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2010年5月17日 (月)

追悼、ロニー・ジェイムス・ディオ。~ロング・リブ・ロニーズ・ロック~

それは突然の知らせでした。
サッカー仲間でもあり、ロックマニア友達でもあるあーせなるくんから今朝メールが入りました。
それはヘヴィ・メタル界最高のヴォーカリストであるロニー・ジェイムス・ディオが亡くなったという知らせでした。
 
ロニー・ジェイムス・ディオ。
1942年7月10日生まれ。
幼少時からのトランペットのトレーニングで鍛えられた声量と、絶対的な音感と、そして楽曲と全身全霊で一体化したような豊かな表現力、時にがなり、時には静かに、時には弱く、時には強く、時には神々く、時には雄雄しい歌声を聴かせてくれました。
彼はエルフというバンド時代に、元ディープ・パープルのギタリストだったリッチー・ブラックモアに見出され、エルフごとリッチーの新バンドに合流して名声のスタートを切ります。
それが、かのリッチー・ブラックモアズ・レインボー(以降レインボー)。
1stアルバムでもその見事なヴォーカルを披露しますが、すぐにロニー以外のエルフのメンバーが解雇。
新たにドラマー、コージー・パウエルらを加えて第2期レインボーがスタートし、かの名作「Rising」を発表。
以降、リッチー、ロニー、コージーによる三頭政治といわれる体制でバンドを大きく飛躍させていきます。
しかし、1978年11月にロニーはバンドを去ります。
 
その後、ロニーは翌79年にブラックサバスに加入。
80年に名作「ヘブン・アンド・ヘル」をリリース。
前任ヴォーカルのオジー・オズボーンの築きあげたサバスのスタイルに変わる新しいブラックサバスを確立させました。
 
83年に自身中心の新バンド、ディオをスタート。
またも名作の名を受ける「ホーリー・ダイヴァー」を発表。
以降はディオを中心をとした活動を主に、再度ブラックサバスに加入するなどの活動もしていました。
 
私がロニーのレコードを買ったのは、1984年発表のディオの2ndアルバム「ラスト・イン・ライン」。
力強いメタルアンセム「We Rock」からスタートする名作です。
しかし、生ロニーを初めて観たのはかなり最近でして確か2001年くらいのアルバム「マジカ」ツアーで来日したときでした。
確か、新宿のリキッドルームというクラブだったと記憶しています。
アルバム「ドリーム・イーブル」収納の一曲「サンセット・スーパーマン」からスタートし、途中アルバム「マジカ」を再現するセット構成はとても印象的でした。
一ヶ月後、出るだろうと踏んで西新宿に感で行って買ってきたのは、自分が観た日のライブのブートレグでした。
 
その後、2007年10月に行われたラウドパーク07にブラックサバス時代のメンバー構成のバンド、ヘブン・アンド・ヘルとして来日しました。
そのときの記事はこちら。
結局、ロニーを観たのはそのときが最後に。
まさか、そのときはロニーが3年経たずに他界するなどとは考えもしませんでした。
 
ロニーは多くのメタルファンを魅了し、育ててきました。
時には期待を裏切るような作品を出したときもありました。
それでも、ロニーは多くのファンに愛され続けました。最後まで、最後まで。
 
彼の訃報を聞いて最初に思ったのは、10代のころからアイドル的な存在だったアーティストたちが去っていく時代が来たんだなという実感でした。
もちろん悲しかったですが、それ以上に強く感じました。
しかし、彼の残した音楽は永久に私たちファンの間で愛され続けます。
 
YahooニュースのTOPに記事が載ったのは正直驚きでした。
POPSチャートでヒットしたこともないし、日本の音楽番組に出たこともないはずです。
でもそのニュースがTOPに載るということは、ニュースの編集担当か責任者がロニーのファンなのかなと。
でもいいじゃないですか。嬉しかったです。
 
この記事を読んでくださる方で、もしロニーが目の前にいて
「次の1曲が私の人生最後に歌える曲だよ。何がいい?」と訊かれたら何をリクエストしましょう。
ヘブン・アンド・ヘル?ウィ・ロック?スタンド・アップ・アンド・シャウト?マン・オン・ザ・シルヴァー・マウンテン?
私はこの1曲をリクエストしたいです。
ロング・リブ・ロックンロール。
彼の音楽は永遠です。私たちがいる限り。
 
ありがとう、そしてさよなら、ロニー。

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コメント

今 http://www.wolfgangsvault.com/
で80年代のライヴを聴いています。
ユーザー登録さすれば聴けるので試してみて
2001年は一緒に行ったのを覚えているよ。
当然最後の来日もね。
さっき英国の友人のひとりから連絡があって相当悪いという話は聞いていたそうです。
その友人曰く「僕みたいな裏方でも何度も時間を割いて話をしてくれた紳士」だと
本当に良い人だったんだと改めて思いました。
現在、彼のFacebookのページは数秒ごとに世界中のファンからのメッセージが書き込まれています。
最後の曲?
70年代?
80年代?
90年代?
2000年代?
皆そうだけど、それぞれに思い出が沢山詰まっています。
ロニーは多分天国で
「悲しむな"We Rock!"」って言っているかもね。
RIP Ronnie James Dio.
So many thanks great memories.
We will Remember.

投稿: あーせなる | 2010年5月17日 (月) 22時55分

お疲れ様です。


渦帝さん、記事をありがとうございます。
私は全然、知りませんでした・・・。
本当に詳細にお書きいただきありがとうございます。

Dioって、バンドとしても、ボーカリストとしても、聴き手の体力も必要なアーチストだったと思います。

自分が生ロニーを観たのは、
ギターがヴィヴィアン・キャンベルから、クレイグ・ゴールディに変わった後のジャパン・ツアーです。
会場は福岡サンパレスホールでした。
残念ながら、チケットが結構余っていて、かなり余裕で前列の席で観ることが出来ました。

キング・オブ・ロックンロールでしたっけ?。
この曲でスタートするライブです。
ステージセットのドラゴンがウィンウィン動いて、スモークを吐いて、レーザー光線ビンビンで!!。

それ以上にロニーのあのボーカル、後ろに控えるメンバーの技術、どれをとっても素晴らしいライブでした。

渦帝さんがピックアップしてくれた名曲の数々・・・。
全てが素晴らしい曲だし、好きです。


>アイドル的な存在だったアーティストたちが去っていく時代が来たんだな

私も同感です。でも彼らの曲と音楽史に残した功績は永遠ですよね。

私は、ブラック・サバスの
「NEON KNIGHTS」が好きです。
ロニーの歌唱力の凄さとスピーディーなテンポ、ドライブ感、格好良さ・・・。


でも、最後に歌ってくれるのが、
ロング・リブ・ロックンロールだったら、皆が楽しく1つになれる曲だからいいですね。


謹んでご冥福をお祈りいたします。

投稿: おー | 2010年5月17日 (月) 23時13分

4月に授賞式に出席した写真が載ってましたね。やつれてたと言えばそういえなくもなく。
67歳相応といえば確かに。

今週末は久々にBayfm聴くかな。

投稿: AWAN渦帝 | 2010年5月18日 (火) 06時03分

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