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2010年9月15日 (水)

またダービーが来て思うこと

もうすぐダービーです。
前回のホームでのダービーのあとはいろいろとありました。
あのとき壊れたものが元に戻ったかというとそうでもないですが、幸運にもこの時期に3位と勝ち点差5で5位に付けています。
ダービーがどうのこうのとは別に勝たなくてはいけないモチベーションは十分にあるわけです。
 
前回のことでダービーとは何なんだ?と疑問に思った人も多いでしょう。
失望した部分も大いにあったと思います。
私もダービーってのは同じ街のクラブ同士の対戦を指すことであって、ミラノ、ローマ、バルセロナ、マドリッド、そしてロンドンとかを指すもんだと思っています。
ロンドンみたいに一つの街に5つくらいあるとダービーだらけになって訳わからない状況にもなりがちですが、その場合も近いとこ同士の対戦がよりダービーと認識されるんでしょう。
だから日本みたいにダービーの定義を拡大し過ぎるのは明らかに作為的だと思います。
今から15年以上前に千葉ダービーなる言葉が初めて使われたときも、柏市と市原市の間には鎌ヶ谷市や千葉市、などいくつも間があるのに何でダービーなんだと思いましたもん。
それでいて北関東ダービーなんて、当のクラブのサポーターたちはどう思ってるんだろうと感じます。
なんて言うかな、騙されて憎む理由もないのに憎まされている気もしてきます。
それこそ作為的です。
ただ、その側面だけ見ても真実は見えてこない気もします。
 
そこで、そういう側面とは逆に見てみるとまたいろんなことが見えてきたりします。
つまり何故そんなことが必要なのか?
観客を増やすきっかけが欲しい、そのアイデアとしてダービーが思いつくわけです。
ただ、ダービーというものを拡大解釈し、軽く扱っているのは事実です。
ゆえに前回のダービーのときのような感情のもつれが起きるわけです。
ただ、実際に観客は大勢来ました。
もちろん、その理由はダービーと位置づけたことよりも、試合を観にきてくださいと懸命に市内を回った営業スタッフがいたからです。
彼等の地道な努力があの観客動員結果に結びついたのであり、その部分までも演出の一部として否定するとしたら、それは明らかに間違いです。
ダービーの意味すら知らない人達が殆どのはずなのに、事実あれだけ観客が来たのですから。
それにダービー、ダービーと言いながら、応援する我々の側もいつからダービーの相手として憎むことになったきっかけが曖昧なはずです。
あったとしても多分些細なことです。
JFL時代にやじられたとかね。そんなことから誰かが憎むようになって、それがいつのまにか自分自身にはルーツはないのに憎まないといけないと思い込んで今に至るとかね。
だって、市民レベルで県民同士で暴力沙汰や差別行為が起きてるなんて話聞かないもん。
 
演出が必要なのは、我々のような演出の必要のないサポーター以外の人達にキッカケを与えるためであり、ダービー後も次の試合を観に来てくれるようになればいいなと会社が考えているからです。
それが上手くいけば、そのうち演出と呼ばれる部分なんてしなくてもよくなります。
でも徳島に限らず、そういうものがまだ必要なクラブが多いってことですよ。
それはそれで理解しないとね。誰でもいきなり上級者にはなれないわけで。
それをフォローするのが会社の役目。
それを我々がフォローできないのなら、それを演出、演出と嫌悪しても何も生み出さなかったりするわけです。
 
それから、ただ負けたくないっていうならどんな試合だって負けたくないはず。
演出だと失望したから、愛媛との試合の勝利に興味がなくなったことはないでしょう。
ましてや、今の順位、3位との差を考えれば、そんなこと考えようもないはず。
 
要は全部サポーターそれぞれの自分の中の問題なんですよ。
人がどう演出してるとかは実は関係なくてね。
私もどうしても勝ちたい試合の前はランニングをするようにしてます。
走りながら、ずっと試合のことを考えるんです。
すると自然に走るペースがあがり、テンションが上がって、もっと走っていたくなる。
試合への集中力が増してきて、気持ち的に戦うコンディションがあがってくる。
これもある意味演出です、自分自身への。

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