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2012年11月26日 (月)

千葉ジェッツ、秋田遠征2戦目は逆転勝利!

11月25日(日) 秋田県立体育館
 
秋田ノーザンハピネッツ 74 - 88  千葉ジェッツ
                        29 1Q 16
                       15 2Q 28
                       11 3Q 26
                       19 4Q 18
 
千葉ジェッツは今週末、秋田ノーザンハピネッツとのアウェイ2連戦に挑みました。
昨日第一戦目は、序盤にリードを作りましたが終盤に逆転され、73-88で敗戦。
しかし、二戦目は一時13点差になりながら2Qまでに追いつき、後半は突き放して見事勝利を飾りました。
これで今季は5勝7敗となり、イースタンカンファレンス7位につけています。
 
秋田は2位の強豪。
この遠征は、今季のジェッツの実力を証明する絶好の機会であり、それに相応しい強豪との対戦でした。
そんな簡単にはいかないだろうと思っていましたが、第一戦目を落とした後の重要な第二戦を見事に勝利しました。
 
1Qでは秋田にリードを広げられ16-29という二桁リードを許す劣勢。
2Qでは反撃に出て♯31石田が3ショットのフリースローを決めると勢いが付き、♯34ワーナーが前半終了直前に決めて同点に。
3Qは開始直後から♯0佐藤が決めて突き放すと、その後も試合を有利に進め70-55とリードを広げます。
4Qはさらにリードを広げ一時17点リードまで差を広げます。
その後もリズムを保ったまま逃げ切り、勝利を収めました。
 
この一勝は非常に大きな一勝です。
シーズン序盤に躓きましたが、ここへ来て持てるポテンシャルをしっかりと発揮できたことで選手に自信もつくと思います。
今週末は仙台89ERS戦(八千代市市民体育館)ですが、そこへいい形で繋いで行って欲しいです。

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2012年11月24日 (土)

その経験はきっと糧になる。~J1昇格プレーオフ決勝より~

この試合のCMを電車の中でよく見た。
「日本一残酷な、歓喜の一戦。」
でも、本当にそうだとは私は思わなかった。
それなら、負けて昇格を逃したらチームは解散、などとマスコミに一年中言われ続けていた中での1994年10月23日の川越運動公園陸上競技場でのNTT関東対柏レイソル戦の方がその百倍は残酷な歓喜の一戦であったと思う。
Ca3f0769 煽りは派手だったが、実際の話、昨年のレギュレーションなら惜しいとすら言って貰えなかっただろう順位のチームに、大人の事情でチャンスが貰えたに過ぎない。
そんな今季J2で5位だったジェフ千葉と、6位だった大分トリニータがサッカーの聖地であり、そう遠くない時期に今の姿を消すだろう国立競技場でJ1への最後の切符を賭けた試合に挑んだ。
  
だからと言って、勝者の大分トリニータが、実際はリーグ戦6位だが、昇格に値しないとは思わない。
今季のレギュレーションはこうなのだ。
そのレギュレーション上で勝ち抜いたチームなのだから、その実力を今季のJ2において証明したわけで、真の3位は大分トリニータということだ。
大分トリニータの選手、スタッフ、サポーターのみなさん、おめでとうございます。
 
Ca3f0773 大分は、深刻な財政問題を今もって抱えており、県や地元企業、サポーターらの支援なしにはこの舞台に立つ資格すら得られなかった。
だから、クラブの危機を救ってくれた人達に応えなければいけなかった。
大分トリニータの選手たちは、それに応えた。
もちろん、今日の勝利はその思いに応えるうちの一歩にしか過ぎない。
だが、そういう熱い支援を受けている中での勝利は、クラブの歴史に残る重要な勝利になったと思う。
結局のところ、過去の失敗はどうであれ、生きている限りは前へ進むしかない。
失敗は失敗だとして、それにいつまでも縛られているわけにもいかない。
それをどうこう言われようと、生き残ることで過去を糧にしていくしかない。
それは当事者たちにしかできない。
傍観者は過去ばかりほじくるだろうが、何も創り出せないからそうするのであって、そんな惨めな連中の相手をするほど無意味なことはない。
大分トリニータは、今何をすべきなのかを忠実に実行し、そして成果を出したのだ。
 
決勝点を決めた林丈統はすごく複雑な思いでこの試合に挑んでいたはずだ。
2009年、当時J1の京都パープルサンガの選手だった林は、同じくJ1だった大分トリニータとの第30節での試合でそのシーズンのリーグ戦での唯一のゴールを決めた。
1-1で終ったその試合をもって、大分トリニータはJ2に降格が決定し、以後、昨日に至るまでJ2に属することになった。
そして、対戦相手であるジェフ千葉は彼がプロサッカー選手としてのキャリアをスタートしたクラブ(当時はジェフ市原)であり、2005年をもって退団後、2010年に降格したばかりの古巣ジェフに戻り、J1復帰に力を尽くそうとしながら2シーズン無得点に終わり、戦力外通告を受けたクラブだった。
彼は今でもジェフを愛しているので、この対戦はいやだったと素直に口にしている。
この試合で一番重いものを背負っていたかもしれない林丈統は、この日の千葉がたった一回だけ見せた致命的なスキを見逃さず、そして背負っているものを感じさせないほどに、やわらかな、そして鮮やかな、ふわっと浮かしたボールをGK岡本の頭上に蹴って試合を決めてみせた。
後半41分だった。
そんなことが冷静にできることが悲しいまでに美しく素晴らしかった。
 
Ca3f0771 ジェフ千葉も、自分たちが本来いるべき場所、J1へ戻るために死力を尽くした。
彼らも昨年のレギュレーションなら、昨年同様失敗に終ったであろうシーズンを救われて最後の舞台にあがってきた。
だが、彼らのJ1昇格に賭ける思いは、他のクラブに決して負けないどころか、それ以上だったかもしれない。
佐藤勇人はその思いをずっと熱く語り続けていた。
それはこの試合の奮闘ぶりが証明していた。
まるで鬼神のような姿だった。
Ca3f0791 右サイドの谷澤達也は独特なリズムのプレーを発揮して、序盤の左サイドを攻め上がり続け、ラストパスを出し続けた。
幾度となく痛められたが、危険な位置でのファウルが多く、PKが取れてもというシーンもあった。
右サイドでも米倉恒貴は危険なにおいを出していた。
藤田祥史はなかなか前を向いてボールを扱わせてもらえなかった。
それが誤算ではあり、大分の守備の勝利でもあったが、ワンタッチでさばくだけでチャンスを何度か作り、大分に冷や汗をかかせた。
木山監督は点を取りに来ていた。
荒田智之の投入は、そのメッセージだと思った。
荒田は、よりゴールに近い位置で米倉以上に仕事ができるからだ。
レギュレーションで引分けでもジェフの昇格が決まったのだが、守りには入ってはいなかった。
Ca3f0781 その時点では間違いなくそうだったと思う。
ここまで0-0。
むしろ点を取りたい大分の方が焦っていたはずで、千葉の選手が気持ちが守りに入ったとは思いにくい。
そんな気持ちがあったとしても、荒田投入でどうすべきか伝わったはずなのだ。
が、そんな意思統一のメッセージが出た後半41分直後に見せた、この試合唯一といっていい致命的なスキを突かれてしまった。
 
天国と地獄を決めるような、そんなキャッチコピーの似合う試合じゃなかった。
J’s Goalの中止された企画がそうであったように、当事者たち以外が、ひどく勘違いをして向かえた試合だった。
 
Ca3f0783 ただ、J1昇格への思いだけが詰まっていた。
J1に昇格しても、それが天国ではないことは今季のコンサドーレ札幌が証明している。
でもJ1に上がりたかったのだ。
ただ、そんな思いがぶつかり合っただけの試合だったと思う。
そして勝者と敗者が決まった。
 
レギュレーションを決めた人間はたぶんこの試合が生み出すコントラストの濃さをよくわかっていなかったはずだ。
J2を最後に盛り上げるくらいの軽い気持ちだったかもしれない。
でも、この試合に人生を賭けていた選手が大勢いた。
大分の宮沢正史もそうだった。
村井慎二も、ケガで欠場した永芳卓磨の代役だったが、彼の思いも背負い必死でプレーしたし、古巣千葉も少なからず意識したと思う。
Ca3f0793 そして、昇格を決めながら来季大分でプレーできないことがわかっている選手もいたかもしれない。
千葉にもそういう選手がいただろう。
みんな、ただJ1へ上がりたい。
この試合に勝ちたい。
結局、そういう試合だったと思う。
 
勝者と敗者には別れたが、その共通した思いを込めてこの試合を経験したことは、きっとこの先で糧になる。
千葉ジェッツのブースターさんも何人か、千葉のサポーターとして参戦したようだ。
きっとこの先、千葉ジェッツと共に戦っていく時間できっと糧になると思う。
1994年10月23日の川越運動公園陸上競技場での経験が、今の私の基礎になっているようにね。

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2012年11月21日 (水)

そして徳さんも新たな旅へ。

今日も徳島ヴォルティスから来季契約を結ばない選手、コーチについてアナウンスがありました。
 
徳重隆明という選手を知ったのは、彼がデンソーサッカー部でプレーしていたときでした。
そう、大塚FCにとっては怖い選手だったのです。
2001年にリーグ戦28試合で25ゴールという驚異的なゴールハンターぶりを発揮して翌年セレッソ大阪に加入したときはJFLからJにスカウトされる選手が出てきたなあとちょっと嬉しかった記憶があります。
そのときは後に応援するチームにやってくるなんて思ってもいなかったけど。
セレッソ、サンガ、ヴォルティスと渡り歩き、一番ゴールを上げたのがヴォルティスだったんですね(2009年12ゴール)。
印象的なゴールというより、存在感が強く印象に残っています。
なんかギラギラしたような顔つきだったから(失礼)。
だからこそ頼りがいがあったんだけど。
気が付くと37歳だったんだ。
年齢と実力は関係ないと思うけど、でも20年ものキャリアはホントすごい。
ありがとうございました。
あなたが残してくれたものをムダにしないように、そして輝けるものをあなたの作ってくれたものの上に建てないいけませんよね。
  
2009年の徳重選手のVOICEより
~可能性がある限り、絶対にあきらめない。~
徳重隆明の新たな旅に幸ありますように。
  
小笠原ヘッドコーチ、中河GKコーチ、カルロスフィジカルコーチ。
おつかれさまでした。
みなさんとJ1に上がれなかったことは残念ですが、みなさんの指導した成果は来季に、そしてその先につながっていくと信じています。
別のクラブで素晴らしい選手を育ててください。
ありがとうございました。

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2012年11月19日 (月)

ありがとう、杉本恵太。ありがとう、石川雅博。

毎年、シーズンオフになると最初にやってくるのは寂しいニュースです。
今年は、この二人が徳島ヴォルティスのシャツを脱ぐことになりました。
 
#13杉本恵太。
名古屋グランパスからやってきた快速FW。
二人の監督の指揮下でどちらも出番に恵まれなかった。
でも本人はひたすら機会を待って準備を怠らなかった。
出番に恵まれなかったが、サポーターからはずーっと期待され、信頼されていた選手。
それは本人のブログからもわかるように彼自身の人柄ゆえだったのでしょう。
もっと見たかったよね、彼のプレーを。
でも、見れなかったことを誰かのせいにしてしまうのは彼の本意でもないだろうね。
まだ、活躍できる場所はあるよ。
まだ、愛してもらえる場所はあるよ。
頑張って。
 
#23石川雅博。
地元徳島出身で大塚FCジュニア育ち。
でも公式戦出場は一試合だけだった。
2011年11月12日、栃木グリーンスタジアムでの栃木戦。
6分にエリゼウの負傷による交代で殆ど緊急に近い出場だった。
そして81分に足が攣って交代するまでの75分。
懸命にピッチを走り回った。
ここから彼の時代が始まると思ってた。
それぐらい頑張ってた。
だから....残念だな。
せめて鳴門でプレーさせてあげたかったな。
まだやれるよ。
 
サッカー続けよう。
そしてまたどこかで。

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2012年11月18日 (日)

まだまだここから。千葉ジェッツ、4連勝はならず。

11月18日(日) 佐倉市民体育館
 
千葉ジェッツ 75 - 89  新潟アルビレックスBB
         21 1Q 26
         18 2Q 26
         16 3Q 23
         20 4Q 14
 
今日18日、千葉ジェッツは佐倉市民体育館で新潟アルビレックスBBとのホーム2戦目を迎えました。
昨日の1戦目は一時20点までリードを拡大した後、追いつかれるという展開から、最後は82-79でどうにか逃げ切り3連勝を飾りました。
今日勝てばチーム初の4連勝が掛かる試合。
残念ながら75-89で敗れ、4連勝と5割復帰を逃しました。
 
試合は開始直後から多くのファウルを与えてしまいリードを許します。
#9田中は試合開始40秒ほどで二つ目のファウルを喫してしまうなど、いい入り方ができませんでした。
また、新潟アルビも昨日の敗戦を繰り返すまいとしっかり戦い方を修正してきました。
特に精度の高いショット、特に3ポイントを確実に次々と決めにきて前半で13点のリードを許しました。
後半もなかなか流れを掴めず、勝利を逃しました。
ディフェンスが上手く嵌らなかったこと、昨日から修正してきた新潟アルビの戦い方に対応できなかったことが敗因に思えます。
さすがにイーストカンファレンス上位につける好調なチーム。
ジェッツはまだまだな面を晒されてしまったと思います。
 
私は今回もスタンディングエリアに陣取りました。
ただ、前回スタンディングで応援した館山から時間が経ってたこともあったのか、3Qまでちょっと乗り切れなかった気もしています。
4Qになって#35チャンドラーがスタンディングエリアを煽ってくれたことで、やっとエンジンがかかりました。
ていうか、4Qはちょっと熱くなりすぎたかな。
新潟のFTのときにブーイングしたときに、新潟ベンチから指差された気がして、ちょっとサポーターのスイッチが入ってしまいました。
新潟ベンチには私がどう見えたでしょうね?
 
まあ、こんな感じで反省点もありますが、今日もまたいろんな人と親しく話す機会もあり収穫もたくさんありました。
まだまだ千葉ジェッツの花を咲かせる過程の序盤ですが、一歩一歩進めている実感もあります。
 
千葉ジェッツのチームとしてもまだまだここから。
上に積んでいくべき部分がたくさんありますから。
 
残念な結果でしたが、試合内容がああでしたがそれほど不満には思っていません。
まあ、スイッチ入った自分にもちょっと嬉しかったりしてね。スイッチ入ったよ、みたいなね。
面白くなってきたかも。
問題児にならないように気をつけますが。
 
さて来週は強豪秋田との厳しいアウェイ2連戦。
そして船橋イオンモール決戦もあるので、また一週間頑張ろう、っと。

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2012年11月17日 (土)

11月16日の思い出。

今日は11月16日です。
※この原稿を書き終わて掲載する頃には17日に日付が変わっていると思います。
 
この日は私には、とても思い出深い日なのです。
もう少し正確には前日の15日からの2日間がとても思い出深いのです。
 
それは今から9年前。
2003年11月15日の朝から始まりました。
 
その日は土曜日でした。
私たち夫婦はその頃は船橋市の教職員住宅の団地に住んでいました。
奥さんが教員(今でもそう)だったからです。
奥さんは妊娠10ヶ月目を迎えていました。
予定日は一週間後でした。
その日の朝、私は団地の敷地内の草むしりを終えて家に戻りました。
すると奥さんがひどく苦しそうでした。
陣痛が始まったようでした。
掛かりつけの病院(千葉市内、奥さんの実家の近く)に電話をしたところ、すぐ来てくださいと言われ、私は奥さんを車に乗せて病院へ行きました。
奥さんは定期的にやってくる陣痛にひどく痛そうでした。
 
とうとう我が子が生まれてくるんだなというワクワク感と共に、実は一抹の失望も味わっていました。
実は翌16日に、浜松の都田サッカー場で、日本フットボールリーグ(JFL)のリーグ戦で首位を走っていた大塚FCが、リーグ初優勝を賭けた大一番を控えていました。
相手はHONDA FC。リーグ2位に付けていました。
自動車のHONDAのサッカー部で、大塚FCにとっては最大のライバルであり、幾度も大塚FCを撥ね返してきた強豪でした。
勝つか、引分けで優勝。
そんな大一番。
もちろん行く予定でした。
優勝を決めて、翌週父親になる。
それが私の描いていたスケジュールでした。
ですが、一週間早く来てしまったのです。
「これで明日の予定はなくなったな。」と、やむを得ないなと素直に諦めつつも、少々失望も隠せませんでした。
幸いだったのは翌日試合に出掛けた後、陣痛が来るなんていう状況にならなかったことでしたが。
 
いつ生まれてくるかはわかりません。
そりゃ産む当人でもない男にわかるはずもありません。
ひたすら待つしかなく、時々、持ってきたビデオでひどく痛がる奥さんをジーーーーッとビデオで撮っていました。
 
そして17時ごろ分娩室へ。
手前の廊下で待つ間、私は生まれてくる”女の子”の名前を考えていました。
せめて大塚FCのチームカラーに由来する名前にしたいな、と考えを巡らしていました。
そんなとき、当時好きだったある歌手の歌のサビの部分を思い出しました。
椎名林檎の「あおぞら」という曲でした。
名前を読みが決まり、あとは漢字を当てはめていく作業に移りました。
当てはめる字は程なくして決まりました。
ワクワクする気持ちはかなり高まってきました。
でも、明日試合は行けないだろうなという気持ちもまだありました。
そんなときでした。
”大丈夫”
そんなつぶやきが聞こえました。
その声は、その5年前に急死したサポーター仲間の声に聞こえました。
「何が大丈夫なの?○○」と私はつぶやきました。
 
その時は夜の19時7分にやってきました。
2772グラムだったかな。
女の子が生まれました。
1時間ほどして、分娩室からつれて来られた我が子と初対面を果たしました。
看護士さんにビデオを渡して撮ってもらいました。
 
21時過ぎ、奥さんが車イスに乗って待合室にやってきました。
やっと終ったという安堵感に包まれていい笑顔でした。
ちょっと熱くて気持ち悪いとも言っていました。
そんな奥さんが発した言葉。
 
「これで生まれたから明日は優勝だ。」
えー、こんなときに行けないでしょ、と私。
「大丈夫。もう生まれたんだから。今日生まれたってことは明日(都田に)行ってきなってことだよ。」 
 
思いがけない言葉でした。でも、とても嬉しい言葉でした。
少々気が引けましたが、言葉に甘えて都田に行かせてもらうことにしました。
”大丈夫”って、このことだったのかな、と思いました。
病院を出たときには16日になっていました。
 
 
翌日、私は早朝新幹線に乗って浜松に向かいました。
そしてタクシーで15分ほど掛かる都田サッカー場に到着しました。
仲間たちは父親になった私を祝福してくれました。
当時まだ現役だったセッキーこと、関口隆男選手も祝福してくれました。
彼は今シーズンで現役を引退することを決めていました。
この試合も出場登録はありませんでしたが、チームの顔である彼は特別に帯同していたのです。
 
何度も辛酸を舐めた都田サッカー場。
しかし、この日の大塚FCは強かった。
21分、CKからDF谷池が押し込んで先制。
そして51分、左サイドからのセンタリング。FW林のシュートはバーに跳ね返るも、こぼれ球を大島康明が頭でねじ込み2-0。
61分、MF筒井のゴールで3-0。
しかし、そこからHONDAの猛反撃に合う。
63分、70分とゴールを許し、1点差に。
そして88分、ついに同点にされます。
しかし、反撃をそこまでで食い止め、試合終了。
ついにリーグ初優勝を勝ち取りました。
選手、サポーターがピッチ内で入り乱れ、キャプテンだった吉成浩司を胴上げし、私は自分で用意した優勝カップを選手に渡しました。
それを号泣しながら掲げる吉成。
10年応援してきてついに掴んだ栄冠でした。
 
試合後、観客席でビールで祝杯をあげました。
仲間の一人が、一枚の写真を持ってきました。
そこには5年前に亡くなった、前述のサポーター仲間が写っていました。
私は空を見上げて「ついにやったぞ」と...。
 
その後、私は急いでまた新幹線に乗って病院へ戻りました。
面会時間ギリギリに到着し、優勝を奥さんと娘に報告しました。
 
とてつもなくドラマチックな2日間はこうやって幕を閉じました。
 
 
 
こんなことが9年前にあったんです。
私の一番大事な思い出です。

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2012年11月15日 (木)

サンキュー、オーシ。

J2はプレーオフを残してリーグ戦は終りました。
ということで、これからはオフの移籍や退団が話題の中心になってきます。
その中には引退を決意する選手も出てきます。
かつて大塚FCでプレーし、今季まで北九州でプレーしていたオーシこと、大島康明選手も今シーズンをもっての引退を表明しました。(ギラヴァンツ北九州公式サイトより)
 
オーシは2001年からヴィッセル神戸から大塚FCに期限付き移籍で加入しました。
2000年のシーズンに15ゴールあげた島田周輔が突然退団することになり、後釜みたいなイメージで加入したFWの選手でした。
神戸では出場機会がなく、実質大塚FCがキャリアのスタートでした。
島田の抜けた穴が埋まるのか不安に感じましたが、あけてみると天皇杯を含む30試合で14ゴールと期待に応えてくれました。
持てる力を真に発揮してくれたのは2003年から。
23試合で20ゴールの活躍を見せてくれて、JFL初優勝に大きく貢献してくれました。
2004年はリーグダントツの破壊力をもった林威宏との2トップでさらに活躍。
リーグ29試合に出場し20ゴールをマーク。
林威宏の21ゴールと合わせ、41ゴールを量産しました。
 
そしてJリーグに昇格し、徳島ヴォルティスとしてのデビュー戦となったベガルタ仙台戦(2005.3.5)でファーストゴールを決めました。
それが一番印象に残るゴールです。
 
彼は特別に優れた身体能力がある選手ではありませんでした。
それは彼自身も徳島ヴォルティス時代のVOICEで語っている通りで、でも彼には優れた得点嗅覚と、そして何よりゴールが似合うというかっこよさがありました。
大塚時代、彼がゴールすると応援している自分たちも誇らしく思えたものです。
彼はとてもゴールの似合う選手でした。
 
その後はゴールがなかなか生まれず、ボランチなどやらされた時期もありましたが、2009年途中にギラヴァンツ北九州(当時JFL ニューウェーブ北九州)へ移籍。
とても悲しかったです。
彼が活躍する場がチームにないことが。
そして、彼にゴールを決めさせてあげられないことが。
でも、北九州の黄色と赤のユニを着てゴールを決め、そして北九州のJ2昇格の瞬間にチームメイトと喜びを分かち合う姿を見た時は本当に嬉しかった。
よく知っていたオーシの笑顔がそこにあった。
 
2010年の春、北九州のJ2ホーム開幕戦のために本城へ行ったのは、いろいろな思いもあったけど、オーシに会いたい気持ちも強かった。
試合後にアウェイゴール裏まで挨拶に来てくれたことは今でも思いだせる。
 
オーシありがとう。
本当にありがとう。
本当に、本当にありがとう。
ヤバイ、書いていて涙でそうだ。
 
君のサッカー選手としての夢がどこまで叶ったのかは私にはわからないけど、君のおかげでJFL制覇という私の夢は叶いました。
すごく感謝しています。
サッカー選手として夢を追う生活は終るかもしれないけど、夢ってのは顔を上げて前を向いていればいつだって何か見えてくるもんだと私は思います。
それを追いかけ、また違う夢を見つけて追いかけ、それを繰り返すのが人生なんじゃないかなと。
大島康明の第2章、期待します。
 
レッツゴー、オーシ。

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2012年11月11日 (日)

徳島ヴォルティスの2012シーズン終る。

2012 J2 第42節 徳島 0 vs 3 千葉
得点:(千葉)25分 米倉、29分 佐藤(勇)、57分 藤田
 
徳島ヴォルティスの2012年が終わった。
最後が暴風雨の中とは徳島サポーターにはちょっと酷だった。
せめて試合がもう少しいい結果で終えられたらよかったんだけど、最後は昇格を目指すチームとの力の差をあらためて見せつけられることになった。
 
今シーズンは、昇格目前まで迫りながら4位で終わりJ1昇格を逃した昨シーズンの悲願を達成するシーズンだった。
監督がミノさんからコバさんに変わったが、それなりに期待できる戦力を集めたと思えたシーズン前。
だが第3節から9試合勝ち星から見放された。
9試合中は2得点しか取れなかった攻撃での完成度の低さが大きく影響したように思う。
今日放送した試合でも、アナウンサーがコバさんの今シーズンの振り返りとしてゲームメイカーを育てられなかったとか語っていたようだ。
濱田、花井などゲームメイカーの高い素質を持った選手はいたが、チーム全体に言えるが足許で貰ってしまう選手が多過ぎて攻撃にスピード感、それ以上に加速感が欠けていた。それは出し手にも問題はあったと思うし、戦い方が不明確だったこともあっただろう。
第11節のアウェイ水戸戦の試合後に衛藤くんと話をする機会があったが、選手も迷っていた。
結局、選手、戦術の最良の組み合わせが見つけられず、やっとハマる見通しが見えた3-4-3が第37節のアウェイ甲府戦で先に2失点して追い詰められて取った策で、正直言って偶然に近い形で見つかるという有様だった。
さすがに遅すぎた。
 
今日の試合後、豪雨の中で社長とコバさんが挨拶をした。
コバさんは言葉を選んでいる感じがあったけど来季も指揮して欲しい。監督としての真髄を見せて欲しい。
 
来シーズンは札幌が来て、ガンバかアルビかヴィッセルのどれか2つが来るだろう。
競り合う相手としては今季以上に強敵揃いだ。
今オフは本当に大事なオフになる。
大学出の新人3人が獲得できたことはすごくよかったと思うが、存在感のあるゲームメイカーの獲得は絶対に必要だろう。
移籍戦線で先手を取れるか、J1の移籍動向が収まってからじゃないと相手にしてもらえないという状況に陥れば今季の二の舞になる可能性だってある。
それにウチは断じて選手を買ってくるクラブではない。
ウチより好条件を選手に提示できるクラブは一杯いる。
欠かせない選手をどう保持するのかの手腕も問われる。
 
さてサポーター側を振り替えれば、もっとも残念な出来事は第5節のアウェイ千葉戦での愚行だろう。
結局、自分のためにサポーターを、というか○○トラスなどと名乗っていたのだろう。
酩酊していて応援などできようはずがなかろう。
下に落下するのも当たり前だ。結局ファッションだったのだろう。
徳島のゴール裏は毎年何か起きてきた。
もう残念なことは終わりにしたい。
 
今シーズンは足許を見直させられるシーズンだったのかもしれない。
それを踏まえて来季は、全ての面でレベルアップを図らなきゃいけない。
選手、フロント、サポーターの信頼関係ももっと強くしないといけないだろう。
誰かが誰かを密かに見下しているような状況ではよくはならない。
みんながそれに気づいて一つになる努力をしないと、みんなの努力がまた無駄になるだろう。

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バレエの発表会より。

昨日は娘のバレエの発表会でした。
2008年から通っているはずなので、もう5年目でしょうか。
お教室は幕張本郷と海浜幕張にあります。
通常土曜日に通っているのですが、ここ半年くらい前から発表会の準備が始まり、最近は土日や平日も通って準備してきました。
 
娘の通っているバレエ教室では1年半に一回くらいのペースで発表会をやっています。
東京シティバレエ団やフリーの先生方を招いてのバレエコンサートと、古典作品の構成で行われます。
パンフレットで出演人数を数えてたら、総勢123人いました。
他のお教室は知らないのですが、凄い人数だなと思いました。
ゲスト出演の先生方も増え、スケールは間違いなく前回よりアップしていました。
娘は今回で3回目の出演です。
今までは小品にも出ていましたが、今回はメインの古典に出演。
今回の作品は『くるみ割り人形』全幕でした。
 
思い出すに、前回はあの大震災の直後、2011年3月27日でした。
今思い出しても、よく開催できたなと、お教室の先生方の勇気と決断には敬服しかありません。
一生の記憶に残る一日でした。
 
「くるみ割り人形」での娘の役は「第1幕第2場 ねずみとおもちゃの兵隊の戦い」でのねずみの役と、「第2幕第1場 お菓子の国への旅」での湖の妖精の役でした。
ウチの娘は身体が固いのですが、身体での表現は上手で親バカながらちょっとセンスあるのかなと思える出来でした。
上手だったよ、と褒めてあげました。
 
「くるみ割り人形」を生で観るのは当然初めてでした。
先生方はハイレベルな方が揃っているので、観ていても見応えがありました。
いいものってのは、何の前知識無く初めて見ても感動するんだなと、あらためて思いました。
主役クラスの大事な役は先生方と、お教室からコンテストに出ている上手な人達がダブルやトリプルで演じます。
先生方もそうですが、みなさんすごく優雅で上品でキレイな踊りでしたね。
素人目に観てもそう感じました。
一昨年、娘が応募したバレエのオーディションで、高校生くらいの女の子たちから感じた炎立つようなオーラとは全く違い、会場の空気に色を染めていくような暖かくて神秘的でさえあるようなオーラが踊りから出ていました。
とてもいい一日になりました。
娘はまだバレエを続けるようなので、次回の発表会も楽しみに待ちたいと思います。

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2012年11月 8日 (木)

最近のサッカーネタより。

ここ最近サッカーで記事書いてなかったと思うので、最近のネタからちょこっとコメント。
 
今日飛び込んできたニュースはヴィッセル神戸の西野監督の解任。
西野さんは、昨季までガンバの監督を10年勤めて、Jリーグや、ナビスコカップ、天皇杯、そしてAFCの制覇まで成し遂げた人なんだけど、それ以前は柏の監督もやってた。
柏の監督時代のことはいろいろ覚えていて、随分可哀相な辞めさせられ方もした。
あれの背景もある程度知ってるんだけど、柏が初のタイトルを獲得した裏で周りが増長しちゃってさ、その煽りを一人被らされて、彼がいなくなったら次に選手が標的になっちゃって。
そんな扱いを受けたリベンジなのか、ガンバの監督時代は成果を出してた。
監督としては優秀だと思うし、神戸にもいい選手揃ってると思うんだけど、シーズン途中で監督を引き受けるってのは難しいんだね。
彼くらいの人でも残り3試合で解任されちゃうんだから。
でもヴィッセルってクラブも学ばないなあって思うな。
 
J2は今週末で最終節。
ヴォルティスはホームでジェフ千葉を迎える。
結局15位ってとこか。
最後のセレモニーで挨拶するのは監督なのか、社長なのか?
どういう内容の挨拶になるのかが最後の興味かな。
せめてプレーオフには行きたかった。
プレーオフは面白そうだよね。
国立での決勝できれば観に行きたいなあ。
 
J3設立が早ければ2014年にも実現しそうとのこと。
J3に準会員クラブを集めるのかもしれないけど、ライセンス制度も施行したわけだし、やるならやるでキチンと加入するクラブに対して責任を持ってやってほしいなと思う。
3部になったら、いくらJリーグの看板があっても観客動員だってそう期待できないだろうしね。
どこでも山雅みたいになれるわけでもないしさ。
ダメならライセンス失効なんて突き放したりしないでさ。
 
でもJ3できたらJFLが煽り喰らうのは間違いない。
全国リーグでやる意義が失われて地域リーグと全社を頂点にした体制に再編されるかもなと思う。
会社にとって全国リーグの意義をどこまで感じられるか。
それこそね、以前から私が言っているように、天皇杯サッカーを分割して、高校、大学も含めてアマだけの天皇杯サッカーを作ってもいいんじゃないかと思う。
並行して高校や大学の主要大会(予選含む)が動いてるから時期の調整が難しいけどね。
アマサッカーの檜舞台を用意してあげてもいいんじゃないかと思う。

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2012年11月 5日 (月)

まるまるサンカクの一日

一夜開けてというか、素晴らしい土曜日の夜から、実はあまり寝ないで日曜日を迎えました。
深夜、そして早朝に観たいサッカーの試合の放送があったからです。
深夜にはイタリアのインテルの水曜日に行われたゲームの再放送があり、そして早朝にはリーグ戦首位のチームとの重要なゲームの生中継がありました。
相手はユベントス。
インテルとユベントスの対戦は「イタリアダービー」と呼ばれ、長い間一度も下部カテゴリーに降格したことがなかったチーム同士の対戦だとして大変な注目を浴びるカードなのです。(もっともユベントスは2006年にクラブ首脳の審判への買収・脅迫行為の発覚により降格しています。)
それに、インテルとユベントスの試合ってのは私が初めて海外にサッカーを観に行った試合のカードでもあり、ゆえに凄く思い入れがあるのです。
そういう試合はやっぱり生で観なきゃねってわけで、1時半くらいに寝て4時には起きたわけです。
私は1993年からのインテルファンで、ユベントスとの試合にはいろんな因縁が重なっているので勝ちたい気持ちは譲れない。
しかし、それでも今回のゲームはユベントスとはチームの完成度に、現時点で、差があるので、勝てないかもなと思っていたのです。
試合開始直後から流れるようなパス交換の崩しを喰らい、開始20秒で先制されたときはもっとそう思いました。
でも後半にPKから追いつくと、前線が奪ったボールからのカウンターで逆転に成功、日本人選手の長友の活躍もあり3-1でアウェイで逆転勝利!それも49試合無敗が続いていたユベントスからの逆転勝利という最高の展開でした。
早起きした甲斐がありました。
日曜の早朝からまず最高の○(マル)が獲得できました。
 
そして午後は、千葉ジェッツのブロンコス戦2戦目、徳島ヴォルティスのアウェイでのFC岐阜戦がありました。
どちらも現地には行けないので、勝利を祈るのみ。
 
先に千葉ジェッツが14時からゲーム。
昨日の埼玉での試合は本当に嬉しかった。
悩んで行くべきだと思った試合に行けて、仲間たちと一体になって応援できて、そして勝つことができた。
いろんな意味でいい収穫があったし、千葉ジェッツを応援していくことに自信が持てた気もする。
だが、連敗で積みあがった借金を返すためにも連勝しなきゃいけない。
昨日と同じように一時は10点差離され、3Q終了時には53対62と9点差となった。
だけど土曜日だって同じくらいの点差を追いついたジェッツは4Qに戦列復帰した#35チャンドラーの活躍で逆転。
昨日に続いて4Qに30点以上獲得して86対78で、願っていた連勝を達成できた。
上述しているが、千葉ジェッツの応援の雰囲気は試合ごとに連帯が強くなっている気がする。
ブースターだけでなくフライトクルーもアウェイゲームに来てくれたし、行けなかったメンバーもTwitter上から思いを現地に届けていた。
他のチームでもそうなのかもしれないが、経験の長いサッカーでは何故かこういう形の連帯を感じる機会はないんですが、自然にこういう連帯感が強まっていくのは素晴らしいなと思う。
佐倉までは2週間空くが、そこからをリスタートとしてそれこそ常翔をみんなで支えなきゃいけないだろう。
こうして二つ目の○(マル)を獲得。
 
そして15時キックオフの徳島ヴォルティスの岐阜でのアウェイゲームFC岐阜戦。
相手はJからの降格が懸かっていて必死のFC岐阜。
しかも観客が11,119人というFC岐阜のクラブ最多入場者数(公式戦)の中での非常にやりがいがあり、でもポテンシャルはこっちが上で勝たないといけない試合。
でも結果はスコアレスドロー。
残念ながら今日最後の応援しているチームの試合は△(サンカク、ドロー)だった。
最終節での期待も込めたらしい試合後のブーイング。
気持ちがきちんと伝わり、それに選手が最終節で応えてくれることを期待しましょう。
J2は今節の結果からプレーオフ圏内から上が確定。
最終節はジェッツの試合がないので、J2の昇格争いを眺めることができます。
自動昇格が懸かっているチームの選手やサポーターはそれこそ次の週末まで緊張で息が出来なくなるような日々を過ごすかもしれない。
降格が懸かっているチームはもっとそうだろう。
降格はまっぴらゴメンだけど、昇格争いには正直加わっていたかったな。
あの痺れるような緊張感に満ちた時間を過ごしてみたい。
来年こそは昇格しなきゃ。
 
というわけで今日は○○△(まるまるサンカク)の一日でした。

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2012年11月 4日 (日)

Get Happy!

11月03日(土) さいたま市記念総合体育館
 
埼玉ブロンコス 81 - 96  千葉ジェッツ
          20 1Q 20
          22 2Q 22
          20 3Q 24
          19 4Q 30
 
先週の館山での悔しい敗戦から一週間。
館山からの帰りで車に乗せてくださったクロさんから、次の埼玉ブロンコス戦は行きますか?と訊かれていた。
その時は、4日(日)の方が可能性が高いです、と話した。
娘のバレエの発表会のリハの予定次第だったので、その時点では行けるかどうかも未定だった。
できれば連敗を止める試合に行きたかったので、週末が近づくにつれ3日(土)の方に気持ちは大きく傾いていた
結局、リハの予定がわかったのは今日の朝。
で、ちょっとムリを言ったかもしれないが、4日(日)は私が娘をリハに連れて行くことを条件に、今日3日のブロンコス戦に行けることとなった。
 
クロさんに連絡すると、自分も今日行くという話と、空飛ぶジェッツブースターのナカダイさんも一緒だと告げられた。
楽しみな行軍になりそうだった。
 
私はサッカーでもずっとそうだが、試合に行く途中は音楽を聴きながら行きます。
ゲンかつぎというか、何を聴きながら試合会場に向かうかは結構大事にしています。
今日は、1998年(日本では1999年)公開のあるイギリス映画のサントラをチョイスした。
私はハッピーな音楽が溢れているその映画が大好きで、DVDだけでなくサントラも買った作品だった。
久々に引っ張り出してきてウオークマンにコピーして、それを聴きながら待ち合わせの行徳駅へ向かう。
これで今日の試合に勝てれば、このサントラは幸運のアルバムになる。
そうなってほしいと願った。
 
Ca3f0089 行徳駅からはクロさんの車にナカダイさんと3人で乗って、さいたま市記念総合体育館へ向かった。
外環でちょっとトラブルはあったが、開門前にちゃんと到着できた。
バスケの試合でアウェイに来るのは初だ。プレマッチはノーカウントだとして。
やはり敵地というのはワクワクする。
 
千葉ジェッツは開幕戦に勝利後は5連敗。
今日こそは勝ちたいが、選手達は皆ケガを抱えていて万全ではない。
今日も欠場している選手の負担が圧し掛かっていて、決して楽観視できない状況だった。
Ca3f0693 しかもアウェイ。
だがこういうときこそ我々も声で後押ししなくてはいけない。
公式サイトでの先週の試合のレポートで写真付きで紹介されたボードを持ってコートに向かう選手達にかざす。
何人かの選手はボードに挨拶代わりに拳を叩き込んでくれる。開幕戦、館山でもそうだった。
今こそ、メッセージが彼らの力になれればと思った。
 
試合が始まった。
1Qは互いに引かず取り合う展開で20対20。
2Qになるとブロンコスが3ポイントを続けて決められ一時10点差離される。
#35ハンフリーがショットをどんどん決めていく。決められるごとに不安が襲い掛かってきた。
しかし、そこから反撃して42対42でハーフタイムへ。
ミスが多く、内容はあまり良くなかったが、崩れずに食い下がり追いついたのは見事だった。
3Qに入ると、再びリードを許す。
いやな展開になったが、ここで#1一色が好プレーでチームに再び活気を与えた。
中でもカットインからのバスケットカウントは明らかに試合の流れを変えた。
そこから攻守に勢いが付き、#34ワーナー、#0佐藤が決めて逆転すると66対62で3Qを終えた。
4Qはブロンコスが追いすがり、点差がなかなか広がらない。
そんな状況下で、#9田中が好パスを通して#34ワーナー、#13ベルが決めて残り5分で83対71とリードを広げた。
Ca3f0700 「絶対油断するな。」「ガンバレ!」とベンチ裏から大きな声が飛ぶ。
今日、さいたまに来れなかった人達も思いも込めた叫びがチームを励ました。
絶対に今日こそ勝つ。
選手達はその後もショットを決め、ルーズボールにもなりふり構わず食いつき、リバウンドも競り勝った。
ブロンコスも#57原口の3ポイントで反撃してきたが、ジェッツもさらに引き離しにかかった。
そして、96対81で連敗をとうとう脱出した。
 
Ca3f0702 やっと手にした2勝目。
ベンチ裏のジェッツブースター陣では一つ勝つことの難しさと一緒にこれ以上ないようなハッピーに溢れていた。
でもまだ2勝目だ。
明日も勝たないといけない。
でも、すごくハッピーだった。
せめて今日くらいは明日の試合のことなんか考えずにハッピーでいたい気分だった。
 
帰りはクロさんの車で再び行徳駅へ戻り、そこで行軍は解散。
電車に乗り換えた私は、またウオークマンを耳にする。
行く途中まで聴いていた映画のサントラの終盤の一曲が流れる。
”Get Happy”
92年に初演されてイギリスで大ヒットしたミュージカルを映画化した作品「Litte Voice(リトル・ヴォイス)」で主演のジェイン・ホロックスがクライマックスで唄う、楽しさと力に溢れた曲だ。
オリジナルはジュディ・ガーランドでしたっけか?
そんな曲が気持ちよく耳から全身に沁みていった。
曲に合わせてアタマを左右に振りながら、ハッピーを噛みしめつつ家に帰った。
22時なっていて、奥さんも娘も寝ていた。
今日はバスケの試合だったが、サッカーの応援者の週末なんてこんなもんだ。
何かしらか家族に後ろめたい思いを感じていながら試合に通う。
某友人は今日別の試合会場でセキュリティと喧嘩になり、家で奥さんにこってり絞られたらしい。
この手の稼業やってちゃ大人になれない。しょうがない。
でもハッピーだ。こんな楽しい気持ちになれるんだから。
愛するチームを応援することほど素敵な遊びは他にない。

ジェイン・ホロックス”Get Happy” from Little Voice
 
ジュディ・ガーランド”Get Happy”

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