« 蹴球初めは駒沢から。 | トップページ | 2014徳島ヴォルティスの陣容 »

2014年1月11日 (土)

夢と目標

この週末はスポーツ観戦の予定もないので、何を書こうか迷っていた。
今週仕事はちょっと忙しくて時間と勝負というか、他人次第なことをどうにか自分で動かそうとしていたこともあって疲れてしまった。
今日は都内へ出掛けようかとと思ったが、医者行ったり、クリーニング屋行ったり、洗濯したり、本屋行ったりで午前中が終わり、午後は結局家にいた。
あとは、先日届いたRUSHのBDを家のオーディオシステム使って大袈裟に聴いて楽しんだ。

 
何となくな一日を過ごした中で、今日買ってきた雑誌の中に村上龍さんのコラムが載っていた。
近所の中学校で講演をしたときのことが書いてあった。
中学生からの質問で「どんな夢を持ったらいいのかわからない。」という質問が印象に残ったそうだ。
村上さんは「夢」という言葉に疑問を持とうという意味のことを言ったらしい。
世の中には何故か「夢を持って生きよう」というアナウンスが充満しているとして、
「夢や目標がないからといってがっかりすることも不安になることもない」
という話をしたそうだ。
夢が持てないから不安なのは何が原因なのか?ということを考えていたらしい。
夢が持てないから不安になるのは、それだけ余裕があるからではないか?とも書いてあったかな。
確かに納得できる部分はある。

 
そのコラムの話はこうという結論は書かれていなかったが、夢と目標という言葉はすごく印象に残った。
松坂大輔がメジャーリーグデビューしたときに「メジャーは夢ではなく目標でした」とコメントしたことも書いてあった。

 
すると「夢を持つ」ってことが、「夢を持っていない」と「目標を持っている」の間で何となく中途半端な感じにも見えてくる。
夢<<目標ってレベルなのかとは単純には言えないと思うけど、覚悟っていう点では違いがあるのかなあと。
叶って欲しいものと、達成させるものの違いなのかな。
先の村上さんの話からすると、それほど気にする違いでもない気もする。

 
今までの自分の人生でも目標とか夢って何だったんだろうな?と。
そういうもの持って生きてきたっけ?とか。
レイソルだったり、ヴォルティスのことだとか、今だったらジェッツだとか、仕事とか、家族とか...。
いろいろ考えてみたけどよくわからない。
それが夢だったのか目標だったのかもよくわからない。
それでも楽しく生きてこれたから、気にする必要もないのかもしれないけど。
そうなると村上さんの言うことにも通じる気がする。

 
要は堅苦しく考えるなということかも。
そうであるから「夢」や「目標」を楽しめるのかもしれないですね。
「夢」や「目標」は年齢や時期によって変わったりするし。

 
村上さんも「夢」や「目標」を達成した人個のコメントをマスコミがしきりに紹介することに疑問を感じているようだった。

 
ただ、強く「夢」や「目標」を意識して毎日頑張ることで毎日は充実するとは思うのです。
それを公言したり、約束したりしたらそれに責任は発生すると思う。
だから、それを目指す自分がどう見られているかは意識しなきゃいけなくなるかもしれないけど。
そういう姿を見られたいっていう欲望も人にはあると思うし、それはそれで人生としてアリだとは思う。
自分の人生を演出できるのは自分だけだしね。
それを面白くみせることも才能だとは思うし。
ただ、自分の人生としては薄っぺらい人生は嫌だなあと思う。
そう見られるのも嫌だ。
何かを目指していたり一生懸命であるというふうに常に見られていたいなあ。
それが濃すぎて引かれるくらいだとしても、そういう人の方が魅力的だよね。
自分であっても、他人であっても。

|

« 蹴球初めは駒沢から。 | トップページ | 2014徳島ヴォルティスの陣容 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 蹴球初めは駒沢から。 | トップページ | 2014徳島ヴォルティスの陣容 »