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2011年4月 9日 (土)

ジス・イズ・ロック

どうにかこうにか今週も終わった。あくまで自分はの話だが。
昨夜の地震は自宅でも結構大きく揺れました。
携帯電話の緊急地震速報が鳴って、10秒後くらいにグラグラッと...泊りに来てた奥さんのお母さんが真っ青になって1階に下りてきた。
そして東北では電気施設のトラブルにより広域で一斉に停電。
今も停電したままの地域が多くあります。
余震が続くとはずっと言われてはいるものの、1ヶ月近く経ってもまだこのような状況になる。
せめて東北だけでもこの災禍から開放させてくださいと神に頼みたい気分です。
 
今日最も印象的だったのは、ネットのニュースで知った一人の歌手の作った歌のこと。
斉藤和義。
自信のヒット曲「ずっと好きだった」を替え歌「ずっとウソだった」という曲にしたものを本人が歌っている動画が現在もネット上で流れています。
内容は原子力発電の安全性や、電力会社を批判した内容で、作成した経緯、投稿された経緯はどうもハッキリしない(どこまで本人の意図的かとか)部分もあります。
忌野清志朗さんへのオマージュとの意見もありますが、とにかくその内容でネット上を含め議論を呼んでいます。
私は一通り聴いた直後、「これはロックだな」と思いました。しびれました。
ただ、ここでのロックっていうか、私の中でのロックってのは反抗だとか、体制に組み込まれることへの拒絶だとかのアティチュード云々で縛られない、もっと人の素に近い叫びや考えが歌として表現されるものと思っていて、それがどれだけシリアスだとかジョークだとかはあまり関係ないんですね。
あくまで私の中ではだけど。
そしてそれはヘヴィ・メタルとかロックンロールとかとも別のものなんです。
あくまで私の中では。
だから、私の中でロックってのは椎名林檎のアルバム「無罪モラトリアム」であり、頭脳警察なんですね。
そういう感覚でこの曲をロックだと思ったわけです。
 
電気を使いながら東電を批判するのはどうなんだというこの曲に対しての批判もあるようです。
それも理解できます。
ただ、我々には言論や表現の自由があるわけで、現代はこの曲も、この曲への賛否も含め、ネット上で行われているわけで、仮に東電じゃなくNTTとかのトラブルだったら批判できんのかということにもなる。
そんなはずはない。
関東に住む我等は東電が提供する電気を使いながら東電をネットで批判していることになる。とはいえそれはそれだ。
言いたいことを言う自由は保証されてなくてはいけない。
 
ちょっと脱線したかもしれませんが、震災以後ここまでこういう曲が流れてなかったのが逆に意外だったです。
人気アーティストはみんな被災地支援に力を注いでいますから。
そういう意味でも世の中のレールに乗らないという点でもロックかもしれません。
 
正直、自分としても原発事故の脅威に晒されている関東にいまだ住んでいることは決して怖くないとは言い切れない気持ちです。
でもそれは皆同じで、それを自分の中で噛みしめながら、都心や近郊に住み続け、そして被災地への支援をしようとしているわけです。
実家の隣人は震災後、海外に出た可能性が高いです。
また今日は、仕事に行く途中で大きなキャリーバッグに旅行に行くような格好で、しかも深刻な表情の女性と、何人かの職場の同僚らしき人達が話し合っているのを見かけました。
でも、私は今いるここから逃げられないからここにいるわけではありません。
あくまでここに残ると決めたからここにいるわけで、その上で脅威も受け止めているわけです。
 
今日、水戸戦のチケットを買いました。
少し震えました。
でも、これが私の選択した生きるための道であり、その道の先、もう目に見えるところにKsスタがあるのです。
これが、音楽ではありませんが、私の今のロックです。

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