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2009年8月23日 (日)

自分達で自分達を封じてしまった試合

一言でいうと完敗、でも仙台戦とは明らかに違いがあった。
シュート1本。
この事実も含め、この試合をどう見るかってのはかなり大事だ。
 
まず、この試合も仙台戦同様、チームとしてやりたいサッカーに迷っている感じには見えなかった。
やりたいことをやろうとしていた。
それが封じられたのか。
確かにそうだと思うが、仙台戦とは見ていて感じたことが真逆に近いくらい違う部分があった。
 
仙台は、徳島を封じる守備の策をキチンと用意していたように見えた。
だが、甲府は仙台ほどの守備の策を用意していたように思えなかったし、あったとしても徹底していたようにも見えなかった。
むしろ、攻撃面で自分達のやりたいサッカーをやるということの方がプライオリティーは上だったのではないか。
見ていて仙台より厳しい守備をされているようには見えなかった。
十分にスキがあったと思うのだ。
それに敗れはしたが守備は90分機能していたと思う。
マラニョンの一発でさえ、ディフェンスラインを崩されたわけではない。
エリア外からであったが、いいコースに、ミートした速いシュートを打たれたからだ。
三田はスライディングでコースを切りにいっていた。弾道が上に向いたから止められなかったが、ふかすことだってあるシュートだった。
藤田に同じ形でクロスバーに当てられたが、ディフェンスラインの裏には抜けさせなかったし、クロスも殆ど弾き返した。
前半シュート0であったが、相手も2本だけである。
まず守備から試合のリズムを作ると考えれば、前半の終わり方は決して悪くなかった。
甲府側は素晴らしい前半と思ってたらしい安間監督のコメントも読んだが、それは守備面(被シュート0)から見てではないだろうか?
勝てる流れは来ていたと思うのだ。
じゃ、何故シュート1本に終わって完敗したのか?
 
見ていて感じたことを以下に書いてみる。
90分間ずっと同じスピードのままで緩急のないサッカーに見えた。失点してからでさえそれ以前のサッカーと変化を感じなかった。
中盤を崩すパターンがワンパターン。使っているフィールドが狭い。
そして、一番問題に思えたのは、攻める形をチームとして共有できているように思えるが、その形に拘りすぎていて、意外性のあるプレーが誰からも起きてこない。
それほどキツイとも思えない、少なくとも仙台のような積極的な守備ではなかった今日の甲府の守備の一番堅い部分に自分達から挑んでいるように見えた。
そして崩せない。
それをずっと続けていたような試合。
シュートだって、ミドルシュートを打てるスキは十分にあった。
青山が攻めあがれば打てたと思うし、倉貫や徳重だって使いこなせたはずのエリアを今日は使わないままだった。
 
自分達で自分達を封じてしまった試合。自滅ではなく自封。
やれるはずのことを自分達からやらないままに終わった試合。
そう見えた。
なぜやれなかったのか?
監督が適切に指示を出して変化を与えられなかったのか?
それはちょっと考えにくい。少なくともそこだけが理由と考えるのは無理がある。
てゆうか、あれほど閉塞感の漂う試合の展開の中で、経験値も高く、能力も高い攻撃陣のベテラン達が何のチャレンジも考えないまま終わることは考えられない。
でも、エリア外からミドルシュートを1本も打たなかったのである。
普通は相手にプレッシャーを掛ける意味でミドルシュートを打つことは常識といっていい。
でもそれすらなかった。
なぜやれなかったのか?
 
それから、これはあまり言いたくないが甲府の方がプレーに気持ちが出ていた。
徳島の選手達がプレーに気持ちを込めていないのではないと思うが、攻め口を探りながら攻めているように見えて「とにかく勝つ!まず結果!」という気持ちが見えてくる甲府とは明らかに違いがあった。
気持ちの問題で片付けるのは感想としては怠慢にも思えるのでイヤだから最後に補足気味に書いてはいるが、第3クールなんだということ、昇格争いの”渦”の中にいるんだということを強く意識している気持ちが甲府からは感じられた。
今いる順位、持っている勝ち点によるモチベーションの差なのか?
だとしてもホームゲームでシュート1本で負けを裏付ける理由には弱すぎる。
 
もっとやれる。でも、やらなかった。
やれなかった。自分達で自分達をやれなくしてしまったから。
皆でやろうとしていることを、皆でやろうとしていた。でもそれ以上のことや、それの裏を突いた発想が誰からも出なかった。
仙台戦以上にキツイ負け方と言えなくもない。
試合終了後の監督の様子だが、試合後の監督間での挨拶すら忘れるほどショックだったようだ。
私にとってもショッキングな試合、今季最低の試合だった。
こんな試合をホームで何度もするようでは未来はない。

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