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2012年10月13日 (土)

26年ぶりのうなぎ。

初めてアルバイトをしたときのことを覚えていますか。
私は19歳のときに初めてアルバイトを経験しました。
大学の受験に失敗し、浪人生活を一年過ごした末に無事行きたかった大学に合格。
晴れて春から大学生活が始まるところ寸前の3月でした。
浪人中はひたすら勉強していたのでバイトも未経験のまま過ごしました。
もう予備校にも行く必要ないし、金も無いしで、ヒマを持て余しているところにアルバイトでもしてみようかと思ったのです。
それでも1ヶ月もない時間での短期バイトなんでそうあるわけでなし。
そんなとき、建設会社に勤める叔父が短期バイトの話を持って来てくれたのです。
場所は世田谷の上野毛。
建築現場で雑用のアルバイトを2週間やる仕事でした。
何でもいいからまずアルバイトを経験してみようと思っていた私は有難くそのバイトをやらせてもらうことにしました。
 
世田谷は親戚が住んでいるのですが、行くのは初めてでした。
住んでいる柏からは1時間半くらい掛かります。
毎朝早く起きて電車で通う日々が始まりました。
上野毛の現場は、鰻料理店の建築現場でした。
大工さんが20人くらいいました。結構大きな現場だったと思います。
叔父が請け負い元の会社の人だったせいもあるでしょうが、みんなに優しくしてもらえました。
仕事は木の柱が日焼けしないように紙を貼ったり、掃除をしたりという文字通り雑用でした。
ですが、初めてのバイト経験だったので、不満を感じることもなく、ただただ一生懸命頼まれた仕事を黙々とこなして2週間終わりました。
とてもいいバイト経験だったと今でも思っています。
 
それから26年。その鰻料理店に行くことはありませんでした。
叔父の仕事のバイトをしたのもそれきりで、大工さんたちとも2度と会うことはありませんでした。
 
「あのお店どうなっているのかな?」と数年前から思うようになりました。
今では自分はあの頃の大工さんたちと同じくらいの年齢になっていました。
実は鰻料理店が完成する前にバイトが終わってしまったので、その後どういうお店になったのかを全く知らなかったのです。
お店の名前も知りませんでした。
Ca3f05680001 今になって覚えているのは上野毛の駅から住宅街を抜けて、途中で小さな川を越えていったこと。
裏手に学校があったこと。
玄関先が三角形の角のようなところに造ってあって、立っている土地も三角形みたいな形状だったこと。
数段の階段を登ったところに店の玄関があったこと。
そんなところでした。
現場のイメージは結構覚えていても、どこを通って行ったのかの記憶は曖昧でした。
そこで、Yahoo!の地図で上野毛周辺の鰻料理店を検索して一つ一つ地図で場所を確認してみました。
すると、その条件に当て嵌まる鰻料理店が一つ見つかりました。
きっとここだ、と確信しました。
 
すると、今度は行ってみたくなりました。行って鰻を食べてみたいなあと思い始めました。
若い頃ならともかく、今なら、気軽には行きませんがその気になれば鰻くらい食べるお金は持っていました。
ただ、上野毛にわざわざ行くほどのモノかとも思えて、結局行く決心は付きませんでした。
 
しかし、今回等々力陸上競技場で徳島ヴォルティスが試合をすることになりました。
等々力陸上競技場の最寄りの武蔵小杉駅から上野毛駅は15分ほどでした。
これは行くチャンスができたかもしれないと思いました。
昼にジブリ美術館に行き、その後夕食を兼ねて上野毛で鰻を食べて、それから等々力競技場へ。
プランは決まりました。
そして10日(水)、26年間という半世紀以上の時間を経て、思い出深い場所を訪れてきました。
 
Ca3f05690001 そのお店は「神田きくかわ 上野毛店」。
神田きくかわは、昭和22年創業の老舗です。
お店の前に立つと、さすがにビビリました。あまりに立派だったからです。
店の前に置いてあったお品書きを見てさらにビビリました。高かったからです。
どうしよう、このまま帰ろうか、とかしばし考えました。
が、ここまで来たのだから食べていこう、食べないと26年間に決着がつかない。
一番安くても3000円近くしても、食べられないほどでもないだろと決心し、門をくぐりました。
 
まだ5時前だったこともあり、お客は私だけでした。カウンターに通されました。
お店の方が丁寧に説明をしてくださり、それではと3200円のうな重を注文しました。
カウンターの中では料理人の方が一人また一人と出てきて、準備を始めました。
私はカウンターの周囲を見回していろいろ思い出していました。
あの時、こんなふうに作ってあったっけ?とか結構記憶が曖昧なところもありました。
自分が紙を貼った柱どれだっけ?この辺だったけど、改装でもしたのだろうか?26年もあればそれもおかしくはないな、とかいろいろ考えてました。
そんなこんなしながら、26年間の時間を経て、お客として再び訪れた場所での時間は静かに過ぎていきました。
15分ほどしてうな重が出てきました。
私はなるべく急いで食べないように気をつけながら鰻を味わって食べました。
とても美味しかったです。
 
お会計を済ませた後、お店の接客担当の方でもっとも年配そうな男性に話しかけました。
26年前にこのお店の建築現場で働いていたこと。
それ以来の訪問であること。
断片的な記憶を元にここを探し当てて来たことなど。
お店の方はすごく驚かれていましたが、嬉しそうでもありました。
その方が26年前からこのお店で働いてこられたのかは知りませんが、喜んでもらえたのはよかったと素直に思えました。
 
26年間、それほど強く行きたいを思っていたわけではなく、夢にまで見たというほどでもないのですが、いつか行って見たいなと思っていた場所でした。
誰しも、こういう場所はいくつかあるんではないでしょうか。
そんなところに行きたいと思うようになるってことは、もしかしたら年なのかもしれません。
でも、それも悪いことじゃないなとも思います。
行く意味のある年齢にならないと行ってもしょうがないところってあると思うんです。
26年は長かったなと思いましたが、26年経ってたから行く意味ができたとも思うのです。

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