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2019年7月28日 (日)

ヴォルティス、小さな綻びから一転逆転負け。ここで終わるな。

 

2019J2リーグ 第24節 NDソフトスタジアム山形
モンテディオ山形 3 - 1 徳島ヴォルティス
【得点】山形:62'大槻 周平,72'大槻 周平,83'髙木 彰人
    徳島:19'岩尾 憲
 
 
サッカーの試合は生き物であると思っている。
他のスポーツもそうなのだと思う。
が、中でもサッカーは45分ハーフ、全90分の中でずっとプレーを続けるので試合中に起きたことが影響を引き摺ることが多いように思う。
流れが変わるとそれを戻すのは容易ではない。
この試合もそうだった。

 
清武にはチームメイトに苦い試合をさせてしまったことを猛省してもらいたい。
2枚目のイエローカードは厳しいかと言えば、そうかもしれないがルール上では出してはいけないシチュエーションではない。
だからカードが出されたことは受け止めないといけない。
1枚貰っていたことを失念していたのかもしれないし、わかっていてこれくらい大丈夫だろうと思ったのかもしれない。
いづれであっても彼自身のミスだ。
退場を宣告された後に激高していたのは退場になったからなのかもしれないが、一発レッドだったわけじゃない。
1枚目のカードを貰っていなかったなら、あの場面であそこまで激高しただろうか?
激高したならば、そこで2枚目が出されて、より愚かな退場になっていただろう。
さすがにそんなことはないだろう。
退場にされたのに腹が立ったのなら、もう少し気にしていれば十分防げた退場だった。
あの時点でヴォルティスがリードしていた。1枚貰っていた。ADタイムで自分がスローインをする立場だった。
ならばカードが出やすい状況たったことは想定しているべきだった。
激高したのは全く同情できない。
それがチームに影響を与えただろうから。

 
とはいえ、それで試合の流れが変わったとしても、それだけが敗因の100%だとまでは思っていない。
だから、これからの試合で取り返してほしい。

 
レフェリーに対する感情は理解できる面もある。
ただし、技術的、性格的などいろいろな面で試合を左右してしまうことが多いとはいえレフェリーが試合の判定基準であることはいつも絶対だ。
人によって違いがあるにせよ、それも含めてその試合に割り当てられた時点でそのレフェリーが基準となる。
レフェリーが下した判断が正しいという原則は侵せない。
さすがにおかしいということは過去も今季もJリーグでも世界でも起きているが、それも含めて基本的にそうだ。
監督にも、選手にもそれを覆す権利はない。
ましてやサポーターには当然だ。
選手に感情移入してレフェリーが誤審したと思いがちだが、それは必ずしも正しいことではない。
ならば自分がレフェリーの資格を取ったほうがいい。
納得できなないなら同じレベルの知識を習得している必要がある。
自分にはそれがないから、彼らのことを罵倒はしない。
他人にどう見えようが彼らの下す判定が侵されざる基準なのだ。
ゆえに大体の試合でレフェリーが試合を壊すということはないと思っている。
そういう次元とは別の試合上での立ち位置だと思うからだ。
岩尾がPKを与えたファウルも抜かれる寸前だった。
倒さなかったらクロスかシュートにいかれていただろう。
カードが出なかったのだから酷いファウルではなかった。
レフェリーもそう判断しつつ、ファウルは否定できなかった。
岩尾が怒る気持ちは選手として一生懸命に戦っているのだから理解はできるが、判定はその延長戦上とはまったく違う線上にある。
そうじゃないと選手のアピールや感情が判定結果に影響を与える事が立証されちゃうからだ。
ヴォルティスの選手たちは本当によく戦っていたと思うが、試合後のバイスの行動も含め、こうあってほしくなかった行動は多々あった。
たとえ握手を拒否されたからと言って、それで激高してしまっては相手と同じ土俵だ。
彼の行為は同情できない。
相手選手が握手をしなかったとして、相手とバイスの絡みで相手が感じた感情はその選手にしかわからないことだ。
山形側の教育だのどうだのとか、それをすることも同情できない。
いいたいことはあるだろうが、敗戦を敗戦以上にしてはいけない。
この試合は敗因はヴォルティスにある。
ハッキリと、やっちまった試合だ。やられた試合ではない。
未熟さゆえといっていい。
清武退場後も、同点にされた後も立て直すタイミングはあった。できる選手たちだと思ってた。
が、それができなかった。
3失点目はいろいろな絡みがあった中での失点だったが、自分たちが招いたと思う。

 
それでもだ。
終わっちゃいない。終わらせてももらえない。
水曜日にはすぐに試合がくる。
岩尾も瓦解するのは一瞬だという意味に思えるコメントもしている。
とても大事だ。
ここで終わる気は誰もないでしょ?

 

 

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コメント

審判に夢を壊す権利はない!と思う。
エンターテーメントをどう思っているのか!?
こと日本審判は?。オリンピックとでも!!

投稿: コウ:カイト | 2019年7月30日 (火) 07時34分

審判は立場としては公平でなくてはならず、しかしその技量がどちらかに有利不利になることはあるでしょう。
夢を持っているのは相手もこちらも同じで、審判にこちらの夢が壊されるのではなく、結局は相手との夢を競った競争に勝つか負けるかじゃないかなと。
エンターテイメントとか、オリンピックとかおっしゃる意味がいまいち理解できなくて的確に答えられないのが申し訳ありません。
が、エンターテイメントは非常に広義でとらえられるので、別かなと思います。
判定に左右されて負ける悔しさはわかります。それも他のチームも同じことを経験しているはずで、ヴォルティスが特別不利益を被っている存在ではないと思います。その条件下で勝つこと、それを乗り越えることですね。
Jリーグ初期は審判の自宅住所が公開されていてカミソリ送った人間がいたそうです。審判やってた人から聞きました。
審判が許せなかったら今でも是と思いますか。それが徳島ですか?違いますよね。じゃあ、乗り越えて勝つしかない。

投稿: AWAN渦帝 | 2019年7月31日 (水) 23時58分

オリンピックは国策、各国のプロリーグはW杯も含めてエンターテーメントであるとの見解で公平性に差があると言うことです。ならプロの世界でよく言うそれでないならホームアンドアウエーで生まれる納得の是非を問いたい。

あれがオリンピックで起きたならはいそうですかと直ぐに納得されたのかどうか?

岩尾キャプテンが提唱してた審判のプロ意識化の提案です。まだプロ化ではなくあくまで意識化なのです。仕事やってお金払って見に来てる
人間に対する最低限の基準を問いたい!

回答願います。


投稿: | 2019年8月 3日 (土) 10時13分

オリンピックを国策として最初に政治利用したのはナチスです。以後もその流れの上をギリギリで渡っていて来年の東京五輪も学生を強制動員しようとしていて残念なことです。
本来そうではないとあるべきですが、その考えの上に沿っているのであれば残念ですね。
そうでないことを願います。
国策とエンターテイメントとは比較できないものだと思うので公平性の違いを議論することはできるのでしょうか。

下手くそと不公平は全く別です。
プロ意識と下手くそも全く別です。

あなたのおっしゃるエンターテイメントとはこのケースでどうあるべきだったと思っているのでしょうか。

『仕事やってお金払って見に来てる人間に対する最低限の基準を問いたい。』

お金を払っているのだから、どういう判定であるべきと言うのでしょうか。
私はお金を払っているのは自分の意志であってお金を払ってあげて観てあげているわけではないので基準は彼らに求めていません。

一番ダメだなと思うような返答が来ないことを祈ります。

投稿: AWAN渦帝 | 2019年8月 3日 (土) 14時38分

>一番ダメだなと思うような返答が来ないことを祈ります。

そうでないことを願いつつ申します。
プロスポーツとアマスポーツの違いを問うたので結局は見識の違いに至るのだとは思いますが。

ナチスとかそんなナショナリズムまで至ってません。

只、岩尾キャプテンは金も含めて命がけでやってるのとそうでないのとのギャップからもの申すと明らかにJリーグ議会の参加の際問うてますそのことに賛同した次第です。

その意味で見に来る人もある意味人によって命掛けで(仕事の状況を踏まえて)駆けつけてるんですねそれに値するあのカードは判断でしょうかという気持ちでなんです。

この思いご理解けだけますでしょうか?


投稿: | 2019年8月 4日 (日) 09時30分

返信ありがとうございます。
とても熱い気持ちが感じられました。

岩尾キャプテンの命がけという思いはサポーターとして最大の敬意を感じるところです。
立場上の違いもあり、レフェリーは命がけではないという指摘が誰に対しても通る話か?はまた別ですが。
レフェリーは基本的に選手、サポーターの感情、立場からは切り離された存在でなくてはならず、それがレフェリーがレフェリーでいられると思うのです。
だから、我々の思い、努力に左右されるとレフェリーの立場が壊れると思うのです。
仕方のないことですが。

あの判定については、記事を書く前に調べました。どうようのケースでカードが出る事が正しいのか間違いなのか。
結果としては、リードしているチームの選手がADタイムにプレーを(結果として)遅らせる行為をした場合はカードが出る出ないに係わらず遅延行為と判断される可能性は高いということ。カードを出してはいけないという解釈はルール上見つからないということ。
そのうえでカードを出す判断はレフェリーの独立性において判断してよいと思える事に行きついています。
私もカードでなくてもいいのではと思う部分もありますが、レフェリーの独立性を尊重するならレフェリーがああ判断したことは受け入れないといけないと思います。


投稿: AWAN渦帝 | 2019年8月 4日 (日) 23時56分

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