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2016年2月 7日 (日)

あれから10年。これから先へ。

5日、FBでフレンズデー動画をシェアしたときに一枚の写真がチョイスされていた。
それは今はもうない国立競技場であのプレーオフで勝利した後に12番ゲートで記念撮影をした一枚だった。
あれはある意味自分の人生の中でのエンディングシーンといってもいい瞬間だった。
そうしたら、ハマグチさんのお姉さんにコメントを貰った。
そして、あれからちょうど10年経ったことを知った。

 
10年前、関東隊の仲間からの電話で知った。
詳しい情報が入ってこない中で、意外なところから連絡が入り、事の詳細を知ることになった。
とても長い夜だった。

 
あの当時、私はサッカーのサポーターを辞めていた。
ヴォルティスのサポーターはさらに前年、JFLで2度目の、そして最後の優勝を果たし、J2に上がると同時に辞めていた。
実際、本業は他のJチームのサポーターだったからだ。
そこも半年も経たずに辞めることになった。
5月にある出来事があって、それまで積もり積もったこともあってとうとう嫌気が限界を超えたからだ。
その5月から、あの2月までは2試合しかサッカーを観に行かなかった。
それがあの日を境に全てが変わった。
戻る、戻らないといけない。
J1に上げなくてはというより、ヴォルティスの応援に戻らないといけないと思った。
最初の一戦は国立でのヴェルディ戦だった。
JFL時代から今に至るまで私の相棒である渦潮旗の布を身体に巻いて声を出した。
自分だけ背負っている何かがあった特別な試合だった。
あれから10年経った。

 
徳島には3、4度ほど行っただろうか?
そのたびに必ずハマグチさんへ挨拶に行っている。
初めて、行ったとき(案内されたとき)は雨が降っていた。
「徳島へ来るのが遅すぎたよ。ゴメンネ。」
まずそう言うしかなかった。
「でも、戻ってきたよ。戻ってきたからには絶対に夢をかなえてみせるよ。」
そう宣言して退路を断った。
あれから10年経った。

 
プレーオフに勝つまでにいろんなことがあった。
苦しい試合の方がずっと多かった。行った試合は負け越しているはずだ。
でも、プレーオフ以前のことって今になって思い返してみるとそれほど覚えていないんだ。
苦しいことが多いと覚えているもんなんだろうけど、頭から消えてることが結構多いんだ。
それほど、あのプレーオフは大きい存在なんだろうね。

 
だから、プレーオフに勝ってからは、正直抜け殻に近かったと思うんだ。
プレーオフに勝った直後、これで自分の仕事は終わったなと思ったので、さあ行くぞ感は薄かった。
チームがJ1の壁に弾き返され続ける中で殆ど痛さを感じてなかったんだ。
プライドなんてかすり傷ほども傷ついてなかった。
自分は普段はこっちに住んでいてJ1を見ているから、ああなるのが十分想像できていたこともある。
勝負どころは2回目の昇格の時だろうと最初から思っていたところもある。
応援へのモチベーションは十分あったが、勝てなくて荒れていく周囲とは感じ方は全く違っていたと思う。
上に行きたい、でも思うようにならない。
降格した、J2でも勝てない。
この厳しい2年間の過程の中で周囲が自分と違うベクトルの方へ、向かっていくのではなく、流されていくを感じた。

 
この辺で、自分の意志で自分の進む道に帆を向けてもいいだろうと思った。

 
でもヴォルティスは好きだ。
だから旗振りは開幕戦で最後にして、もっと個人的で自由なスタンスでヴォルティスに接しようと思った。
元々、50歳になる前に変えようと思っていたから。
その方が、隣にハマグチさんが座ってくれそうな気がするんだよね。

 
そういうことです。

 
素晴らしい10年だったなと思います。
これからの10年も、その先も、ハマグチさんの意志を心に留めつつヴォルティスを愛していこうと思います。

 
アワン渦帝

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