はああいうことしそうにないしね。
  
だが、この試合で他の試合より優れていたこともあった。
この試合のゴール裏は、ハーフタイムに演技した地元大学のエイサーの人達が途中から加わったこともあり、かなりパワフルな応援になっていた。
オウンゴールを呼び寄せた一因になったといってもそう大袈裟でもないだろう。
そういう価値のある勝利だった。
 
個人的には、ただ勝てたこと以外にも上記も含めいろいろ嬉しいことが多くあったので、来てよかった。Hi3d0516
行かせてくれた家族にも感謝したいし、今日この試合で共に戦った仲間全てや、ここに来る理由をつくってくれたこれまでの仲間、そしてあの人、全部に感謝したい夜になった。

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コメント

 来徳お疲れ様でした。私は最近ゴール裏に行き始めたもので、普段のゴール裏がどういったものかはよく判りませんが、栃木戦のときのゴール裏は、今までとは違った雰囲気だったと思います。
 キックオフ前から、全員が密着していたこと、後半からチャントにエイサーの指笛が合わさったこと、そして、ゲームの展開。これらが合わさってすばらしいゲームになったと思います。
 それにしても、今年のヴォルティスは見ていて面白い試合が目白押しでゴール裏で見ていて本当に楽しいと感じています。
 また、アワンさんと鳴門のゴール裏でいっしょに応援できる日を楽しみにしております。
 

投稿: 鷹丸 | 2009年6月 9日 (火) 22時18分

栃木戦、おつかれさまでした。
2年ぶりの徳島はとてもいい旅になりました。
今度はグリスタに大勢いらしていただけるのを期待しています。

投稿: AWAN渦帝 | 2009年6月 9日 (火) 23時22分

2000年の最終戦、後期第11節、徳島市球技場(生田)での試合

2000年の最終戦、後期第11節、徳島市球技場(入田)での試合

ですね?
(^。^)

投稿: (^。^) | 2009年6月14日 (日) 00時36分

今では青年になりました栃木サポーターです。
空港では気付かずにすみませんでした。お話ししたかったです。
次回のグリスタでの対戦ではお待ちしておりますので、是非いらして下さい。

投稿: 6年前の少年 | 2009年7月 1日 (水) 09時16分

6年前の少年へ。
コメント、ありがとう。
グリスタには必ず行くんで待っていてください。
栃木SCはなかなか苦しい状況だと思うけど、サポーターとしてチームを支えて続けてあげてください。
間違ってもバス囲んだり、走るバスの前に寝そべって「オレを轢いて行け」とかしないように。

投稿: AWAN渦帝 | 2009年7月 1日 (水) 19時44分

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