2011年6月 6日 (月)

映画「チェンジリング」を観ました。

最近は借りてきたDVDを見る時間がなかなか無いのが悩み。
ネットレンタルなので時間に余裕はあるはずなのだが、観る時間がないのです。
昨日は出掛けた途中で車のテレビで観進めて、やっと今借りていたものを今日返送できました。
 
借りていた2作はいづれもアンジェリーナ・ジョリーの主演作。
中でも1作は観たいと思っていたクリント・イーストウッド監督の「チェンジリング」(2008年作品)でした。
期待していた以上に見応えのある作品だったので少しご紹介しようと思います。
この作品は1920年代のロサンゼルスで実際に起きたゴードン・ノースコット事件という連続少年誘拐殺人事件を題材に、その事件に子供が巻き込まれた上に、当時のロス市警の腐敗体質のために行方不明になった子供が見つかったと別人の子供をあてがわれた上に、自分の子供ではないと主張したところ、警察に異議を唱える精神異常者扱いされて精神病院に強制入院させられるという酷い体験をさせられたクリスティン・コリンズという女性を主人公にしています。
 
【あらすじ】
1928年、ロサンゼルスの電話交換手クリスティン・コリンズ(アンジェリーナ・ジョリー)の9歳の息子ウォルターが失踪し、5ヶ月後にまったく別の子供が戻って来た。クリスティンは息子ではないと主張するが、警察は取り合わず、逆にクリスティンを精神病院に放り込んでしまう。…
 
この物語ではただただ自分の息子を取り戻したいがために全身全霊を掛けるクリスティンと、傲慢で体面ばかり重視し都合の悪いことはどんな手を使ってでも葬ろうとする腐敗した警察との対決を軸に、途中から息子を誘拐した殺人犯との対峙も描かれていきます。
女性が劣るものとして蔑視されていた1920年代に、地下強く横暴な権力に立ち向かい、子を失った母親として誘拐殺人犯と向かい合う、強くなっていく女性。
イーストウッド監督の作品は何作か観たことがありますが、いづれもタイプこそ違え観てよかったなと思う作品でした。この作品もその通りでした。
そして、アンジェリーナ・ジョリーが、信じられないような苦難に直面しながら次第に強くなっていく、そして最後まで息子は生きていると希望を持って生きていく母親の愛に溢れた女性をとても上手く演じています。
違う女優を見ているようでもあり、とても新鮮でした。
ちなみに彼女は今作でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされています。
 
細かいところにとても気を配った作品だったなと思いました。
アンジェリーナを前面に押し出すような安い演出ではなかったですし、彼女以外の俳優もいい演技だったと思います。
殺人犯の男もただ異常な殺人鬼ではなく、自分の内面の弱さ(強がり)も表現できていたし、死刑への恐怖に壊れていく姿も印象的でした。
そしてこの作品で腐敗した警察の象徴でもあった警部は本当に腐りきった憎たらしい人間に見えました。
映画観ていて、コイツの首をねじ切ってやりたいと本気で思ってしまいました。
 
とてもいい作品でしたが、一つだけ残念だったのは、子供が殺されるイメージのシーンとか、絞首刑になるシーンもすごくリアルで、こりゃあ子供がいるところでは観れないなあと思ったことでした。
大人でも、ちょっと引く人もいるかも。
この映画を観た後でしたが、中学生のときに身近で起きて、ちょこっと係わった少女殺人事件を思い出しました。
この映画の題材となった事件も今から80年近く前の事件だけど、あの事件ももう30年経ってるんだと、しかももうすぐその日だ。
まあ、この話はいつか話せたら。

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2011年5月11日 (水)

借りてきたDVDの感想

クールビズが始まったのはいいが、電車や、バス、職場などが妙に蒸し暑い。
私は結構汗っかきなので、朝持っていったハンカチは、夜家に帰ってきたときには汗でくしゃくしゃなことが多い。
これなら明日からはマジでハンカチ以外にタオルも持っていったほうがいいだろう。
職場では早くもミニ扇風機を使いはじめました。
今から夏が思いやられる。
 
今はGW直前に借りてきたDVDを観ています。
ネットで注文して届けてもらうレンタル形式で、毎月定額支払いのやつです。
今借りてるのは、アンジェリーナ・ジョリーの「ソルト」と、堺雅人の「南極料理人」。
全く間逆の映画ですが、観てみたいなあと前から思ってたので。
 
私は海外の女優の中ではアンジェリーナ・ジョリーは好きな女優ベスト3に入ります。
だから今回「ソルト」を借りてみたわけです。
内容は...う~ん、ラストで続編を作りますみたいな展開なのが納得いかないなあ。
ジョリー自身は悪くないんだけど。
 
南極料理人は...いい映画だと思う。としか言いようがない。
日本が小さな島国だからなのか、こういう狭い世界での出来事を追う作品が多い気がする。
それが悪いとは言わないけど、小さな役者しか生み出せなくなってる気がするのは私だけ?
なんていうかな?
”攻める”俳優、女優がもっと出てくると面白いのに。
 
さて、次は何を借りようかな。

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2011年3月 8日 (火)

『川の底からこんにちは』を観ました。

先週から借りていた映画のDVDを昨日やっと見終えました。
映画のタイトルは『川の底からこんにちは』。
 
まず率直な感想から言うと、スカッとする思い切りのいい爽快感を感じる映画でした。
観る前に想像していた通りの部分もあれば、想像とは違う部分もありました。
満点という映画ではないですが、変に美化されてないヒロインの姿勢から元気をもらえる映画でありました。
 
映画のあらすじは、東京に出てきて5年、5人目の彼氏と付き合っていて、五つ目の職場に務めている何事も「しょうがない」とか「どうせ自分は中の下ですから」で済ましている無気力な派遣OLの佐和子(満島ひかり)。
そんな佐和子の元に実家の父親が大病で倒れたとの知らせが叔父から届く。
戻ってきて実家のしじみ工場を継げと言われるが、佐和子は乗り気でない。
だが、佐和子の5人目の彼氏で、5つ目の職場の上司だった(クビになった)健一が田舎でエコライフをしたいと乗り気になってしまいバツイチの健一の連れ子の幼女と3人で帰ることになる。
しじみ工場は業績が右肩下がりでがけっぷちな上に、おばさん工員たちはくせものばかりで、佐和子を見下している。
実は佐和子は5年前、同じ高校に通っていた男と駆け落ちして故郷を捨てていたのだ。
しかも工場には佐和子の同級生で駆け落ちした男と付き合っていた友美も勤めていて、健一に駆け落ちのことをばらされてしまう。
やがて佐和子への腹いせを考える友美に誘惑されて、健一は、佐和子も幼い自分の娘も捨てて、友美と一緒に東京に戻ってしまう。
八方ふさがりな状況の佐和子だったが「所詮自分は中の下なんだから頑張るしかない!」と今まで妥協ばかりの人生だった自分に対し一念発起。
工場でおばさんたち相手に開き直って自分を爆発させ、そして工場の建て直しに着手する。
 
そんな感じで、ここから映画は飾りッ気のない猛烈な元気が溢れていくのです。
 
ずっと自主制作映画を作ってきて、この映画が初めての商業映画という石井監督は普段はダメな人達が一生懸命になる姿を描きたかったとインタビューで言っています。
確かにこの映画で出てくる人物はみんなダメな部分を持った人達。この映画では”中の下”というキーワードがあるのですが、そんな人達が一生懸命になっていく姿が熱く描かれています。
脚本はちょっと雑な感じもしますが、パワー溢れる映画です。
 
テレビなどでも名前が知られているような有名な俳優さんは出てきませんが(少なくとも私は主役の満島ひかり以外知らない)、味のあるいい演技をみなさんしています。
こういう映画が好きな人は結構いると思います。
テレビ局とタイアップしてて、巨額の予算(製作、宣伝)を投じてて、主役も人気俳優で、って映画の対極にある映画。
ただ、そういう見方も取っ払ってもらいたいとも思う映画でもありました。
 
公式サイトはこちら。クリックする場合はパソコンの音量を絞ってからにしてください。いきなり音楽(作中歌の社歌)が流れます。
『川の底からこんにちは』公式サイト

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2010年9月25日 (土)

ガンダムダブルオー劇場版 鑑賞第2ラウンド

お昼にテレビをつけたら国体の開会式をやってました。
ちょっと用事をしてたら徳島県代表の入場シーンを見損ねてしまいました。
いよいよ明日です。
 
今日は奥さんと娘が出掛けたので、私は再びガンダムダブルオー劇場版の鑑賞第2ラウンドへ。
あらすじを知ったうえで見るとまた違うものが見えてくるものですが、見終わった直後の感想は意外とシンプルなことを訴えてるんだなということ。
ダブルオーのテーマである「解り合う」ことについて外してないし、ELSが悪ではなく、だが互いの理解ができていないがゆえに人類と争いになってしまう関係であること。
そしてその中で「解り合う」ことを求めていく過程と結末を意外にシンプルに描いていましたね。
ただ、現実にはそこが一番難しいんですけど。
昨日とかそんなわけにいくか!とか思うことがありましたから。
だから、今日この映画を観にいったことで、逆に癒されましたね。
いい映画でしたね。そういう意味でも。
 
あらためて気づいたことでは、劇中にELSに襲われる女子高生(結構カワイイ)がラストシーンでクルーとして出てくること。
髪の毛の一部がELS化していたのは確認したので、事件解決後もELSが完全分離しないようですね。
そのせいでイノベイターとして覚醒したため、歳を取ってなかったのでしょう。
刹那も同様で、ELSを取り込んだため、ああなったのでしょう。
となるとデカチンは?
彼が取り込まれたのは火星領域で、そのまま置いていかれちゃいました。
元に人間化しても機体は元に戻らないでしょうから、そのままでしょうか。なんかもっと性格が歪んで人間に復元されそうな気が。
でもやっぱり何のためにいたんでしょうかね。
取り込まれた後、ELSの傀儡としてボスキャラ化するパターンもあったのでしょうが、ELSが圧倒的に強くてボスキャラが不要なこと。
生物の機能まで取り込めちゃうと日本語で語り合えちゃってクアンタムシステムがストーリー上不要になってしまうこと。
そんなこんなで途中で脚本が変わったのでは。どうすか?黒田さん。
 
劇場では入場時にカードが貰えるのですが、今日貰ったのはアンドレイでした。
今回の劇場版では結構アンドレイに泣かせてもらったので、ちょっと嬉しい。
ちなみに1回目の時は刹那でしたね。
 
Ca3f0607 それから、今日はラファエルガンダムのガンプラを買ってきて家で作りました。
いわゆる素組みですが。それなりに丁寧に作りました。
確かに腕とか足とかガデッサに似てます。
それからヅラを除いた本体もかなり大きい。
クアンタより大きかったのは意外でした。
映画館では2100円で売ってましたが、隣のイオンでは1881円。
早まって劇場で買わずに安いとこで買いましょう。
ラファエルは頭の上のヅラが特徴ですが、このプラモではセラフィムにはなりません。
一応セラフィムのアタマはありますが。
プレモ作るときの注意で間違えやすいのはA-14のパーツ。
これの付けるときの向きを間違えるとヅラが組み合わなくなるので一旦解体しないといけなくなります。
結構序盤につけるのでご注意を。
 
さて、明日は国体。
まるは氏は「行けない(涙)」とのこと。
来てくださる方は一緒にヨシナリトクシマをサポートしましょう。

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2010年9月22日 (水)

ダブルオー劇場版について考えて...

で、近いうちにまたダブルオー劇場版を観にいこうと思いますが、ここ数日はヒマがあると劇場版のことを考えています。
???がついた分だけ、考える箇所が多いということで、考える楽しみができるのです。
こういうところがガンダムに限ったわけではなうですが、日本アニメの面白いとこなのかもしれませんね。
そんなこんなで、ここ数日間で自分に質問し、自分で答えを出してみたことをつらつらと書きます。
あくまで私の個人的な考えですけど。
 
1)ELSとは何?
金属質の生命体であることはわかりましたが、能力的にどんな生命体なのかを考えてみました。
クラシックなSFアニメだと、地球に襲来するものは大概侵略者で侵略の意思があって、何故かみんな日本語を話すわけです。
ヤマトとかね。
日本語を話さないまでも、何かの言語で会話をしつつ、思考はとても地球人的な思考をするのです。侵略者らしい思考を。
でも、今回の”敵”ELSはそれに当て嵌まりません。
知的生命体というよりむしろ昆虫に近い生命体のような気がします。
 
2)ELSは言語を持っていない。
ELSは脳量子波、もしくはそれに近いものでお互いにコミュニケーションを取っているようです。
交換しているのは画像イメージとか、言語よりもっと原始的な単音とかではないかと思うのです。
しかし、言語を持たない、持ったことがないから知らないのでないかと思われます。
何故か?
もし言語というものを知っていたなら、刹那とのコミュニケーションの際に会話が成り立ったはず。
しかし、声での会話が可能になると、クアンタムシステムが不要になってしまうので、設定上も言語があってはマズイとなったのでは。
 
3)ELSは他の生物の能力を取り込む能力はない。
劇中、MSや巡洋艦に変形しますが、あれは機械(同じ金属物)であるから可能なのであって、人間と同化しても人間の能力を吸収することはできないのではないかと思います。
同化された人間が重篤状態に陥って、そのままになっていること。
脳量子波を駆使するデカルト・シャーマンを取り込みながら、彼を活用することは最後までありませんでした。
言語が使えないという点からも、生物の能力を吸収するといったよくあるSFでの侵略生物が持つスキルはないのでしょう。
 
4)ELSは侵略者か
否と思います。刹那が知ったように、ただSOSを発信しながら助けてくれる者を探しつつ、他の生物と同化を繰り返す。
同化された生物はそのまま駆逐されてしまうので結果として侵略者となってしまいますが、侵略の意思そのものはないと思います。
ELS側も助けと求めているだけなのに攻撃を受けるので、最初は同化してコミュニケーションを取ろうとするだけから変形しての反撃にでるのだろうと思います。
攻撃的な意志が強ければ、その能力の高いデカルトを取り込んだあと、彼を武器として活用するのではと思うのです。
 
もう一つ、謎に思えるのがこれ
デカルト・シャーマンとは何だったのか?
 
5)何のための役だったのか?
監督のインタビューにも書いてありましたが、彼は刹那のダブルオーのトランザム時のGN粒子の影響を受けて覚醒したわけです。
ということで、彼自身には刹那、つまりガンダムとの因縁はあるわけで、それがモルモットのように軍で扱われるきっかけになったわけですから、ガンダムへの隠れた思いはあったと思うのです。
ならば、劇中で刹那と交わる機会があって普通だと思うのですが、それがないままに終わった。
最初からそうだったというより、何かの都合で脚本が変わって、接点がなくなったのでは。
ある意味、彼の存在って詐欺だ。
 
6)彼は死んだのか
死んだというか、それに近いダメージと受けたのは間違いないだろうと。
刹那がコミュニケーションしたときも大量の情報が脳に流れ込んで、ダメージを受けたように彼も脳に大きなダメージを負ったのだろうと思います。
ゆえにELSは彼の能力を(彼の脳が破損したため)吸収できなかったとも考えられるのかなと。
 
とまあ、こんなこととか考えていたのですが、もうちょっと別のことも考えました。
昔、劇場版のマクロス(愛覚)がヒットしたとき、主題歌も大ヒット。
あのころはテレビで歌番組も全盛だったので、それも後押しした気がします。
今はテレビで歌番組は殆ど見かけなくなりました。
今回のUVERworldの歌う「クオリア」はいい歌だなあと思うのですが、歌番組がもっとあったならこの映画の興行成績ももっと上向いたかもと思うのです。
作品自体もすごくいいメッセージを放っていて、実は今の時代にすごく必要なことだと思うのです。
今緊張が高まっている例の船と島の問題も、そして我が徳島ヴォルティスのコミュニティにおいても。
私の奥さんの勤める中学校でもこの映画を観るのを楽しみにしている生徒が結構いるそうで、一ガンダムダブルオーファンとして以上にこの作品を観て、考える人が増えるといいなと思っています。
 
明日は試合があるのでサッカーの記事を書きます。

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2010年9月21日 (火)

20年前、ガンダムブームだった...。

ガンダムダブルオーの映画の感想ってことで多くの方が観に来てくださっているようです。
ネタバレしているので、その点はまだ見ていない方には不親切であるかもしれませんが、どちらかというと先にネタを知っていて観るとまた違うものが見えてくるかもしれませんね、この映画については。
まあ、この辺は人によってはでしょうけど。
 
ただ、こういう風に議論がいろいろ起きるってところが日本アニメのいい部分のような気もします。
昨日は書店でガンダムダブルオーエースを購入。ガンダムエースの増刊です。
そこに水島監督のインタビューなどが掲載されており、デカルト・シャーマンの出自についても書かれてあって、ああそういうことってことがわかりました。
私は嵌った映画の小説版を買うことが多いのですが、この作品の小説版が10月1日に発売されるそうです。
小説版ではもっといろんなことがわかるかもしれませんね。
 
ガンプラでクアンタは既に持っているのですが、魂でまた買うかも。
あとはラファエルも買うかも。結構気に入ってます。
でも、一番惹かれたのはANAカラーのダブルオーライザーかな。
 
なんかこんなこといろいろ考えてたら中学生の時の1stガンダムのブームのときのこととか思い出しました。
今から20年くらい前ですね。
ガンプラ買うのに朝早くからおもちゃ屋の前に並んで、一人一個とか言われてGMだけ買ったっけ。
シュミレーションゲームといってボードゲームも買いましたね。
ソロモン攻防戦を連邦、ジオン両軍に分かれて、ハニカム状のボード上で小さな紙のピースのMSを配置してすごろくみたいに遊ぶやつでした。
当時はTVゲームなんてそこまでの性能がなかったから。
5,000円くらいしたかな。当時の中学生には結構出費だったけど。
STARWARSのゲームも持ってました。デススター戦のやつ。
でも一番問題だったのは一緒に遊ぶ相手がいなかったことでしたね。
 
あれから20年近く経ったのに、まだガンダムって支持され続けてるわけで、あの頃はそんなこと考えもつかない。
あれから20年経っても、ガンダムを楽しんでる自分がいるなんてことも。
 
ガンダム1stシリーズ後はイデオンとか、ダンバインとか、ダグラムとかサンライズ作品をずっと見てましたね。
イデオンの戦闘シーンとか好きだったなあ、ミサイル一斉発射とか。
「カミューラ・ランバンの仇っ!」とか。
私は今でも機動性と火力で最強の量産兵器はアディゴだと思ってる世代です。
なんか急にイデオンのDVDまた観たくなってきました。
 
今、あらためてダブルオー劇場版のことを考えています。
ELSとは何だったのかとか、デカルト・シャーマンは何のために出てたのかとか。
あまり時間を置いてから記事にしても意味ないので明日とか書こうかなと思います。

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2010年9月19日 (日)

劇場版機動戦士ガンダムOO(ダブルオー)を観てきました。

明日はいよいよダービーなのですが、その前日である今日は3連休の初日らしく、しっかり遊んでまいりました。
てゆうか、昨日までがマジでアタマの痛いことが多くて、金曜日なんて午前中で「もう今日は仕事したくない」と脳が訴えてるのがわかる状態で、”おまえ、本当しっかりしろよ!”と口まで出掛かったヤツがいて...まあ、いいや。
で、今日。
午前中、ずっと楽しみにしていた映画を初演で観てきました。
たまたま、すぐ近くの映画館で上映があったもんで。
劇場版機動戦士ガンダムOO  -Awakening of the Trailblazer-
何度か、このブログにも登場していますが、私はガンダムZZ以降、長い間ガンダムを観ておらず、再びハマったのがこのOO(ダブルオー)のセカンドシーズンからで、自分の部屋にガンダム用の棚があります。
テレビシリーズは昨年終わったのですが、そのとき劇場版のインフォがあり、ついに今日上映となったわけです。
本当に楽しみにしてました。本当に。
 
で、まず大きな感想を、その後ネタバレ込みで細かい感想も。
上映終わって最初に脳に浮かんだ感想は、
「この映画はアメリカ人には理解できないだろう。」
何故そう思ったかと言うと、異星人と戦うアメリカ映画だと、星条旗の元に人類(アメリカ人)が非力な武器で戦いながら、最後は異星人を駆逐して勝利する決着になるのがお決まり(例:インディペンデンス・デイ)というか、現実でもアメリカってそんな感じだから、異星人と分かり合うことで戦いを決着させるやり方はアメリカ人の思考には基本ないと思ってたからで、見終わった瞬間に難しい映画だなと考えた時に何かこう浮かんだわけです。
たぶん、戦いを互いに解りあうことで解決することって素晴らしいことだなと、その感想の裏で思ったのだと思います。
その直後、もう一度観にいくべきだなとも思いました。
映画そのものは???????みたいな感も残ったので。
そして、しばらくして思った真の感想は
「敵を作って、それと戦うことでしか自分のアイデンティティを得られない人間って惨めだな。」
これが映画の感想に相応しいとは思えないのですが、そう思いました。
たぶん、最近自分にそう思わさせるきっかけとなることがあったからで、それが何かはハッキリわかっているからで...。
この辺は私個人のパーソナルな部分ですが、それがこの一週間で最も腹が立ち、最も失望していたものなので...。
 
映画そのものの率直な感想は観にいってよかったなと思います。
異星人との戦いをガンダムで扱うべきかという疑問を感じる人もいていいと思いますが、それに挑戦したことで、この映画はガンダムの世界から飛び出したと思うし、ゆえにガンダム映画で感じることがなかったと思われる前述の感想(特に真の)に辿りついたような気もします。
ほんとにまた観にいこうと思っています。
でないとこの作品は理解できないと思うので。
 
細かいとこの感想。ネタバレです。
あ、忘れてましたけど、あらすじとかは公式サイトとかで読んでください。
てゆうかテレビシリーズ観てないと、キャラとか名称とか意味不明だろうけど、ここではそういうもの無視して書きます。
・異星人、てゆうか意志のある金属生命体って、イデオンのイデみたいな気が最初したけど、戦艦やモビルスーツが取り込まれてイっちゃう場面では、昔似たアニメ(その映画ではミミズみたいなのに喰われる)にあったな。
・予告とかで散々存在アピールしてたイノベイター、デカルト(通称デカチン)は結構熱いヤツだったけど、あっさり、それも刹那と全く絡まずイくのは意外だった。
・今回の敵の異星人(ELS)はイナゴの大群みたい。ちっこいのがやたらと多いと無敵だってことがあらためてわかった。
・懐かしい緑の機体を見た気がする。ちょっと嬉しかった。できればライルが感想を語る場面が欲しかった。
・戦闘シーン凄すぎ、凄すぎて何だかわかんなくなるシーン多い。敵がちっこくてやたら多いからなおそう見える。
・あんまり戦闘では活躍しなかった刹那。でも、映画の主題的には今になってみるとそうであってよかった気がする。
・新型クアンタも同様。
・他の新型はかなり活躍してカッコイイ。これはグラハム隊の機体もそう。もっといえばGN-XⅣもそう。
・ティエリア(通称オカッパ)の再登場の仕組みは予想通り。クライマックスで小さくなって登場するシーンは声には出さなかったが少し笑った。
・そのシーンで俺の後ろの席で本当に声を出して笑ったヲタがいて、瞬間イかしてやりたくなった。
・グラハムかっこよすぎ。アンドレイもっとかっこよすぎ。脇役キャラが大活躍するのはすごくよかった。彼等が命賭けて身体張って魂込めて散っていく姿は自分もこうありたいと瞬時思った。
・誰がヒロインかがハッキリしなかったけど、自分的にはフェルトの気がする。
・戦闘の結末に対する?????は劇場内全部から感じられた。確かに自分もそう思った。
・その疑問はパンフを読むと少し解消できる。
・といいつつ、エンドロール後のラストシーンでのマリナ姫が報われてよかったと素直に思った。
・でも、同じような設定をこの間のテレビドラマで小栗旬と八千草薫で見た気がするが。
・とゆうわけでエンドロール後も少し続きがあります。席を立たないように。
・主題歌のUVERworldの「クオリア」はシンプルにいい曲だと思った。早速ダウンロードした。下に書くがそのあと行った場所の帰りに前を歩く奥さんと娘の背中を見ながらこの曲を聴いたらジーンときた。
 
で、余談だが、この映画を観た後、家族で前から約束していたのだがディズニーシーに行った。
ガンダムを午前中に観て、その後、その足で午後にディズニーに行ったのは多分日本中で私だけだと思う。
何度も行っているシーだが、今回だけはすごい違和感があった。
アタマの中でガンダムがまだ戦っているのに、目にしたのはまったくの別世界だったから。
こんな世界でいいのかと少しだけ思った。
ランボーの第1作目(スタローンのやつね)の主人公の気持ちが少しわかったような気になった。
すぐ忘れたけど。

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2010年9月 3日 (金)

リアルの中の虚構、虚構の中のリアル。映画『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』より

先日の日本テレビの24時間テレビの中で、こんな話があった。
ガンで余命宣告を受けた女性が、大手術や長い治療の末、治療をやめて残りの人生を楽しんで過ごすことに決め、活き活きと毎日を送っているという話だった。
私はその話を見ながら、凄く空虚な気分になっていました。
その女性の大変さ、強さや、生き方はすごくリアルなのですが、テレビがそこに虚構を塗っているのが見えるので、ひどく冷めた目で見ていました。
余命宣告をされながら強く生きているのはわかるのですが、それは余命宣告を受けていない私にとって簡単に共感できるものではありませんでした。
その女性はどうしてそう強く生きられるのか、大病を患っていながら画面上のその女性は普通に生活して、旅行にも行き、日焼けしてて、でもお腹に大きな手術痕があって。
とっても元気なのに、テレビは”この方は余命宣告を受けています”ということを前面に出しているわけです。
何故、そんなに元気なのか、テレビは”前向きに残りの人生を楽しむことにしたから”を暗に強調してきます。
でも治療法だとが理学療法だとか必ず何かあるはず。普通に考えれば末期がんの人が、気持ちの持ちようだけで元気でいられるはずもない。
番組はそこを伝えません。
その人は凄くリアルなのに、もの凄く意図的な虚構が貼り付けられているのが画面に見えるのです。
それはリアルの中の虚構でした。
 
今日、一本のビデオを見ました。
『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』という映画です。
ストーリーは末期ガンに侵された男2人が同じ病室になり、片方のルディが”海を見たことがない”という話をしたことをキッカケに、もう一人のマーティンに誘われ病院を抜け出します。
2人は駐車場でベンツを盗むのですが、それはギャングの車で、トランクには大金が。
2人はダッシュボードにあった拳銃を使い、銀行強盗をし、警察にも追われる身にもなります。
追われながらも、2人は母親にキャデラックを贈るとか、2人の女と一緒に寝るとか奪った大金で夢をかなえたりしつつ、最後にはまた海を目指します。
映画ですから当然ストーリーは虚構なのですが、残り短い人生の中で、海が見たいという望みだけが残る。
ドタバタを繰り返しながら一転してラストシーンは地味ながら2人の心情が伝わるシーンで終わります。
余命短いときに海を見たいという他愛もない希望だけが残る。
リアルで伝わるモノがありました。
虚構の中のリアルでした。
 
虚構だからこそ伝えられるリアルさがある。
私にはこの映画の方がすごくリアルでした。
 
もう一つ、同じくガンで余命宣告された女性が、今までの人生を振り返り、死ぬまでしたい10項目のリストを作り実行していくという『死ぬまでにしたいこと10のこと』という映画を昔観ました。実はDVDも買いました。
そのリストとは、
1.娘たちに毎日「愛してる」と言う。
2.娘たちの気に入る新しいママを見つける。(映画では隣に引っ越してきた女性をそう仕向ける。)
3.娘たちが18歳になるまで毎年贈る誕生日のメッセージを録音する。
4.家族でビーチへ行く。
5.好きなだけお酒とタバコを楽しむ。
6.思っていることを話す。
7.夫以外の男の人とつきあってみる。
8.誰かが私と恋に落ちるよう誘惑する。
9.刑務所にいるパパに会いに行く。
10.爪とヘアスタイルを変える。
 
母親としての愛情に満ちた願いや、女としての願いまで含めた10項目を達成し主人公は亡くなるのですが、ストーリーはそれを派手な抑揚をつけずに淡々と進めていきます。
それがまた地味でリアルで、切なくて...いい映画でした。
これも虚構の中のリアルでした。
 
同じようなシチュエーションに置かれた人の話なのに、こうも訴えてくるものの重さが違ってくるのが印象的でした。
やはり作り手(番組、映画の製作者)が何を訴えたいか、訴えるものの意味を真剣に考えているかの違いなんでしょう。

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2010年8月16日 (月)

映画『ブラインドネス』

夏休みが終わって今日から仕事でした。
特別に難しいことはおきませんでしたが、ちょっと疲れました。
昨日の休み最終日は家族とプールに行きました。
公営ですがスライダーや波のプールとかあるレジャープールで、暑かったこともありスゴイ人出でした。
この夏行っていたプールは室内のプールで水泳教室みたいなプールだったので、水着がカラフルなことや、賑やかところはやっと夏らしい風景を見たなあと思いました。
かなり肌が焼けまして少しヒリヒリしますが、いい夏休みでした。
 
そんな夏休みは映画やビデオをいろいろ観ました。
「プレデターズ」や「アリス・イン・ワンダーランド」、CSでやってたルパンのTVスペシャル、それから映画ではないですがロニー・ジェイムス・ディオ率いるDIOのホーリー・ダイヴァー・ライブを借りて観ました。
CDは持っていて、DVDは探していたのですが見つからなかったのですが、TSUTAYAでレンタルできることがわかり、早速借りて観ました。
内容はCDと同じ全編収録の完全版。
このライブのときは63歳くらいのはずで、にもかかわらず今が全盛期なのではと思わせるほどの見事な歌声は感動を超越するものがありました。
返さないといけないのが惜しいくらい。
また借りようと思います。
 
そして、もう1枚借りたDVDの映画は「ブラインドネス」。
「プレデターズ」に出ていたアリシー・ブラガが出ているから借りてみたのですが、興味深い作品でした。
ストーリーは一人の男性(伊勢谷友介)が突然街中で目が見えなくなったことをきっかけに、同じ症状で失明する人間が続出。
驚異的な感染力を発揮する原因不明の伝染病に政府は感染患者を強制隔離することを決定。
精神病院だった建物に隔離された患者たちは、軍に監視され、ホスピタリティーも満足に受けられないまま、劣悪な環境の中で秩序を失っていきます。
その患者たちの中に一人だけ実は目がみえる人物がいました。
男性を診察し感染した眼科医の妻(ジュリアン・ムーア)でした。
 
共演はブラガ、伊勢谷の他に、ダニー・グローヴァー、ガエル・ガルシア・ベルナル、木村佳乃ら。
「モーターサイクル・ダイアリーズ」で若きチェ・ゲバラを演じたベルナルは隔離施設の中で独裁者のような存在として、食料を独占し、食料の見返りに金品や女性たちを要求する役柄で存在感を発揮していました。
その悪党っぷりは見ていて嫌悪感がしてくるほどでしたが、カッコよさも感じました。
 
いろいろと突っ込みどころが多い映画でした。
ネット上での評価も厳しいものが多く、なぜジュリアン・ムーアは感染しないのか?とか、汚物まみれの施設や街の風景が見るに耐えないとか、女性が貢物にされるシーンが酷いとか、ジュリアンは目が見えるのに女性たち(自分も含む)を辱める悪党たちに何もしないのは理解できないとか、シャワーシーンでの木村佳乃のこととか、あげていくとキリがないくらい。
でも珍しく一度も早飛ばしすることなく私は最後まで観てしまい、そういうところで批判してしまうとこの作品の本質を見れないのかなとも思いました。
確かに評価の難しい映画でしたけど。
監督やジュリアン・ムーアのインタビューを読んでみましたが、それでもこの作品の意図がよくわかりません。
人の本質をむき出しにすることと、それを直視し、行動し、成長すること。
抽象的ですが、そういうものがテーマなのかなと。
映像的には暴力的なシーンや、汚いものが画面に溢れているシーンが多く、あまり人にオススメできる作品とは言えません。
ただ、監督がインタビューで表現の比較としてモニカ・ベルッチ主演の「アレックス」を上げていたのは興味深かったです。
あの作品は極めて暴力的で不快度の高い映画で、私も生まれて初めて映画を途中で観るのを止めた作品です。
「アレックス」を比較に出すということは、人間の獣性の表現について挑戦したい意欲があるんだろうとは思いました。
でありながら、それに挑戦することで映画のテーマを殺してしまいかねないリスクもあり、比較的ソフトな表現を選択したと言っていました。
わたしもこの映画を観ていて思い出したのが「アレックス」で、単なる偶然ではなかったのだなと今思っています。
この作品の監督はブラジルのスラムで生まれ育つ少年たちの暴力群像を非常にリアリスティックに描いた作品「シティ・オブ・ゴッド」でアカデミー賞監督賞にノミネートされたことがあるフェルナンド・メイレレス。
アリシー・ブラガのブレイク作もこの作品です。
「ブラインドネス」を観たことで、あらためて「シティ・オブ・ゴッド」に興味も沸いてきました。
ちょっと掘り下げてみるには値する監督かなと思います。
 
ただ、「ブラインドネス」、「シティ・オブ・ゴッド」とも積極的にはオススメしません。
「アレックス」は論外。間違っても家族や彼女なんかと一緒に見ないで下さい。

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2010年7月11日 (日)

『トイストーリー3』を観て...

昨日はなんかムカついた一日。
晴れた青空と、暑い陽気にあれほどムカついたことは人生の中でも記憶にない。
どうして、どうして、どおぉぉぉぉしてえぇぇぇ金曜日に晴れない!!
まあ、まだ夏はこれからだからね。
そう自分に訴えておかないとね。
 
今日はいよいよ選挙ですね。それと決勝。今日はいろいろな意味で決戦日ですね。
結構燃えるんですよね、選挙。たけしさんの番組に特化して見ようかな。
選挙っていうとサポーターとしても思い出すことがあって、内輪では話したことがあるんだけど、文字にはできない話もあってね。
それが選挙に対するある種のトラウマというか、信念というか、某党への怒りとかなっているんだよね。
 
と、それはおいといて、今日は子供と映画を観にいきました。
『トイストーリー3』
子供が観たいとせがんだわけでなく、どっちかというと観たい、見せたいと自分が思ったわけで。
あらすじとか読んでも結構泣けそうだとか、子供にモノを大事にするということを教えられるとか思ったのです。
で、観てきました。3Dで。
ウチの子はかなりの怖がりなので、ハラハラする場面とか目をつぶったりとかしてました。
まあ、そんな簡単に映画のメッセージが子供に伝わるわけでもないのですが。
それでも家に帰ってきたら、子供も映画の中でおもちゃの扱われ方を話題にしてました。
行ったかいあったなと思いました。
私的にはちょっと泣ける映画だったな。
 
最近は観たいと思う映画が多くて、時間があれば観にいく時間も作りたいところ。
特にこういう映画が好きとか最近はないんです。
ちょっと前みたいにミニシアター志向も今はないし。

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