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2012年9月30日 (日)

千葉ジェッツ、プレシーズンマッチに勝利!

bjリーグ千葉ジェッツは、29日(土)大田区総合体育館でbjリーグのプレシーズンマッチ「関東ダービー2012」に参戦。
埼玉ブロンコスと試合を行い、96-90(30-24、18-19、33-25、15-22)で勝利しました。
 
Ca3f0479 新生千葉ジェッツをブースターの前でお披露目する初めての試合。
外国人4選手の実力は如何ほどなのか?
フライトクルーのニューパフォーマンスはどんなものなのか?
いろいろな期待を含んだ注目の試合となりました。
 
会場となった大田区総合体育館は京浜急行梅屋敷駅から歩いて5分ほどのところにありました。
Ca3f0477 今年の6月30日にオープンしたばかりの新しい体育館で、観客席のイスがきれいな木製のイスで、最初に目に入ったとき「おおっ」と思うほどきれいでした。
今季からbjリーグに新規参戦する東京サンレーブスもここで数試合ホームゲームを戦います。
実は千葉ジェッツのアウェイゲームもここが会場。
来年3月初めにまたくることになるでしょう。Ca3f0478
他のホームゲームは日野市とか稲城市とかもあるので、距離的にも施設的にもラッキーかな。
 
さて肝心の試合。
Ca3f0483 1Q立ち上がりから猛ラッシュを掛けた千葉ジェッツは10点差以上をつけますが、そこから埼玉も反撃。
注目の新外国人選手ではPFジョー・ワーナーが目立っていた気がします。
2Qは埼玉のペース。
一時逆転を許してしまいましたが、終盤に追い上げ48-43で前半を終えました。
3Qは今度はジェッツが主導権を握ります。
特にフリースローの成功率がよく、順調に得点を重ね、81-68と10点以上の差をつけます。
4Qもうまく試合をコントロールしながら進めていけていました。
ラスト10秒ほどで反撃を許し、6点差まで詰め寄られましたが、逃げ切りジェッツブースターお披露目試合を勝利で飾りました。
Ca3f0495 ラストのところに詰めの甘さを見せてしまったところが不安を感じますが、既に数試合のプレシーズンマッチをこなしているブロンコスを相手にいい試合ができたと思います。
注目の外国人選手では4人ともシーズンが期待できる出来だったと思います。
正直、まだ公式サイトにも顔写真が公開されてなくて、まだ覚え切れていないのです。
また、日本人選手の動きもよく、佐藤、一色、田中がよくチームを引っ張っていたと思います。
それからフリースローの決定率が今日はすごくよかったです。
昨年はちょっと苦しんでましたから。
シーズンを通じて安定してフリースローで点を取っていきたいです。
#31石田は怪我の回復中なのでしょう。試合には出場しませんでした。
彼が本格復帰すればさらにチーム状況はよくなると思います。
 
Ca3f0488 フライトクルーもコスチュームを着ての初のゲームだったと思います。
新しい曲によるパフォーマンスも披露しました。
ブースターミーティングでもチーフのAkingが、もっと飛行機のイメージを強くしたい旨のことを言っていたとおりに、まさに飛行機で、そして一般の人にも馴染みのあるものもありました。
 
今日は結構大勢のジェッツブースターの皆さんも来ていました。
大半の方はベンチ裏で応援をされていましたが、私は”癖”でゴール裏を買ったため、何かポツンとしてしまいましたが、やっぱりベンチ裏っよりも自分的には嵌ってるなあという感じで、結構マジで声が出せてたと思います。
開幕に向けて作ろうと思っているモノもあるので、開幕に向けて自分もアゲていこうと思います。
 
また、千葉ジェッツと埼玉ブロンコスとの試合の次には、東京サンレーブスと、同じく今季から参戦する群馬クレインサンダーズが対戦。
こちらは、序盤、昨季ジェッツにいた佐々木クリスを中心に東京がリードしますが、終盤群馬が逆転し86-81で群馬クレインサンダーズが勝利しています。

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2012年9月25日 (火)

千葉ジェッツ、開幕へ向けて。

bjリーグ、千葉ジェッツはbjリーグ最後のシーズンの開幕に向けて準備を整えています。
 
まず、チームの新戦力として、昨季から外国人選手4人が全て変わりました。
 
ディアンドレ・ベル(#13、ガード)、25歳、198cm/98kg、ジョージア工科大出身で、NBADLでプレー。
大きな怪我から復活した経験のある大型のガード。
 
サージ・アングーヌー(#45、フォワード)、28歳、202cm/107kg、カメルーン出身、NBADLでプレー後は2010年からはメキシコ、アルゼンチンでプレー。
 
ジョー・ワーナー(#34、パワーフォワード)、28歳、201cm/114kg、ウィスコンシン州出身、オーストラリア、ドイツ、オーストリアでプレー。
 
マーキン・チャンドラー(#35、フォワード)、30歳、202cm/100kg、サンノゼ州立大学出身、韓国、バーレーン、ポルトガルでプレー。
 
仮保有権を獲得していたケビン・パルマ―は契約に至りませんでした。
 
日本人選手は昨季主力を中心に、下部組織の千葉エクスドリームスより狩俣昌也(#12、ガード)、24歳、178cm/75kg、沖縄出身が加入しました。
 
新チームでのプレシーズンマッチは23日(土)に大田区総合体育館で埼玉ブロンコスと対戦します。
ヘッドコーチも代わったので、どんなバスケットを見せてくれるのか楽しみです。
 
さて、今季日程も既に発表されています。
興味深いのは10月27日(土)、28日(日)に県立館山運動公園体育館でホームゲームを開催(対戦は信州ブレイブウオリアーズ)すること。
館山は千葉県の房総半島の先端にある市で、春先に花摘みなどの観光で有名な街です。
何度も家族で旅行に行ったことがあります。
しかし、スポーツ観戦で行ったことは一度もありません。
近くの鴨川市にはJFL時代に佐川急便東京との対戦で行ったことがあるんですがね。
でもこういうところに行くって何かワクワクするじゃないですか。
27日は難しいのですが、28日は行きたいなと思います。
この他にも佐倉市、柏市、千葉市でもホームゲーム開催があります。
来季のNBL参戦で千葉県全域をホームエリアとすることを見越しての広域開催でもあると思います。
どういうプロモーション活動と、ゲーム開催時のアピールでこの広いエリアで支持を得ていこうとしているのかとても興味深いです。
 
そのプロモーション活動では、船橋アリーナ近隣をエリアに運行されている新京成電鉄と新京成バスでラッピング電車、バスが10月から運行を開始します。
バスはデザインが発表されていますが、電車はまだ未発表。
ラッピングバスは千葉ロッテマリーンズが京成バスでずっとやっています(デザインは変更している)。
電車はちょっと記憶にないですね。
どんな電車が走るのか楽しみです。
 
来季からスタートする新リーグNBLでは、パナソニックトライアンズが今季で活動休止、NBL参加を辞退(チーム移管先が見つかればその配下で参加の可能性あり)と揺れ動いています。
千葉ジェッツは大企業バックではないのですが、不況でスポーツ界が揺れ動いている中、どう今季を戦い、来季のNBL参戦、そして数年後のプレミアカテゴリー(仮名)に上がって生き残っていくために大事なシーズンがいよいよ始まります。

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2012年9月24日 (月)

いやぁ、虚しいわぁ...

2012 J2 第35節 横浜FC 1 vs 0 徳島
得点:(横浜)41,カイオ
 
記憶が定かではないが、福島へサッカーを観に行ったのは18年ぶりだと思う。
場所も同じあづま陸上だったと思う。
Ca3f0471 覚えている風景はアウェイ側芝生席からの風景をおぼろげに覚えているだけなのだが、いざ着いてみると「ああ、懐かしいな。」と感慨深く感じた。
野津田よりさらに古く、一度しか来たことがないところへまた来ることになるとは。
もしかしたら、もう二度と来ることはないかもしれない。
悪い意味じゃなくて、あづまに来る機会に恵まれるかという一点だけでのことで。
 
福島駅には10時45分に着いた。
Ca3f0462 新幹線のホームに下りると、そこには「あなたの旅がふくしまの、元気です。応援、ありがとう。」との垂れ幕がたくさん吊られている。
いえいえ、ありがとうだなんて、まだ私は何もしていません。
マジで恐縮してしまう垂れ幕だった。
罪悪感ほどではないが、申し訳なさは感じてしまう。
ホント、我々は何もしていない。何もしなくなってしまった。
帰りには何か買い物をして帰らなきゃと何日も前から思っていたのだが、あらためて思った。
やって帰れることはそれくらいだ。
 
横浜FC被災地復興支援試合であるこの日の試合。
天候があいにくの雨になってしまったことは残念だった。
駅からは、試合のための特別シャトルバスが出ていて、地元のサッカークラブの少年たちが大勢バスを待っていた。
今日の試合は高校生以下先着5000人までは無料なのだ。
結果として5173人の観客数だったので、高校生以下の人は知らずにチケットを買った人以外は全員無料で観戦できたはずだと思う。
初めてJリーグの試合を生で観る人も大勢いたはずで、この試合をすごく楽しみにしていたと思う。
敵役としての参戦ではあるが、そういう意味でも、この試合で徳島ヴォルティスが果たすべき役割、示すべきパフォーマンスにはいつも以上に責任があったと思う。
それはサポーターとしても私自身も感じていたことで、風はないものの雨が激しい中で、旗を出すべきかを関東フラッグトリオの先生と相談はしたのだが、やはり出そうということになった。
我々がチャントに合わせて旗を振るところを見せるのも、Jリーグの試合のあるべき風景の一つとして、今日については意味があると思ったのである。
我々の応援も、今日のお客さんに試合を楽しんで帰ってもらうためにいつもと違う責任があったと思う。
もちろん選手は言うまでもない。
 
試合についてだが、前半はよかったと思う。
チャンスは作れていたと思うし、相手よりフィニッシュにいけていたと思う。
だが、なかなかゴールに結び付けられないでいた41分にカイオのヘッドが福元に当たり先制を許してしまった。
すると、その直後からバタバタしてしまい、残り少ない前半で再度ピンチを招いた。
ゴール裏では失点してまた下を向いたと見えていた。
どうにかそのまま終えた前半。
そして後半。
点を取りにいかないといけない状況の中で、意欲的にやろうとしていたとは思うが、とにかく攻めるのに時間が掛かりすぎていて、いつものことなのだが、相手にしっかり戻られて穴を塞がれた状態で攻めなくてはならない状況を作り続けてしまっていた。
これではよほどいいクロスが入らないとシュートにいくだけでも苦労する。
サイドではボールを持てても、そこから崩して決定機にする工夫がない。
というか、見ている側はサイドからそこで身体を張って崩して欲しいのだが、やることといえばサイドでパス交換を続けて中に放り込むの繰り返し。
ゴール前は固められたままなので、いつまで経ってもシュートにならない。
覚えている限りだが、後半はシュート2本だったのではないか。
もっと勇気を持って欲しいのだが、それが発揮されているようには見えなかった。
じれったいままに試合は進んでいった。
あづま陸上には照明塔も、スコアボードもないし、試合時間を表示する時計もない。
気がつくとAD4分の表示。
花井が強いシュートを放つもそれも枠の外。というよりもっとシュートが必要だった。
そのまま試合は終わった。
ただ虚しいだけ。
その気持ちを試合後選手に向かって私は叫んだ。
コールリーダのAくんも、ヴォルティスコールをあえてしなかった。
みんなそのことに納得してた。
満足のいく試合じゃなかった。
しかし、試合後のインタビューを読むと、選手は悲観的でなくて内容は悪くないと思っているようなのだ。アツく戦えたとコメントしている選手もいる。
戦い方はぶれていないのか?攻め方はあれで手応えを持てているのか?
ポジティブなのはいいことだとも思うが、それに見合う結果はずっと得られていないことも事実だし、内容も相手の脅威になれているとは思えない。
それが見えていないのか、本音をインタビューで言っていないのか。
何ていうか、ひたすら虚しくなっていくわ。
今日の試合見て、福島の少年たちがヴォルティスの選手覚えたと思えないんだよね。
俺はそう思うね、かなり確信を持って。
 
実際ね、天気が悪かったこともあって、ハーフタイムで結構バックスタンド人減ってたんだよね。
後半も途中で帰る子供たちいたしね。
決して試合がつまらなかったからではなく、一番は単純に天候のせいだとも思うんだけど、もっと面白い試合にできていたらもっと見ててくれたと思うんだよね。
敵役として役目を十分に果たせたとはいえない。
 
ありきたりだけど俺たちに示して欲しいよね。
意地と言うものを。
力を出し切れていない理由がそこに見えちゃってるから。
伝わってないんだよ、君たちがどう感じていようが。
それではプロといえないんじゃない。
そう思うけど。

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2012年9月22日 (土)

ちょいとマリンスタジアムへ行ける日常のありがたさ。

今日は、久しぶりにQVCマリンフィールドへ行ってきました。
実は、まだ今季のファンクラブに入会したときに貰った平日限定の内野指定席交換券(つまりタダ券)が残っているのです。
残り少ないシーズンでこれくらいは使い切っておかないといかんだろと思い、また仕事がちょうど一段落ついていたので行くことにしました。
 
前回行ったのは8月31日。
あの時点では4位でしたが、その後、9連敗を喫するなどしてとうとう5位に転落。
どこぞのチームと同様、まだ可能性はあるというものにすがっているに近い状況になってしまいました。
しかしながら、それでも観に行った試合で勝ってもらえれば嬉しいわけです。
素直に野球が好きなわけです。
だから観に行くわけです。
 
Ca3f0461 今日は内野指定席ということで、あまり座らない場所から、あまり見ていないアングルで試合を観てみようと思い、3塁側の内野席を確保しました。
3塁側内野席で座ってじっくり見るなんていつ以来でしょう。
もしかしたら松坂大輔がデビューした年にマリンスタジアムでジョニー黒木と投げ合った試合以来かもしれません。
いったい何年前なんだ。
 
先発はここ一ヶ月勝ち星がなく、自身だけでなくチームの急失速を招いているエース成瀬。
今日も初回からピンチを招き、先に点を与えてしまいます。
さらに2死満塁にまでピンチが広がり、今日も早々と試合が壊れるのかと思いましたがどうにか1点で抑えます。
オリックスの先発はマエストリ。
1回裏、先頭岡田が出塁し、マエストリのワイルドピッチで3塁まで一気に進塁。
2番清田三振、3番根元四球、ホワイトセル三振のあと、5番角中が三塁線強襲のヒットで同点に追いつきます。
さらに6番サブローのタイムリーで逆転に成功します。
どうにかホッとする展開に。
2回裏には岡田がバントヒットで出塁。そして盗塁で2塁を奪い、さらに清田のタイムリーで3点目。
リードが広がります。
 
「勝ち方がわからない。」とか連敗中に嘆いていた成瀬でしたが、2回以降は徐々に調子を上げ、いいときの成瀬の流れになっていきます。
3回以降は自軍の追加点も止まりましたが、今夜は7回までしっかり投げきりました。
8回は益田。9回は薮田で逃げ切り、なんと9時に試合が終わるスピーディな展開で勝利を収めました。
 
今日はレプリカもタオマフも持たずに行き、普段座らない席で違う試合の見方を楽しんできました。
そんななかあらためて思うのは、マリーンズの試合にはいろんな人が来ているんだなあということ。
仕事帰りの会社員、OLさん、学生さん、仕事をリタイアしている人達、外国人、子ども、大人、試合数が多いので、来られるときにいろんな人が来るのは当たり前なのかもしれませんが、サッカーではもっとコアで常連さんの比率が多いような気がします。
それはそれでどちらがいい傾向とはいえないし、どちらもいいと思うのです。
共通しているのは、やはりスポーツを観に行くってのは楽しいもんだなと。
非日常的なドラマが味わえながらも、日常的にいつもあるべきもんだよねと思うのです。
そう思うと、日曜日に行く福島なんかはそういう日常が奪われているわけで、福島で試合をすることの意味と、その試合に当たれている意義を運命的というか重く受け止めるのです。
当日はどうにかいい天気になりそうです。なってほしいです。
スポーツ観戦ができる日常が日本全国で早く日常となりますように。

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2012年9月17日 (月)

試合を作れなくて負けた。

2012 J2 第34節 徳島 1 vs 2 水戸
得点:(徳島)17,濱田
    (水戸)27,岡本、82,吉原
 
あれほどまでに荒天で、片側に強風が吹いているのであれば、どういう試合展開を踏まえて戦うかは素人でも想像がつく。
その上で、どう試合全体をクリエイトするのか、局面局面でどう対応するのかが勝負だと思う。
前半、風上を選んだということは、普通に考えるなら前半にリードを奪い、後半は耐えるという展開を描くだろう。
そのプランは上手くいっていたはずだった。
同点にされるまではね。
 
スンフンはよく守ったと思うよ。
あの位置に飛び出していった勇気は素晴らしかったし、キャッチも素晴らしかった。
でもキャッチしたあとのリスクまで気が回りきらなかったかな。
仕方ない部分もある。
が、失点を招いたのは事実だ。
どういう意見があろうとプランを狂わしたのはスンフンのプレーだ。
後半は神がかっていたとは思うが、あれでプランは狂った。
もっとも最大の問題は、狂ったプランを盛り返せないチームだ。
 
試合が作れてない。
プランAが崩れたとき、それ以前にぐらついた時にプランBみたいに戦術変更、つまり監督の指示に至らないまでも、プランA2という意思統一、そして相手との力関係に応じたバランス変更ができることが勝つためには、それ以上に負けないためには重要だと思う。
だけど、それができないんだなあ。
試合を作る以前だった不調なリーグ前半戦。
中盤戦になると、ある程度安定してきたなあと思うんだけど、試合を作れないと感じることが多くなる。
崩しきれない、守りきれない、勝負弱い。
そんな簡単に解決はしないとは思っていても、その進歩のスピードには正直いらついてしまう。
できるだろうと信じているからだ。
選手達のポテンシャルとしてだ。
 
今日の試合の条件はそれが発揮されなければいけない状況だった。
でも、それができなかった。
狂ったリズムを盛り返せず、ついには崩されてしまった。
鈴木隆行と吉原という水戸の中でももっとも試合が、局面が作れるスキルと経験を持った2人にだ。
 
こういう負け方はつまらないよ。
しらけちゃうよ、ホント。

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2012年9月15日 (土)

残り9試合、やりきって欲しい。

2012 J2 第33節 栃木 1-1 徳島
得点:(栃木)65,杉本
    (徳島)47,衛藤
 
まず、平日のナイターにグリスタに行って選手達を後押ししてくれた仲間たちに最大級の敬意を払いたいと思います。
普段から思い入れの深さを公言しているグリスタでの栃木戦に行くことができなかったので。
いろいろと事情が重なり、放り出してでも行くことは不可能であったので仕方なかった。
あと、親しくさせてもらっている栃木サポーターのSくんにも申し訳ないと思っています。
多分、私に会えることを楽しみにしていたと思うので。
来年は必ず行きたいと思います。
互いがどのカテにいようとも。
 
さて、試合は山形戦と同じで結果だけが恨めしいことで終わってしまった。
内容はよくなっている。
というか、事実としては、今になってようやく安定してきていると言った方が妥当なのだろう。
もっとも今になってでは...と思うところはあるが、残り9試合の中でどう毎試合に向上とそれに見合う成果を出していけるかだろう。
正直、山形戦も栃木戦も、現状の実力を冷静に分析して妥当かという判断を抜きにして、勝ち点4を落としたに等しく、納得できる状況ではない。
順位や残り試合を見ての状況としても、試合ごとに評価してもだ。
 
今の段階でどこまで自分の内側を晒していいのか困るのだが、これは自分自身にとっても、文章にしてここに晒してとしてもだが。
やりきったという充実感を残り9試合で感じたい。
どういう結果になろうとだ。
首に真綿を巻きつけ、毎日数センチづつ締まっていくのを感じるようなだけに終わるのは勘弁してもらいたい。
 
今日の試合でも、やっぱり今のチームの選手達には他のチームに負けないポテンシャルはあると確信できている。
他のチームを見ても明らかに抜けている選手は甲府のダヴィだけだと思う。
やれるはずだ。
残り9試合、やりきって欲しい。

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2012年9月12日 (水)

渦帝の音楽ノート 第7回 ザ・センセーショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンド

Ca3f0453 さて、今回取り上げるアーティストはこの音楽ノートの企画を考えたとき、まず取り上げなきゃなと思っていたアーティストです。
私の心の中で、最も偉大なブリティッシュロックの英雄、アレックス・ハーヴェイ。
そして、彼が率い、70年代のブリティッシュロックシーンを席巻したザ・センセーショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンドを今回、満を持して取り上げます。
 
Ca3f0455 その前に、何故7回目になって取り上げるのか、まず取り上げる気なら第1回でしょとなりますが、実はあるカセットテープを実家で探し出し、その音源をコピーしてこないと彼の記事を書けないと思ったからです。
そのカセットテープをようやく先週末、実家の自分の部屋のクローゼットの奥から探し出し、カセットレコーダーからウオークマンにコピーすることができたのです。
そのテープに何が入っていたのか?
正確な年はもう覚えていないのですが、少なくとも20年前に録った、今も千葉のBayFMで土曜の深夜に放送されている音楽評論家の伊藤政則氏が司会を務めている番組「パワーロックトゥデイ」のマスターワークスというコーナーで放送された、アレックス・ハーヴェイの貴重なインタビューと伊藤氏の解説が録音されてあったのです。
 
今回の記事は、当時録音した「パワーロックトゥデイ」より引用させていただきます。
伊藤先生、申し訳ありません。
 
何故、当時それを録音したのか?
実は偶然というか運命じみたエピソードが当時の私にはありました。
このアレックス・ハーヴェイのインタビューが放送された日の数日前に、地元の輸入レコード店のSALEで偶然ザ・センセーショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンド(以下、SAHB)の傑作「The Impossible Dream 」(1974年)のアナログ盤を見つけていたのです。
「The Impossible Dream 」は、様々なジャンルを取り混ぜ、そして非常にバラエティに富んで個性的な楽曲群と、それらをアルバムの中で絶妙な構成で組み立て、聴き手を飽きさせない素晴らしい内容であり、その素晴らしさにノックアウトされたばかりでした。
そんな直後に今度は貴重なインタビューを聴ける機会ができたのです。
これは録音しておくしかない、とカセットテープを用意して急遽録音したのがこのテープでした。
カセットテープですから、カセットレコーダーがなくなったら聴くことができません。
なんとしてもこの音源だけはデジタルデータにして保護しておかないといけないと思っていましたが、探すのに手間取ってしまい、やっと先週末にテープを見つけ出し音源のコピーが終わったのです。
コピーして確認してみると、20年以上前のカセットテープなのに、非常にクリアな音質が保たれていて驚きました。
一部分で音がよれる箇所がありましたが、それ以外殆ど音質に問題はありませんでした。
かくして、やっと記事を書く準備が整ったのです。
 
アレックス・ハーヴェイについてまず説明しましょう。
1935年2月5日にスコットランド、グラスゴーで彼は生まれました。
1950年にイギリスでスキッフル(注1)ブームが発生し、1950年代末に数多くデビューしたスキッフルをプレーするミュージシャンの一人として音楽活動を開始します。ロックが生まれる前から音楽活動を始めていたのです。
アレックス・ハーヴェイ・アンド・ビッグロールバンド、アレックス・ハーヴェイ・アンド・ブルースなどのバンドを経て、1970年代に一人で音楽活動をしていた時期にバンドの結成をある人物にアドバイスされたことをきっかけに、いろいろなミュージシャン、バンドを聴いて回るようになり、同郷のバンド、ティア・ガスと知り合い、アレックスが合流する形になり、それがザ・センセーショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンドとなります。
1972年にアルバム「Framed」を一週間でレコーディングしてリリース。
翌年、2ndアルバム「Next」をリリースします。
SAHBの音楽は演劇的要素を強く取り入れた非常にシアトリカルなものでした。
ギターはザル・クレミンソン、彼は高い技術を持ちながら、ピエロのメイクや緑色の派手な衣装を纏い、ピエロのような笑いを誘うようなアクションも行い、シアトリカルなバンドの音楽スタイルを技術、ビジュアルの両面で支えました。
また、ベースのクリス・グレン、ドラムのテッド・マッケンナ、キーボードのヒュー・マッケンナも実力者揃いでした。
以下のインタビューでも書きますが、アレックス本人はシンガーというより役者としてステージをしているという意識を強く持っていました。
ロックバンドでありながら、ロックだけでなく、ジャズ、ブルース、シャンソン、ミュージカル、スンダードナンバーなどいろいろな要素を取り入れ、ライブステージでも大勢のエキストラを登場させ、衣装を代え、聖書やポエムも読み、クライマックスでは大きな十字架を背負って登場し、自らそこに磔になるなどの演出を施し、その個性的なスタイルで英国で絶大な大衆人気を得ていきます。
「Next」に収録されたタイトルトラック”Next”は有名なシャンソン歌手ジャック・ブレル(注2)のタンゴの名曲のカバーでした。
Ca3f0449 そして1974年に傑作「The Impossible Dream」をリリース。
同アルバムでは「The Impossible Dream 」というタイトル曲も収録。
この曲は有名なミュージカル「ラマンチャの男」のタイトルソングで、実はこの「ラマンチャの男」をハマリ役としていたのもジャック・ブレルでした。
このように、アレックスはジャック・ブレルへの憧れを強く持っていました。
「The Impossible Dream 」”見果てぬ夢”というのはこのジャック・ブレルへの憧れそのものだったのかもしれません。
Ca3f0452 1975年には4枚目のアルバム「Tomorrow Belongs To Me 」をリリース。
本作ではミュージカル「キャバレー」を題材に取り上げました。
そしてその頃のステージもキャバレーやストリップ小屋をモチーフにしたライブをやっていたようです。
裸エプロンみたいな衣装の全裸女性の役者を登場させている右の写真はもしかたらその当時のライブの写真かもしれません。
 
SAHBは不動の人気を得ますが、既に40歳を超えていたアレックスは次第に体調を崩していきます。
そして1977年8月のレディングフェスティバルでのライブを最後にステージ活動を引退。SAHBは解散します。
その後、2、3枚のアルバムをソロ活動でリリースします。
そして、1982年2月4日、心臓発作でこの世を去りました。
 
実はその1ヶ月後、中学生だった私はミュージックライフという雑誌を初めて本屋で買いました。
その雑誌のニュース欄に載っていたのが、アレックス・ハーヴェイの死去のニュースでした。
私はそのニュース記事になぜか強い印象を覚えました。
その記事と一緒に載せてあったアレックスの写真はピエロのようなメイクをしていたからです。
すごく個性的なミュージシャンだなあとそのとき衝撃を受けました。
しかし、ピエロのメイクからわかるように、それはアレックスではなくザル・クレミンソンの写真が誤って使われていたのです。
それに気づいたのは10年後くらいなのですが、間違って写真が掲載されたことで、逆に私はその個性的なバンド名、ザ・センセーショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンドを記憶に刻むこととなりました。
 
そして、10年ほどのち、私は前述の通り、偶然ザ・センセーショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンドの「The Impossible Dream 」を手にしたのです。
そこから、私のアレックス・ハーヴェイへの憧れは深まっていきます。
しばらくすると、復刻盤専門の海外のレーベルがSAHBの作品を復刻リリースを始め、CDで旧作が容易に揃うようになったのも私の収集熱に拍車をかけました。
SAHBのアナログ盤も決して高価ではなかったので、非公式盤も含め、私のSAHBコレクションはあっという間に増えていきました。
その中でも特に聴いていたのが「The Impossible Dream」と「The gospel Acording to Harvey」という98年発売の2枚組みライブアルバム。
特に後者の2枚目は実は音源は観客が録音したブートレグなのですが、1977年8月のCa3f0450 レディングでの、おそらくはSAHBの、そしてアレックス・ハーヴェイのラストステージと呼ばれている公演での演奏と思われます。
収録曲にはアリス・クーパーの「Schools Out」、アルバム「The Impossible Dream」でも私が衝撃を受けたパワフルな曲「Vambo」、1stアルバムのタイトル曲でブルースである「Framed」、フォークロック的な「Mrs.Blackhouse」、人気ポピュラー歌手トム・ジョーンズのカバーでサビ、いや曲のアタマから観衆が大合唱するのが圧巻の「Delilah」、エルヴィス・プレスリーが演った「Blue suede shoes」などバラエティに富んだ楽曲群の、まさに圧巻の、そしてまさに渾身を込めた演奏でのライブが聴けます。
 
この1977年8月のレディングでのライブを、音楽評論家の伊藤政則氏は当時観に行ったそうです。
というのも、74年にイギリスにSAHBのライブを観に行き衝撃を受け、偶然にもパブでアレックス本人を紹介してもらえた伊藤氏は77年にロンドンであるウワサが流れていることを知ります。
それは、アレックス・ハーヴェイが今度のレディングのライブを最後に引退し、バンドも解散するというものでした。
既に40歳をとうに超えていたアレックスはワンステージこなすと過労で立っていられないほどで、もはやライブ活動を続けられないようなのでした。
これはマズイと思った伊藤氏は、イギリスへ飛び、レディングでのライブを観に行ったのです。
そのライブはまさに衝撃的なものだったそうです。
2時間半ほどの演奏ののち、最後の曲ではアレックス・ハーヴェイが白い衣装を着て、白い大きな十字架を背負って登場したそうです。
そしてその十字架をエキストラが組み上げ、そしてアレックス本人がそこに磔にされ、そしてガクッとクビをうなだれて終わるのだそうです。
そのとき掛かっていた曲がアルバム「The Impossible Dream」のラストに収録されている「Anthem(アンセム)」という曲でした。
 
その後、大勢のファンは泣きながら「モア、モア」(もっと聴かせてくれ、やめないでくれ)と訴え続けたそうです。
Ca3f0448 しかし、アレックスはもう立てない。
30分くらいアンコールのコールが続いたのち、アレックスがスタッフに両肩を抱かれ、引き摺られるようにステージに上がり、
「どうもありがとう。もう思い残すことはない。」
と感謝と別れの言葉を残し、引退していったそうです。
 
伊藤氏は、当時のアレックスを評し、非常にイギリス的で、アメリカや他の欧州国のチャートに妥協したり迎合することもなく、ポリシーを代えて迎合するくらいなら英国の土地で死んでしまいたいと言ったほどに頑固に英国ミュージシャンの誇りを守った最後の職人だったのではないかと言っています。
 
「Anthem」の動画はこちら
77年のときの映像ではありませんが、上記の写真を合わせ、聴いてみて欲しいと思います。
私はこれで77年のレディングに心を跳ばせました。
 
この「Anthem」という曲はスコティッシュ風のドラムロールや、バグパイプ、などスコティッシュエッセンスを豊富に取り入れた曲で、彼はこの曲にに自分の故郷スコットランドを思い描いたのではないでしょうか。
 
最後にテープに録ったアレックス・ハーヴェイのインタビューの訳を載せます。
インタビューの時期はおそらく74年ごろ、アルバム「The Impossible Dream」のレコーディングが終わった直後とのことです。
インタビューの相手は不明ですが、内容からいくとアメリカの音楽マスコミか誰か向けのように私は感じています。
 
”私たちはステージ活動を映画の製作と同じように考えていた。
私は監督であり、俳優でもある。
ライブ演奏はその意味ではサウンドトラックを同時に演奏するようなものだ。
映画の各シーンにピッタリくる音楽が様々あるように、私たちもヘヴィでメタリックなものから、ソフィスティケイテッドされたものまで、シーンごとに考えて演奏している。
シンガーとしてよりもアクター(役者)として一曲一曲を感じた方が、より歌に入り込んでいけると思う。
ステージで私たちが創り上げているものこそ、最良のものだと信じている。
 
バンドを紹介しておこう。
ギターはザル・クレミンソン。
彼は素晴らしいエレクトリックギター奏者である。
時々、彼はグリーンロボットマンと呼ばれている。(緑の衣装とメイクを施しているためと思われる。)
ベースはクリス・グレン。
彼は言ってみればバンドの支えである。
そして、キーボードのヒュー・マッケンナは本当のミュージシャンで、アタマもよく、紳士である。
そして彼の従兄弟であるテッド・マッケンナがドラマー。
この2人はお互いに何を欲しているかということを理解している。
 
私はバンドは故郷でありたいと思っている。
つまり、バンドは家族のように分かり合うことが大切なのだと思う。
このミュージックビジネスは精神的にタフだから、バンドは一人の人間のように繋がりあわないといけない。
以前、一人でギターを弾き、曲を作っていたとき、ある人がバンドを結成した方がいいと助言してくれた。
そこで、グラスゴーでいろんなバンドを観たり、聴いたりして、すぐに連絡を取ってハードに働くようになったんだ。
(中略)
我々はティア・ガスというバンドを作った。
このティア・ガスというバンドが(SAHBの)前身となったわけだけども、いろんな音楽をカバーしているのだけども先鋭的なところを全く失っていないバンドだった。
そして彼らとの出会いからザ・センセーショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンドの3枚目のアルバムの製作をやっと終えたところだ。”
 
 
伊藤氏は番組の中で、このインタビューを流したあと、彼の言葉はスコティッシュ訛りが激しいのだけども、そこに”こそ”彼のスコティッシュ(スコットランド人)としての誇りと、彼のスコティッシュ魂を見るんです、と。
そして今なお、スコティッシュの香りを継承し、そして自分がスコティッシュのバンドであるというイデオロギーを頑なに護っているバンドがあるとしたら、それは今日までずっとバンドを続けている(2012年現在も存続)ステイタス・クオーではないか、と。
そして、ステイタス・クオーのフランシス・ロッシをして「アレックス・ハーヴェイはわが師である。」と言わしめたスコティッシュの英雄。
そしてまた、アレックス・ハーヴェイこそは1970年代の最大にして最強のブリティッシュロックのスターであったと。
そしてそれはいまもなお、当時10代であったアレックス・ハーヴェイの、そしてザ・センセーショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンドのファンであった子どもたちの心の中に生き続けている。
と評しています。
私も遅咲きながらアレックス・ハーヴェイの陶酔を受けた者として、そうであると信じたいと思います。
 
Ca3f0457 その雑居ビルのようで、モザイク模様のようで、自由で、それでいて、確信に満ち、そして自らのルーツに絶対に背を向けない姿勢。
アレックス・ハーヴェイは多くの子供たちにシアトリカルなステージで夢を与え、そして影響を残しました。
日本ではすかんちのローリーがアレックス・ハーヴェイの信者だったはずです。
ステージではアレックス・ハーヴェイは十字架を背負い”Anthem”を唄いました。
私の心の中ではアレックスは、埃まみれの自宅のロビーでソファーに身体を預け、そして静かに息を引き取っていく老人を演じながら”Anthem”を唄っています。そういうイメージがハッキリと浮かばすことができるアーティストなのです。
アレックス・ハーヴェイ。
彼のようなタイプのミュージシャンは次第に私たちのような中高年ロックファンしか知らないアーティストになっていくのでしょうが、だが彼が後輩たちに与えた夢は決して途絶えることなく、それこそ”見果てぬ夢”として英国のロックシーンで繋がれていくと思います。
 
 
参考動画
 ザ・センセーショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンド/Next
 
注1)スキッフル
20世紀前半のアメリカ合衆国で生まれた音楽ジャンルで、手作りの楽器や、即席の楽器を使って演奏された、ジャズ、ブルース、フォークなどの影響を受けた音楽を言われている。1950年代にはロニー・ドネガン(Lonnie Donegan)を中心にイギリスでブームとなり、後にジャズ、ポップ、ブルース、フォーク、ロックなどの分野で活躍するミュージシャンたちが音楽活動を始める大きなきっかけを作った。
ザ・ビートルズは、もともとジョン・レノンが始めたスキッフルグループ、クオリーメンから発展したと言われている。
 
注2)ジャック・ブレル(1929-1978)
ベルギー生まれで、フランスで成功したシャンソン歌手。作詞作曲家、詩人としても評価が高い。俳優、映画監督としてもフランス語圏では有名。
1957年にリリースしたアルバム『愛しかない時(Quand on n'a que l'amour)』がヒットし、その後もヒットを飛ばした。
彼の歌は、愛、政治、精神、ユーモアなどいろいろなものを表現した。
詩も知性的で、視覚的イメージを彷彿させやすく、豊富な語彙にあふれた表現を持っていた。
英語圏において、数多くのミュージシャンにファンが多くカバーされてきた。デヴィッド・ボウイもその一人。

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2012年9月 9日 (日)

90分間の至福

Ca3f0430 本日は第92回天皇杯全日本サッカー選手権の2回戦の1日目でした。
私は、日立柏サッカー場へ行って、柏レイソル対千葉県代表の試合を観てきました。
千葉県代表は柏レイソルU-18。つまり柏レイソルのユースです。
そう、この試合は柏レイソル同士の対決だったのです。
 
実は、去年も実現の可能性があったのですが、柏レイソルU-18は初戦を突破できず兄弟対決を実現できずにいました。
その悔しさをバネに、今年は去年敗れた栃木県代表(去年とは違うチーム)を破っての念願の兄弟対決を勝ち取ったのでした。
日本のユース年代でも近年人材(日本代表の酒井宏樹など)も結果(日本クラブユース(U-18)サッカー選手権 優勝)も出している柏レイソルU-18。
評価の高いポゼッションサッカーがトップチームにも通用するレベルであることは、レイソルサポーターはみんなわかっています。
 
ここのところJ1リーグ戦では不調が続いていて、順位を8位まで後退させているトップチーム(柏レイソル)にとっても、この試合ば結果と共に貫禄と内容も示さなくてはいけない一戦。
最近の調子がどうこうなんていってられない大事な一戦です。
 
しかし、同じクラブの兄弟対決が公式戦で実現するなんてなかなか実現するもんではありません。
それをこの眼でみることができることは、サポーターにとっては愛するチーム(クラブ)の育成組織の成果であり、育成に成功したクラブにだけ実現できる至福の夢でもあります。
これを楽しまずして、そのクラブのサポーターをいえましょうや。
 
Ca3f0434 13時、その至福の時間は始まりました。
試合は当然のことながらフィジカルと技術で優るトップチームが支配して進みます。
そしてネット・バイアーノを経由してレアンドロ・ドミンゲスが見事なゴールを奪います。
しかし、U-18も次第にペースを掴んで、得意のポゼッションサッカーで兄のゴールに迫っていきます。
ロングパスから右サイドの裏を突いてGK菅野と1対1の決定的場面を作ったりします。
よく動くU-18の選手達をトップの選手達が上手く捉えきれていませんでした。
最大の見せ場は前半30分、ユース出身近藤のパスミスから作ったカウンターでファウルを貰い、いい位置でのフリーキックを得ました。
中谷くんが蹴ったフリーキックはバーに当てる惜しい一発。
その他にも速いパス交換から惜しいシュートを放ちました。
 
同点かというシーンを何度も作ったU-18でしたが、前半終了際にまたもレアンドロが決めて2点差。
そして後半立ち上がりにも澤に決められ3-0に。
勝敗は決してしまったようでした。
 
それでも果敢にトップチームに挑むU-18。
暑さでスタミナが切れて足が止まってきてもそれでも自分たちのポゼッションサッカーで挑んでみました。
そんな姿勢は次第にスタンドのサポーターをも動かし始め、終盤にはトップチームではなくU-18を応援するようになっていきました。
どちらも味方で、片や苦楽を共にしてきて王座を掴み、今も共に戦っている仲間たち。
片や未来を担う頼もしい若い選手たち。
こんな歴史ある舞台でクラブの過去、現在、未来を体感できる。
そしてそれは成功したクラブにだけ廻ってくる至福。
 
後半のロスタイムが表示されたとき、少し残念な気持ちになった人は私以外にもいたでしょう。
「もう終わっちゃうのか。」と。
Ca3f0439 至福に満ちた90分間。
試合後、共にスタジアムを一周してサポーターに挨拶する双方の選手達。
あらためて、このクラブが自分の身近にあって、そして出会えて、そして今の観ていられることをこれ以上ないくらい幸せに感じました。
20年間、このクラブを観てきて、間違いなく最高の試合の一つです。
双方の選手たちにありがとうと言いたいです。

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2012年9月 4日 (火)

渦帝の音楽ノート 第6回 Kix(キックス)

今日はネタもないので、ローテの谷間企画の音楽ノートを書こうと思います。
今回ご紹介するのはアメリカのバンド、Kix(キックス)です。
 
Kixmidnitedynamite 私がこのバンドを知ったのは今から20年近く前、たぶん1985年くらいだと思います。
雑誌Burrn!で、編集者のイチオシアルバムを紹介するコーナーでKixの「Midnite Dynamite」が紹介されていたのを読んだのが最初だったと思います。
絶賛されていたので、どんなアルバムなんだろうと強く興味を持ったのでした。
 
しかし、このころはまだアナログ盤の時代。
そしてこの「Midnite Dynamite」アルバムは国内盤がこの時点で未発売で輸入盤でしか入手できませんでした。
しかも、こういう企画に登場するアルバムというのは他のファンにも注目を浴びるので、すぐに輸入盤店で売れてしまうのです。
一度売れてなくなってしまうと輸入盤で、マイナーでもあるので、なかなか入手できないのです。
売っているところを見つけても、ぼったくりみたいな価格が付いてたりしたんです。
私もこのアルバムを入手できるまで3ヶ月くらい掛かった記憶があります。
 
そんなこんなで苦労して手に入れた「Midnite Dynamite」。
しかし苦労して入手した甲斐があった、とてもパワフルでキャッチーでカッコイイロックンロールアルバムでした。
何よりもこのアルバムの凄いところは収録されている10曲全て個性が立っていてしっかり作られていました。
つまり”捨て曲”が一曲もない、最初から最後まで飽きのこない質の高いアルバムだったのです。
私の記憶で”捨て曲”がないアルバムといったら、他はガンズ・アンド・ローゼスの1stアルバムくらいしか思い浮かばないので、このアルバムがBurrn!編集部で高い評価を得るのも当然だなと思っていました。
そして、その評価は日本のレコード会社をも動かし、「Midnite Dynamite」は程なくしてめでたく国内盤がリリースされることになり、そしてさらにほどなく彼らの旧作も全てリリースさせてしまいました。
 
Kixのメンバーは、スティーブ・ホワイトマン(Vo)、ロニー”10/10”ヨーンキンス(Gt)、ブライアン”ダメージ”フォーサイス(Gt)、ドニー・パーネル(Ba)、ジミー”チョコレート”チャルファント(Dr)。
1978年に結成され、1981年に上記メンバーの構成でアルバム「Kix」をリリースしてデビューします。
1983年にセカンドアルバム「Cool Kids」をリリース。
そして1985年に「Midnite Dynamite」をリリース。全米60位まであがり知名度を上げていきます。
積極的にライブをしていたKixはライブバンドとしての評価も高く、そこで磨き上げられた実力は次の4枚目のアルバム「BLOW MY FUSE」(1988)で華をつけることになりました。
アルバムは全米46位まで上昇。当然、日本でもヒットし、ついに待望の日本公演を実現させます。
 
来日公演のときは渋谷公会堂で観ました。
縦ノリのロックンロールを前面に押し出し、MCやアクションでも観客を巧みに盛り上げる非常に楽しいライブでした。
 
Kixは91年に5枚目のアルバム「Hot Wire」を、93年にライブアルバムをリリースした後、94年にレコード契約を失い、95年にラストアルバム「Show Business」をリリースしたあと活動を休止します。
2003年に再結成され、現在活動しているらしいとのこと。
 
オススメはやはり「Midnite Dynamite」ですが、「BLOW MY FUSE」も日本でヒットしたアルバムで楽曲も覚えやすくノリやすいいい曲が満載なのでよいかと思います。

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2012年9月 2日 (日)

ただ結末だけが恨めしい。

2012 J2 第32節 徳島 2-2 山形
得点:(徳島)21,津田、32,衛藤
    (山形)75,廣瀬、85,ブランキーニョ(PK)
 
非常に観ていてスリリングで面白い試合だった。
特に前半は理想的なドラマだったと思う。
それこそ、スンフンが体調不良で欠場し、長谷川が今季初先発となったことを知ってかなり不安を覚えたプロローグの部分から含めても素晴らしいドラマになっていたと思う。
那須川からのクロスは津田にピタリと合ったし、津田もかなり難しいヘッドをゴールにぶち込んでくれた。
衛藤も自身が出したパスのリターンを非常に上手い受け方で貰い、シュート直前のモーションで相手を翻弄して奪った追加点。
ただ2点取っただけじゃない。
それこそ際どいシュートを何度も打たれ、かなりヒヤヒヤもさせられた。
だが、緊急出場に近い長谷川は緊張を感じさせないような冷静なセービングをした。
林陵平に合わせられたヘディングシュートも虚を疲れることなく正面でキャッチした。
冷静に耐え抜いて2点差で折り返した。
 
ハーフタイム、山形の奥野監督は「泣き言はいらない。かならず追いついて逆転できる。」と言って選手を送り出した。
そして後半、長谷川がショーの主役になる。
 
長谷川は何度もシュートを弾いた。
クロスに飛び出してパンチングした。
山形は何故コイツが立ち塞がるのだろうと思ったかもしれない。
このまま逃げ切れたなら、彼は間違いなくヒーローになれていたはずだ。
 
私はこんな思い出がある。10年以上前のことだ。
昔、フットサルのある大会にでたことがある。
関東でヴォルティスを応援する仲間と結成したフットサルチームで出場した。私のポジションはGK。
ビギナークラスの大会には何度も出ていた。
今回もそうだと思っていた大会だった。
だが、チームリーダーがエントリーしたこの大会は非常にレベルの高いチームが集う大会だった。
初戦の相手は当時のフットサル日本代表を輩出するようなクラブのメンバーが組んだチームだった。
我々が相手になるようなチームじゃなかった。
打たれたこともない距離からミサイルみたいなシュートが何本も飛んできた。
だが、シュートが惜しくも反れたり、運よく正面に来たり、足に当たったりしてスコアレスで折り返してしまったのだ。
開始1分も経たないうちに相手がとんでもない相手だと気づいた私だったが、その信じられない前半のスコアは私を強烈な興奮状態にした。
後半もやってやるぜ!守りきってヤルヨ!と超ハイな状態で何より自分に向かって叫んでいた。
自分がヒーローになってみせると思って後半に挑んだ。
ヒーローになれると信じきっていた。
 
あのまま逃げ切れていたなら、どれだけ素晴らしかっただろう。
3点目が取れなかったから引き分けたなんて思いたくない。
取れていたら長谷川の頑張りにここまで感動できなかっただろう。
2点差だったから、それが1点差になったから、感動の結末が想像できた。
素晴らしい試合になるはずだった。
 
ジョンミンは責められない。
それこそ退場になる直前までは気合の入ったプレーをしていた。
退場になったハンドも、レッドは免れないだろうが、責められるべき行為でもなかった気もするしね。
判定に不満もない。あの場面でハンドならしかたない。ジョンミンも実感はあったんだろう。
 
山形に攻められ続けてことも力関係を考えればそう想定外でもない。
だからこそ、あんな面白い試合展開になった。
 
追いつかれるまではね。
 
 
くやしいというか、むなしいというか。
2-2でドロー。誰も納得できない結末なんて、この試合に相応しくなかった。
長谷川をヒーローにしたかった。
残念でならない。
ああ、無常。
 
これもサッカーなんだろうか。
 
 
 
私のフットサルの試合はどうなったか。
後半、ヒールシュートという一番弱いシュートで失点してしまい、その後はチーム全員の緊張感が切れてしまい、後半だけで6失点した。
今でも思い出す苦い思い出の試合だ。
 
長谷川をヒーローにしたかったなあ。
残念。
この結末だけが残念でならない。素晴らしい試合だったのに。

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2012年9月 1日 (土)

千葉ジェッツ、開幕へ向けて。

久々に千葉ジェッツの記事を書きます。
bjリーグ千葉ジェッツ...bjリーグという冠詞も今季限りですが、2012-13シーズンに向けて準備を進めています。
8月27日にジョー・ワーナー(パワーフォワード)と、8月31日にサージ・アングーヌー(フォワード)との契約合意が発表されました。
なかなか補強に関する情報が少なく、やきもきしましたが次第に今季の陣容が見えつつあります。
サッカーとは違うのでプレシーズンのいつまでにどれだけメンバーが揃っていないといけないのかよくわかんないのです。
あと一人いたら紅白戦ができるのかなとかくらいしか想像がつかなくて。
 
新外国人選手のジョー・ワーナー選手と、サージ・アングーヌー選手は英語スペルで検索するとバイオとか動画が出てきます。
二人とも個人のハイライト動画がすぐ見つかるのはちょっと驚きました。
画像が粗いんですが、二人とも背が高いのでどうにかこの選手だろうと判別できます。
ハイライト動画なんで、ゴール決めたりする映像の連続で、見つけやすいは見つけやすいです。
でも対戦相手のレベルがわからないので、なんともいえないところがちょっと不安ですが。
二人とも日本でプレーするのは初めてみたいなので、応援して活躍させてあげたいです。
 
エンターテイメンチームであるフライトクルーとマスコットのジャンボくんは既に忙しく活動しています。
STARJETSは7月には既に新メンバーでの活動を開始し、いろいろな街のイベントでも千葉ジェッツをアピールしてきました。
そして、船橋と柏にダンスアカデミーを開校。
ジャンボくんもショッピングモールなどを忙しく回っています。
Ca3f03440001 そして9月2日(日)は新京成線の新津田沼駅に隣接したイトーヨーカドー津田沼店前特設ステージで新京成presents 千葉ジェッツ パフォーマンス・ライブが開催されます。詳細はこちら
新京成線の駅や列車の中にはポスターが掲出され、毎日それを見て仕事に行っていますが、イベントが近づくというよりシーズンがいよいよだなと感じています。
 
シーズンチケットも23日から販売を開始しています。
それから、公式サイトのトップページの気づきにくい変化なのですが、パートナーさんのバナーが日々増えています。
これは嬉しいことで、フロントのみなさんの頑張りが形になっています。
 
開幕まであと一月半。
いい準備をして、いい離陸をして、船橋を盛り上げていきたいです。

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