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2012年8月20日 (月)

情けなくとも、押すことはやめない。

野津田に初めて行ったのは20年前じゃないかと思う。
横浜フリューゲルス対柏レイソルのサテライトリーグ戦だったと思う。
 
鶴川駅からバスに乗る。
野津田車庫行きではなくシャトルバスである。
途中、トンネルを抜けて”山”の反対側に抜けた。
こんなトンネルいつ出来たんだ。
結構前からあったのかもしれないが、野津田というと”山越え”なので、車で来たこともあるのだが、そのときの記憶は帰りの”アレ”しかないので、シャトルバスのルートは何とも新鮮であった。
 
Ca3f03340001 久しぶりに野津田に来てみると、スタジアムの近隣や駅からのルートはだいぶ交通の便等、向上したように思うが、スタジアム自体はつい最近まで殆ど変わっていなかったのかなと思った。
メディアセンターの背後で工事中のメインスタンドを見て、いろいろな思い出がよぎった。
JFL時代は、メインスタンドしか使わなかったから、ゴール裏のスタンドは初めてだ。
 
何となくだが、水戸に来た時と同じ匂いがした。
相手のカラーが青であることもあるだろう。
その匂いは決していい感じがするものではない。
いや、決してゼルビアを悪く言っているのではない。
水戸ではあまり勝ったことがなく、イヤな予感というか、苦戦するんだろうなという空気を今だから言うがバスに乗っているときから正直感じていた。
 
結局、その予感は当たってしまった。
 
せっかくダービーで反撃の狼煙を上げたのに、それが次の試合であっさりと消えてしまう。
本来出来ること、ダービーで出来ていたことが、ちょっとしたきっかけ、大概が先に失点することなんだが、で出来なくなってしまう。
情けないもんだという気持ちもあるが、何でなんだ!という気持ちも湧く。
多分、選手達も同じことを思っているはずだ。
試合後の彼らの表情からもそう感じられた。
だからといって、しょうがないねでは済ませられない。
 
失点したFKは見事過ぎた。
入るような予感が満載の位置で与えたFKだったが、それにしても見事だった。
だが、それが負けた理由ではない。
ゴールが決まらない。
いや、それ以前につなぐことに時間を掛け過ぎていて、チャンスにならない。
悪い流れのときのヴォルティスだった。
そして時間が経つにつれ、強引さと焦りの濃度が増していった。
鈴木達也はその典型だったと思う。
ドリブルはカットされ、パスは乱れ、アプローチされボールもロストした。
前半一番足を引っ張ってしまっていた。
ハーフタイムで交代させられたが、前半途中でも代えてもよかったかなと思っていた。
ただ、彼だけが悪かったわけでなく、チーム全体が悪い流れに呑まれていた。鈴木もその流れに晒されて一番損をしていただけだと思う。慢性的ともいえるがヴォルティスは悪い流れに嵌るとズルズルいってしまう。そういうときに修正力がないのだ。
そこが大きな問題なんだと思う。
 
Ca3f0339 「俺たちが諦めない限り、諦めるな」とこの日のコールリーダーを務めたアリーバのAくんは叫んだ。
他のみんなも叫んだ。
可能性がある限り諦めない。
でもその可能性は試合前より確実に下がった。
それは紛れもない事実だ。
悲愴ではないが、実に悲壮な叫びだった。
そんなことを言わせてしまうことをどう思うね、と選手達に問うたら...どう応えてくれるだろうね。
 
何か皮肉ばっかりになってしまっているが、本心はもっと辛辣なことを言いたい気持ちでもある。
多分、みんなそうだと思う。
それでも「諦めるな」と君たちを前にしたときには叫ぶ。
可能性がある限り、叫ぶだろう。
もちろん、全員ではないと思うが、それでも叫ぶだろう。
君たちのためにだ。
それに応えてくれ、応えてやってくれ。
情けないなあという思いで今は一杯なんだけど、それでも君たちを押すことは諦めないから。

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