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2015年5月 3日 (日)

リーグ最終戦、千葉ジェッツ、過去最高の4700人の大観衆の前で勝利の意味。

最初に、今週は千葉ジェッツがリーグ最終戦のため、ジェッツの記事だけ書きます。
同じ時刻にやっていたヴォルティスの試合は、あとで再放送など見たときに少し書くかもしれません。

2015年5月3日 船橋アリーナ

2014-2015 NBL第32節
千葉ジェッツ 82 - 57 つくばロボッツ

  
とうとう2014-2015NBLリーグ最終戦を迎えた。
プレーオフが残っているので終わりではないのだが、プレーオフに行けるファンも限られるだろうから、実質最終戦の人もかなりいるだろう。
フライトクルーにとってはアウェイでのプレーオフが続くので、観衆の前でのパフォーマンスは最後になる可能性もある。
今クチに出すものではないだろうし、それでもわかる部分もあるが、いろんな思いは去来するだろう。
自分の総括は全部今出てくるわけではないが後述しようとは思う。

 
昨日は用があっていけなかったのだが、レバンガ北海道に惨敗した。
最近のジェッツはプレーオフ進出確定以降、パフォーマンスの質が若干下降していて少々不安がある。
対戦相手は日立なだけにベストの状態でないと勝ち抜くのは難しいだろう。
カギはパリス・ホーンが握っていると思うが、それも他の選手たちの上出来なパフォーマンスありきだ。

 
最終戦の相手は一色翔太選手もレンタツ中で、この試合を最後に復帰してくるつくばロボッツが相手だ。
ある意味、今季のNBL、というかバスケ界の象徴的な存在になってしまったクラブである。
この最終戦で無事対戦できたことは、いろんな人の努力があってこそだ。
和歌山トライアンズと共に今のバスケットボール界が抱える問題を突きつけたと思う。
決して他人事ではないし、誰かだけ悪いからこうなったわけではない。
それを繰り返さないための新リーグであり、そうでなくてはならない。
もちろん、これから待っている時代は弱肉強食の時代で、強くて、魅力あるプロスポーツクラブとなって、かつ他のクラブより上回らないと生き残っていけない。
そういう言い方をすれば、競争に負けると、同じ運命が待っていてもおかしくないということだ。
もっとも、強くなる過程では生存競争は当たり前のことで、それは健全といえば健全ではある。

 
この日、4,700人の過去最多の観衆が試合を観戦してくれた。
船橋市の大きな協力があっただろうことはこの日の観客席のレイアウトからも想像はつくが、まず試合を見てもらうことが大事で、チケット争奪戦が新リーグの開幕戦には起きるくらいの状況に新リーグのときなればいい。
そうするためには相当な努力がいるだろうが、やりがいは十分過ぎるくらいある。
今はJリーグ開幕前年のような状況なのだ。そうでないといけない。
というか、それも自分たち次第なのだ。何が成し遂げなくてはいけないことで、そのためにやるべきことだけに注力できるか?
それをどれだけの人が理解できている?
4700人入った実績があるから、ジェッツは大丈夫なんてことは絶対にないし、今や過去を過信してもいけない。
だが今日は、船橋市とホームタウンの調印を結んだその意味でもとても大事な試合だったと思う。
過去最多を更新した今季の過去の試合は勝てていなかったので、今日勝てたことはとても意味がある。
それを来季の開幕戦に活かせるかは明日からの5か月くらいがとても大事にはなる。
本当の勝負ところはそこなんだ。

 
いろいろと書いたが、まずはプレーオフだ。
そこで結果を残す。そして船橋市の人たちに活躍を知ってもらうことが最初にすべきことだ。

 
最後に個人的な総括を少ししようと思う。
もちろん、プレーオフが終わってから追記することにはなるけど。
今季は結構醒めた感じでシーズンに入っていたように思う。
新しいボードはデザイン案もあったが、気持ちが入っていかずデザイン編集で中断してしまった。
結局、昨年の小さい方のボード2つからリペアしてシーズンに間に合わせたようになった。ボードは私にとっては人格のある相棒でとても大事なものだ。だから、気持ちの入っているこれまでの相棒に今季を任せることにした。気持ちが入らなかったことは残念だったが...。
自分の内側に理由はいろいろあったのだが、昨シーズンにいろいろあったことで、気持ちの立ち位置が決らないままシーズンが始まってしまったからだと思う。
自分をリセットしてしまった状態で戦っていたから、正直キツイ気持ちになることは多々あった。
応援ということをずっと続けてきた自分の中で、立ち戻る位置を探していた。
シーズンが終わるに至って、自分らしいかを徹底するという結論にようやく至った。
私にとって応援の原動力になっているのは何かに立ち返り、それに忠実になることにした。それは闘争心と、勝たせるんだという一点の気持ちだ。
ヴォルティスの応援でもいろいろと考えることが多く、今季は非常に難しい心理状態にずっとなっていた。
バスケットボールでも全く違う色の悩み事も多々あった。落差が大きすぎて、とてもつらかった。
楽な心理状態にずっとなく、何かを切り離さないとこれ以上やっていけないと思うこともあった。実際、最後は切り離したものもある。
その結果、決して完全に楽になったわけではないが、迷うことはなくなった。
力みすぎているかもしれないし、周囲も力んでいると感じているかもしれないが、これが自分の立つべき場所であることは間違いないと確信できるところをやっと見つけられた。
きっと、今季悩んで辿り着いた場所はこれから先の時代に向けてベストな立ち位置であると確信している。

 
私の中では仕事も応援も数年前からは同じ自分だと思ってやっている。
20年近くやって、趣味のために仕事をしていると思っていた若い時代から、仕事も趣味も同じメンタルとして自分を切り替えずにやれるようになった。
そして今は、進歩する自分を考え続けること、それを常に目的として意識し続けることを大事にしている。
一喜一憂せず、常に切り替え続けることが大事なのだ。
今、よく考えるのは自分の応援しているチームを世界一にするんだということ。数年前から念じるように考えながら応援している。
それは、目標でも、夢でも、野望でもなく、目的である。
かつて、ヴォルティスをJ1にあげるというハマグチさんの夢は、私が生きる理由であり目的だった。
応援とはそのために極める必要のあるもので、今も新しい目標のためにかわらない。
今の立ち位置、居場所で何が勝利に必要なのかをよく考え、そのときベストなことをする。
応援の価値は勝たせることでしか証明できない。
勝たせる応援を追求することが応援をする者の目的なのだと思う。
今日は、スタンディングエリアが変わって、実質なくなった中でもどうすればゴール裏側の学生たちを盛り立てられるかを考えて行動した。
手に持ったボードが後ろの人たちの視界の邪魔にならないタイミングを見つけて後ろに向けて掲げて、応援を促した。
ある程度いい結果を生み出せた気はする。
これからもそれを繰り返していくしかない。
適当にやっちゃいけない。そういうのはすぐ人にはわかってしまう。
愚直でも真剣でありつづけること。勝たせる応援のために。
それが僕が自分のジェッツ愛を賭けてやるべきことなのだ。

 
助けられた気分になったことも多々あった。
シーズン当初は内心盤石の信頼を置いてなかったんだろうなと思う人たちに、いい意味で自分の間違いに気づかせてくれた人たちがいる。
そういう人たちには心から感謝したい。
あなたたちがいなかったら途中で投げ出していたかもしれない。
とても感謝しているよ。
来季は離れる人もいるだろうけど、一生忘れないよ。
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