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2009年11月 3日 (火)

目に見えない富

天皇杯サッカーでは明治大学がモンテディオ山形に快勝するというサプライズを演じた。
大学勢は勢いに乗るとかなり強い。
これはヴォルティスのサポーターならJFL時代から含めても痛いほど知っているわけであるが、大学スポーツのなかでのサッカーの地位をあげるためにも次も頑張って欲しいと思う。
 
さて、ホンダロックは日曜に名古屋と対戦、0-2で敗れ今季の天皇杯での冒険を終えた。
ホンダロックサッカー部のサイトではテキスト速報が提供されていて逐一試合の情報を得ていたが、後半途中まではスコアレスで頑張っていたわけで、結果は残念だが力を見せることはできたのではないか。
過去の記事でも書いたが人間というのは努力や成長を目指してこそだと私は思っている。
だが、その努力や成長の果てにどこを目指すのかは人それぞれだと思う。
今回ヴェルディを破り天皇杯でここまで勝ちあがったロックサッカー部は成長したと思うし、サッカー部の周りのコミュニティも成長したと思う。
そして得たものはそこにあるロックサッカー部を愛するという生き方であり、そこにいる人達の輪を共有できる人が増えたということではないだろうか。
 
椎名林檎が最近出した歌に「ありあまる富」という歌がある。
歌詞の一節に「僕らが手にしている富は見えない」とある。
私はこの曲の歌詞がスキなのだが、”目に見えない富”というものがどうにも心に響くのである。
そこにあるサッカーを愛するという行為は”目に見えない富”なのではないかと思うのだ。
 
”目に見えない富”というのはすごく矛盾を孕んだ言葉である。
例えば、家族に囲まれてなんとなく過ごす幸せがそれであれば、それを支えるのが”目に見える富”であるお金であるとも言える。
でも、その矛盾にこだわってしまうのは”目に見えない富”を感じられなくなってしまう気がする。
とても微妙なものかもしれないが、それを感じ、認められる感性が”目に見えない富”を支えているのではないか。
3部や4部のクラブであれ、それがJリーグのクラブであれ、そのサッカークラブがスキだということはサポーターとしての”目に見えない富”だと思う。
クラブがどういうバックボーンを持っていようが、一人一人のサポーターが自分の好きなクラブを思うことは同じだからね。
 
逆に考えると、それを”目に見える富”にしようとすると、サッカークラブを取り巻くコミュニティが変わってしまう。
ある意味、こういう行為って人間の性に根付くものなのかもしれないけど。
 
JFLってマイナーで”目に見える富”には溢れていない。
でもそのぶん、”目に見えない富”を感じやすいとも思った。
それがJFLの素晴らしさであり、この前の栃木SC戦での再会もその一つで、JFLにいたからだと思った。
地域リーグはもっとそうかもしれないね。
 
”目に見えない富”だから、それをどのくらいの大きさに感じられるかは本人次第だ。
今回、ロックは天皇杯で勝ち進んだことで、それを大きく感じられるコミュニティをつくった。
それをどう育てていけるか。
ただ大きくしようとするだけでは、スキを見せた瞬間に”目に見える富”に変わってしまうだろう。
それを個人個人がどう守れるかが、ロックに限らず、我々が心掛けないといけないことだと思う。
 
昨日、三菱水島が今季限りでのJFL撤退を発表した。
でもサッカー部は存続する方向のようだ。
JFL撤退で”目に見える富”は規模はわからないが確かに減るだろう。
でも”目に見えない富”は水島サッカー部の周りには変わらず残るはずだ。
そう祈りたい。

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