« 「伝説の名勝負」ご当選。 | トップページ | それでも心に余裕と選手への信頼を。 »

2012年5月26日 (土)

バンディエラの涙

2007年にもバンディエラについて触れた記事があります。
バンディエラとは、サッカー界ではいわゆるチームリーダーとか、チームシンボルである選手を指す。
そういう選手は「僕はバンディエラですから...」なんて絶対クチにしないが、その名前の持つ責任は十分過ぎるくらい自覚しています。
むしろそれがバンディエラと呼ばれる選手の条件といってもいい。
ゆえに尊敬されるべき人間ともなる。
そんなシンボルのような選手がチームを去る。
チームにとってとても大きなことです。
チームのサポーターにとっても大きな悲しみです。
 
例えば、ユベントスのデル・ピエロは今季でチームを離れます。
ユベントスのサポーター以外にもそれを悲しむ人がいるくらいです。
 
が、バンディエラと呼ばれるほどとなってもプロスポーツの競争原理の中で必要以上に優遇されるわけではありません。
自分の力でその名に相応しい力を示し、実績を挙げ続け、ポジションを勝ち取っていかないといけません。
それができなければ、人々の記憶に残り続けることはできても、人々の目の前から消えなくてはならないのです。
そしてその際の評価は監督が下します。それが監督の仕事だからです。
監督は情を勝利に優先させることは許されません。
そのことを選手達も自覚していなくてはいけません。
だからこそチームが強くなっていくことも。
 
その選手は一度チームを離れていました。
在籍時はバンディエラと呼ばれたことはなく、むしろ上向かないチームの責任を全部背負わされるような罵声を毎試合浴びせられていました。
ゆえに出て行ったとも取られました。
でもチームがさらに深刻な状態を向かえ、ほぼ崩壊寸前になったときに彼は帰ってきました。
過去の苦い思い出も抱えたまま、むしろゆえにそんな”我が家”が見ていられなくなったから戻ってきました。
チームは生まれ変わりました。彼がそれを成績以上に、精神面で支えました。
そしてその後も多少に浮き沈みを経ましたが、チームを日本一に導きました。
数字ではそこまで貢献したとは言えなかったと思いますが、誰もが彼がそこへ導いてくれた最大の貢献者だとわかっていました。
フロントも、監督も、チームメイトも、誰よりもサポーターがわかっていました。
でも、出て行くときは来てしまうのです。
 
選手は試合に出たい、力を示したいと思うからで、それゆえに選手でもあるわけです。
だからここでは試合に出られないのならば、他に行くしかないと決断するわけです。
監督の評価が正しいとは限りません。
でもその評価基準はそのときのチームにとって絶対です。
選手の決断も、監督の評価も受け入れなくてはいけません。
それは簡単なことじゃありません。
でもこういうことを含め、悲しさや悔しさや怒りなどを乗り越えることを試され続けることはサポーターの宿命だと僕は思います。
それは決して監督やフロントが我々に課すのではありません。
最後にそれを実行するのは彼らであっても、そもそもそれがプロスポーツの世界の鉄則だからです。
我々はそれを乗り越えないといけません。その選手も。
 
北嶋秀朗。日本のイバン・サモラーノ。
熊本でもゴールを決めるんだ。
お前がやらないといけない。
まだまだ燃えるものを君が持っていることはみんなわかってる。
その舞台がどこであろうとも、君が目一杯戦える舞台を追い求め、そこでゴールを決めるんだ。
その姿勢こそが、北嶋秀朗がバンディエラである理由なんだ。

|

« 「伝説の名勝負」ご当選。 | トップページ | それでも心に余裕と選手への信頼を。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「伝説の名勝負」ご当選。 | トップページ | それでも心に余裕と選手への信頼を。 »