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2013年6月11日 (火)

巡り会いを大事に。

今日は最近考えている雑感を書こうと思います。
こんな感じの記事を書くのは久しぶりです。

 
最近は、ジェッツのスタンディングエリアの仲間と飲むことが増えました。
先日も呼んでもらえて何人かで飲みました。
すごく楽しくて、テンションがあがってしまい、酔いが回って気が付いたら30分ほど寝ていました。
元々、飲み会なんて会社の送別会や歓迎会に行くくらいで、行ってもあまり飲まないのです。
でも、気心の知れた仲間と飲むのは楽しいです。
最近そういうことにあらためて気が付きました。

 
昔は関東隊の仲間と飲むこともありましたが、最近はみんな忙しかったり、それぞれ住んでいるところが離れていて年に1回会うかくらいの人がほとんどになってしまいました。
それでも彼らとの絆は今でも強く感じます。最近もあることで電話で会話したときそれを感じました。
共に苦労した仲間であり、悲しいことや嬉しいことを共有してきたことがあるからでしょう。
先日のサッカーW杯予選をテレビで観ていたとき、1997年のフランスW杯予選を国立競技場や韓国のチャムシルで日本代表と一緒に戦い、苦労したことや嬉しかったことを思い出していました。
出会いのきっかけは大塚FCでした。
応援するきっかけはバラバラだったのに、大塚FCという一点だけで繋がって、そして今も、たとえ数年に1回しか会わないことがあっても、互いが互いを仲間だと思い続けています。
つくづくいい仲間を持っているなあと幸せに感じます。

 
ジェッツの試合でも素晴らしい仲間ができました。
まだ、関東隊の仲間とは共に過ごした時間が短いので、まだそこまで絆が強いとはいえない部分もありますが、日々強くなっていることも同時に感じます。
先日はBeat BoostersのカツナリくんのバンドECHOのデビューライブを観にいきました。
誘ってもらえたので、これは行かなきゃとなおさら思いました。
そこへ行けば、また何か新しい発見に出会えるかもと思いました。
期待したとおり、小さいですが新しい何かはたくさん手にできました。
それがこれからどう大きくなっていくかはわかりませんが、仲間と過ごす時間の中で見つかる何かはホント宝物だなと思います。

 
最近、その仲間たちのためにと、すごくのめり込んでいることがあります。
なぜそこまで自分が突き動かされているのか時々わからなくなります。
時々、怖く感じたり、寂しく感じたりもしますが、心に鬼を飼ってでもやり遂げなきゃと思ったり。
やっていることの意味を見失うこともありますが、最後はやれることは全部やらなきゃと同じ結論がいつも出ます。
突き動かされて動いている自分が好きなんだと思います。少々バカだなと思います。

 
あと最近、徳島で私に自分の愛するチームを応援するにはどうあるべきかと行動で教えてくれたあの人の姿を思い出しました。
そしてあの人に何も恩返しできずに、私はあの人を失ってしまったことも。
そのことへの償いに、無意識にのめり込んでいるのかもしれないと思っています。

 
日々いろいろな巡り会いがあります。

 
ちょっと話が脱線しますが、ジェッツの試合でこんなことがありました。
ある日の試合、会場に覚えのある会社のバナーを見つけました。
それは、両親の親友であり、私にとってもう一人の父親のように慕っていた人が生前社長を務めていた会社でした。
今から12年くらい前の話です。
両親の親友だった縁で、母を通じて、私はその方の娘さんと見合いをしないかという話をもらいました。
娘さんには会ったことありませんでしたが、その方はそのとき既に父が他界していた私にとっては父代わりみたいな人だったので断る理由がありませんでした。
赤ん坊のころ、いやそれ以前に母のおなかの中にいたころからの私を知っていて、ずっとかわいがってくれた人でした。
なので、そのお見合いの話を快くお受けしますと母を通じて返事しました。
しかし、お受けした話でしたが、その後何か月待っても一向に進展しませんでした。
名前も歳も知らず、写真を見ることも無いままにただ時間が過ぎていきました。
それでも、相手が父親のような存在だったので、次に連絡があるまで待とうと思っていました。
それでも何もないままとうとう4か月くらい経ってしまった時期、ある女性と知り合いました。今の奥さんです。
私は決断をしなければならず、母を通じてお断りをさせてもらいました。
しかし、その数か月後、その方は亡くなられてしまいました。
あとで聞いたところでは、かなり以前から病状の進行した状態がずっと続いていたそうでした。
だから話が進まなかったのか、とそのときは思いました。
その後、私は結婚して船橋に転居してきて、千葉ジェッツを観にいく機会を得ました。
試合会場でバナーを見つけたときは目が釘付けになりました。
忘れていたことを一気に思い出しました。
今、自分に娘ができてみて新たに思ったのは、自分に残された時間がないことを知って、その前に娘の結婚を見たかったのではないか?
あのとき自分がそんなことを知っていたらどう行動しただろう?とか。
こちらから断る理由がない相手でしたから、もしお見合いをしていたら50%以上の確率でその娘さんと結婚していた気がします。
そうなっていたら、たぶん地元の柏に今でも住んでいたと思います。
そうなったらジェッツと出会っていなかったでしょう。
当然、いま大事に思っているジェッツの仲間とも。
そんなことを思いながら、その試合を過ごしていました。
このケースは偶然ではありましたが、巡り会いというものの強さを実感しました。

 
最近はそういう巡り会いのチャンスがあると思ったら遠慮せずに出掛けていくようにしています。
いいこと、悪いこといろいろ起きるでしょうが、出掛けないで何も起きないことよりずっといいことだと思っています。
動かないと何も起きないですよね。

 
巡り会ったということを大事にしようと思います。
もしかしたら、相手にとっては私のことはそんな大事な巡り会いじゃないかもしれません。
でも、自分からまず大事にすることをやめないようにしたいです。
巡り会いとは人に限らず、モノであっても、何か次を生み出してくれる大きな可能性を持っているからです。
その先に何かあることを信じて、新しい巡り会いが待っていることを信じて、今巡り会っている人やモノを大事にしたいと思うのです。

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