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2011年11月 5日 (土)

あの事件の記憶。

今日は先日感じた話をします。
 
週末、実家に行きました。
最近は車で行くことが多かったのですが、奥さんが使う用事があったので電車と歩きで行きました。
たまにはいいもんだと、この街に住んでいたときによく使った路地とか、お店の前とか通ってみました。
学生時代からある中華料理屋はソース焼きそばが300円しなかったはずで、よく食べたのですが、いまでもそのくらいの値段なのだろうかとか。
友達の実家の呉服屋が、着物ギャラリーみたいになっていて、友達が継いでいるのか微妙だったり。
小学生のころからある蕎麦屋がいまだ営業してて、そこのカツ丼の味が懐かしく思えたり。
いつも利用してた自転車屋さんでは世話になったオジサンがいまだ現役で年期の入ったツナギを着て仕事してました。
 
でも一番変わっていないものは通っていた小学校です。
通っていたときに既に古かった校舎がいまだ現役で殆ど学校の風景が変わっていないことがいつ前を通っても驚きを感じます。
校庭が土ではなく細かい砂利で、それを敷いたのが私が小学生のときなのですが、それがそのまま今も敷かれています。
プールだけは改築されていました。
休日は少年野球の練習があるのも昔と同じ。
 
校庭に入ってみたくなる衝動もあるのですが、ここへ来ると思い出す忌まわしい事件もありました。
中学3年のときです。
そのころは学校と同じ町内に住んでいて、校門からも100mほどの場所でした。
ある日、家の外に掃除をしようと出たところ、校門にパトカーが停まっているに気づきました。
なにかいつもと違う雰囲気を感じたので母親と校門まで行って警官に何が起きたのかを尋ねました。
 
殺人事件が校庭で起きたという信じられない事実が判りました。
 
今でもそうなのですが、この小学校では校庭の外壁に沿うようにマラソンコースが作られています。
アスファルトできちんと舗装されています。
その一画で校舎の裏手のある場所で、小学生らしき女の子が倒れているのが発見されたとの話でした。
ほどなくして大勢の人が集まり、上空に複数のヘリコプターが大きな音をあげながら旋回するようになり騒然とした状況になりました。
現場の近くに行って見ると、その近くに住んでいる友達がいて、庭から現場が見えるとのことだったので、庭に入れてもらいました。
この辺の家は皆、庭と学校の敷地は低い柵で仕切られてるだけで、しかも校舎と民家の間はどこも5mほどしか離れていません。
つまり民家の庭の目と鼻の先が現場だったのです。
友達の家の庭からは確かに現場が見えました。
15mほどの距離だったでしょうか。
まだブルーシートで隠されていない状態だったので女の子には布が被せられていましたが腕が見えました。
一番近い民家の庭先からは3m無かったかと思います。
そんな場所で、しかも学校の敷地内でこんなことが起きたのです。
 
テレビのニュース、新聞はその事件で一色になりました。
そしてその女の子が私の家から50mほどの場所に家がある、実は顔を知っている女の子だということを知りました。
その事件はその女の子の名前がそのままついた事件名として呼ばれるようになりました。
 
事件は意外な方向に向かいました。
目撃証言から中学生らしき少年が現場近くにいたとの話が出たのです。
犯人は中学生?
ということで、私や私の友人の家にも、学校にも警察が来ました。
いろいろ聞かれました。
一体これからどうなるんだろうと思っていた矢先、さらに驚きの展開になりました。
同じ学校で小学校からよく知っていて、一時は同じ部活にもいた同級生が逮捕されました。
そういうイメージとはほど遠いやつだったのでとても驚きました。
家にはそいつのこと訊きにマスコミが来るようになりました。
 
この事件はその後さらに意外な展開を見せます。
逮捕時には容疑を認めて、そして裁判の末に少年院に入った彼が、その後否認に転じました。
そもそも容疑者として決定的な物証がなく、自白だけが証拠でした。
当時認められていなかった少年事件の再審が認められるかという法制度の重大な転機になるかもしれないということも議論になりました。
彼と同じクラスだった同級生が再審のために活動しているとの話も聞きました。
結局、再審は彼の退院、そしてその後保護処分も取り消される時期に至り、そのために再審の訴えは取り消しになりました。
「保護処分を終了した者は、その処分の取り消しを求めることは出来ない」というのが理由でした。
何が事実なのかわからないままに事件はやがて人の記憶から消えていきました。
 
 
先日もその場所の近くを通ったのですが、そこを通ると必ずその事件を思い出します。
近辺の風景はまったくといっていいほど変わってないのですが、記憶だけが消えていっているような気がします。
向かい合うのが避けられてるというのではなく、本当に消えていっているのです。
それが何とも言えない気持ちにいつもなります。
私は今でもそこを通ると心で手を合わせるのでした。
私の中からはきっと最後まで記憶から消えないと思います。

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