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2010年10月10日 (日)

父はどう思うだろうか、今の息子の生き方を。

今日は母親に頼まれ、私の家族と母で叔母の家に行きました。
といっても叔母はそこに住んでおらず、いわゆるグループホームという施設に今は住んでいます。
叔母と最後に会ったのは結婚したときですから、8年くらい会っていません。
たぶん私のことは思い出せなくなっています。そういうことです。
だから今は叔母の家は無人です。
叔母が戻ってきて生活する可能性は極めて低いだろうと思います。
そんな家に行ったのは母親がその家のモノを整理するためです。
とにかくホコリとカビの匂いがすごい。
ゴキブリホイホイに大量のゴキブリが掛かってたし。
昔はよく遊びに来た家で、そのころもモノが捨てられず古いモノが溢れてた記憶がありますが、人が住まなくなるとこうなるんだなと思い、我が家も気をつけねばと思いました。
 
こういう場合、殆どのものは価値がないものばかりです。
価値あるんだよと殆ど騙されて買わされたんじゃないかと思えるモノもあったりします。
叔母がいたら「これは○○のものなのよ。値打ちあるのよ。」と、誰ソレみたいな名前出して、それが有名だと信じきってるようなパターン。
でも、考えてみると自分が集めてるものも価値なんて本当はないんだろうな、二束三文みたいなもんで、と思えてきました。
CDやアナログ盤なんかもそうだけど、自分が元気なうちに処分することも考えないとな、と。
 
そう考えると父親が生きていたら、アナログ盤をどうしただろうと考えます。
たぶん捨てたりはしないだろうけど、そうなると生きてて、大病とかもせずに今の生きてたらどんな老人になっていただろうと。
父方の祖父は学者でプライドの高く、そのせいか的の外れたことも自分の考えることは正しいと信じきっているような人だったので、そんな老人になってたかも。
電気系の会社経営してたからパソコンは使いこなしてた可能性は高い。
 
でもまあ、元気に生きていたら仲が悪かったかもとも思います。なんとなくそんな気がします。
だからまあ、記憶の中でいてくれる今が結局ベストなのかも。
 
気がつくと自分も40を過ぎてて、記憶にある最初のころの父の年齢となっています。
そして自分はサッカーのサポーターとして明日も駒場の出島で旗を振り、叫び歌うわけです。
自宅の庭に建てた離れの書斎でウイスキー飲みながらジャズを聴いた父。
旗棒担いで電車乗ってサッカーの試合にいく自分。
どう思われるだろうなとは興味あるところです。

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