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2017年12月31日 (日)

私の2017年。

2017年があと30分で終わろうとしています。
というわけで今年の最後に振り返ろうと思います。
 
まず各月を振り返ります。
  
2017年は1月の千葉ジェッツのオールジャパン2017優勝で始まりました。
正直、大会のスケジュールの関係で一回戦、準々決勝が仕事で行けませんでした。
よって、参戦したのが準決勝の三河戦からで、その翌日に決勝を迎えたので、実質2日間しか闘っていない感じでした。
だから優勝しても何か感動のようなものがいまひとつでした。
実感したのはそのあとリーグ戦が再開してからで、急激に知名度があがり、観客が増え、ジェッツの出世劇場が始まったときに実感が湧きました。
 
2月、50歳になりました。
 
3月、初めてのプライベートでの沖縄旅行に行きました。
琉球ゴールデンキングスとのアウェイゲーム参戦がメインでしたが、美ら海水族館へ行くなど、沖縄を堪能することもできました。
帰るのが残念に思えるほどに楽しかったです。
ヴォルティスはリカルド・ロドリゲス監督の基、開幕戦を勝利して幸先よいスタートを切りました。
第2節で早くも躓きましたが、ポゼッションが高く、ゲームを支配する志向性の高いサッカーは徳島サポーターに新鮮な刺激を与えました。
徳島のサッカーは日本一面白いと試合ごとに確信していき、このサッカーで高いステージを制覇したいと野望を抱くシーズンが始まりました。
 
4月。
千葉ジェッツはプレーオフに向けてますます盛り上がっていました。
そして、千葉ジェッツブースターの中で私のこのブログの読者になってくださる方も増えてきました。
千葉ジェッツはなかなかSNS上でコミュニティが活発ではなかったのですが、この頃にはこちらでも驚くべき活性が起きていました。
千葉ジェッツのフロントの広報さんや、伊藤俊亮選手の発信により、いろいろなパートナーさんとのコラボが起きました。
明日何が起きるのかが想像つかないほどでした。そしてその通りに想像を超えることが次々起きていました。
そして、フクダ電子アリーナではとても悲しいことが起きました。
このことは私にとってのヴォルティスは、そして徳島サポーターとはというものを考え直す機会になりました。
ピッチの上で起きたことよりも、スタンドから為された愚行にとても怒りを覚えました。
もっと残念だったのは、そのことを省みるよりこちらが被害者なのだという論調が出たこと。
そして、そういうことをいうだけで子供に愚行を行った行為に触れたがらないことがとても残念でした。
私はこれを機にヴォルティスのゴール裏をやめました。
自分にも25年のサポーター生活で積み上げた信念があり、もうゴール裏はいるべき場所ではないと思いました。
 
5月。
千葉ジェッツは2016-2017シーズンのホーム最終戦を迎えました。
千葉ポートアリーナには7,327人、平均観客動員数で4,503人、シーズン総動員数を135,097人を達成しました。
いづれも新記録です。
プレーオフは残念ながら初戦で負けてしまいましたが、素晴らしいシーズンを過ごすことができました。
いくつかの別れを伴ったフィナーレはこれまでのどのシーズンの締めくくりよりも賑やかでした。
ヴォルティスは大いなる危機を超えて選手たちも、サポーターも再度歩き出しました。
 
6月。
ヴォルティスはなかなか連勝こそ積み上げられないながらもチームの熟成を高めていました。
応援は太鼓の使えない状況の中でサポーターはチームとこれまでよりもずっと一体感を持ちながら戦いだしていました。
 
7月。
ヴォルティスは四国ダービーに勝利し、3位で折り返しました。
名古屋にも勝ち、福岡にも勝ち、首位湘南に挑みました。
そこで突き付けられた現実は、新シーズンを勝ち抜くために決して忘れてはいけないと思います。
 
8月。
サッカーの質は高まっていったが、それがなかなか観客動員に反映されてこないもどかしい時期の中でヴォルティスは闘っていました。
 
9月。
千葉ジェッツは千葉ジェッツふなばしとして新シーズンに突入しました。
新戦力を加え、さらにハイパフォーマンスのエンターテイメントも用意して、ファンにアピールしていました。
そしてチアリーダーも専属のチアリーダーも作り、運営面でも他のBリーグチームの一歩も二歩も先に踏み出していました。
島田社長はBリーグの副チェアマンに就任し、本も出版され、そして島田塾という各クラブの経営者にジェッツの運営ノウハウを伝授する授業と、チーム一のスターになっていました。
ヴォルティスは苦境に立っていました。
次第に順位が下がり、岩尾憲は涙を流しました。
 
10月。
ようやくヴォルティスはトンネルを抜け、再び、そして最後の進撃を開始しました。
既に自動昇格は厳しくなったが、選手、監督、そしてサポーターの間に出来上がった一体感は試合ごとに強くなっていきました。
残り試合、プレーオフ決勝までの試合を数え、全部勝てば昇格できるのだということを合言葉のようにしながら気持ちを皆で強くしていました。
千葉ジェッツふなばしはシーズンの開幕を迎え、気が付くと人気はシーズン前の想像を超えていました。
昨年より大幅にグレードアップしたエンターテイメントを披露し、選手のアグレッシブなプレーも歓声を集めていました。
昨季も観客動員数では他をぶっちぎっていましたが、今季、その差はさらに広がりました。
平均観客動員数は5,000人を超えるようになり、毎試合立ち見が出るほどになりました。
そんな中、私のプライドに水を掛けられるようなこともありました。
正直な感想を言えば、今のジェッツの応援は私にとって決して自由な場ではありません。
どこまで付いていくべきなのか考えた時期でもありました。
 
11月。
ヴォルティスの2017シーズンが終わりました。
それまでの時期、そして直前まで、もしかしたら、今季は昇格すべき時期ではないのかもと思いもしました。
それでも、リーグ最終戦で敗れ、それとほぼ同時にジェフ千葉が勝利したことを知った時、思わず天を仰いで大声で叫んでしまった自分の中に、やはり昇格したかったのだと感じました。
もう少し、試合をしたかったです。
千葉ジェッツふなばしはホームで連勝できず、もどかしい時期を過ごしながら激戦区の東地区の上位につけて首位アルバルクを必死に追っていました。
そして、今季加入したトニー・ガフニーからレオ・ライオンズへ選手を入れ替えました。
そして、東京五輪も懸かったバスケW杯予選が始まりました。
かつて、サッカーW杯フランス大会予選を闘ってきた身として、バスケ日本代表の応援に参加することにしました。
あのときのサッカー以上に厳しい状況ですが、自分のやるべきことが見つかった月でもありました。
 
12月。
千葉ジェッツふなばしは、毎試合満員になる船橋アリーナで2位でアルバルクを追っています。
選手だけでなく、STARJETSの人気も高まっており、かつてのジェッツを取り巻く環境から大きく変わっています。
そして千葉ジェッツふなばしを観る周囲の目も変わっています。
来年は、島田チェアマンに昇格する可能性もあると思います。
島田塾の成果も出始めるでしょう。
6年前のブースターミーティングで統合リーグの一部参加に生き残りを賭けると言われたチームは、リーグのリーダーになるかもしれません。
 
こう振り返ってきましたが、2017年はこれまでと何かを変えなきゃいけない、変わらざるを得ないと考えさせられた一年だったと思います。
その中で、自分の何を大事にしつつ、変わらないといけないのか?
来年はそれに答えをださないといけない気がします。
そのなかで自分らしい応援の信念は絶対に曲げないでいこうと思います。
勝つことへ拘り、常に次へ次へと追い求めていきたいと思います。
相手やレフェリーへのリスペクトはあります。
でも、試合になったらそれありきではなく、貪欲に自分がチームを勝たせるんだという気持ちに集中したいと思います。
負けたなら、それは自分のせいであり、勝たせることができなければそれは自分の応援が応援になっていないからだということです。
応援をする自分を取り巻く環境は年々変わっています。
でもその中で、ストイックに勝たせる応援に拘っていきたいと思います。
 
今年はこのブログでも騒がしくさせていただいた時もありました。
でもそれも信念にしたがってのことでここに書いたことはあれも含め、どれに対しても一片の曇りもありません。
そんなブログに付き合ってくださりありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。

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